第8話 船上の交流

 人間に対する差別は有るもののバナードの一件以来、リオンは大人しくなった。

 ヴェルの仕事にも何も言わず、付いて来てもらえるようになった。

 バナード襲来事件の次の日、改めて港町ラカンにやって来た。アライザはテレポートでヴェル達を送ると特にやる事はないので自宅に帰った。ジャムは寧ろ、自宅にいる方がやる事がないので付いて来る。迎えは仕事が終わる頃に来る。それが毎日のルーティンになっていた。

 港町ラカンは焼けた人間の遺体と船の回収作業が行われていた。壁の上にはシーツで隠された遺体が綺麗に列を作って並べられていた。遺体からは酷い悪臭で今朝、食べたアライザのスープがこみ上げてきた。

 ダバンは遺体にむかって黙禱していたが、ヴェルに気付くと「おう」と軽く挨拶してきてウインクされた。どうやら、リオンの事は黙ってくれたらしい。その事についてリオンは特にお礼も言わず目も合わそうとはしなかった。だから、ヴェルが代わりに小声でお礼を言った。


(昨日は、ありがとうございました)


(ああ、全くだ。俺様が竜人を退治してやったんだって英雄話を聞かせてやったら、警備隊の奴等、呆れてどっか行っちまったぜ!ガハハ)


 ヴェルは苦笑いするしかなかった。それから、続々と仕事仲間が寝坊してやって来た。最初にきたのは細マッチョのイケメン男子、泳ぎはチームで一番早いが女に手を出すのも早い、泣かした女は数知れず、チームのムードメーカー、カイエンだった。


「チ~ス!昨日は散々だったっすね、親方。よう、相変わらず早いなヴェル‥って!誰?隣の赤髪の子?可愛いじゃん!紹介してくれ!」


「あ、うん。こちら、リオン。え~と‥」


(ヤバい。リオンとの関係何も考えてなかった。どうする?あれ?‥思えば僕、リオンの事何も知らないな。リオンは自分の事、喋りたがらないし、聞くべきじゃないのかな?)


 ヴェルがリオンの事をどう説明しよか迷っているとリオンが前に出て来た。


「私はリオン。頭を垂れてひれ伏せ。人間!」


 ヴェルとダバン、ジャムは一瞬にして硬直した。空気がピリリっと張り詰めた。


「え~と、OKOK!面白い子だね!うん。俺はカイエン宜しく!リオンちゃん!」


 カイエンが手を出してリオンに握手を求めたがリオンはそれを無視した。暫く時間が止まるとカイエンはアハハと愛想笑いして手を引っ込めた。しかし、リオンにちゃん付けするとは無知とは怖い。それに、当然だがカイエンは気付いてない。目は赤いけど、角は引っ込めてあるし、女の竜人なんて今まで見た事ないから大丈夫だろう。カイエンが女好きの馬鹿で助かったとヴェルは胸を撫で下ろした。

 次に壁を昇って来たのは体がデカいが心は繊細、人間全般奥手の魚人族の混血児、チームの守り神、ジュークだ。


「や、やあ。おはよう。皆。‥あれ?え~と、ども。ジュークで、です」


 ジュークはリオンに気が付くと軽く会釈した。リオンはフンと鼻息を漏らすと「リオンだ」と一言返すだけだった。そして、お互い黙ってしまった。


「おいおい、お前も嫌われちまったな、ジューク。クククッ!」


 カイエンはジュークの肩に肘を乗せてからかった。ジュークもアハハと笑って頭を掻いた。その二人のやり取りを横目で見ていたリオンは一言返した。


「嫌ってるのはカイエン、貴様だけだ。勘違いするな!」


 リオンは冷たい言葉を放ってから、顔を横に向けた。


「あ、あれ~?俺何かしたかな?アハハ、ま、まあ。嫌いから始まる恋もあるさ!」


「いや、ないな!」


 リオンはキッパリ否定した。それでも、カイエンはめげてない様子だった。カイエンがモテる理由の一つがめげないことだ。否定された女でも、少しづつ距離を詰めて落とす。そこだけはヴェルもカイエンを尊敬していた。

 最後に起きて来たのが、この船上都市ノアに何時から住み着いたのかは知らないが、外の世界で竜人から森を追われて流れに流れてやって来た。森から出ようとしない引きこもり種族。最近は刺激を求めて人間と関わりを持つようにしている、自然と刺激を愛する銀髪ダークエルフの女、リビアだった。


「‥ねえ、仕事、午後からにしない?エルフは時間にルーズなのよ。早起きなんて無理!」


「ざっけんな!エルフに合わせて仕事してたら他の連中に先越されるぜ。マジで夜が明ける!このぐーたら種族が!」


「馬~鹿!エルフはおおらかなの。特にダークエルフは闇を愛し夜と共に生きる種族。だから、寝坊は当たり前!わかった?カイエン」


「屁理屈屋め!寝坊を肯定しやがった!」


「いや、カイエンもでしょ?」思わすヴェルが突っ込んでしまった。


「‥あら?この子誰?」


 リビアは赤い髪と赤い目の少女に目を向ける。リビアは一瞬、体を強張らせリオンの目を凝視した。


「その赤い目、竜人?いやそれはないか。だって竜人に女はいない。‥考えすぎね」


「いや、私は‥」


「そ、そうだよ!考えすぎだよ。リビア。アハハ‥」


 ヴェルがリオンの言葉を遮って前に出た。しかし、更にリオンが前に出て来た。


「赤い目は生まれつきだ。‥もし、私がその竜人だったらどうするつもりだ?」


「どうって‥決まってるじゃん。逃げるわ。勝てっこないし」


「エルフは竜人から森を追い出されたと聞いた事がある。仇を取ろうとは思わないのか?」


「‥思わない。生き残る方が先決!」


「‥そうか。私はリオンだ。宜しく」


「‥よろしく、アタシはリビアよ!」


 リビアは握手を求めたがリオンは手を出さなかった。リビアの手が空を彷徨ってひっこめた。リビアは困惑した目でヴェルを覗き込んできたが笑顔で返すしか出来なかった。何だか変な空気になったので、ダバンは咳を1つしてから胸を張って声を出した。


「さて、挨拶は終わったか?ろくでなし共!お前等のせいで今日も遅れて漁に出なきゃならん。胸糞悪いったりゃねえ!このアンポンタン共!」


「でも、それで昨日は助かったんだからいいじゃん!ダバン?」リビアが欠伸をしながら答えた。


「昨日の事はたまたまだ!馬鹿野郎。それから、仕事の時は親方と呼べと言ってるだろうが!リビア」


「は~い。


「それで、リオン。お前はどうする?」


「私も行く。コイツとは理由わけあって離れられんからな!」


「‥そうか。お前がそれでいいなら、こっちは構わん」


「おいおい、親方!いいのかよ。こんな、か弱い女の子、海の中に行かせてよ~?危険だろ!」


「それは心配ない。コイツは強い。それだけは保証する」


 ダバンが緊張した面持ちとうわづった声で喋るので皆は不思議に感じた。


「ふん。私は貴様等より強い。ただ、ヴェル。お前は私から離れるな?いいか!」


「う、うん。お互いね!」


「おいおい、何々?お二人さん、出来上がってるの!」


 カイエンが軽口を叩くとリオンがキッとカイエンを睨んで殺意を向けた。その視線はハッキリと刃物が可視化されるほどだった。カイエンは思わず後退りして冷汗を背中にかいた。


「お、おう。ゴメンな。リオンちゃん」


 リオンは返事を返す事はなかった。どうやら、一時的な感情の高ぶりで癇癪を起したらしい。リオンの一つ一つの反応にヴェルは生きた心地がしなかった。


「馬〜鹿!」


 リビアが肘でカイエンの脇腹を突いて戒めた。

 こうして、地平線から太陽が昇り切った朝。他の漁船に遅れてヴェル達の仕事が始まった。昨日、バナードが暴れたせいで、船上都市ノア西側第4港町ラカン周辺の魚は逃げてしまった。そこで、何時ものポイントをずらして港町ラカンから離れたところへと移動する事にした。ギシギシと軋む音を響かせて船は地平線へと向かった。穏やかな潮風に海面が揺れる。船体は左右に揺れた。船を漕いで熱くなった体にヒヤリと潮の風が心地よく撫でた。太陽は照り付け汗が目に染みる。

 ヴェルは船を漕ぐ自分の体に違和感を感じていた。何だか、やけに漕ぐ手が軽く感じる。これは何だと考えているとリオンから声をかけられた。


「ヴェル。貴様は海に潜るな。代わりに私が潜る!」


「え?なんで!」


 穏やかに揺れる船の上で、これまで黙っていたリオンが静かに口を開いた。当然、ヴェルからは反対の意見が出る事は予想していた。それでも言わざるを得ない。ヴェルも答えを知ってて聞き返した。答えなんて分かり切っているのに、それでもリオンを問い詰めた。


「お前にもしもの事があったら、私は‥」


「いや、自分の身くらい自分で守るよ。僕は子供じゃない!」


「‥」


「リオンの事も僕が守る!」


「‥そうか」

 

 それっきり、リオンは黙ってしまった。聞きようによっては二人は付き合ってるように聞こえてくるので、カイエンは頭を捻った。二人の間に流れる空気は愛し合ってるより何か深いものを感じたので、リオンに聞こえない程度の小声でカイエンはリビアに聞いてみた。


「なあ、やっぱりあの二人出来てるよな?」


「さあね。だったら何?」


「リオンちゃんよくない?つきあってねえなら、グフ‥」


「‥あの子は、止めた方がいい」


「あ?なんで!めっちゃスタイルいいし!顔も可愛いじゃん!ツンとしたところも最高!」


「馬鹿!あの子はヤバいんだよ。さっきからエルフの勘が危険信号を鳴らしてんだ!あの子に見られると、蛇に睨まれた蛙になっちまう」


「そうか?ジュークはどうよ?」


「さ、さあ。リビアの言ってる事は解らない。け、けど、悲しい目をしてると思った。何処か遠くを見てるみたいで僕等の事は見てないみたい‥かな?」


「ふ~ん。まあ、2人が付き合ってないなら、俺がいただくぜ!ヒヒ‥」


「知らないよ。忠告はしたからね!」


「よ~し。ここら辺でいいか。おい!ガキ共。いつも通りのフォーメーションで行け!リオンはお前は今回初めてだから距離を置いて見てろ。‥まあ、余裕があれば助けに入ってやれ!」


 リオンは無言で頷いた。それぞれ、上着を脱いて水着姿になった。カイエンはリオンの水着姿にヒュ~と口笛を吹いていやらしい目で嘗め回した。その視線に気が付いたリオンは銛をカイエンの喉元に突きつけた。


「死にたいか?」


「おいおい、なんだよ。それくらいで?穏やかじゃねえな~」カイエンは両手を上げていやらしく笑う。


「その目、くりぬいて魚の餌にするぞ!」リオンの目は本気だった。決して脅しているのではない。その気になれば、息を吐くようにカイエンの目をくりぬく事が伝わって来た。


「リオン、止めろって」


 ヴェルはリオンの腕を取って降ろさせた。その時、リオンは目を丸くして驚いた。まず、驚いたのはその力だ。人間如きの力で竜人の力に敵うはずがないのに、今、ヴェルはリオンの腕を取って下げさせた。その力にリオンはあがなえなかった。


(何だ、今の力は?)


 もう1つは、人間とは言え、男に肌を触られて平気だった事だ。何時もは体の芯から嫌悪と恐怖と殺意が入り交じった感情が湧き上がって震え出すのにヴェルに触られても何も起きなかった。寧ろ、心地良く安らぐ感情が頭の先からつま先まで駆け巡った。ないはずの心臓にはくすぐったい気持ちにさせられた。


(これはきっと私の心臓がそうさせているんだ!そうに決まってる!)


 リオンの感情と鼓動がヴェルに伝わってくる。恥ずかしいようなくすぐったい気持ちと驚いている感情だった。ヴェルの驚いている目を見て、リオンの今の気持ちがヴェルに伝わっている事に気付くと、恥ずかしくなってヴェルの手を急いで払って背を向けた。

 今度はヴェルの番だった。リオンのしなやかな背中は白く透き通っていた。次に視線は重力に逆らえず。そのまま下へとススッと落ちる。そこは秘境の地があった。丸くて引き締まった形のいい山が2つ。思わず征服したくなるあの山は、正に神が作りたもうた大芸術品だった。ああ、つい見てしまった。ヴェルは完全に不意を突かれた。普段はリオンに感情が流れないように自制しているヴェルだったのに完全にやられた。突き上げる男の本能に逆らえなかった。飛び上がる心臓。駆け巡る血流。躍動する下半身。年頃のヴェルは穴があれば隠れたかった。

 どうやら、リオンにヴェルの感情と興奮が流れてしまったらしく、下半身を震わせながら耳を真っ赤にしていた。お互い声がかけずらくなってしまった。リオンもヴェルの顔が見れなくなって振り向けなくなっていた。


「‥」


 リオンは一言も言わず口を結んで、海に飛び込んでしまった。離れてはマズいと慌ててヴェルも直ぐに飛び込んだ。

 周囲から見れば二人はただ、立っているだけにしか見えなかった。そして何故が、リオンが急に恥ずかしがって海に飛び込んだのだ。


「なんだ、アイツ等?ハッ!もしかして、俺の事、好きになったとか?まいったな~モテる男ってヤツは、空気で惚れさせちまう!」


「アンタ、生きてて幸せそうね?」リビアはカイエンに冷たい目線を送って海に飛び込んだ。


「たくっ、アイツには俺様の魅力がわかんねんだよ。なあ、ジューク!」


「お、俺もわからない」ジュークも海に飛び込んだ。


「お、親方ならわかるだろ!」


「早く行け!分け前なくすぞ!」


「親方~!」


「いいから、行け!愚図野郎が!」


 カイエンは渋々、海に飛び込んだ。


「たく、まともに海に飛び込めんのか馬鹿共が‥」


 こうして、各々銛を片手に海に潜った。ダバンは毎度の事に溜息をついて獲物を狩って来るのを待った。ジャムはステッキを回しながら鼻歌を歌いダバンと世間話をして時間を潰した。





 

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