第24話 氷雪刀『大蛇』

 豪雪は居合を構え、吹雪は上段に木刀を構える。吹雪は思わずニヤニヤと笑てしまう。

 

 (楽しい。剣術がこんなに楽しいなんて知らなかった!)

 

 何でもっと父の教えを守って練習に励まなかったのかと後悔していた。


「お父様。私、今凄く楽しいです。さあ、何時でもどうぞ!」


「フン、生意気言いおる!」


 あえて間合いに入って来た吹雪にカチンときた豪雪は抜刀した。

 ‥が、吹雪は木刀の柄の裏で豪雪の木刀の先を捕らえ止めた。

 そのまま、豪雪の懐に入って、豪雪の首に木刀を刃の部分を当てる。

 その動作に一切の無駄がなかった。合理的で美しく周囲は唸り声を上げる程だった。


「それまで!」


 雪は試合終了の合図で手を上げた。吹雪は浅く息を吐いて一礼した。


「い、いやじゃ!儂は負け取らん!まだ、やるもん!」


 豪雪はバタバタ駄々をこねるので、小雪に首根っこを掴まれて寝室に戻された。吹雪を始め生徒達は見なかった事にして吹雪の周囲に集まって称賛した。

 雪は驚いて動けなかった。


「凄いな。何時の間に‥。俺も負けてられない。それに、父さんも元気を取り戻したみたいだ。良かったよ!」


「はい、よかったです!それで、約束でお父様に勝ったら大蛇を貰える約束なのですが‥」


「ああ、わかってる。こっちだ。ついて来い!」


  屋敷の奥にある蔵の前に豪雪、小雪、雪、吹雪が集まった。

 蔵の扉は鋼鉄で出来ていた。その扉には霜がこびり付いていた。ヒンヤリと冷たい。どうやら、凍っているみたいだ。その上に頑丈な鎖が×の字で繋がっている。中心に南京錠が付いていた。

 豪雪は鍵を取り出して南京錠を開けた。そして、厚手の手袋をはめて扉を開いた。扉の隙間から冷気が一気に噴き出した。それだけで周囲の草が凍った。吹雪達は冷気を纏って相殺していたので無事だった。吹雪は息を吞んで敷居を跨いだ。

 扉から漏れる光の先に、一本の刀が冷気を放って土台に刺さっていた。

 その周囲には何もない。この一本の刀だけの為にこの蔵があった。吹雪は押し寄せる冷気を振り払って刀に近付く。


「待て!」


 豪雪は止める。一旦咳払いしてから吹雪に向かって話始める。


「この刀‥氷雪刀『大蛇』は大昔、氷を操る竜人の角から出来た刀と言われている。文献には残ってないが、口伝によると大勢の剣術士達が戦って亡くなったそうだ。それでも、竜人を倒すには至らず、その竜人の角の一部を削るのがやっとだったそうだ。その角から出来たのがここある。氷雪刀『大蛇』である!」


「はい。小さい頃からお父様から聞かされています」


「うむ。でだ。見ての通り、この刀は今だ生きている。恐るべき竜人の生命力だ。‥忌々しいがこの刀は強力だ。しかし、強力過ぎて、これまで使いこなしたものは誰もいない。幾人もの強者が打倒竜人を胸に秘め、この刀を手に取った。が‥握った者は全て凍って死んだ。この刀を打った鍛冶師達も何人も凍って死んだと聞いている。それでも、手に取るか?」


「はい!」


「‥わかった。だが、無理と解ったらすぐに手を離せ!いいな!」


「はい!」


「それか――」


 小雪が豪雪の頭を叩いて、「長い!」と一喝、豪雪は小さくなって黙ってしまった。小雪は吹雪を見て頷いた。吹雪も頷いて前に出た。

 そして、雪は吹雪に何かあった時の為に、直ぐ、助けられるように待機した。

 吹雪はドキドキしながら、氷雪刀『大蛇』に手を伸ばす。そして、強く握った。

 氷雪刀は怒り狂ったように、ガタガタ揺れた。

 冷気が一気に膨れ上がり吹雪の手を凍らし始めた。


「吹雪!」雪が助けに入ろとしたが吹雪が手を前に出して止めた。


「待って下さい。大丈夫ですから!」


 吹雪の心の中で声が聞こえる。


 ――我は氷雪竜グリードなり!汝の力を示せ!力はなきものに従う道理なし!


「わかってますよ。ホント、竜人は力が好きですね!」


 吹雪と氷雪竜グリードとの力比べが始まった。死して尚、力を求める竜人に何だか敬意の念すら湧いてきた吹雪だった。

 だが、ここで死んだら、いままでの戦いが全て無になる。

 死ねないし、負けられない。

 吹雪はありったけの冷気を手に集中させた。

 それでも、グリードの方が強い。押し負けそうになった。

 吹雪は更に集中させた。

 冷気は蒸発して湯気が立ち込める。血流が沸騰して吹雪の手は燃えるように熱くなった。実際に燃えた。

 周囲は驚いたが、一番驚いたのは吹雪だった。

 

 ――え?なんで?

 

 勝手に手が燃えた。でも熱くない。火傷もしてない。

 その時、腹の底から声が聞こえた。


 『極寒の中で業火に身を焦がす者よ!我は火と水の火水かみなり。名を〈ガリア〉と言います。汝、黄金の神使に神助を与えましょう!さあ、受け取りなさい。貴方が手にする氷の刃で貴方を救いなさい!』


 瞬間、脳裏に神の姿を見た。その姿は剣を持った騎士の女神だった。黒い髪を後ろに束ね、凛々しい黒目でこちらを見ていた。

 

 (私を?助けてくれるなら何でもいいです。黄金の神使でも何でもなります。だから、竜人に対抗出来る力を与えて下さい!)


 吹雪の両目が黄金色に輝く。そして、赤々と燃える両手で刀を握った。

 吹雪は心の底からガリアに祈ると、吹雪の凍った手が氷解していく。

 無茶苦茶だが、それでいい。常識にとらわれてはいけない。先の戦いで学んだ事だ。

 このグリードにしっかり教育しなくてはいけない。どっちが上か、主従関係をハッキリさせるのだ。

 

 ――おお‥押し負ける。我が負ける‼


  激しく揺れる氷雪刀が収まっていく。


 ――ククク‥面白い。よかろう。汝を主と認めよう。今日からこの氷雪竜グリードは汝に従う。我を使いこなすべし!


 吹雪はズシッと重い氷雪刀を台座から抜き取って鞘から刀を抜いてみた。

 その刀身は氷で出来ていた。

 向こうの景色が見える程、透明だった。

 鞘は海のように青く、波ような渦を巻いた模様が装飾されていた。

 柄も同じく青いのだが、柄の先に一本の紐の飾りが付いていた。

 紐の先端は鈴が付いている。

 吹雪の目は黄金色から黒色に戻った。手からは炎が消える。


「おおお!吹雪、見事だ!」


 豪雪は驚き称賛した。と同時に安堵したらしく糸が切れたように倒れてしまった。


「お、お父様!」


 その後、他にも左手に守る小手を貰った。その小手は普通より大きくダンゴムシの背中ような小手だった。左手を通すと思ったより軽く扱いやすい。盾として使える。何でも、鋼鉄の鱗を持つ魚から作られたそうだ。その硬さは魚獣に刺されても傷つかないそうだ。

 竜人相手に何処まで通じるか解らないが、ないよりはましだろう。吹雪は袴に着替えて氷雪刀『大蛇』を腰に差した。これで準備は整った。


「それでは、行って参ります!お父様、お母様、お兄様お体には気を付けて!」


 そう言って、吹雪は去って行った。あっさりした別れだった。吹雪は必ずここに返って来ると心に誓った。だから、あっさりと別れた。

 


 ヴェル達との集合場所は中央広場だった。

 本当は、最初は目立たないように、集合場所を元ヴェルの家の前にしようと言われたが、吹雪にはその場所がわからない。盲目故、地図が読めないので却下した。

 なので吹雪は中央広場のベンチに腰を掛けてヴェル達を待った。

 

 ‥人の声がいっぱい聞こえる。

 

 皆、楽しそうだ。

 

 向こうからは、男女の恋を歌う吟遊詩人の美声が聞こえた。


 あっちでは、大芸道を披露する芸者の声が聞こえた。子供連れの親子が拍手を送っていた。パチパチとまばらに聞こえる。


 ああ、平和だ‥。


 当たり前だが、竜の国とは大違いだ。吹雪の真上を飛ぶ鳥の声を聞きながら待ったが、ヴェル達は一向に来ない。

 太陽が真上の時間にここに集合すると約束したはずなのだが、もう、約束の時間はとっくに過ぎている‥。

 今一度、肌に射す日射しの角度を確認したが、間違いない。

 太陽は既に真上を過ぎている。

 なら、置いて行かれた?

 いや、もしくは、事故、事件に巻き込まれた?

 いやいや、まさか、まさか、竜人に襲われた!

 吹雪は慌てて立ち上がるとヴェル達がやって来た。


「待たせてゴメン!吹雪、待った?」申し訳ない声と言うより、何か達成感すら感じる声でヴェルが話しかけてきた。


「あ‥いえ‥?」


 吹雪の鍛えた嗅覚が、微かな臭いを嗅ぎ分けた。クンクンと吹雪は鼻を鳴らす。ああ、これは男の精液の臭いだと解った。竜の国で散々嗅いだ臭い。不快な臭い。

 臭いの元はどうやら、ヴェルの股間からだ。

 いや、リオンからも、んん?え!アライザからも臭う。

 え?え?もしや、さっきまで3人と?

 何だか心配した分、吹雪は沸々と怒りが湧いてきた。


「‥あの、3人で愛し合うのは結構ですが、時間は守ってくださいね?フフフ‥」


 吹雪は首を傾げてニッコリ笑うが口の端が引きつっていた。

 その微笑にヴェル、リオン、アライザは驚いた。


「なんで、解ったの?」ヴェルは思わず聞いてしまう程、驚いた。


「‥その、臭いますよ。ヴェルの‥そこから。あと、リオン、アライザからもです‥」


「‥お、おい、ヴェル、一旦宿屋に帰って水浴びしたいぞ!一旦解散だ!」


「そ、そうね!そうしましょう!ホホホホ~!」


「待って!俺も!ゴメン、吹雪も~少し待ってて!」 


「あ、はい‥」


 ヴェル達は慌てて宿屋に行ってしまった。

 やれやれ‥付いて行くパーティーを間違えたのだろうかと、若干の不安を覚えた吹雪は軽く溜息を付いた。

 

(ん?いや、待ってください。リオンは竜人です。え~と、2人は合意の元で肌を重ねている?‥嘘?そんな事って‥。女性とはいえ相手は竜人ですよ。ヴェルはその事に何も思わないでしょうか?竜人のおぞましさは私のこの体が知ってます。だから、余計に信じられません。いや、まあ、愛し合っているようですし、別に2人の仲を壊したい訳ではないのですが‥。ん~なんでしょう。モヤモヤします。)


 一方、その頃、竜の国ではリオン失踪後、竜王は病に罹り日に日に衰弱していった。死期を悟った竜王は、次期竜王候補を呼び寄せた。


 とある部屋から複数の女の悲鳴漏れる。部屋の中では鎖に吊るされた女達が泣いていた。その竜人は女の涙を見て笑いながら鞭を打ってくる。その竜人こそが次期竜王候補アイネスだった。


 「お取込み中失礼します。竜王ハイエン様がお呼びです」と扉の外から声が聞こえる。アイネスは露骨に舌打ちすると、女達にキスをした。


「続きは帰ってからしてやる。楽しみにしていろ!」


「あ、ありがとうございます‥う”う”」


 女達は泣きながらそう答えるしかなかった。本当は女共に首輪を付けて犬のように歩かせて一緒に連れて行きたかったが流石に止めた。これからアイネスや竜の国にとって大事な話となるのだ。ふざけた事をして台無しにしたくはない。

 アイネスは線の細い体型で知的な顔付きをしている。品の良い声をしているが温かみはない。美麗で整った顔付きからは想像出来ない変態的な残虐性を隠している。女を犯す時はまず、拷問から始まる。相手の心を徹底的にへし折ったのち、行為に及ぶ。そうでないと興奮しない。

 実の妹であるリオンにも寝込みを襲い手足を縛り上げ裸にひん剥き、屈服するまで鞭を打った事がある。流石にリオンの様子がおかしい事に気が付いたハイエンは事情を聞き、アイネスをリオンから遠ざけた。アイネスにとって女はよく泣く玩具程度にか考えていない。

 そして、質が悪い事にアイネスは強かった。リオン失踪後、王位継承権を巡り、100人いる竜王の子供を全て殺し、圧倒的な実力で勝ち進んだ。

 アイネスは鏡の前で髪を整え竜王のみ許された正装を着用して、ハイエンの寝室へ訪れた。部屋の中にはアイネス他、重職についている竜人が多数いた。その中をツカツカと音を立てて進む。

 竜人達はアイネスの前を一歩引いて道を譲った。アイネスは病に臥せる竜王ハイエンの前にやって来ると内心ほくそ笑んで、見下ろす。

 

「ご容態はいかがですか?父上?」


「ゴホ、ゴホ、気が早いな、まだ、正式に竜王の座を継承しておらんぞ!」


「ハハハ、父上お戯れを!もう、決まっています。リオンは失踪中で今だ見つかっていません。それに他の候補共は正式な決闘で全て殺しました。これで私以外誰が王位に就くと?さあ、早く、私に竜王のみ伝えられる神竜の法を教えて下さい!」


神竜の法。

竜王に就任した者にのみ与えられる特権で竜人の寿命を延ばす事が出来る。とは言え、せいぜい、150歳が最長だが、それでも寿命が短い竜人からすれば永遠の命を得たにも等しい。

 更に、死ぬ寸前まで若い姿のままでいられる。現に今、病に伏している竜王、ハイエンは20代の若さを未だ保ったままでいる。数多の竜人達が喉から手が出る程ほしい秘術である。それ故に歴代の竜王達は地位を不動の物にしてきた。


「そうか‥。なら、ゴホ、ゴホ、次期竜王をここで決定する!皆もよく聞け!」


 重役の竜人達は片膝を着いて頭を下げる。アイネスだけは竜王ハイエンを見下ろした。次期竜王は自分だと絶対の自信があった。竜王のなったらあれをしよう、これをしようと考えていたら、気持ちが先走って思わず口元がにやけた。

 乱れた赤い髪を枕に沈めるハイエン。視界を天井に向けてゆっくり目を閉じた。そして、宣言した。


「次期竜王はリオンをする!」

 

「は?」アイネスは呆けた顔で竜王ハイエンの顔を覗き込む。


 動揺は走ったが、他の重役の竜人達の反応はまちまちだった。賛成する者、反対するのも半々になった。当たり前だがアイネスは納得出来る訳がなく、ベットに伏している竜王ハイエンに掴み掛った。


「この老いぼれが!血迷ったか!」


「お、おやめください。アイネス様!」複数の竜人に羽交い絞めにされて引き離されるアイネス。だが、アイネスからしたら、こんな決定到底受け入れられる訳がない。


「なら、何故、王位候補同士で戦わせた!あれは王位を決める決闘だったはずだ!答えろ!」


「‥違うな。あれは、次期竜王リオンを誕生させる為、邪魔な候補を減らす為にやった事だ。アイネスよ。良き働きであったぞ‥」


「俺を‥利用したのか?貴様!王位候補は皆、貴様の子だったはずだ!それを、己の手を汚さずに粛清しただと!許せん!許せんぞ!」


「ふん、愛しいリオンの為なら何でもするぞ!さあ、役目を終わった。安らかに眠れ!アイネス‥」


 賛成派の竜人達によってアイネスの心臓を剣で貫かれた。アイネスは悔し涙を流して絶命した。竜王の寝室は真っ赤な血で染まっていく。


「他に反対はいるか?」


 ハイエンの言葉に逆らう者はいなかった。皆、血の床に片膝を着いて頭を下げた。


「ならば、早くリオンを探し出せ!愛しい我が娘を抱き締めさせろ!ヒヒヒ‥連れ戻した者には莫大な褒美をくれてやるぞ!さあ、急げ!ゴホ、ゴホ‥ただし、傷をつけるなよ!かすり傷ひとつでもつけた奴は極刑に処す!わかったな!」


 重役の竜人達は頭を下げて退室した。部屋の残ったハイエンは痛む心臓に手を置いて息を切らした。扉の外では重役達が話し合っていた。


「あのじゃじゃ馬め!何処にいる?」痩せ細った竜人は地団駄を踏む。


「シ!声が大きい。竜王に聞こえるぞ!」神経質な竜人が人さし指を立てる。


「まあまあ、その事で、私に一つ、心当たりが!実は、少し前にバナードが人間狩りに出発したのですが、その後、音信不通となり、消息が不明との事。もしや、もしや‥」恰幅の良い竜人は声を抑えて言う。


「ほう、それは!ならば、直ぐにノアへ偵察を送ろう」痩せ細った竜人は喜んだ。


「それなら、リオン親衛隊を使いましょう。奴等、あの女の事となると目の色を変えますからな!」恰幅の良い竜人はニヤリと笑う。


「それはいいが、人間を無差別に殺し過ぎても困る。特に人間の女がいなくなったら困るのは我々の方だからな。生かさず殺さず人口を調整しなければならない!」神経質な竜人は悩む。


「ならば、3名だけ指名してはどうか?」恰幅の良い竜人が提案した。


「決まりだな!では、今すぐ、十角とかく九角くかく八角はっかくを派遣させよう!」痩せ細った竜人は安堵した。


 その後、直ぐに、曲者揃いのリオン親衛隊3名が招集され派遣された。

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