第20話 負けられない

 リオンの胸元の傷は再生されていく。それは別にどうでもいい。

 問題はヴェルの手足の痛みがリオンに伝わってくることだ。手足の感覚がマヒして上手く力が入らない。もう、気が失いそうで立っているのもやっとだ。だが、ここで膝を曲げる訳にはいかない。

 カイエンだけは、此処で殺すと心に決めている。カイエンはリオンの大事な思い出を踏みにじった。リオンのプライドを弄んだ。

 まるで、心の中まで犯されたみたいで最悪な気分だ。ドロッとした白い粘液が体中に付着している。悪臭で鼻が曲がる。今すぐ、身を清め綺麗な体に戻りたい。リオンは舌打ちした。またしてもヴェルの目の間で醜態をさらしてしまった。

 

「貴様は殺す。覚悟しろ!」


 強気の発言とは裏腹に血の巡りが悪いのか?体が寒く感じて震えるリオン。無意識に腰が引けてた。息も上がっている。空気は薄く感じて苦しい。手足の激痛で上手く電流の調整も出来ない。


「へ、へへ無理するなって!今のお前じゃあ俺様にゃあ勝てない。なあ、リオン?俺の女になれよ!そうすれはヴェルは助けてやってもいい。俺の狙いはお前だけだ。なあ、悪くねえ話だろ?」 


「断わる!私はヴェルの物だ!心も体も全てだ!そして、貴様は此処で殺す!」


 取り付く島もない。リオンはヴェルの前に立って壁になった。


「ヴェル、ヴェル、ヴェルってクソが!うるせえんだよ!」


 カイエンは炎を手から出してリオンに投げた。しかし、この程度の炎だったら今のリオンでも問題ない。そう判断して飛んで来る炎を握り潰した。そこで有る事に気が付いた。


「貴様、この炎?バナードの炎ではないのか?何故貴様が使える。答えろ!」


「ちげえ!これは俺様の力だ!」

 

 カイエンは翼を広げて空に飛んだ。そして、両手を広げると頭上に巨大は火の玉が膨れ上がっていく。その火力を見てリオンは鼻で笑った。


「最後のチャンスだぜ!俺の――」


「断わる!貴様如きでは私に勝てん。その程度の熱量で私とヴェルの間を引き裂く事など出来んぞ!愚か者め!」リオンは空中にいるカイエンを


「クソが!馬鹿にしやがって!喰らえ!」


 カイエンは巨大な火の玉をリオンめがけて落とした。カイエンは勝ったとニヤリと笑うのだが、リオンは動じなかった。


「馬鹿!避けろよ、リオン!」逆にカイエンが動揺して叫んでしまった。


 直径15mの火の玉は落下する。が、しかし、またしても、リオンは片手でその火の玉を受け止め握り潰した。カイエンは驚き茫然自失した。


「は?なんでだ?馬鹿な!馬鹿な!何で効かねえ!」


「やはり、弱いな。バナードの炎はもっと強かったぞ。どういう経緯でアイツの力を手に入れかは知らんが、弱い。まるで、竜人の劣化版だな!」


「そんなはずはねえ!何かの間違いだ!」カイエンは連続で炎の玉を投げてきた。


「なら、本当の竜人の力を見せてやる!」リオンは手からバリバリと音立てて直径20㎝の電気の玉を浮かせた。それを大きく振りかぶってカイエンに投げた。

 空気を切り裂き、爆音を轟かせながら、電気の球は空へ駆け上がる。

 次々、降り注ぐ炎の玉は風圧だけで消えていく。力の差は圧倒的だった。カイエンが気づいた時にはもう、電気の球はカイエンに直撃していた。


「があああああああ」


 カイエンの体から煙が上がる。全身痙攣して指先まで痺れた。


 ――勝てない!無理だ!このままでは負ける。


 本能で悟ったカイエンはリオンを睨むと「次は必ずお前を奪ってやる!」そう言って夜の空へと去って行った。


「行ったか‥?」


 リオンは気が抜けて倒れてしまった。本当はカイエンを焼き切るつもりで投げた電気玉だったが調整が上手くできず殺せなかった。一息つきたかったが、再び立ち上がりヨロヨロと歩き出した。


「大丈夫か、ヴェル?助けるのが遅くなったな!」


 リオンはヴェルにもたれかかった。そこでヴェルは気付いた。リオンはかなり疲労していたのだ。きっと、さっきの戦いはギリギリの勝利だったのかもしれない。


「俺は大丈夫。リオンこそ大丈夫か?」


「はは‥正直ヤバかったな。アイツじゃなく、本物の竜人だったら殺されたか、掴まっていたな‥」そう考えるとまた、震え出した。今回の戦いは精神的な疲労も強かった。カイエンはリオンの心を抉ってきた。ホントにもう、駄目かと思った。思い返すだけでリオンの目から涙が溢れかえる。


「私は‥汚された‥アイツに汚された!私は‥汚い‥」


「そんな事ない!」ヴェルはない手でリオンを抱き締めた。


 リオンはヴェルの胸の中で涙を流した。それは安堵の涙だった。


(私は弱くなったのだろうか?最近の私はよく泣く。ヴェルの温もりを知ってからつい甘えてしまう)


 リオンはヴェルにキスをした。唇が暖かい。ヴェルの私に対する感情が舌を絡めて伝わってくる。最近は心臓以外にもヴェルの気持ちを感じるのだ。なら、きっと、私もそうなのだろう。ああ、最後の貞操が守れて、ホントによかった。 ヴェルとリオンの口は熱い唾液の糸を引いて離れた。

 

「あ!そうだ。アライザを起こさないと!」


 何も知らず、ぐっすり眠るアライザをリオンが起こすとヴェルの手足がない事に驚いて直ぐに治癒魔法をかけてくれた。安堵したアライザがリオンを見ると裸になっている事に更に驚いた。


「ちょっとリオンどうしたのそのカッコ?」


「いや、実はな‥」


「ちょっと待って!リオン貴方臭いわよ!」


「ば、馬鹿!アライザの馬鹿!臭くない!私は臭くない!」


 リオンはアライザの胸に拳をポンポンと叩いて事情を説明した。取りあえず、水の魔法でリオンの体を洗い流したのだが、破れた衣服は元には戻らなかった。リオンは敗れた衣服を、胸に抱いて肩を落とした。


「また、買うよ。リオン。だから‥」


「この服がいいんだ。始めてヴェルが買ってくたのに‥それに服って高いんだろ?無理するな‥」 

 

 リオンが買ってもらった衣服は高級品である。勿論、安く収めようとすれば出来るのだが、それは殆ど布一枚の姿に等しい。

 漁師が衣類に出来る魚を捕まえるのだが、衣類用の魚は深海に生息している事が多く、命にかかわる事がある。命を削って捕まえた魚の皮で衣類を作る。まず、臭みが取れるまで何度も水洗いと天干しを繰り返す。次に、このままでは固くて使えないので、特殊な油を柔らかくなるまで何度も染みこませる。その後、職人が裁縫して店に並ぶ。

 一着の衣類に漁師の人命がかかっているので、全ての工程に職人は神経を研ぎ澄まさなくてはいけない。元々希少な衣類に、職人の人件費がかかる。

 例えば、リオンの衣服を一式そろえるだけでヴェルの1ヵ月の給料の3分の1が消える。決して安い買い物ではないのだ。

 それを承知でリオンはヴェルに頼んで衣服を買ってもらった。全てはヴェルを誘惑して愛してもらう為に。それなのにカイエンは無下に破ったのだ。思い出したら怒りが再発して来た。


「クソが!許さんぞ!アイツは絶対に殺す!忘れんからな!今度会ったらギタギタにしてその皮を剥いでやるからなあああ!それから、衣類にして闇市に流したやるぞ!ふわっはっはっはっはっ!」


 今度は、悔し涙はポロリと零れた。リオンは涙を拭いて再戦を誓ったのだった。

 

「それはそうと、今後の事よ?どうするの?」アライザはリオンにローブを羽織らせヴェルに聞いた。その問いにヴェルは迷いはなかった。


「決まってる。ジャムを助ける!」


「いいの?リックは逃げろと言ったのよ?」アライザはヴェルを試すように敢えて聞き返した。


「ジャムも一緒だ!俺はアイツと一緒がいい!」


「アイツは信用ならん!人の記憶を操作するんだぞ?ホントに助ける価値はあるのか?私達だってやられてるみたいじゃないか?」リオンが不信感でいっぱいの目でヴェルを睨んだ。


「俺は信じる。ジャムにも事情があるんだろう。それにアイツは小さい頃から傍にいてくれたんだ。今更、ほっとけない」


「ふん。ヴェルがそれでいいなら、まあいい。だが、もし、ジャムが不振な行動したら私は殺すぞ!」


「殺すのは勘弁してくれ!リオンは直ぐ殺すって言うな?お手柔らかにしてくれよ」


「当たり前だ。弱者には死を!危害を加えるものには報復を!が竜人の掟だ。私は竜人の男は嫌いだが教えは正しいと思っているぞ!‥ふむ」リオンは頭に中でその教えを復唱して納得したようで1人頷いた。


「そんなの駄目だ!リオン!弱者って人間だろ!人殺しは良くない!」


 リオンはフンと首を横に振って口を尖らせた。その仕草は可愛いが思想が恐ろしいかった。これが洗脳というやつなのだろうか?これが竜の国なのだと改めて思い知った。リオンは悪びれた様子はなく。当たり前のように言ってのけた。

 リオンは横目でヴェルと目が合うとニッコリと微笑んだ。ヴェルもつられて引きつって微笑んでしまった。リオンの二面性を見たようでゾッとした。


「で、どうやって助けるの?まさか正面から『こんばんわ』する訳じゃあないでしょうね?」


「だよな~正直考えてない」


「さっきも言ったけど、一時的に避難しましょう。知り合いにツテがあるのよ」


「へえ。それは何処?」ヴェルは目を輝かせて聞いてくる。何だか冒険みたいでワクワクしてきた。


「それは‥独立を目指してノアと争っておる魔法都市ロビンよ。船上都市ノアは認めてないけど、私達には安全な場所になるはずよ」


 話が終わると、ヴェルはリックの遺体を火葬した。様々な思い出を胸に黙祷を捧げた。


 その日の夜、カイエンはとある倉庫にいた。埃とカビの臭いでむせる。真っ暗な倉庫に、唯一、月明かりだけが窓から射していた。カイエンは冷汗を流して待機したいる。

 奥の暗闇から男がカツカツと靴の音を鳴らして近づいて来る。

 顔は見えないがパリッとしたスーツを着ている。

 高級衣類を着こなすその男は、カイエンから少し距離を取って椅子に座った。

 足を組んでキセルに火を点けて煙を吐いた。

 男は苛立っていた。苛立ちは煙に伝わる。滝のように流れる煙はモクモクと不機嫌に霧散して消えて行く。


「で?リオンの心臓と遺物はどうした?この件はお前1人でいいと言ったから任せたはずだが?」


「いや、リオンに心臓がなかったんだ!アイツの胸を貫いたがなかった!ホントだ!信じくれ!」


「ほう?それは初耳だ!」


「だから――」


 キセルの男はカイエンの言葉を遮る為に手を前に出す。カイエンは言葉を詰まらせせ黙ってしまった。


「だが、リオンを犯せと言った覚えはない!そのせいで相手に反撃の機械を与え、尚且つ、心臓の在処も解らなず、遺物も回収できず。任務を遂行出来ないゴミはどうなるかわかるか!」


 カイエンの周囲は、いつの間にかローブをかぶった者達に囲まれていた。カイエンはジリジリと後退した。駄目だ。このままじゃあ、殺される。何か生き残る方法はないか?カイエンは必死に頭を回転させた。


「ちょっと待て!もう一度チャンスをくれ!俺ならリオンの心臓の在処を探して見せる!っていうか、大体の見当は付いてる!」


「‥それは何処だ?」キセルの男は煙を吐く息を止めた。


「理由は解らんねが、ヴェルを蹴った時、リオンも同時に苦しんだんだ!だからよ~!もしかしたら、リオンの心臓はヴェルの中にあるんじゃあねえか?」


 カイエンは助かりたい一心で真実を交えながら大ウソを付いた。だがそれが、真実を付いている事に、その場しのぎの嘘を付いたカイエンは、知る由もなかった。

 カイエンの嘘にキセルの男は考えていた。やった!考えてるぞ!生き残れる?そうだ、もっと考えろ!カイエンは内心ニヤリと笑った。


「なるほど。転心の術か‥可能性はある‥か?」


「な!な!そうだろ!だから、もう一度チャンスをくれ!」


 キセルの男は立ち上がる。暗闇で見えないはずの男の顔は、鋭い眼光を光らせカイエンを値踏みする。その目で睨まれるだけで、カイエンの体は縮み上がった。


「よかろう。チャンスをやる。だが、その情報は真実なら、捉える対象はリオンとヴェルの2人になる。ならば、1人では無理だな。貴様はゴウラの配下に入り指揮に従え!そして、必ず、私の前に生け捕りにして連れて来い。いいか!決して殺すな!もし、殺した場合は、貴様の命はないぞ!これは脅しではない。解ったな!」


「ちょっと待ってくれ!このままじゃあ俺はリオンに勝てねえ!さっき、アイツと戦って解っちまった。手負いのリオンにすら負けたんだ。正直、実力差が有り過ぎる。 だから、もう一本、俺に例のアレをくれ!いいだろ!貴重な情報だったんだろ?褒美をくれよ!」


「‥よかろう」


 そう言って、キセルの男は闇に消えた。周囲のローブをかぶった者達も消えていた。代わりの研究員らしき白髪の老人がスーツケースを持ってきてカイエンの前でケースを開いた。中には5㎝程の細長いガラスケースが10個ほど入っていた。ガラスケースの中には緑、赤、白、黒と色々な液体が入っている。白衣を着た白髪の老人は枯れた声で言う。


「どれが欲しい。1つだけやろう。海炎のバナードは弱かったか?そうか、改善が必要か‥。なら、天竜のジェイドはどうだ?コイツは音速で空を飛んだと言われている。ほかには大地を割ったと言われる地割れのドンゴがお勧めだぞ?」


 カイエンは周囲を見渡す。誰もいない。カイエンは薄ら笑いを浮かべる。


「全部だ!全部打ってくれ!」


「馬鹿な!本来は一本が限界なのだ。二本目からは生存率は50%を切る!覚醒するその間の苦しみはバナードを打って知っているだろう!無理だ、止めておけ!死ぬぞ!」


「ジジイ!打たないなら、貴様をこの場で殺して自分でやる。どうする?実験大好きなんだろ?いいじゃねえか!本人はやりたいって言ってんだぜ!アンタは脅されて仕方がなくやった‥だろ?」


「‥ヒヒ。し、仕方がないな。腕を出せ!打ってやる!精々、いい、実験体になってくれよ!だが、一応忠告しておくぞ。10本打てば生存率は1%を切る!いいんだな!」


「は!クソじじが!今更、止める気なんかありゃしねえだろが!構わねえ、打て!」


(見てろリオン。劣化版だって寄せ集めれば竜人を越えられるってとこ見せてやる!リオン、お前は俺も物だ!ヴェルに渡さねえぞ!)


 白髪の老人は嬉々として10本の液体を次々にカイエンの中へと注入した。10人の竜人のDNAはカイエンの全身を駆け巡る。そして、あらゆる毛穴から口から目から耳穴から血が噴き出した。バナードのDNAを打った時の比ではなかった。あの時も苦しかったが、生存率は70%だった。運良くカイエンには適正があって生き延びた。訳も解らず攫われて挙句、実験と言う名の玩具にされて、化け物になったが、カイエンは喜んだ。何者にもなれない自堕落な生活が一変したのだ。

 

 カイエンは言う。変化は大切だ。何も無い人生が一変するからな!力は才能あるやつを見下せる。力があれば才能ある奴から奪う事も出来る。これに勝る喜びはない。

 

 だから、負けられない。また、真っ暗な生活に逆戻りになってしまう。それに、カイエンにも、欲しいものが出来た。

 血のような赤い髪に燃えるような瞳の女。気位が高く高飛車な女。


 ――竜人リオンだ。


 アイツを屈服させたい。アイツに睨まれると下半身と心が疼く。

 あれは俺の物だ!だが、こともあろうか、ヴェルと付き合っただと!許せねえ!アイツの心も体も俺様の物だ!

 カイエンの悲鳴は倉庫の外まで響く。白髪の老人はニタニタ笑うだけで、なにもしようとはしない。それが1時間は続いた。カイエンにとっては生死を彷徨う永遠の時間だった。何度も死にたいと思った。だが、カイエンの生命力がそれを許さなかった。死にたくても死ねない1時間、気が狂うに十分な時間だったがカイエンは耐えてみせた。地面には大量に血が流れていた。

 カイエンは何度も、切れかけた命をつなぎ留め、立ち上がった。自身の体を動かしてみた。問題なく動く。あれだけ苦しかった痛みはもうない。


「おお!見事だ!素晴らしい!サンプルに貴様に血をくれ!いいだろ?な!な!」


 白衣の白髪の老人は子供も戻ったように駄々をこねてせがんで来る。カイエンはここで老人を殺してもいいが、後々、足がついて面倒になりそうなので止めた。カイエンは黙って腕を出した。老人はヒヒと笑いながら歓喜に震えた指でカイエンから血を搾取した。

 

 その後、事件が起きた。巡回中の海兵が海の真ん中で漂う船を見つけた。その船はダバンの登録船だった。調べた結果、ジュークの死体が発見された。同乗していたリビアとダバンは行方不明で生死は確認出来なかった。

 

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