第16話 女の戦い

 リオンの拳がアライザの頬をかすった。耳元でパンと空気の壁を突き破る音が響く。風圧でアライザの黒い髪が後ろになびいた。


「ちょっと、リオン!勝負って、そういう意味じゃ‥!」


「‥そうか?いや、これでいい!勝ったほうがヴェルを好きにできるでいいだろう!こっちの方が解りやすい。クク‥さあ、勝負だ、アライザ!」


「仕方ないわねえ。なるべく穏便にしたかったのに‥まあ、貴方がそれでいいなら、私はかまわないけど?いいのね?自分が負けないと思ってるようだけど、ちょっと舐めすぎじゃない?」


「おい!2人共、止めてくれ!」


 リオンとアライザはもう、ヴェルの声は届かない。勝手に景品にされたヴェルは呆れてものも言えない。もう、勝手にやってくれとその場で座り込んだ。

 アライザは瞬時に黒猫となり背中からコウモリのような翼を広げ空に飛んだ。リオンから距離を取ったのち、闇の神に祈りを捧げる。

 

「魔女め!開始早々空に逃げるとは卑怯な奴め!」


 リオンの心臓はヴェルに転心している為、今は竜化出来ない。それ故、空を飛べない。アライザはリオンの弱点を突いてきた。

 闇の魔法が発動した。リオンの足元から黒い手が生えるとリオンの足を捕まえて自由を奪った。そして、炎の矢を飛ばした。

 リオンはアライザと初めて会った時を思い出した。そう言えば、あの時は背中から撃たれたな‥と。ああ、思い出したら腹が立ってきた。

 リオンは全身に力を入れた。リオンの身長は155㎝で、見た目、小さい。普段は柔らかい肌をしているが戦闘になると全身の筋肉はバキバキに固くなり普段以上の力が出せるようになる。人類が竜人に勝てない理由の1つである、(普段でも力は強い。戦闘態勢になると3倍強くなる)

 リオンは力づくで黒い手を引きちぎり炎の矢を片手で掴んで握り潰した。火傷した手は直ぐに回復した。

 因みにリオンが負った痛みはヴェルには跳ね返らない。ヴェルが傷ついた時のみ、リオンに痛みが伝わる。だが、利点はある。

 それは、竜人の弱点である心臓は今、ヴェルが持っている。その為、ヴェルが死なないかがり、リオンは不死身である。いくら傷付こうが何度でも蘇る。

 チッと舌打ちするアライザは間髪いれず、視界を奪う為、黒いモヤでリオンを包んだ。そして、リオンの周囲に無数の黒い槍を出して一気にリオンを刺した。

 ‥はずだった。がモヤが晴れるとリオンは雷を体に纏い槍の攻撃は全て黒い霧となって消えていた。

 リオンはおもむろに歩き出し一本の大樹の前て止まると、大樹を抱えて全身に力を込める。大樹はメキメキと音を出して動き出す。


「おいおい、嘘だろ?」ヴェルは思わず立ち上がって驚く


「ホント、竜人って筋肉馬鹿ね!」アライザは呆れて首を左右に振る。


 赤い目を燃やしてリオンはアライザを睨む。両手を掲げたその手には引っこ抜いた大樹が横になっている。そして、アライザに向かって投げた。

 アライザは驚きはしたが、ちょっと拍子抜けした。そんな単純な攻撃当たるわけがない。案の定、真っ直ぐに飛んで来るだけで、簡単に避けれた。だが、リオンは物量で攻めてきた。森の木を次々引っこ抜いては投げてきた。


「邪魔ね!」


 アライザは両手を広げて炎で木を焼き払った。黒い煙が巻き上がり目の前の視界が真っ赤に染まった。アライザはその時、自分が犯したミスに気付いたが、もう、遅かった。アライザが後ろを振り向いた時には、後ろにリオンがいた。

 リオンは自分で投げた木を伝って階段を登るように上へ駆け上がった。地に利を取ったアライザが調子に乗って炎で焼き払うのも計算のうちだった。お陰でアライザの後ろを簡単に取れた。

 

「飛んだくらいで勝てると思ったか?黒猫の魔女!」


「あら。舐めてたのは私だったわ」


 リオンは雷を纏った拳を固めると、大きく振りかぶった。

 その拳でアライザを思いっきり殴った。

 それは、近距離で大砲の玉が当たったような衝撃だった。ドンと鈍い音を響かせ衝撃破と共にアライザを地面に叩き付けた。

 地面はアライザを中心に陥没して白い砂埃が舞った。リオンは勝ったなと勝利を確信した。

 しかし、風で砂埃が流された跡の光景にリオンは嫉妬の痛みが走った。それはアライザが地面に衝突する寸前、ヴェルがアライザの下に滑り込み受け止めていたからだ。

 それでも、その衝撃は凄まじくアライザは口から血を吐いた。

 魔女はこれはチャンスと、アライザはチラリとリオンを見て口元だけ笑ってみせた。そして、ヴェルの胸元に顔を埋めて頬を擦り付けた。「これは私の物」と言われたみたいで、リオンは目を開いて震えた。

 勝ってたはずの勝負に何故か負けた気がしてギリギリと歯ぎしりをした。嫉妬の怒りで血が一気に沸点に達した。


「おいヴェル!これは2人の勝負だ!邪魔するな、馬鹿!」


「馬鹿ってなんだよ!リオン。お前、やりすぎだぞ!」


「五月蠅い!五月蠅い!」

 

 ホントはリオンもここまでやるつもりはなかった。だが、アライザのヴェルを思う気持ちが自分のそれと同じかそれ以上あると拳を交えてわかってしまった。

 だから焦った。もし、アライザが絡め手でヴェルを誘惑してきたら‥、そこで勝負されたら勝ち目がないと思った。だから、ここでアライザを殺さないとヴェルが盗られる。そう思ったら、つい、力が入ってしまった。


 ――つい?


 いや、殺していいだろう!何をためらっている。力ずくで奪っていいだろう。今までそうして来たし、これからもそれは変わらないはずなのに‥。

 ‥いや、まさか。


(私は‥アライザを殺したくないと思っている‥?)


 いや、あり得ない。そんな馬鹿な!リオンは頭がクラクラして混乱して来た。

 

 光の神の対となる闇の神は双子神である。どちらが先に産まれたかで言い争いとなり、光と闇は袂を別れたと伝承が伝えれている。

 でも、アライザは思う。言い争うほど、この双子の神は仲が良かったのだろうと。ホントに嫌いなら、なるべく関わらず過ごすはずだから。きっと、双子の神はお互い仲良くしたかったのではないか?ただ、そのキッカケが掴めなかっただけなのだ。

 だから、キッカケさえあれば、リオンとは仲良く出来る気がした。だって、こんな事になっても、彼女の事が心底嫌いにはなれない自分がいる。きっと。お互い理解し合えるはずだ。

 今、アライザは光と闇を司る2柱の神の本当の気持ちを理解した。

  

 『魔法使いを志す者は、神を理解しなければいけない。神の歴史的背景を理解するほど神の力を引き出せる。だが、これが難しい。勉強するほど学者頭となって逆に魔法が使えなくなるからだ。魔法とは頭で理解するものではなく感覚で体得するものである。なので、学者頭は永遠に魔法を理解できない。学問的知識と超感覚を必要とする。それには、人間と神の心を1つにしなくてはいけない。どちらかが欠けたら魔法は使えない。

 更に魔法を使えるようになったからと言ってそこでおわりではない。魔法使いになった者の中には邪な心に支配される者がいる。慢心、怠惰、我欲。愛から物欲だけの世界へと少しずつ少しずつズレていくといつの間にか神から魔王の世界へと感覚が感応してしまう。そして、生前好き勝手やっていた魔法使いは死後寒くて臭い真っ暗な地獄に落ちてしまうのだ。このように魔法は便利だが、高度な神の正しい理解と人間の倫理観を必要とする』                                                      


                魔法都市 魔法大学初代校長 モメットより

  


 アライザの中に何かがストンと落ちた。今、確かに自分の中で何かが変わった。いや、加わった。アライザは試しに光の神に祈りを捧げた。案の定、アライザの怪我が治った。そして、確信した。今、アライザは光と闇の神を使いこなせるようになった。

 アライザは更に考える。なら、光と闇を融合させたらどうなる?試しに光と闇の神に祈りを捧げた。

 その瞬間、脳天を直撃するほどの閃きがきた。それは神の名が降って来たのだ。


 ――その名は『ミーラ』と言った。そして、声が降って来た。


       『黄金の使者よ。汝に金色輝く希望の弓を授けん』


 更に神の姿を見た。厳密には瞼の裏に現れた。その姿は頭が2つ。手は4つ。足は2本。白い服を着ていた。金髪の男神と黒髪の女神が融合している姿だった。神の姿を理解すると言う事。それはその神を使いこなせると言う事に等しい。

 アライザは人の姿の戻るとヴェルの胸元から離れてヴェルにそっとキスをした。

 勿論、リオンは逆上した。それが罠であると解っていても許し難い。

 竜人は強さが全て。強い者は弱者から奪っても許される。欲しいと思った物は力ずくで奪う。故に独占欲が強い。アライザはそれを土足で踏みにじって来た。


 ‥ヴェルは私の物。私だけの物!それを弱者の分際で!―――許さん!


 リオンは地面に着くと、一気に距離を詰めた。

 だが、突然、光が発光して目が眩んだ。リオンは条件反射で背を丸めてしまった。

 

 アライザは右手に闇の矢、左手に光の矢を出して融合させる。

 そして、それは黄金の矢になった。

 アライザは黄金の弓で黄金の矢を引っ掻け引っ張った。


「リオン。負けを認めてくれないかしら?」


「ふざけろ!今すぐ首と胴体引きちぎってやる!」


「リオン!お願い‥認めて!貴方は勝てないわ」


「認めん!私が勝つ!」


 リオンの目がやっと視力を取り戻してきた。目の前には黄金の弓を構えたアライザがいた。

 リオンは震え上がった。全身に鳥肌が立った。これはヤバい。竜人の勘が訴えかけてくる。

 逃げろ、逃げろ、逃げろと本能が叫ぶ。リオンは考える前に反射的に逃げた。

 竜人は本能に忠実だ。さっきまでの強気な発言などさっさと忘れて走って逃げた。


「やれやれね。これじゃあ。弱いもイジメみたいじゃない。‥でも、負けを認めない以上仕方ないわね!」


 アライザは矢を持つ手を離した。黄金の矢はリオンの心臓めがけて飛んで行く。

 真夜中に走る黄金の矢は煌めく流れ星のように一瞬の儚さを彷彿とさせる速さでリオンの体を突き抜けた。

 リオンはそのまま倒れてしまった。本来、魔法如きでは竜人の体を貫通させる事はできない。それをアライザはやってのけた。


「ハア‥ハア‥これ、キツイわね」


 どうやら、この魔法は極度な集中力と魔力を必要とするらしく、流石のアライザも膝を着いてしまった。

 そして、アライザは大事な事を忘れていた。アライザはしっかり者のようで抜けているところがある。それはこの場でも健在だ。


「リオン‥リオン‥リオン!」


 ヴェルはリオンの生命の危機を感じて竜化し始めた。

 

 以下、2つの竜化条件を記す。

 1つ、リオンとヴェルの距離が離れ心肺停止状態に近付くと竜化する。

 2つ、リオンの心臓が肉体が危険な状態だと判断した時に竜化する。

 

 いずれにしても、リオンの心臓は防衛本能に従いヴェルを竜化させて、リオンの体を守ろうとするのである。凄まじい竜人の生命本能である。

 

 「ああ、そう言う事なのね。だからヴェルは竜になったのね!」


 アライザはバナードの戦いで何故、ヴェルが竜化したのか理解した。

 みるみる巨大な赤竜となっていくヴェルは口の前に光の玉を作ってアライザめがけて雷の光線を放った。

 この近距離はヤバい。光と闇の盾では防ぎきれない。貫通してくるかもしれない。  

 まだ、魔力に若干の余裕はあるので黄金の盾を作った。

 それでも、凄まじい衝撃が盾から響いてくる。力負けする。貫通はしないが押される。竜化がこれほどとは。先のバナードの戦いではジャムがいてくれたから防げたが1人は流石にキツイ。防ぎきれない。盾が弾かれる。

 こうなったら仕方がない。魔力も体力もカラッカラになるがもう1つ黄金の矢を作って飛ばすしかない。

 もし、はずしたら、船上都市ノアの一部は竜化したヴェルに壊滅されるだろう。それだけはさせてはいけない。

 きっと、ヴェルは傷付く事になる。そんな悲しい顔をさせたくない。

 アライザは黄金の盾を出しながら黄金の矢を作った。始めて使う魔法で、しかも、2つ同時は流石に気が遠くになった。目の前の視界は黄色一色でぼやけはじめた。

 幻覚も見えた。ヴェルの頭にリオンがいるのが見えたからだ。


 イヤイヤ、違う。あれは本物だ。


 リオンが今だ癒えない胸の傷をひずってヴェルの頭のしがみ付いていた。


「ヴェル、押さえろ!私は大丈夫だ!」


 リオンはヴェルの頭上にある角を握って電流を流そうと思ったその時、ドラゴンバードが襲って来た。

 縄張りで暴れる赤い竜に敵意を見せる。警戒の咆哮を上げて仲間を呼び掛けていた。

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