第36話 リオンの涙

 ローグ魔法学校に入学して二週間が経った。

 人付き合いが苦手なヴェルだが、同じ教室に、良く喋る、吹雪がいてくれるお陰で、ガネッツとチャットとも仲良くなった。

 そこから輪が広がって他にも仲間が出来た。

 ホント、吹雪が仲間に入ってくれたお陰で助かってる。ありがとう。


「おい。ヴェル‥お前マジか!マジで、あのリオンと付き合ってるのか!」


 そう、言ってくるのは、元不良で金髪頭のガネッツだった。

 彼は無事、復学出来きて喜んでいた。

 それで、気を大きくしたガネッツは、死んでも吹雪を守ると皆の前で公言していた。

 その勢いに任せて、吹雪に告白したら、氷雪刀『大蛇』を喉元に突きつけられていた。その時の吹雪は何だか、悲しい顔をしていた。

 二人共お似合いだと思うのだが、吹雪は否定してくる。

 けど、アライザ情報では、ガネッツの復学には吹雪が積極的に協力したらしい。

 なんでも、アライザに協力を仰いで、校長のエルに話を付けたらしい。

 それで、あっさり決まった。でも、それは、利害が一致したに過ぎない。

 今の魔法都市は、一人でも、兵士が欲しいらしく、渡りに船だったとか?

 なんだか、きな臭い話だ。

 チャットも同様の理由で復学した。

 ただ、チャットの場合はイジメが原因で止めたので、本人は不安だったらしい。

 けど、常に吹雪とガネッツが見張っているお陰で、今の所は問題は起きていない。


「そうだけど?なに?」


「お前すげえな‥確かに、リオンは、見た目は美人で可愛いけどよ‥あれは、バケモンだ!見ろよ。リオンの近くにいるだけで、指先の震えが止まらねえ‥。多分、他の奴等も同じだと思うぜ?誰も、リオンに話かけないだろ?皆、怖がってんだよ。蛇に睨まれた蛙なんてもんじゃねえぞ!‥あれはもっとデカい何かだ!なのに、お前、なんで、アイツを抱けんだ?」


「そう?えへへ‥」


「いや、褒めてねえよ?」


――そうだったのか?だから‥?


 全く、気が付かなかった。結構ショックだ。

 勿論、ガネッツや他の生徒達にリオンが竜人であると言っていない。でも、彼等は本能でリオンの正体を嗅ぎ分けていた。

 だから、今だにリオンの周囲には人が寄って来ない。皆、リオンを恐れているのだ。

 なら、カイエンは?‥カイエンは例外なのだろう。歪んだ性癖が恐怖を中和させているのかもしれない。   

 今日も、リオンは退屈そうに1人孤独で窓の外を見ていた。

 それを見かねたヴェルは、リオンの隣に座った。リオンはビクっとして、拳を強く握った。


「何、見てるんだ?」


「‥別に」


「なあ‥そろそろ、仲直りしないか?」


「なら謝れ!お前は私の気持ちを試した。私はそれが許せない!」


「それは、お前が学校に行かないって言うから仕方なく‥!」


「フン!」


 ここで、話は平行線となって終わる。

 リオンからは絶対に謝らない。それは例え相手がヴェルでもだ。

 人間に頭を下げるなど、竜人としての誇りが許さないらしい。

 本当に竜人ってヤツは‥。

 ヴェルは立ち上がり、リオンから離れた。


「ヴェル、一緒に帰ろうぜ!」


放課後のチャイムが鳴る。帰る支度をしているヴェルに声をかけてきたのは、リナの幼馴染であるヒューゴだった。ヒューゴは褐色肌で黒髪。笑うと綺麗な白い歯がキラリと光る。爽やかな青年だ。

 そのヒューゴの後ろで、リナはちょこっとだけ顔を覗かせる。

 ヒューゴとリナは共に竜騎士を父に持つ。

 それで、家族ぐるみの付き合いなのだとか。

 因みに、竜騎士とは、ドラゴンバードを魔法で調教して戦う兵隊の事である、正式  

 名所は魔法都市飛行警備隊というのだが、長いので皆、竜騎士と言っている。

 

「あ、あの、リオンちゃんも一緒に帰ろう?」


「‥」


 リオンはリナを睨む。敵意を剥き出しにした、凄い殺気だった。

 ヴェルは私の物だ!リオンの目から、その様に、ハッキリと聞こえてきた。

 

「あ、え?その‥」


 リオンの殺気に委縮してしまったリナは、ヒューゴの後ろの隠れてしまった。

 だが、それでも、リナは引かなかった。

 リナはヒューゴの制服を強く握って背中越しから必死に語りかけて来た。


「あ、あの、私ね!りりり、リオンちゃんとも仲良くなりたいな?駄目かな?」


 リオンの表情に感情は無かった。何か考えているようにも見えた。

 ヴェルはリオンが心配だった。

 それは、リオンはヴェルとアライザ以外、余り喋らないからだ。

 吹雪とさえ、一言二言交わす程度。いつも1人で窓の外を見ている。

 その姿が、なんだか、寂しそうに見えた。

 だから、ヴェルは事前にリナとヒューゴに頼んでリオンと友達になってくれないかと頼んでみた。     

 ヒューゴはちょっと考えていたが、リナが前のめりになって、OKしてくれた。

 どうやら、前からリオンの事が気になっていたらしい。

 

「‥リオン?俺からも頼むよ」


「‥フン。好きにしろ」


 リオンは顔を背けながら立ち上がった。

 リナは嬉しくなって、思わずヒューゴの後ろから顔をだした。

 その顔は真っ赤だった。

 けど、リナ以上に嬉しかったのはヴェルだった。

 

「ありがとう。リオン」


「‥なんで、貴様が喜ぶ?」


「なんでって?当たり前だろ!リオンの事が好きなんだから!」


「答えになってないぞ‥‥バカ」


 こうして、帰りはヒューゴとヴェル、リオンの横にリナが肩を並べて帰るのが日課になった。

 帰り道にちょっと寄り道したり甘い物を食べたり、お互い剣と槍で稽古したり、演劇をみたりと親交を深め合った。

 学校が休みの日は吹雪、ガネッツ、チャット、アライザも加わって皆で釣りやピクニックを楽しんだ。

 初めは、緊張していたリオンだったが、徐々に打ち解けていった。

 特に釣りは白熱した。次から次へと吹雪が大物を釣り上げるので、怒り狂ったリオンはヴェルの制止を聞かず、海に潜って更に巨大な獲物と捕まえてきた。

 どうだ!と勝ち誇ったリオンの笑顔を見て、ヴェルは肝を冷やしたが皆は笑ってくれた。

 それで、リオンの正体を隠す気が失せた。

 彼等に知ってほしくなった。出来たら味方になって欲しかった。

 リオンは無害とは言わないが、話が通じる竜人だと言う事を‥。

 それを、アライザに相談したら、ヴェルに任せるわと言われた。

 だから、ヴェルは一か八かにかけてみた。

 皆が落ち付いた頃、ヴェルはリオンを背にした。


「実は皆に話があるんだけど‥」


「どうしたの、ヴェルお兄ちゃん?」


 ヴェルが急に真剣な顔になったので、チャットは首を傾げた。


「皆、落ち着いて聞いてほしい。リオンの事で話があるんだ!」


 話の内容を察した吹雪は静かになって俯いた。それは、リオンも同じだった。

 だが、違ったのは、リオンは真っ直ぐ顔を上げて皆を見つめた。

 皆は吹雪とリオンの様子を見て、さっきまで楽しかった時間が冷え始めた。


「なんだよ、改まって?お前等が付き合ってる事なら知ってるぞ?」


 ガネッツは場の空気を和らげようとしたが、ヴェルは首を振った。


「今から言う事は他言無用でお願いしたい‥」


 ヴェルはここで言葉が詰まった。

 ここに来て迷い始めた。

 ホントに言って大丈夫なのか?早とちりしてなか?

 リオンを危険にさらしてないか?

 ヤバい!気持ちは盛り上がって。1人で先走ったか!


「‥いや‥実は――」


「私はお前達が嫌いな竜人だ!つまり、貴様等の敵と言う事だ!どうだ!参ったか!我にひれ伏せ!人間共!」


 リオンは頭から角を突き出した。


「いや、違う!リオンは敵じゃない!違うんだ!これはその‥」


 余りの不意打ちにヴェルの方が焦った。まさか、リオン本人から真実を口にするとは思わなかった。

 皆、呆けた顔をしていた。

 そりゃそうだ!いきなり、目の前に竜人が現れたらそうなる。

 やはり、はやまった!失敗だった。

 もう、挽回は効かない。この先、魔法都市にもいられなくなる。

 ああ、もっと、俺が思慮深ければこんな事にならなかったのに!

 ゴメン。アライザ、吹雪、リオン!

 

「いや、何となく知ってたが?なあ、皆?」


「う、うん。何となくだけど‥でも、実際、聞かさられるとちょっとだけビックリしちゃったかな?」


「ああ、何をいまさらって感じだな?寧ろ、もっと早く言えよ!バ~カ」


「あ、あのね。実は皆で相談してたんだ!もし、リオンお姉ちゃんが竜人でも仲良くしていこうって!だって、リオンお姉ちゃんの赤い瞳ってとっても綺麗なんだもん。それって心が純粋で綺麗なんだと思うんだ!だから、これからもよろしくね。リオンお姉ちゃん!」  


「へ‥?」


 ヴェルは全身から力が抜けて腰を落とした。


「ありがとう。皆!ホントにありがとう」


 ヴェルは下げた頭を上げると、皆は、驚いた顔でリオンを見ていた。

 どうしたんだ?皆がリオンを見ているのでヴェルも振り返ってリオンを見た。

 そしたら、ヴェルが一番驚いてしまった。


 それは、リオンが泣いていたからだ。

 必死に口を結んで嗚咽を我慢しているが口元は震えている。

 そして、凛々しく、真っ直ぐ、皆を見つめる赤い瞳。

 その太陽の様に赤い瞳から、とめどなく溢れる熱い涙が、大粒となって流れた。

 

「リオン‥お前‥」


「ヴェル。私は何故、泣いているのだ‥。解らん。解らんのだ!」


 ヴェルも涙が溢れてきた。


「何故、貴様も泣く?」


「俺も解らない。けど、嬉しくって‥リオン」


 ヴェルはリオンを優しく抱き締めた。 


「あ‥馬鹿。今は、今は‥駄目。離れてくれ!私、どうにかなってしまう‥」


「あ、ああ、ゴメン!つい!」


 慌ててリオンから離れるヴェル。周囲は暖かい目で見守った。

 リナが前に出て来てリオンの手を取った。


「リオンちゃん。これからも、よろしくね!」


「あ、ああ‥」


「へへへ~うれしいな。やっと、リオンちゃんと通じ合った気がする!」


「フフ‥そうかもな‥」


 リオンは涙を拭いて笑った。

 それ以来、自然とリオンの隣にリナがいるようになった。教室でも1人になる事はなくなった。

 皆がリオンを中心にして輪になって集まってくる様になった。

 


 

 

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