第7話 安眠
船上都市ノアの西側に第4港町ラカンがある。船民達は朝日が昇ると漁とサルベージの2つの仕事が始まる。
夜は黒い鱗に覆われた魚獣に襲われる事故が相次いでいるので暗いうちは漁に出る事はこの船上都市ノアでは禁止されている。もっとも、魚獣は昼夜襲って来るのであまり、抑止にはなっていないのが現状である。
もう1つのサルベージは大洪水で沈んだ古代都市の遺物を拾い上げる事だ。これは物によっては高値が付く事がある。古代都市は今より栄えていたらしく、船上都市ノアでは再現不可能な異物が稀に見つかる。
だが今日はそれらの作業は全て中止になった。原因は海炎竜バナードの襲来により、この第4港町ラカンに甚大な被害が被ったからでる。
船民234人死亡。うち行方不明は64名となった。不幸中の幸いにしてアライザとジャムのお陰で、町にはほとんど被害はなかった。
そして、竜人姫リオンと竜化したヴェルは壁の上へとゆっくり降りるとヴェルの頭からリオンは降りた。
リオンの生命が安全だと確信しると、竜化したヴェルの姿が溶けて人間のヴェルが姿を現した。そして、ヴェルはそのまま気を失ってしまった。
竜化は人間のヴェルにとって負担が大きすぎた。心臓が竜の心臓であったとしても体は人間である。強靭すぎる心臓に人間の体が付いて行く事が出来ないのだ。
その為、過剰な疲労が一気にヴェルを襲った。リオンはヴェルを見下ろして労いの言葉を送った。
「ヴェルよ。ご苦労だった。今は眠れ。体の疲れを癒すが良い!」
アライザは顔を青くしてヴェルに駆け寄る。普段、落ち着いた雰囲気のアライザは寝息を立てて動かないヴェルを見て動揺し軽いパニックを起こした。
「ちょっと、ジャム!ヴェルに治癒魔法しなさいな!」
「これ。無茶言うな。治癒魔法は怪我を治す術じゃよ。病気や疲労には効果はない!」
「チッ!使えない鳥ね!」
「そこまで言わなくともいいじゃろ?さっき頑張ったよ、儂?」
「おいおい、ホントに大丈夫なのか?ピクリとも動かねえぞ?」ダバンが心配してヴェルの顔を覗き込むとリオンが答えた。
「心配ない。コイツの心臓は正常に動いている。私には解る。きっと、竜化した事で人間の体の方がついてこれなかったのだろ!」
「‥その頭の角に赤い瞳、間違いねえのか?やっぱり竜人!女の竜人?」ダバンはリオンを警戒した。
「今更だな。鈍感なヤツだ。‥ん?そうか!この角がいけないのか?ならこうすればどうだ?」
リオンは竜人の象徴である角をあっさりと引っ込めてしまった。これで赤い瞳と赤い髪以外は人間と変わらなくなってしまった。
「おいおいお~い!マジか!それって出し入れ自由なのか?それってヤバいだろ?もしかしたら、この船上都市に竜人が潜入してるかもしれないって事だろ?」
「安心しろ。それはないな。我々竜人は異常にプライドが高い種族だ。人間の姿に似せるなんて竜人としての誇りが許さん。人間の姿に寄せるくらいなら人間を殺す!」
「アライザよ~。この嬢ちゃん。物騒な事言ってるぞ?」
ダバンの声にアライザは黒猫の姿になって肩をすくめた。
「おい。人間!私を嬢ちゃんなどと子供扱いするな!貴様には共にバナードを倒した功績を称え、特別に私をリオンと呼ぶ事を許す。喜べ。そして、片膝を着いて頭を垂れよ!」リオンは胸を張ってふんぞり返った。
「ホントにプライドたけぇ!ってか、どうすんだこれから?町を救ってくれた事は感謝する。けどよ~ハッキリ言って俺も竜人が嫌いなんだよ!出来ればこのまま、この船上都市ノアから出て行ってほしいんだが?」
「無理じゃよ。ちと、事情があってこの竜人の娘はヴェルから離れられん」
ジャムはステッキをリオンに向けた。
「まあ、そう言う事よ。悪いけど我慢して。出来たら今日の事は秘密にしてほしい。今日はヴェルもリオンも欠勤してこなかった。幸い、壁の上にはアンタ以外の目撃者はいない。壁の下からじゃあ、リオンとヴェルの姿は見えてないでしょう?」
「いや待て!それは無理があるだろ?竜人を倒した言い訳が思いつかん!」ダバンは手の平を左右に振って抗議した。
「無理でも何でもいいわよ。とにかく、目立ちたくないのよ。竜人を倒したと知ったらきっと、ヴェルは船上都市ノアに利用されるわ。それだけは嫌!私達の平穏を守って!」
「わかったけどよ、何時かは限界が来るぞ。隠すには問題が大きすぎる!」
「‥それでもよ!」
ダバンは溜息を吐いて了解した。
こうして、テレポートで帰ったアライザ一行は、その日、疲労で皆、泥のように寝てしまった。
ヴェルが起きたのは夜中だった。窓の外を見ると綺麗な満月が見えた。よく見るとここは自宅で自分の部屋である事が解った。だが、思い出せない事がある。リオンがバナードの牙に貫かれてからの一切の記憶がない。何故、自分はベットに寝ているのか?リオンは無事なのか?
「――リオン!」
目の前で死んだリオンを思い出してヴェルは上半身を起こした。冷汗が額と背中にドッと出た。
「リオン‥死んだ?」
「馬鹿者!」
リオンはヴェルの頭を軽くこついた。
「リオン!良かった。生きてて‥」
「良かった?貴様、私の身を心配してるのか?私は貴様等が憎む竜人だぞ?」
「そうだけど、そうだけどさ‥」
ヴェルはリオンの柔らかい唇を思い出したが、直ぐに首を振って邪念を祓った。そのお陰でリオンに感情が流れる事はなかった。
「フン、変なヤツだな。どうやら、お前が生きてる限り、私は死なないらしい」
「え?」
リオンはこれまで経緯を簡潔に説明した。只、リオンの過去は伏せた。
「‥そっか。とにかく、バナードを倒せて良かったよ」
「そうだな‥」
「‥あ、いや、リオンにとっては竜人は仲間だから悲しいのか?」
「いや、ないな。何も感じん。竜人の男に何も思う事はない!寧ろ、滅べばいいと本気で思ってる!」
「何故?リオンは竜人でしょう?竜人って同族にも感情がないの?」
「いや‥そうではない」
リオンはゆっくり椅子から立って窓側に立つとそっと窓を開けた。涼しい風がリオンの赤い髪を揺らした。その姿にヴェルはドキッとした。リオンにもその感情は伝わって来たが、何かを思い出すように満月を眺めているだけだった。
綺麗な満月にリオンは涙をこぼれた。窓にかけた手は震えた。
「何で泣いてるの?」
「さあな‥何故だろうな?もう、寝ろ。私も寝る」
そう言って、リオンは床に敷いてある布団に入ってヴェルに背を向けた。
「あ、うん。お休み」
(‥って、え”っ!一緒の部屋!どどどどとうする!ヤバッ!バレる。心音が届いちゃう)
「ヴェル‥その、なんだ。今日は助かった。礼を言う‥」
「‥あ、うん」
リオンの以外な反応にヴェルの心音は静かになった。
微かにリオンの可愛い寝息が聞こえてきた。どうやら、リオンは寝てしまったようだ。
興奮が収まったヴェルも寝る事にした。ヴェルも直ぐに寝息を立てた。
だが、実はリオンは寝ていなかった。寝たフリをしていた。
もし、ヴェルが寝込みを襲ってきたら懐に隠してあるナイフで心臓を一突きして一緒に死ぬつもりだった。
リオンはヴェルに心を許したフリをしてわざと隙を作って見せたのだ。
この男の本性をさらけ出させ、やっぱり男ってこんなものねと心のどこかで安心したかった。
この男に、人間の男に、ヴェルに、期待などしたくなかった。
だが、ヴェルは襲って来なかった。リオンの知っている数多の竜人達は間違いなく襲って来た。その度に雷撃を食らわせて追い返した。
酷いのは、リオンの部屋を守る親衛隊が率先してリオンを襲って来たのだ。
どんなに悲鳴を上げようと物音を立てようと外の見張りは聞こえないふりをして順番待ちをされた。勿論、全て追い返した。
その度に父に報告したが、汚い事に奴等は口裏を合わせてお互いを守り合った。
結果、リオンの頭がおかしくなって1人で暴れた事にされた。あの時の絶望感と言ったら酷いものだった。全ての男が敵だった。真剣に自殺を考えた。父も証拠不十分で釈放するしかなく苦虫を潰した。だから、リオンを部屋から出さないように閉じ込めるしかなかった。
それで、ヴェルもそうなるはずだと思った。だが、何もしてこない。想像とは違う反応にリオンは心底戸惑い驚いた。
いや、まだ解らない。相手も警戒しているだけかもしれない。そう思ったリオンはナイフを強く握り締めて警戒して寝なかった。
(さあ。本性をみせろ、人間め!)
窓の外では、木の枝の影からアライザが目を光らせていた。もし、リオンがヴェルに変な気を起こしたら最大級の苦しみを与えるつもりだった。だが、2人は大人しく寝てくれてよかったと安心した。
結局、ヴェルは何もしてこなかった。リオンは目の下に隈を作って朝を迎えた。
(あれ~?何で襲って来ない?私って魅力ないのか?いやいや、それじゃあ、私が襲われたいみたいじゃないか!)
外から聞こえる鳥の鳴き声がリオンの女としての自信をグラつかせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます