第14話 竜人の寿命

 今日の漁は、船には乗り切れないほどの収穫だった。網で引っ張って持ち帰る意見も出たが途中でもし、巨大魚が目覚めたら、厄介だ。船が転覆して魚獣達の餌になりかねない。なので、断腸の思いで高く売れる所だけ解体して船に積んだ。余った部位はその場で捨てるしかなかった。

 それでも大金が手に入った。船内は活気が溢れて皆笑顔だった。帰ったら何を買うかで話題が盛り上がった。カイエンは女で、リビアは宝飾品、ジュークは貯蓄に回すらしい。親方のダバンは新しい船が欲しいのだとか。


「もっと大きい船を買ったら。オメエ等クビだ!寝坊助共が!ケツに錨ブッさして解体してやる!」


 など、話は盛り上がった。‥2人を除いては。リオンは船の端っこで体育座りして顔を埋めていた。さっきの醜態を思い出しては叫びたい衝動に駆られる。流石に気まずいのでヴェルとは距離を取った。


(最悪だ‥竜人の私があのような醜態を人間に見られるとは‥‥あああああ!‥死にたい)


「隣いいかい?リオンちゃん」カイエンが隣に座ってきた。


「消えろ!気安く喋りかけるな!」


「おいおい、そんなに冷たくしないでくれよ~。ヴェルにはあんなに熱く抱き合ってたじゃん!」


「貴様‥!」


「だから、怒るなって!たく、冗談が通じねえな~。なあ、今度、一緒に飲もうぜ!」


「‥」


「おこちゃまのヴェルより、お・と・な・の・俺様がいっぱい楽しませてやるよ!だから、良いだろ!」


「‥」


「俺よ~、リオンちゃんの可愛さに一目惚れしちゃってさ~、頼むよ!なあ?」


「消えろ!」


 カイエンはリオンの耳元でおぞましい声で囁く。


「俺様のテクでもっと気持ちいい事教えてやるぜ!だから、なあ~俺に乗り換えろよ?ヴェルより、俺の方がぜってえいいって!」


 カイエンはリオンの胸を触った。リオンは顔を青ざめ体を震わせた。そして、切れた。カイエンの腹を殴って頭を踏みつけた。ギリギリと締め付けて頭がつぶれる手前で止める。


「どうだ。私のテクは?」


「あだだだ!止めて!悪かった!」


「遠慮するな。そら、気持ちいいだろ!」


「助けて!」


「駄目だ、死ね!」


 リオンはカイエンの頭を踏む力を再び入れる。リオンは本気で殺すつもりだった。別に人一人殺す事など蚊ほどにも感じてない。これは殺されると思ったカイエンは叫んだ。その叫び声に皆が集まった。


「リオン?何やってんの?」


 ヴェルはリオンを抱きかかるようにカイエンから離した。


「おいおい、穏やかじゃあねえな!まあ、おおよそ、想像はつくわな。どうせ、カイエンがチョッカイ出してきたんだろ?」


 ダバンが言うとカイエンが言い訳をしてきた。


「俺はちょっと、リオンちゃんと仲良くなりたかっただけなんだ!そしたら、殺されそうになったんだよ!たく、話が通じねえよ。このアマ!」


 ペッと唾を吐いてリオンを睨んだ。リオンはヴェルの制止を振り切ってカイエンの喉を掴んで片手で持ち上げた。


「話す必要はない!今、死ね!」


 リオンはカイエンの喉を締め付ける。息が出来なくなってカイエンの顔は紫色に変色していく。カイエンはリオンの腕を叩くが力を緩める気配は一切なかった。寧ろ、万力がギリギリと絞まるように首を締め付けてきた。ヤバい、死ぬ、首の骨が折れる‥。カイエンは必死に足をバタつかせて周囲に助けを求めた。  


「リオン!離すんだ!頼む、離してくれ!死んじゃう!」


「そうだ!私を侮辱した罪は死で償え!」

 

 ヴェルは説得は無理だと悟るとリオンの腕を掴み力づくでカイエンから離した。


「ヴェル!離せ!この男を殺させろ!こいつは‥クッ」


 ヴェル以外の男に体を触られたと言おうとしたが言葉が詰まって何も言えなくなってしまった。リオンは竜の国での出来事を思い出して気分が悪くなった。

 今日は、日は照って熱いはずが、リオンの体の芯は冷えてきた。唇はカサカサになって、指先は震えてきた。


「チッ、もういい。私に構うな!」


 再び、リオンは船の端へと移動して1人塞ぎ込んでしまった。ヴェルは何度か声をかけるが、リオンは心を閉ざして返事は返って来なかった。ダバンはほっとけと言うがそういう訳にはいかず、ヴェルは黙ってリオンの隣に座った。

 ヴェルにはリオンが何に苦しんでいるのか解らなかったが、竜人であるリオンにも人間と同じ悩みがあるのかと思うと少し、ホッとした。とは言え、リオン以外の竜人に同情するつもりはない。

 その時、ジュークが指差して声を上げた。


「おい!皆、あそこに人が遭難してるぞ!」


「ああ~どこよ?」


 ジュークの声にカイエンは海を覗くが何も見えない。代わりにリビアが目を皿のように細めて注意深く除くと確かに筏らしきものが見える。その上に人間らしき肌色が見えた。


「ジューク、よく見えるわね!あんな豆粒?エルフの私だってギリギリよ?」


「親方、助けよう!」


 ジュークの真剣な眼差しにダバンは大きなため息を吐いた。


「たくっ、オメエ等、ホント面倒ごとばかり増やしやがる!おお、神よ。コイツ等に裁きをお与え下さいってな!」


 そう言ってダバンが筏の方に力いっぱい舵を切った。揺れる船体をゆっくり筏に近付けるとそこには、目が潰されて、全身に鞭の跡がある裸の女が倒れていた。リビアは急いで羽織るものを与え彼女の肌を隠した。

 その女性は長い髪を後ろで結わいていて、前髪は無造作に伸ばしていた。何かの武道をしているのか、体は細く引き締まっていた。

 ダバンの命令でリオンは渋々、ヴェルと一緒に彼女を持ち上げ急いで船室に移し替えた。ジャムが治癒魔法をかけたが、鞭の傷は時間は経ち過ぎて消えなかった。

 それから、病院に着くまで看病は主に同性のリビアが見る事になった。助手としてリオンも手伝う事になったのだが勝手が解らず、右往左往している姿がヴェルには可愛く見えた。でもそれを、本人に言うと怒るので黙ってニヤニヤしながら見ていた。その姿を見ていたリオンは察したらしく、怒った顔しながら「お前も手伝え!」と言って来た。ヴェルはいつものリオンに戻っていたのでホッとした。「はいはい」と言ってヴェルも手伝った。

 それから、暫くして彼女は起きた。


「ここは?」


「ここは船の中よ。あんた、遭難してたから救助したの!解る?」リビアは言う。


「救助?」


 まだ、思考が定まっていない様子だった。凛々しい顔付きの彼女は閉じた瞼で首を傾げる。


「おい、目覚ましたのか?」リオンが赤い目で彼女を覗き込む。


「ああ、ありがとう。リオン、助かった」リビアが礼を言った。


「いや、問題ない。ヴェルが手伝ってくれたからな!」


 赤い瞳のリオンとと遭難していた女は悲鳴を上げた。


「竜人!いやああああ!」


「おい、落ち着け!リオン彼女を押さえて!」


「お、おう!」


 リオンは彼女の手首を押さえた。代わりに足をバタつかせて抵抗してきた。女性は思った。この力間違いない竜人だ!いや!助けて!女性は暴れたが竜人の力に抑え付けられているのでビクともしなかった。それが彼女の恐怖を増幅させた。

 リオンには解っていた。怯える彼女に何に起こってここにいるのか。流石のリオンも多少、同情の心が芽生えた。


「落ち着け!貴様に何があったのか想像は付く。だから、安心しろ。ここにお前を襲う‥竜人はいない。もう、大丈夫だ!」


「い、い、いや~!」


 リオンは彼女を抱き締めた。正直、どうしていいか解らなった。リオンもパニックになって、無我夢中で、もう、こうするしかなった。彼女は自分だ。そう思うとリオンは自分を抱き締めてるようで変な気分になった。


「もう、大丈夫。全ての竜人は私とヴェルで殺してやる!だから、安心しろ!」


「殺す?竜人を?」


「ああ」


 荒唐無稽は話なのに、リオンの言葉には説得力があった。何故かホントにそうしてくれる気がして安心してきた。


「あ、あ、私、私はあああ‥う”う”ああああ!」


  彼女は泣き出し、ここまで経緯をポツポツ話始めた。話の内容はリオンの想像通りだった。竜の国では当たり前の出来事で、リオンは驚く事はなかった。他は皆渋い顔している。


「私‥吹雪ふぶきと言います。シャーンの剣術道場の娘です。その‥14歳の時に竜人に攫われて‥目を潰されて、それから‥3年間‥毎日‥犯され続け‥子を宿し、それから、それから‥逃げて来ました。うう‥」


 吹雪は口を押さえてまた、泣き始めた。リオンはヴェルを部屋の隅に引っ張って小声でヴェルに言った。


「竜人の子を宿した女はその後も犯され続ける」


「‥どういう事?子供を産めなかったら?」


「三年で産めない女は必要ない。例外なく殺される」


 ヴェルの頭に血が一気に上がった。怒りがこみ上げ眉間にシワがよった。


「竜人の寿命は短い。もって25歳が限度だ。だから、種の生存の為、奴等も必死なんだ!」


 巷では、もしかしたら竜人は寿命が短いのでないかと言われ続けてきた。ある年数が経つと今まで襲って来た竜人はプッツリといなくなり、その代わり、違う竜人が襲って来るからだ。

 だが、それを調べる術はなかった。いままで、竜人を捕らえた者はいなかったからだ。まさか、その答えが竜人本人から聞く事になるとは想像もしてなかった。

 

「え?‥ちょっと、待って?じゃあ、‥じゃあ!俺の寿命は?いや、リオンの寿命ってまさか!」ヴェルは思わず声を荒げた。

 

 突然、ヴェルが大声を上げるので皆、迷惑そうな顔でヴェルを見る。リオンはヴェルの背に隠れてヴェルと背中を合わせて答えた。


「‥かもな。いや、わからん。私は竜の国で初めての女だ。もしかしたら、例外かもしれんぞ?フフ‥」


 笑い事じゃない。そんな僅かな可能性に希望は持てなかった。せっかく、お互いの思いを確認し合ったのに‥何でこんな運命が待っているのか!ヴェルは船上都市ノアの守り神であるアダムとイブに怒りが湧いてきた。

 

「寿命を延ばす方法はないの?」


「私の知る限りでは‥?あ、いや、‥ない」


 リオンは己の記憶にノイズがかかり一瞬、眩暈がした。ヴェルはその様子に気付いてない。

 ヴェルが愕然とした。いま、ヴェルは17歳。あと8年しか生きられないことになる。リオンの歳は聞いてないが、多分、同じくらいだろう。何故、今まで考えて来なかった。考えようとしなかった。無意識に考える事を止めていたんだ。己の弱さを痛感して肩を落とした。

 こうして、港町ラカンに着いた。ダバンは今日の戦利品を漁業組合に換金しにいった。その間、吹雪を病院へ連れて行った。その後、遅い解散となった。

 イライザが迎えに来たが、ヴェルの顔は暗く落ち込んでいたので不思議そうに尾を振った。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る