第10話 半竜半人
ヴェルとリオンの異変に最初に気が付いたのはジャムだった。
「ふむ。2人、遅いくないかの?」
「ああ確かにな。おい!アイツ等、魚獣の餌になってないか。誰か様子見て来い!」
「了解!」
ダバンの命令にカイエンが答えた。それから、ジューク、リビアも立ち上がり準備し出した。
「いや。儂が行こう!」
そう言うとジャムは飛び上がり海の中に潜ってしまった。
「親方、あの鳥何者っすか?」
「あ?ああ、そりゃあ~んん?なんだろな?まあ、あの鳥に任せとけば大丈夫だ!ガハハ」
ダバン達はジャムが帰って来るのを持って体を休めた。
海に潜ったジャムは光の神に祈りを捧げ、光の玉で周囲を照らして辺りを探した。しかし、2人の姿はなかった。
だが、よく見ると、目の前が微かに赤黒く滲んでいた。それは血だった。どうやら、ヴェルは怪我をしている可能性が高い。と言う事は、同時にリオンも激痛で気絶している事も考慮した。
ジャムは焦る気持ちを抑えた。焦る?儂が?ジャムは己の心に驚いき、苦笑した。下を見ると、マーメイド達が慌ただしく海底へと移動しているのが見える。
ジャムは状況を理解すると、鋭い目つきに変わった。
洞窟の壁は青色の光が淡く輝いている。ヒンヤリと冷気が痛い。足元にはマーメイドが食い散らかした人骨が散乱して、水滴がポタポタと落ちてくる。
ヴェルは気絶しているリオンの前に立って素手で戦っていた。
マーメイドは水から上がると尾ひれを二本の足へと変化させる事が出来る。人語が喋れない事と背びれある以外は、殆ど人間と姿は変わらない。なので、雄雌問わず、マーメイドを愛玩具として飼う変態が、少なからずいる。
マーメイド達は壁を這って上から下からと雄、雌、入り交じり次々とヴェルに飛び掛かって来る。引っ掻いたり、噛みついたりとヴェルは体中から血が流れていた。
もう、どれくらいこうしているだろうか?ヴェルは次々襲って来るマーメイド達を無我夢中で思いっきり殴り続けている。
次々、胴体からマーメイドの頭だけ飛んだ。頭は壁にぶつかって血が飛び散る。息を切らすヴェルは己の拳を見つめた。
これで、ハッキリと自覚した。リオンの心臓を共有してからなのか、腕力が上がっている。
船を漕いでるとき、やけにオールが軽いなと違和感はあった。
だが、ここまでとは想像してなかった。これじゃあ、まるで、残虐で非道な竜人と同じじゃないか!ハッキリ言って、全然嬉しくない。このままだと、普通の生活が出来なくなるのでは?正直、怖い‥。
それでも、今は、この力に頼らざる得ない。この力があれば、リオンを助ける事が出来る。そう思えば、少しは慰める事が出来た。
とは言え、限界は当に過ぎていた。目の前の景色がかすれてきた。血を流し過ぎたせいだ。もう、何時倒れてもおかしくない。でも、それでも、倒れる訳にはいかない。だって、後ろにはリオンが気を失って倒れているのだから!
自分の死はリオンの死に繋がる。それも嫌だが、もっと嫌なのはマーメイド共に犯されるリオンの姿だった。この美しい竜人の少女が汚される。それがどうしても我慢できなかった。
リオンの話では自分は竜化したらしい。なら、いっその事、ここで竜人化出来ないかと考え試したが出来なかった。
どうやら、自分の意志で出来るものではないらしい。もっとも、本当にここで竜化したら、この洞窟は崩れて死んでしまうので出来なくてよかったと、安堵し反省した。
しかし、あと、何匹いるのか。減る気配がない。暗闇の奥から次から次へと溢れて来る。
(それでも倒れる訳にはいかない。いや、倒れない!僕がリオンを守るんだ。ここで踏ん張らなきゃ誰がリオンを助ける!)
ヴェルは命を燃やし獣となって咆哮を上げる。そして、その姿は徐々に変化していく。ヴェルの頭に真っ赤な一本の角が生えてきた。前髪は黒髪から赤い髪へと染まっていく。片目も赤く光り、口の犬歯は鋭く伸びた。
「う”‥う‥」
リオンは目を覚ました。と同時に全身に痛みが駆け巡る。
「ア”ァ”ァ”ァ”~!」
リオンは地面をのたうち回る。痛みで脂汗が噴き出てくる。その汗が目に染みて目が開けられない。
「ヴェルどうした!何があった!答えろ!ヴェル!」
しかし、答えはなかった。その代わり、獣のような人の声が聞こえる。腰に巻かれたロープがさっきから引っ張られる。そのロープの先に声の主がいる。
「ヴェル!貴様か?答えろ!」
痛みに耐え沁みる目を我慢して片目をゆっくり開けると半分竜化したヴェルが、リオンの目の前で次々襲って来るマーメイド達と戦っていた。マーメイド達の血は洞窟に飛び散る。リオンにも血の雨は降って来た。
「‥ヴェル‥なのか?何だ、その姿は?」
リオンも立ち上がり助太刀に入ろうとするが、次々と痛みが更新される。トドメとばかりに、ヴェルの体にマーメイド達が噛みついた。
―――!
リオンは歯を食いしばり痛みに耐える。がしかし、痛みで足の感覚がマヒして力が入らない。それでも、竜人としてのプライドが許さなかった。このまま、人間に守られる訳にはいかない。必死に立ち上がろうとするが手元は滑り地面の泥に顔を鎮めた。
(情けないぞ!リオン!それでも誇り高き竜族の姫か!立て!クソ!)
ヴェルにもとうとう、限界の限界が訪れた。糸か切れたように地面に膝を着いて倒れてしまった。
マーメイド達はチャンスと見て、一斉にヴェルに噛みついた。ヴェルの全身から血が噴き出た。
「ヴェル―――!」
リオンは這いつくばってヴェルめがけて手を伸ばし前進した。
その姿を見た雄のマーメイド達はリオンの水着姿を見て興奮したらしく、下半身にぶら下がる凶器をたぎらせ襲って来た。リオンは全身が凍り付いた。
過去の出来事がフラシュバックして、竜人姫の威厳など何処かに吹っ飛んだ。
痛みなどどこかに忘れて情けない悲鳴を上げる。
「いややあああ!助けて!ヴェル!ヴェル!助けて!お願い!ヴェル―――!」
マーメイドの手がリオンの赤い髪を引っ張り上げる。そして、胸を、尻を舐め回す。
「イヤ!イヤァァァ―――!ヴェルゥゥゥゥ―――ッ!」
その時、リオンの声に反応したヴェルは全身が黄金色に発光し輝き出した。
そして、ヴェルを中心に四方八方へと稲妻が降り注ぐ。そのまま、立ち上がるとリオンの方へとヨロヨロと歩き出し、亀の甲羅のようにリオンに覆いかぶさった。
リオンはヴェルの腕の中で体を丸めて子供のように泣きじゃくった。
そして、電流は洞窟内を駆け巡り全てのマーメイド達に感電死を与えた。
洞窟内は一瞬にして静かになった。それでも、ヒクヒクと泣きじゃくるリオンの涙をヴェルは震える指でそっと拭った。
その指が暖かかった。産まれて始めての暖かさだったかもしれない。その火照りで徐々に体の震えが止んできた。リオンは唇を震わせてゆっくり目を開けると目の前には血を流したヴェルの顔があった。
ヴェルの血がリオンの頬に落ちた。リオンとヴェルは視線を絡ませる。
「ダイ‥ジョウ‥ブ‥?」
リオンは何度も小刻みに顔を上下に振った。そして、涙を拭ってくれた指を握った。
「ヨカッタ‥」
ヴェルは安心して気を失った。そのままリオンと抱き合うように倒れた。
「おい!ヴェル!ヴェル!起きろ!死ぬな!」
ヴェルは呼吸をしてなかった。徐々に心音が弱まる。
「おい!起きろ!」
リオンはヴェルに人口呼吸をした。何度も何度も。それでも心音は弱まっていく。
「ふざけるな!勝手に死ぬな!ヴェル!」
リオンはヴェルの胸に両手を乗せて何度も心臓マッサージをした。
ヴェルとリオンは心臓を共有している。故にヴェルが死ねばリオンも死ぬ。
心音はトクン‥トクン‥と小さくなっていく。
そして、リオンも気が遠くなってきた。
――私も死ぬにか?
何故か、涙が溢れてきた。
解らない。何故、泣いているのか?
死にたくないから?
解らない。
リオンはそれでも手を休めず続けた。
「やれやれ。こりゃ酷い事になっとるの?」
ここにはヴェルと私しかいないはず?誰だ?リオンは声が響く先に目を向けると、そこにはジャムが濡れたモーニングを震わせて立っていた。
「どれ?あとは任せろ!」
「出来るのか!頼む‥ヴェルを助けてくれ!」
「ホホ~。竜人が頼むとな!こりゃあ、凄い。始めて聞いたぞい!ホホ!」
ヴェルに跨っていたリオンは急いで退いた。
ヴェルの心音は消えかけていた。体温は消え始めている。それは、リオンも同様だった。だから、ヴェルの死は誰よりも感じていた。
ジャムは慌てる心を押さえて光の神に祈りを捧げた。リオンも無自覚に手を組んで祈っていた。それは誰に祈っているか自分でも解らなかった。それでも、祈らずにはいられなかった。
光の玉が現れ優しい光がヴェルを包んだ。ヴェルの傷口は塞がっていく。と同時にリオンに伝わって来る痛みも解消さていく。そして、心音は徐々に回復していく。リオンは誰よりもその事が解るので心の底から安堵した。
「ふむ。ギリギリ間に合ったの~」
「そうか。良かった‥」
リオンはヴェルの髪を撫でた。そして、気付いた。さっきまで半竜化していた姿はいつの間にか戻っていた。
リオンはジャムを見たが、どうやら、ジャムは気が付いていないようだった。なので、この事は黙っている事にした。どうして、そうしたほうがいいのか解らないが、竜人の勘が警告を鳴らす。この鳥は信用できないと。
「今はヴェルを休ませてやれ。お前さんを助ける為に、相当、無茶したようじゃ。もう、とっくに限界は越えておったのに‥。まったく、それ程、お前さんが大事らしいな。ホホ~」
(大切って何だ?死んでも守りたい大切なものってなんだ?)
リオンはヴェルを見てその答えが解る気がしたが、ハッキリとは解らなかった。喉元まで出かかっているが出て来ない。もどかしい感じだ。
言語化出来ないが、ヴェルを見ていると胸が高鳴る。それだけはハッキリと理解した。
「今はお前さんも休むがいい。どっちにしろ今のヴェルを運び出すのは危険じゃ」
「ああ」
リオンを頷くとヴェルの隣で横になった。ジャムの事が信用できず寝る事は出来なかったが、それ以上に、ヴェルの顔から目線を外すことが出来なかった、リオンはずっとヴェルを見ていたかった。
ジャムは、1つ嘘をついた。
その気になればジャムはテレポートでヴェルとリオンを外に運ぶ事が出来る。だがそうはしなかった。リオンはその事に気が付いていなので、ジャムは何喰わぬ顔で口笛を吹きながらステッキを回して奥へと歩いて行く。
ジャムも最初はヴェルを助ける為だけにここにやって来た。
だが、何やら、この洞窟には奥があるではないか。
それはもしかして、とある所に続いているでは?
万が一の可能性がある。それを確かめる為、暗闇の中を歩いて行く。そして、ジャムは光の玉を出して周囲を照らした。
ジャムはニヤリと笑う。武者震いで震えた。
何故なら、目の前には古代遺跡の扉が開いて待っていたからだ。
扉の奥からは、冷気が流れてきた。
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