第43話 ニコルの奥の手

 赤竜に変身したペニーから逃げ回ってわかった事がある。

 それは、雷の威力がヴェルのそれと比べて段違いに弱い。

 アリバナ砂漠で一度だけ吹雪の前で変身したヴェルの雷は圧倒的で絶望的な感じがした。

 だが、ペニーからは、それが感じられない。見た目は派手だが、中身はカスカスのハリボテ魔法に感じた。


 「随分、逃げ回ったけど、もうそろそろなんじゃないかな?それに、ニコルが痺れを切らしたみたい!」


 チャットは吹雪に担がれながら冷静に状況を見ていた。

 攻撃が一向に当たらない事に、ストレスが最高潮に達したニコルは憤慨した。

 剣を振り回しペニーを𠮟責した。


「おい!ペニー当たってないぞ!そんなものか!愚図!もっとしっかり狙え!」


「‥」


「役立たずじゃないか!俺様をガッカリさせるな!おい、ペニー!」


「‥」


「チッ!使えねえな!これだから下民は‥!少しは才能あるから使ってやってるのに‥コイツも駄目か?まあ、別に替えなんて幾らでもいるからな!」


 ニコルはペニーの頭に唾を吐いた。

 その行為に流石にペニーも堪忍袋の緒が切れた。

 

 「はあ!ならテメエがやって見ろ!大した才能もない癖に船長ルピュアの息子ってだけで偉そうにしやがって!ムカつくんだよ!」


 そこで、ペニーの魔力が切れてしまった。

 変身が解けて、赤竜から小さな女の子のペニーに戻ってしまった、がペニーはニコルの元へとすっ飛んだ。

 そして、凄い剣幕でニコルの胸ぐらを掴んできた。

 ニコルはペニーの顔にビビッて硬直してしまった。


「少しはテメエの力で解決してみろ!父親から評価されるのが怖くて後ろに隠れてビビってんじゃあねえ!そんなにパパに褒められてえのか!ああ、糞野郎!」


 ニコルの下半身から湯気が立ち込めた。ぐっしょりと濡れたズボンから尿が垂れ流れた。悪臭が充満してニコルは顔を真っ赤にして俯いてしまった。


「はあ、白けた、馬鹿馬鹿しい。アタシ、抜けるわ‥後は勝手にやって!」


 ニコルはブツブツと独り言を言っているが周囲には何を言っているのか、よく聞こえなかった。だが、突然大声を上げた。


「僕はやってる。僕は悪くない。悪いのはパパだ!どんなに努力しても見てくれない!なら、こうすれば見てくれる!ねえ、パパ!僕を見てくれる!」


 ニコルは目頭を熱くしながら、ポケットから液体の入った注射器を取り出した。

 周囲は騒めいた。

 ペニーも困惑していた。


「アンタ、何やってんの?それ、何!」


「チャット、何がどうなっているのですか?様子がおかしいです?」


 吹雪はチャットを降ろして両肩を掴んで説明を促した。


「解らない。ただ、ニコルが変な医療器具らしきものを取り出したんだ!」


「?」


「見てろよ、ペニー!僕は弱虫じゃないって所見せてやる!僕は選ばれた人間なんだ!貴様等のような下民とは違うんだ!」


 ニコルは、注射器を首に刺して中身の液体を体内に注入した。

 

「おい!馬鹿!止めろ!」


 ニコルの体は泡が弾けるように膨れ上がる。

 何度も筋肉組織は千切れては再生を繰り返す。

 その度に、血は血び散った。

 変身魔法?いや、違う。あれはもっと禍々しい何かだ。

 ペニーは後ずさる。

 古い細胞は死んで新たな細胞が再生される。

 それは、凄まじい速さで、進化の過程を見ている様だった。

 悲鳴のような奇声を上げるニコルは、既に人間の原型はなくなった。


「あれは、まさか!カイエンと同じ?」


 今まで静観していたアライザが顔を青くした。

 だが、もう遅かった。気付いた時にはニコルは人間を越えた存在になっていた。

 ニコルは歓喜した。


「これがパパが言っていた新たな新人類、超人か!素晴らしい!やっぱり、僕は選ばれたんだ!アハハハ」

 

 変身前と身長は変わらなかった。

 しかし、外観は違った。

 全体的に青白い鱗に覆われ煌びやかに光った。

 腕と足は青紫色の鱗に覆われていた。

 頭には黒くて太い角が二本生えた。

 背中には真っ黒な翼が太陽の光を遮断して広がった。

 目は赤黒い濁っていた。

 司会進行役は困惑していた。試合を止めるべきか?続行するべきか?

 しかし、後ろに座っていたエルは陽気に言った。


「続けてちゃっていいわよん!これで試合を止めたらノアに屈服した事になるし、魔法都市ロビンが混乱しちゃうわ!もう、やられたわね!人質として息子の入学を受け入れたのに、まさか、その息子に猛毒を仕込んでくるとはね!ルピュアちゃんの教育の賜物ね!貴方の息子は立派に育ちましたよ~だ!さあ、あとは、我が生徒を信じましょうか‥」


「し、試合続行です!吹雪、チャット選手頑張ってください!マジで!」


「続行って、言われても‥こんなのもう試合じゃないよ!」


 チャットの体が冷えてきた。まるで悪魔と対峙しているようで、具体的な死の映像が見える。

 吹雪も目の前にいる怪物が竜人に似ている事を察知したらしく、顔が引き締まった。


「チャット、泣き言は終わってからにしなさい。はもう始まってます。覚悟して前に出ないと死にますよ!」


「う、うん、解った!」


 普段は優しい吹雪に余裕がない。少しきつめの言葉使いにチャットは困惑したがそれだけの相手なのだろう。気を引き締め直した。


「ア、アタシは降りたからね!やるなら勝手やってな!」


 ペニーは逃げるように走った。早くこの場からいなくなりたい。

 でないと、確実に死ぬ!

 やだ、死にたくない!こんな所が私の終着点じゃない!

 

 ニコルは手から炎を出した。

 そして、逃げるペニーを見ている。

 ニコルはニヤッと笑うとペニーの背中めがけて炎の玉を放った。

 ペニーは悲鳴を上げる暇もなく黒い灰となって風に流され消えた。

 観客はきっと、何かのショーだろうと結論付けまばらに拍手の音が聞こえる。

 現状を理解してはいけない。

 理解してしまったら、責任を負わなければいけないから。

 だから、観客は無表情で静かに見ているだけだった。

 ニコルは自分の力に酔いしれていた。

 何度も両手を閉じたり開いたりして愉悦した。


 ――隙!

 

 ニコルとの間合いは遠い。

 それでも、吹雪は氷雪刀『大蛇』を地面に刺した。


 ――氷雪流・土竜之顎もぐらのあぎと


 氷雪刀『大蛇』の無色透明な刀身から流れる冷気が地面を凍らせた。

 真っ白な霜が出来上がるとそれは、生き物の様に蛇行しながらニコルの足元へが走った。

 そして、ニコルの心臓めがけて地面から氷柱が飛び出た。

 

「な!」


 ニコルは心臓を守る為に反射的に手を前に出した。

 だが、氷柱はニコルの手を凍らせ破壊した。

 まだまだ、氷雪流・土竜之顎は止まらない。

 更にニコルの心臓へと、顎が噛みつく。


「クッ!」


 ニコルは反射的に飛んだ。

 氷柱はニコルの胸元をかすめて腹部を貫通して飛んで行ってしまった。

 今一歩のところだったが、致命傷にはならず、凍り付いた手首と腹部は直ぐに回復してしまった。

 

 ‥危なかった。

 油断していたとはいえ、もう少しでやられていた。

 あの女、竜人と戦い慣れてる?

 少なくとも初めてではない。

 

 さっきまで機嫌がよかった、ニコルの顔は露骨に不機嫌な顔になって吹雪を睨んで警戒した。


「油断している間に殺したかったのですが、やっぱり無理でしたね?」

 

「吹雪お姉ちゃん?相手はまだ子供だよ、大丈夫?」


「え?あれは子供じゃありませんよ?竜人の出来損ないです。なら、迷う事はなりません。竜人は皆殺しです!フフ‥」


 笑いながら言い切った‥。

 チャットは吹雪の二面性を見た気がしてぞっとした。


 でも、さっきの投薬、もしかしたらおじいちゃんが関わってるかもしれない。

 いや、絶対に関わってる。

 あんな事出来るの、おじいちゃんしかいない!

 じゃあ…パパとママの犠牲で出来た薬がアレなの?

 あんな事の為に、パパとママは苦しんでるの?

 だったら、許せない!許すわけにはいかない!

 もし、そうなら‥絶対、殺してやる!

 

「チャットは下がっててください。私が戦います!」


「僕も戦う。‥あの薬、おじいちゃんが作った薬だよ絶対!僕は怖くておじいちゃんの研究を止めれなかった。だから、今、目の前にいるニコルの姿は、おじいちゃんと僕の責任だ‥。ゴメン、ゴメンナサイ!ニコル!僕が弱虫なせいで君の人生を変えてしまった!オエ~」


 チャットは後悔と責任の重圧で嘔吐した。黄色い胃液の飛び出して膝を付いた。


「チャット!無理はいけません。下がっててください!」


 ニコルはニタリと笑う。2人は戦いに集中できていない!吹雪はチャットが心配で隙だらけだ。やるなら今しかない。さっきのお返しだ!

 ニコルは火炎と氷を両手から出して雨の様に空から降らせた。

 チャットを心配して油断していた吹雪は、ニコルの攻撃に気付けなかった。

 氷と炎の矢は吹雪とチャットの頭上へ降り注いだ。


「しまった!私としたことが‥チャット!」


「吹雪お姉ちゃん!」


 吹雪は咄嗟とっさにチャットの隣へと駆け寄り、氷雪刀『大蛇』を地面に刺して氷のドームを作った。

 何とか、氷の矢は防げるが、火炎の矢は氷雪刀『大蛇』の氷を溶かした。

 その度に氷を上塗りして補強し続けた。


「大丈夫でしたか、チャット?」


「うん。そっちは?」


「ちょっと、やっちゃいました‥」

 

 吹雪の肩と片足から氷の矢が貫通したらしく、血が出ていた。

 炎の矢も所々当たっていた。吹雪の袴は焦げて火傷していた。

 チャットは急いで治癒魔法をかけようとするが、人体実験された父と母の悲鳴が耳元から聞えてくる。

 何度、頭を振っても聞こえてくる。悲鳴は耳元にこびり付いて離れてくれない。

 次第に、神経を引き裂き、良心はグチャグチャになっていく。

 結局、魔法が使えず、嗚咽してしまった。


「なんで!なんで!なんで!」


 チャットは涙を滲ませて地面を何度も叩いた。

 吹雪はチャットを抱き寄せ暖かく包んだ。

 だか、事態を打開出来たわけではなく以前危機的状況に変わりはなかった。


「おい!あれってヤベェんじゃねえか!アライザ!」


「ええ、そうみたいね!でも、今は試合中よ。助太刀に入ったら吹雪とチャットは失格、勿論、私達も‥え?」


 そう言ってアライザは隣のガネッツを見たら、そこにはガネッツの姿はなかった。

 まさかと思って、前を振り向くとガネッツは闘技場内へと飛び込んでいた。

 そこは、氷と火炎の矢が降る注ぐ地獄絵図。

 しかし、ガネッツは恐れず吹雪とチャットの元へと走った。


「もう、仕方ないわねえ‥。後は任せるわ。お二方。さあさあ、どうなることやらね?」

 

 アライザはパイプを咥えて足を組み直した。

 フ~と煙を吐いてガネッツの運命を天に任せて静観した。

 


 


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る