第9話 人魚(マーメイド)

 バナードの件で、かたずけが終わるまで、漁業組合から、ラカン周辺の漁が禁止された。

 なのでダバンは、船上都市ノアから大分離れた危険な場所での漁を選んだ。

 ここはまだ誰も来た事がない未開の海である。それ故、金目になる獲物がわんさかといるはずだと、ダバン達は期待に胸を膨らませた。

 海の中は散りばめられた宝石のように光のカーテンが反射して深海を照らす。

 早速、魚人のジュークが何かを見つけたらしい。彼はソナーのような音波をこめかみから出してるのだが。その彼が指差した先には全身が輝く毛に覆われた高級魚、シャインフィシュがいた。

 その毛は主にドレス衣装のファーに使われ光に当たれば太陽にように輝く。上級船民の貴婦人達が我先に飛びついて来る滅多に市場に現れない一級品である。勿論、食用としても抜群で高級宿屋にしか出回らない幻の魚でもある。

 他にも、青々とした視界の先に軍隊のように均等に並び統率がとれた群れで泳ぐキーラックがいた。コイツは見た目が鍵の様にデコボコで小さい事からそのように名付けられた。滅多に見る事が出来ない、これまた食用高級魚である。

 他には針山海ガメもいた。コイツは名前の通り、捕食されそうになると針を飛ばして攻撃してくる。でも、こちらが何もしなければ問題はない、大人しい亀である。

 因みの針山海ガメの針には毒がある。その針山海ガメ自身は価値はないが、その周囲をコバンザメのように群れで泳いでいる、目出多イ魚に高値が付いている。       

 この魚は体中に目があり360度視界が見えるので捕まえるのが困難な魚の一つである。この魚は針山海ガメの毒針で死んだ魚を食べるので、毒に耐性があり、この魚の目玉は毒薬と解毒薬を作る事が出来る。

 捕縛方法は今だ開発されていない。今の所は馬鹿な目出多イ魚が目の前に泳いで来るのをジッと待つしかない。その為、忍耐力と時間を膨大に浪費するので、誰も相手にしない高級魚である。

 何処を見ても金に成る高級魚が所狭しと泳いでいる。ここは当たりだと皆、活気付いた。お互い拳をぶつけ合い親指を立てた。 

 だが、気を付けなくてはいけない事がある。それは暗闇に身を隠し昼夜関係なく襲って来る黒い鱗の魚獣だ。

 他に港町ラカン周辺では見ないマーメイドがいる。マーメイドは雄と雌がいて、見た目麗しく上半身は裸で下半身は膝から下が魚になっている。奴等はよく、上半身だけ海面から出して、遭難者を装い「助けて」と叫ぶ。

 そして、人の良心を利用して近づいて来る者を海へと引きずり込み、空気のある巣穴へと持ち帰る。

 その後は子供を出来るまで犯され続け、役目が終わると母体の健康を養う為、食べられて終わる。見た目麗しくもおぞましい魚である。

 早速、闇に紛れていた雌のマーメイドがヴェルの後ろからしがみ付いて来た。柔らかい胸のふくらみがヴェルの背中に当たる。特に2つの突起が直に背中に当たるのでヴェルはビクンと背をエビぞりに逸らした。

 マーメイドの肌はこの世の物とは思えないほどスベスベしていて大抵の人間はあまりの気持ちよさにヴェルのようになる。

 その隙に次々、雌のマーメイド達もしがみ付いて来るのだが、リオンがヴェルにしがみ付くマーメイドの顔を握り潰した。マーメイドの血は赤い薔薇のように海中に広がった。それからは、マーメイド達は恐れて近づいてこなくなった。

 ヴェルはありがとうとお礼を言ったのだが、リオンは冷ややかな目でヴェルを一瞥した。

 ヴェルは気付いてないが雌のマーメイド達に抱き着かれて、だらしない顔になっていた。リオンはそれが気に入らなかった。


「フン、そんなにマーメイドがいいのか?」

 

(いや、ちょっと待て!今のは不可抗力だ!そんな目で見ないでくれ!)


「違う!別に――」


 リオンはヴェルの言葉を聞かず移動してしまった。

 最近、リオンに見下されるのがたまらなく嫌になってきたヴェルは、何だか傷付いた。

 リオンは嫌だろうが、ヴェルはリオンと対等でいたかった。あの美しい少女リオンには信頼されたかった。

 彼女とは心臓の鼓動ではなく、心を通わせたい。時折見せる悲しみに溢れたあの目を笑顔に変えたい。

 出会って日は浅いが、未だリオンの笑顔を見た事がない。それが最近出来たヴェルの目標の1つである。

 リオンとヴェルは海に潜る上で事前に相談していた事がある。海の中は危険なので、お互い離れないようにロープを結んだほういいのではないかと話したら、リオンは暫く考えてから了解した。

 だが、リオンはその事を忘れて、先に海に入ってしまった。ので、今、リオンにロープを渡した。リオンは無言でロープを受け取り腰にロープを結んだ。

 リオンとヴェルが繋ぐロープの長さは20mにした。30mだと、何かの拍子にお互いの心音が止まる可能性があるので止めた。

 これで準備が出来た。

 次こそはリオンにいい所を見せて見返してやるとヴェルは鼻息を荒くした。

 基本は泳ぎが速いカイエンとジュークが獲物を追い込み、リビアとヴェルがトドメを刺すのだが、今日は違った。海中を切り裂く、リオンのグーパンチは15mから5m級の巨大魚を次々と鎮めていった。カイエン、ジューク、リビアは唖然と見てるだけだった。ヴェルは苦笑しながらリオンの動きに合わせるだけだった。結局、ヴェルはリオンの前でカッコいいところは見せられなかった。

 海上で待っていた、ダバンは驚きと笑いが止まらなかった。


「おいおい、なんだこりゃあ!ガハハ!」


 次々と海面に浮かんで来る宝石のように輝く高級巨大魚達。皆、ピクピクと痙攣して白目をむいている。

 ダバンは、船の水槽に入れられる魚を選んで網を使って引き上げようとしたが、到底、1人では手が回らないので、一旦、カイエン、ジューク、リビアを戻して手伝わせた。

 海面に息継ぎしながらも、海中に残っていた2人は、もう獲物は十分に取れたので、そろそろ、船に戻ろうとヴェルはリオンに合図を送った。

 リオンは頷き、上を見上げたその時、リオンの背中にあの激痛が走った。剥き出しになった神経を刺されるあの感覚。リオンは耐えられない痛みに悲鳴の代わりの息を全て吐いてしまった。そして、ロープを通してリオンは下に引っ張られていく。

 魚獣等はリオンが油断するのを待っていた。

 視界をヴェルから逸らし上を見たその時、闇に潜んでいた魚獣は弱そうなヴェルの方から襲った。

 ヴェルの顔は苦痛に歪み歯を食いしばった。せめて、息が漏れないように口を押さえて我慢した。

 さらに、このチャンスを待っていたのはマーメイド達だった。

 次々、ヴェルにしがみ付いて来るマーメイド達はヴェルを海底へと引きずり込んだ。

 リオンは助けに入ろうとしたが、更に魚獣の雄がヴェルの肩に角を刺した。

 リオンはもう、助けるどころではなくなった。あまりの激痛に体を震わせ気を失ってしまった。

 マーメイド達は魚獣に獲物を取られないようにリオンとヴェルを守りながら巣へと持ち帰る。

 ヴェルは腰にあるナイフを取って抵抗したが無駄だった、ナイフを持つ腕はマーメイドに噛まれナイフを落としてしまった。

 なら、せめて、気を失わないように息を止めた。

 暗い暗い海の底へと引き込まれる。

 ヴェルは痛みに耐え恐怖と戦い我慢した。マーメイド達は不敵に笑う。海面の光は徐々に小さくなって、やがて、見えなくなった。


 

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