第35話 告白

 吹雪はガネッツの案内で、モーリス元研究所前に着いたが、少し、いや、吹雪にとって、大分、困った事が起きた。


「ですから、困ります!」


「いいや、俺は付いてくぜ!」


 それは、ガネッツが吹雪について来ようとするのだ。


「もう、何でついて来るんですか!案内してくれたのは感謝します。けど、ここからは、ガネッツさんには関係ない事です。お引き取り下さい!」


「いいや。関係あるね!」


「それはなんでしょうか?」


「アンタに惚れたからだ!」


 突然の告白に吹雪は絶句して息が止まった。嬉しいより恐怖が先立ち、全身に鳥肌が立った。

 震える体を押さえて吹雪はガネッツを睨んだ。


「‥その理由が一番困るんです。‥なら、ハッキリいいますね。いいですか!私は貴方に興味はありません。なので、お付き合いする気はありません!これで解りましたか?どうぞ、お引き取り下さい!」


「それってつまりよ‥」


「やっとわかりましたか‥そ――」


「嫌いじゃないって事だよな!いや~良かったぜ!大っ嫌いって言われたら流石に立ち直れなかったぜ!」


「え~!どうしてそう受け取るんですか!」


「なら、ハッキリ言ってくれよ!嫌いだって!」


「嫌いです!」


「‥うん!OKOK!イヤよイヤよもスキのうちってやつだな!」


「違います!本当に困ります!止めて下さい!」


「イヤ、わりいけど、俺‥マジだから!」


「余計、質が悪いです!もう!」


「どうしたの?お姉ちゃん?声‥中まで響いて来るよ!」


 チャットは起きたばかりなのだろう。目を擦りながら寝ぐせを付けて建物から出て来た。


「ああ、チャット良かった!実は渡したい物があるんです。はい、コレ!受け取って下さい!」


 吹雪はチャット専用の制服を両手で持って渡そうとしたが、チャットは受け取らなった。


「ゴメン。僕、学校行かないから、いらない‥」


「で、でも!きっと楽しいですよ!だから、一緒に学校行きましょう!何かあったらお姉ちゃんが守りますから!ね?」


「学校が?嘘!そんなわけない!楽しいわけない!」


「そんな事言わないで‥ね?」


「お姉ちゃんには悪いけど、本当に行きたくない‥」


 困惑して打つ手がない吹雪の前にガネッツが前に出て来た。


「ガネッツさん?」


「おい、ガキ!俺を見ろ!どう見える?ハッキリ言ってみろ!怒らねえから‥」


「え?どうって‥」


「何でもいいぜ。いいから、言ってみろ!」


「‥ふ、不良っぽい‥かな?」


「正解だ!俺は魔法の才も戦士の才も無くってよ。まあ、落ちこぼれだ。気が付けば、学校辞めちまってた。その後は悪い事は何でもやった!お前は俺みたいになりてえのか!」


「僕は別に落ちこぼれじゃない!アイツ等を見下す為、こっちから止めたんだ!」


「だったら、逃げずに戦うべきなんじゃないか!言っとくけどよ。そっちには何もねえぞ!今、お前が行こうとしてる道の先には何もねえ!真っ暗だ!夢も希望ねえ。光は一切、届かない。そういう場所だ!さっきまでそこにいた俺が言うんだから間違いねえ!」


「ガネッツさん‥」


 ガネッツの言葉に吹雪は竜の国の出来事を思い出していた。

 あそこは文字通り、真っ暗で夢も希望もない場所だった。

 女達は慰み者にされ、子を宿す為だけに生かされる。

 それは家畜と同じで、人間の尊厳なんて木っ端微塵に砕かれ弄ばれた。

 それでも、私は家族の元に帰る為、戦った。

 ああ、そっか、なんだか、ガネッツさんとは初めて会って気がしなかったのはそういうことか‥。

 

 「‥今は違うの?」


 ガネッツはチャットの前に来て、チャットの目線まで腰を下ろして、チャットの頭に手を置いた。そして、ガネッツは笑った。


「ああ、心底、惚れた女に出会っちまった!俺よ‥吹雪の笑顔をもっと見て見たいんだ!その為なら何だってするぜ!チャット、お前も男なら解るだろ?なあ!」


「ちょっと!ガネッツさん?勝手な事言わないで下さい。私、認めてませんからね!」

 

 そうはいっても、吹雪は耳まで赤くなった。

 そんな吹雪を見てガネッツは思った。

 お!これは脈アリだ!よっしゃー!押せ押せドンドン!

 

「‥僕に光なんてあるのかな?」


 パパの事。ママの事。おじいちゃんの事。とてもじゃないけど、1人じゃあ解決できない。

 でも、もし、目の前のお姉ちゃんにお兄ちゃんが協力してくれたら‥もしかしたら?


「それは、チャット、お前次第だぜ‥って言いたいところだが!悪いが強引に連れていく!暗闇にどっぷり浸かり過ぎると気持ち良くなって自力じゃあ出られなくなっちまうからな!」


 そう言うと、ガネッツはチャットを持ち上げて肩車した。


「お前軽いな?ちゃんと食ってねえだろ?吹雪、コイツに飯食わせてやろうぜ!」


「え?あ、はい!」


「何が光かはゆっくり見つければいいさ。今は取りあえず、生きろ!」


「‥」


 吹雪は気が付けば、ガネッツの大きな背中を見つめていた。

 淡い恋心が芽生えそうになった。

 だが、その事に気付いて、吹雪は頭を振って気持ちをリセットした。


 学校に行く道中、レストランに入って、チャットにご飯を食べさせた。

 チャットはスプーンを持つ手を震わせて暖かい海鮮スープを一口飲んだ。

 そしたら、涙が溢れて来た。

 父の事、母の事、祖父の事。生活の事で過度なストレスせいで、今まで、何を食べても味がしなかったのに‥味がした。

 不思議だ。僕は一人っ子だけど、もし、僕にお兄ちゃんとお姉ちゃんがいたらこんな感じなのかな?

 昨日今日と、初めて会ったばかりの吹雪とガネッツの前で、チャットは初めて、心の底から安堵して食事をしている。

 それは、この二人は僕を裏切らないからだと思う。

 解らないけど何故かそう感じる。

 

 ――あれ?‥これが光?


 吹雪はハンカチを出して、チャットの目元に流れる涙を、優しく押し当てて、拭いてあげた。


「いや~しかし、これでホントに目が見えないのかよ?すげえな!」


「フフ‥」


 隣の席から話声が聞こえてくる。


「まあ、お似合いの家族ですこと!」


「ハハハ、そうだな」


 その声に吹雪は真っ赤になってハンカチを急いでしまった。


「おい!聞いたかチャット!俺達、家族に見えるらしいぞ!フフフ~どうよ?吹雪!俺達お似合いらしいぜ!」


「知りません!勝手に盛り上がるのは止めて下さい!全くもう!チャット、こんな大人になっちゃ駄目ですよ!」


「プ‥アハハハハ!」


 チャットが大笑いした。「もう、なんですか?フフフ‥アハハハハ」吹雪とガネッツもつられた笑った。

 久しぶりです‥こんなに笑ったのは!

 竜の国から脱出して、吹雪は初めて心の底から笑った。

 果たして、救わたのはどっちなのか?吹雪は自問してしまう。


「よし!決めたぜ!俺も復学する!」


「まあ、それはいいですね!ねえ、チャット?」


「うん。お兄ちゃんがいてくれたら僕も嬉しい!」


「へへ!よっしゃー!やるぜ!」



 リオンとヴェルは転校生と言う事になった。

 クラスは15人程度の少人数制だった。

 先生の紹介で教壇に立つと自己紹介する事になった。ヴェルはそつなくこなしたが、リオンは一言「リオンだ!」で終わった。

 先生は呆気に取られていたので、ヴェルがすかさずフォローに入って事なきを得た。

 2人の席は後ろの席で隣同士だったが、相変わらず、喧嘩中の為、距離を開けて座っていた。

 授業の内容は基本的な魔術の内容と格闘理論から心理学と幅が広かった。

 文字は前からアライザから習っていたので、問題ないのだが座学が高度な内容な為眠くなった。

 リオンは相変わらず、授業は聞いていない。時折、チラリとヴェルを横目で見てくるくらいだ。

 ヴェルも人付き合いが得意ではないが、多少の社会経験があるので何とか打ち解けた。

 だが、リオンの周囲には人が寄って来ない。それは、容姿が美しすぎるせいなのか?遠慮して誰も集まらない。

 流石に不憫に思ったヴェルはリオンに歩み寄って話しかけた。


「リオン、一緒にご飯食べよう?」


 リオンは目を丸くして驚いた。「ああ」と言って立ち上がると横から男女の生徒が入ってきた。


「ヴェル!一緒に飯食おうぜ!コイツがヴェルと飯食いたいんだって!」」


「ちょっと、も~!‥え~と‥ね?一緒にどう?駄目‥かな?」


 男子生徒の後ろに隠れて、モジモジしている女子生徒がいた。名前はリナ。 

 癖ッ毛が目立つ、真っ白なショートヘアで、一見、気は強そうで、ボーイッシュな容姿からは想像で出来ない程、気が小さい少女だった。


 「いいよ!リオンもいいだろ?」


 リオンはつまらなそうにソッポを向いてしまった。


「あ、ゴメン。邪魔しちゃった?」


「別にいいよ。こっち行こう!」


 .ヴェルはリオンから少し離れた席でお昼ご飯を食べた。勿論、アライザが用意してくれたお弁当だ!感謝!

 まあ、それはいいとして、このまま、リオンと疎遠になるのかな?

 そう考えるとゾッとした。

 早く、仲直りしたいのだが、タイミングが掴めず、中々、話す機会がない。

 でもな~、俺も悪いけどリオンだって悪い!

 だから、こっちから謝っていいものか‥?

 こうして、仲を修復する機会を逃していくヴェルだった。

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