第17話 猫と竜と人の交わり

 ドラゴンバードは群れを呼んだ。深夜に響く咆哮は朧月夜まで届く。

 リュアン湖の森は騒がしくなった。これまで寝ていた小動物達は森から逃げ始める。鳥は木々を揺らし鳴きながら飛んで逃げた。小枝は折れて枯れた葉っぱはヒラヒラと落ちる。

 そして、10mはあるドラゴンバード達が次々と森から飛び出すと、合図の咆哮を交わし合い敵を確認し合う。

 どうやら敵は目の前にいる赤竜のようだ。同じ同族に見えるが違う。

 我々より倍はある巨体に、鱗も赤い。我々と同じように見えない。即刻、縄張りから排除せよ。

 ここは我々の安住の地。食料豊富な(人間の肉)永住の地。誰にも渡さない。

 殺せ。殺せ。殺せ!

 リオンがヴェルを押さえる前に、ドラゴンバード達がヴェルに襲い掛かる。ヴェルはリオンを守る為、アライザからドラゴンバードに狙いを変えた。

 雷の光線はアライザからそのまま、空を飛ぶ、ドラゴンバードへと移った。その過程で森はチーズケーキをカットするように焦げた線がハッキリと出来た。その後、森は爆発して炎に包まれた。空を飛ぶ、ドラゴンバードにも雷の光線が横切る。森と同じく、圧倒的な火力でドラゴンバードは消し飛んだ。

 ヴェルにとって、ドラゴンバードなど小鳥と同じで取るに足らない存在である。ドラゴンバードの群れは消滅した。残ったドラゴンバード達は一目散に散らばって逃げた。ドラゴンバードは別に問題ではない。

 問題は、雷の光線は森の外にある村にまでとどいてしまったと言う事だ。

 これ以上は騒ぎが大きくなる事を懸念したリオンはヴェルを人に戻した。人間に戻ったヴェルはそのまま気を失った。

 リオンとアライザは頷き合い、そして、ヴェルを担いで自宅へと逃げ帰った。

 それを見ていたオウムが1羽、上空を飛ぶ。そのオウムの名はジャム。

 ジャムの頭からシルクハットがズレ落ちる。そしてバッチリと決めた頭の羽が抜けそうになって頭を抱える。


「爆発がしたから、来てみれば‥猫と竜め!とんでもない事をする!記憶は操作すればいい。それで誤魔化せる。だが、森や村の被害まではどうにもならん。これ以上は隠しきれんぞい。リオンの‥神竜の存在がアイツにバレてしまう。何とかしなくては!」


 ジャムは自宅に帰らず、急いで船上都市ノアを支える船長の館へと飛んだ。


 自宅に着いた、リオンとアライザはヴェルをベットに寝かす。ふ~と一息つくとアライザは椅子に座って足を組んだ。沈黙の時間が流れるとアライザが喋った。


「で、リオン。勝負は私の勝ちって事でいいわね?」


リオンは言う。「‥だな」ああ、ヴェルとの関係が終わってしまう。


 圧倒的だった。リオンは黄金の魔法に恐怖して逃げた。これはもう、誤魔化せない。力こそすべての竜人が、力に屈服したのだ。圧倒的強者のアライザに素直に従うしかない。


「そうだな。言え、望みを!もし、お前が私に消えろと言うなら、消える。まあ、ヴェルとは離れられないが、許されるなら、別室で見えないようにひっそり暮らす」


「そう、じゃあ、私からの要求を言うわ」


 リオンは喉を鳴らす。覚悟は決めたはずだった。竜人が力比べで勝負に負けたのだ。未練など微塵もない‥。そう‥ないのだ。

 もう、2度とヴェルの肌に触る事が許されない。

 あの唇も、胸板も、あの黒髪も、船乗り特有の潮の香がする臭いも嗅げない。 

 ヴェルと海に出る夢も叶わない。

 あの地下遺跡で交わした約束は、もう、2度と交わる事はない。

 今、思い返すとヴェルと出会って、始めて人生が楽しいと感じた。

 これからは、竜の国にいた時と同じだ。ひとりでひっそりと暮らすのだ。

 そう思ったらリオンの顔が青くなってゾッとした。小さい口は金魚の口みたいにパクパクした。


 ――駄目だ。もう無理だ。戻れない。


 これからの未来、ヴェルとの人生を夢見てしまったのだ。ヴェルと共に夢を見たい。これからもヴェルの温もりを感じて生きていきたい。

 

 ――もう、1人は嫌だ。私からヴェルを取らないで!


「あ、あ、アライザ、できれば。そのだな!できたら、まだ、ヴェルと――」


「ヴェルを二人で分かち合いましょう。ヴェルは2人の物ってことで、どう?」


「へ?」


「あら?嫌かしら?これが2人にとって一番いい解決だと思ったのだけれど?」


 熱いものがこみ上げる。息が苦しい。胸の動悸が激しい。

 リオンの目から大粒の涙が流れた。

 リオンも無意識だったので驚いた。と同時に安堵した。また、ヴェルと一緒にいられる。勝負に負けたのに私は許された。

 独占は出来ないが、奪われたわけではない。それならそれでいいと思った。寧ろ、アライザが天使に見えた。

 竜人同士ならこうはいかない。勝負に負けた者は生涯イジメにあうか、殺される。

 なのに、人間の世界は何故、こうも愛に満ちているのか!

 負けた者にすら、温情を与えるのだ。

 リオンは片膝をアライザの前について頭を下げる。


「謹んでうけたまわる。貴殿の恩情に深く感謝する!」


 アライザはニッコリ笑って足を組み替える。そして、何処から出したのかキセルを咥えて吸い込む。

 リオンに当たらないように顔を横に向いて煙をフ~と上品に吐き出した。


「かったいわね~。まあ、いいわ。じゃあ~」


 アライザはいやらしい目でリオンを見ると寝ているヴェルに目を移した。リオンはアライザが何を言いたのか解らず、首をひねった。

 そして、アライザは衣服を脱いでヴェルの横に滑り込んだ。


「お、おい!アライザなにを!」


 アライザはリオンに手招きした。もう片方が空いてるから入りなさい。と言っているらしい。

 え?え?とリオンは戸惑ったフリをした。竜姫のプライドが邪魔をした。

 

 (く、屈辱だ。アライザの命令に逆らえない。私は勝負に負けたのだ。だから、アライザの言う事には逆らえないのだ。そう、上下関係は大切だ。決して、誘惑に屈したわけではないのだ!)


 そういいながら、リオンは息を荒くして急いで衣服を脱いでいく。その指は震えていた。買ってもらったばかりの上下の白い下着を脱いで、開いてる片方へとスルスルと入って行く。

 のちに言う。ヴェルは今日と言う日を後悔した事はない。何故、寝ていたのだと。

 リオンとアライザは目が合おうとお互い合図してヴェルを貪った。

 二人でヴェルを奪い合い、時に分かち合い。上から下まで嘗め尽くした。時折、ヴェルの可愛い喘ぎ声が漏れると下半身のアレがムクムクとそそり立った。

 アライザとリオンの熱い吐息が乱れる。

 そこで、ようやく、ヴェルが目を覚めす。そして、そこは天国だった。2人の女神がヴェルの体を舐め回していたのだ。何が起こっているのか訳がわからないがそんな些細な事はどうでもいい。

 馬鹿野郎、事情は後だ!今は本能が赴くままに2人を抱くんだ!

 ヴェルは竜化した反動の疲労などどこ吹く風、2人の髪を撫でまわして交互にキスをした。


「‥ヴェル」リオンとアライザの熱い眼差しにヴェルは答える。


 先ずがアライザからだ。ヴェルはアライザの下半身から突き上げた。アライザの胸は上下に揺れる。これまでコッソリ集めた性知識を総動員させて色々と体を動かしてみた。後ろから、前から、下から、縦から突き上げた。今までの思いのたけを喘ぎ声に乗せて愛し合った。互いの息は溶け合い。絶頂した。

 リオンはポカンと見ているだけだった。別に男女の営みを始めて見たわけではない。竜の国で散々見てきたのだが、リオンの知ってるものではなかった。

 竜の国では、ひたすら竜人が人間の女を犯すだけ。相手は喘ぎ声の代わりに悲鳴を上げた。

 涙が枯れようが喉がつぶれようが構わない。

 暴力的に女の胸を掴み引っ掻く。女達の肌は常に血と痣で溢れた。

 だから、セックスとはそんなものとばかり思っていた。それが繁殖行為だと思い込んでいた。

 子供を作る事=暴力だった。

 だが、違った。今、目の前で見ているそれは、お互い求め合い、愛し合い、気持ちよさそうにしているではないか。

 そして、何より幸せそうに見つめ合いトロンと溶けていた。

 知らなかった。セックスとは気持ちいいものだったのか!

 キスまでしか知らないリオンにとってそれは衝撃だった。


「リオン、おいで!」


 ヴェルは優しく微笑んだ。リオンは吸い込まれるようにヴェルの胸板に顔を埋めてキスを求めた。ヴェルはリオンの望みに答えながらリオンの下半身へと指を伸ばした。生い茂る森に佇む聖なる泉はコンコンと溢れる。リオンの背中はエビぞりになって反りかえった。


 ――何だこれは!知らない。こんなの始めてだ!


 リオンはたまらず、ヴェルの肩を掴んで、その肩に顔を押し付けた。

自分の体が自分じゃないみたいにフワフワと浮いて怖くなった。

 でも、幸せも同時に感じた。リオンの目頭が熱くなる。


 ――こんな事、誰も教えてくれなかった。誰も与えてくれなかった。

 

 ヴェルはリオンの柔らかい胸を嘗め回し揉んでベットに押し倒した。

 リオンを震えていた。あの強気な竜人は何処にもいない。

 目の前にいるのは年頃の少女が1人いるだけだった。

 ヴェルはリオンを求めた。


「ま、待ってくれ!‥怖い。震えが止まらない。助けてヴェル!私を愛してくれ!」


「勿論だよ。リオン!好きだ。愛してる。絶対に離さない!」


 それでもリオンの体は産まれたての小鹿のように震える。


「リオン?大丈夫か!寒いのか?凄い震えてるよ?」


「ハ、ハ、ハ、だ、大丈夫…だ!」


「ヴェル。少し休憩しましょう!」とアライザは言う。


「うん。リオンこっちへ」


 ヴェルはリオンを抱き締めた。冷たかった。まるで雪国に遭難して凍死しているみたいだった。

 リオンは丸くなってヴェルの腕の中で凍えた。

 そして、徐々に過呼吸は収まっていく。そのタイミングでアライザは水を持ってきてリオンに飲ませた。

 リオンの細い指は小刻みに震える。コップの中の水は零れる程揺れた。

 カサカサに乾いたリオンの唇は次第に水分を取り戻してきた。

 コップは指から滑り落ちて地面を転がる。リオンは両手で顔を隠して泣いていた。  

 始めて自分の弱さをさらけ出してしまった。それが恥ずかしくて悔しくて甘えたくなった。

 そして、ヴェルを中心にアライザ、リオンは川の字なると、自分の過去をポツポツと話し始めた。

 ヴェルはその話を一つ一つ噛み締めるように聞いた。そして、竜人に対して殺意が溢れて止まらなくなった。

 前々から竜人に対して殺意はあったが、ここまで憎んだ事はなかった。リオンは上目遣いでヴェルを見た。


「私を軽蔑したか?」


 ヴェルは首を振って抱き締めた。


「好きだ、リオン!」


 リオンはまた、泣き出してしまった。普段は強気で高飛車な態度なのに、実はリオンは涙脆いのだろうか?意外と泣き虫だ。

 アライザもリオンを抱き締めた。

 リオンの凍えた肌は徐々に体温を取り戻した。‥暖かかった。


(これが家族と言う物なのだろうか?この暖かさを知ってしまったらもう、過去の自分に戻れない。私はもっとヴェルに甘えてしまうだろう。寧ろ、そうしたい)


「ヴェル、抱き締めてくれ。もっと」


「リオン!」


 ヴェルは優しく愛撫した。リオンは震える体でヴェルを求めた。


「いいのか?無理しなくてもいいぞ?」


「無理してない。私がしたいのだ!‥駄目か?」


「駄目なもんか!」


 ――リオンは覚悟を決めた。

 

 (私はこの男を受け入れよう。コイツと生涯を共にしよう)


 リオンもヴェルに抱き着いた。リオンの柔らかい胸がヴェルに当たるとヴェルの下半身が飛び上がった。


「いくよ。リオン。無理だったら言えよ?」


「ああ」


 と言ったものの止まれる自信がない。ヴェルの暴走機関車はとっくにブレーキが壊れている。暴発寸前のいきり立った蒸気機関車は煙を上げてトンネルへと走った。

 そこは秘境の地。湿ったトンネルを開拓していると何時しか車輪は脱線して荷台の白い液が零れ落ちてしまった。


「ハア‥ハア‥スゴイ、ヴェル!もう一度!もう一度!早く!」


 ヴェルはリオンのお願いに答えた。アライザも待ってる事に飽きたらしく混じって来た。

 こうして、3人は飽きることなく愛を貪り合った。気が付けばリオンの震えはなくなり、愛おしい感情だけが残った。その内、疲れて3人は寝てしまった。

 気が付いた時には朝になっていた。目が覚めると裸のリオンとアライザが両脇にいた。リオンは起きてたらしく、ヴェルの顔をずっと見ていた。


「おはよう。ヴェル。‥キス」


 ヴェルはキスをすると、また、ブレーキが外れた。脱線した機関車はまた、トンネルへと走った。リオンは思惑通りとニヤリと含み笑うと、また、トンネルを湿らせ列車を転倒させた。こうして、ヴェルも寝坊組の仲間入りを果たすようになり、ダバンの嫌味を聞く立場となった。

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