第15話 勝負をしましょう
家の外は無風、しかし、アライザの心は嵐が吹き荒れた。それは何故か?
今日、仕事から帰って来たら、ヴェルとリオンの2人の距離が明らかに近くなっていたからだ。アライザは目が飛び出る程驚いた。
し、しかも、夕食時なると、2人は隣同士で座ってるじゃない!‥え”?どういう事ってなるじゃない!
しかも、しかもよ!頬を赤らめながらリオンから近づているってどういう事よ!
朝はこうじゃなかったはずじゃない?
何て言うか、お互いギクシャクしてたじゃない!
なのに、なのに、何で?何が起こったのよ?ちょっと、待ちなさいよ!
アライザの、スプーンを持つ手が震える。
(と、取りあえず、探りを入れてみましょう‥)
「あ、あら?ふ、二人共、仲良くなったのね?今日、何かあったのかしら?フフ‥」
アライザは引きつった笑顔で、出来るだけ可愛く首を傾げてニッコリと聞いたつもりだった。だが、目の奥は笑っていない。鋭い眼光を光らせ、あらゆる嘘を見抜かんと細心の注意を払っている。‥そんな目だった。
「え?そ、そう?」
アライザの鋭い眼光に射抜かれたヴェルはドキンとして、露骨に動揺してしまった。
ヴェルの額に油汗が滲んでくる、指先の震えですくったスープが揺れる。
お陰で上手くスープが飲めなかった。
隣を見ると、リオンは何時も通りだ。澄ました顔でスープを飲んでいた。
ヴェルの目線で何となく察したアライザは焦りを覚えて、食卓にスプーンを立てて台パンした。キッとジャムを睨む。
「ジャム!貴方、監督責任者でしょ?何があったの!言いなさい!言わなきゃ、その羽引っこ抜くわよ?オウムからハゲタカになる!」
「エッ?儂?別に儂はヴェルの親じゃないぞ。監督責任なんかありゃせんが?」
アライザは舌打ちして立ち上がると、ジャムの羽を引っこ抜く。
「ギョェ~!止めろ!禿げる!禿げる!毎日、毛並みは気にしてブローしてるんじゃて!止めてくれ~」
「ふん。ヴェルとは付き合っているぞ?問題あるか、アライザ!」
リオンは勝ち誇った顔で宣戦布告してきた。食卓に並ぶ、熱々のスープは一瞬にして冷えた。
少なくともヴェルの体感温度は急激に下がった。アライザが作った、美味しいスープも喉を通らなくなった。なんなら、胃酸がこみ上げてきて、ちょっと吐きそう。
衝撃の事実にアライザは手元からジャムの羽が落ちた。
‥きっと嘘だ。
そうに決まっている。
だって、竜人と人間が‥あれ?
何か何か違和感を感じた。だが、今はそんな違和感どうでもいい。アライザはヴェルの顔を恐る恐るゆっくりと覗いた。
そしたら、ヴェルは申し訳なさそうにアライザを見てきた。
「う‥う‥、私の気持ち知ってたくせに‥」
アライザは情けなくて悔しくて涙が出て来た。この場に自分の居場所がなくなった気がしたので、黒猫になって窓から外に逃げてしまった。
「アライザ!」
ヴェルは立ち上がって追いかけようとしたが、リオンは座ったままで動こうとしなかった。流石にヴェルもイラっとして語気を荒めた。
「リオン、頼む!一緒に追いかけてくれ!お前が動かないと俺も動けない!」
「何故、私が動く必要がある?私にアイツを追いかける理由はないな」
正論だった。正論過ぎてヴェルは言い返せない。
「しょうがない。儂が追いかけよう」
ジャムは、毛並みを整えてから窓の外へと飛んで行った。
「‥怒ったか?」
2人っきりになったリオンは若干だが態度が軟化した。そして、少し怯えているようだった。
「いや、自分でも冷静でビックリだ。リオンの言ってる事は正しいと思ってる。リオンにアライザを追いかける理由はない。だから、リオンに怒る事は出来ない。これは俺とアライザの問題だ。リオンは巻き込めない‥」
「‥少し、意地悪をしてしまったな。‥まあ、なんだ。私に理由はないが手伝ってやる。お前の行きたい所へ付いて行こう!」
「リオン!」
リオンはフンと鼻を鳴らして顔を背けた。そして、ヴェルとリオンは虫が鳴く夜の森へと走り出した。太陽はとっくに沈み、月明かりだけが船上都市ノアを照らす。
リオンとの交際問題以外に、アライザを追いかける理由はもう一つある。それは船上都市ノアの夜は決して安全ではないからだ。
「アライザは何処へ行ったのだろうか?そう遠くには行ってないはずだが‥、もしも、テレポートを使われていたら、探しようがない」
そこで、ヴェルがハッと気が付いた事がある。もしかするともしかする。そして、ヴェルは走った。リオンも黙って後をついて来た。
ヴェルが走った先はリュアン湖だった。この船上都市ノアの中央都市シャーンの近くには、この船最大の大きさの湖がある。その名はリュアン湖と言う。繁殖の為、毎年、春と秋の2回渡り鳥がやって来る。船民はその渡り鳥を見て季節の代わり目を感じる事が出来るのだが、渡り鳥は季節の代わり目以外にも以下の害鳥達も連れて来る。
・肉食巨大鳥 ドラゴンバード
見た目が竜に似ているが竜ではない。何も持って竜と定義するか問題とされているが少なくとも、竜人が竜化した姿ではない。ドラゴンバードは両翼を広げると幼鳥は全長5mあり大人になると10mになる。知能は低い。武器は硬い爪と牙。主に人間の肉を好んで食べる。爪は硬い為、武器や鎧、高級日用品(フライパン、鍋、包丁など)に使われる。普段はリュアン湖などの水場を巣にしている。
・蜜鳥 エレキピュレ 別名 雷鳥
ハチの巣を狙って蜜をすする鳥。全長30㎝ 縄張り意識が高い。縄張りに入ってくる者は人間であれ電気を放電して襲って来る。但し、その習性を利用して人間はこの鳥を電気として利用している。
(暗い夜にはお勧めの鳥であるとふざけた事を言って販売されているが、我々、野鳥保護会は反対している。鳥を愛する者達よ、各町でのデモに参加するべし。)
・水冷鳥 ネレ
水の神の名を与えられた鳥。全長20㎝ 近づく者に大気の水分を凝結させて氷を放ってくる魔法が使える鳥。知能は高い。この鳥が放つ氷は保冷用と飲み水として活用できるので、必ず、一家に一匹飼っている鳥となる。
(野鳥保護会は断固反対である。都庁に抗議の声を上げている。鳥をイジメるくらいなら断水すべし。我々は危険思想の集まりではない。鳥を愛し鳥と共に生きる団体である。勘違いしないでほしい。鳥の翼は自由の象徴である。決して人間の勝手で籠に閉じ込めるべきではない。)
船上都市ノア
野鳥保護会会長 バラック調べ
以上がバラックが主に危険とされている野鳥である。他にもいるが今は割愛させていただく。
また、伝説では森に囲まれたリュアン湖は女神イヴの涙から出来たと言われている。涙を流し傷ついた女性を癒し恋愛を成就させる働きがこの湖にはあると信じられている。その為、失恋した女性の心を癒す大人気スポットである。
「もしかしたら、アライザも癒しを求めてリュアン湖に行ったのかもしれない」
ヴェルの予想は的中した。アライザはリュアン湖の前で膝を曲げて座っていた。
人の姿のアライザとリュアン湖は一枚の絵画を見ているようだった。目の前に広がるリュアン湖はうっすらと白い霧で覆われていた。夜空とリュアン湖の水平線は何処までも続く。冷たい風がリュアン湖の上で舞うと、波紋が緩やかに広がり月影が崩れて写った。木の擦れる音と虫の鳴き声も風に乗って舞い上がる。
ヴェルは一旦立ち止まってアライザを見た。どう話かけるか考えてしまう。周囲をみる。ジャムはいない。
どうやら、ジャムより先に見つけたらしい。こんな時、ジャムがいたら助けてくれるのに‥。
何処行ったんだ!助けてジャム!‥でも、今回はジャムに頼ってはいけない。ヴェルが意を決した。
「ゴメン、リオンはここで待っててほしい」
「わかった‥」
リオンはヴェルと目を合わせずリュアン湖の方を見た。ヴェルは一体どちらを選ぶのだろうか?リオンの不安を他所にヴェルはアライザの元へと歩いて行く。
リオンは視線を上げる。天空から降り注ぐ月光はリオンを照らした。夜光煌めく星々に目を細めた。
アライザは、近づいて来るヴェルをチラリと見て、また目線をリュアン湖に戻した。
「アライザ、ここにいたのか?」
「‥」
「夜のリュアン湖は危ないから、家に帰ろう?」
「‥ヴェルとリオン、2人で帰ればいいでしょう?」
「アライザもだよ」
「それって家族として?友人として?それとも‥」
「それは‥」
ヴェルは言葉が詰まった。ハッキリと断言出来なかった事にヴェル自身が驚いた。何故、ハッキリ言う事ができないのか。家族としてだと、ヴェルは喉の奥が震えて上手く喋れなかった。
アライザは、次、ヴェルが何を言うのか解っているつもりだった。ならば、自分から身を引くべきなのだろう。
がしかし、どうにも感情が収まらない。
だってそうだろう。アライザの方が先に出会い、しかも、お互い抱擁し合いキスまでしたのに。
それなのに、最近出会った女に横取りされたのだ。
しかも、相手は竜人!
納得いくわけがない。竜人は人類の敵だ。例え、それが女でも変わらない。それなのにヴェルはそんなことはお構いなしで、鼻の下を伸ばす。ホントに腹ただしい。
(でも、それでも、私はヴェルが好き‥)
ヴェルとは特別な出会いではなかった。ちょっとゲガをして助けて貰っただけ。それだけ。
でも、始めてヴェルと出会ったとき、脳天が痺れた。頭がクラクラするほど衝撃が走った。
その瞬間、世界に色が付いた。見える物全てが輝いて見えた。ヴェルの暖かい手で頭を撫でられると、ゴロゴロと喉が鳴る。手から伝わる温もりはアライザの心の隅々まで満たしてくれた。
ああ、これは恋か!
私は恋に落ちたのだ。
これは運命なのだ。
そう思って信じて疑わなかった。リオンが現れるまでは‥。
そう、運命は私だけのものではなかった。赤い糸は複数あった。私はその一本に過ぎなかったのだ。その事に気付いたら、何だか惨めだった。恋に浮かれていた私は真っ暗な世界へ迷い込んだ。ここは光も希望もない。暗黒の世界。闇の神が好む世界。だが、闇は浸かるものではなく利用するもの。これは闇の魔法を使う術者が始めに習う心得である。
だから、一歩離れて闇を覗く。そうすれは頭の芯は冷えて冷静になれる。そう、冷静に考えるのだ。
そして、思った。
奪われた運命の糸を引き戻すことは出来ないのだろうか?これは女のプライドをかけた戦いだ。
今は一歩、リオンがリードしているだけ。勝負は始まったばかりだ。
その証拠に、ほら、見て!さっきからヴェルは答えが出せない。てっきり、リオンを取るものと思っていたのに。これって、少しは私を思う心があるって事でしょう?
ヴェルの目は上を見たり俯いたりと心は揺れている。なら、まだ、間に合う。リオンには悪いがヴェルは私が貰う。
――だって私は黒猫の魔女だから!
アライザは立ち上がるとヴェルに微笑んだ。
「ヴェル、私は貴方が好きよ。勿論、異性としてね!」
「‥でも」
「解ってる。けど、誤魔化さないで?貴方の心に私もいるのよ!」
図星だった。ヴェルは目をカっと開いて驚いていた。
やた!カマをかけたがビンゴだった。
アライザの読みは当たっていた。内心、小躍りして拳を天高く掲げたい気分だった。
アライザはヴェルに近付く。一歩、二歩と‥ヴェルは後ろに下がりたかったが動けなかった。そして、アライザはヴェルの胸元に手を添える。
だが、その手をリオンが掴んできた。
「何をしている?」
リオンの赤い目は殺意で黒く塗りつぶされた。静寂なリュアン湖の空気は一気に張り詰めた。森に住む鳥達はリオンの殺気に驚き木々を揺らし飛び去った。
「あら?私ったら、つい‥ねえ?」
「つい?なんだ!」
「おい!止めろ。二人共!」
「ヴェル‥少し、口を閉じてくれる?今、女同士の話をしてるの!」
2人の間に入るヴェルだったが
しかし、リオンは女同士だとか、人間同士のやり取りに興味はなく従うつもりもない。
頭に血が昇りやすく、せっかちなリオンは目に涙を溜めてヴェルに掴み掛った。
「おい。ヴェル、貴様はどっちをとるんだ!答えろ!」リオンの口は震え出した。
「俺は!」
「ヴェル、解ってるわ。貴方はリオンを選ぶ‥でしょう?解ってるわ。でもね。私にもチャンスをくれたっていいじゃない。このままじゃあ、私、惨めだわ。私だってヴェルのこが好きなのよ。ねえ、リオン。私達、同じ男を好きになった似た者同士でしょう?どちらがヴェルを振り向かせることが出来るか勝負しましょうよ!」
「勝負‥だと?」
強さこそすべてである竜人の血が勝負の言葉に反応した。リオンはニヤリと笑ってアライザに殴りかかった。リオンは勝負の言葉の意味を勘違いした。
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