第11話 キス
リオンはヴェルを覗き込む。起きる気配がない。
さっきから何度も人口呼吸で重ねた唇が火照る。
試しにリオンはヴェルの唇を指でなぞる。
柔らかかった。その指で自身の唇を撫でた。
少し、ドキドキした。
周囲を見渡すとジャムはいつの間にかいなくなっていた。熱を帯びた目線で再度ヴェルの顔を覗き込む。さっきより、体が熱い。
もっと、近づきたい。
本能に従って、リオンは少しづつ、ヴェルの体へ近付ける。
勿論、自分とヴェルの体が冷えないようにする為だ。
リオンは胸をヴェルの腕に絡ませた。
足も冷えてはいけないので、ついでに足も絡ませた。
全然、不快な感じはしなかった。
寧ろ、喜び?歓喜?だろうか?ヴェルを温めていると、女の何かが満たされていく。
火照った視線はヴェルの顔からススッと唇へと移る。
ここで再度、周囲を見渡す。聞き耳を立てるがジャムはいない。胸を撫で下ろすリオンは再度、ヴェルの唇を覗き込む。
さっきから何かが止まらない。
強力な引力が働いて、リオンの唇がヴェルの唇に引き込まれる。
「ヴェル‥」
敢えて名前を口に出してみた。
恥ずかしくなった。
けど、余計に止まらなくなってしまった。ああ、言うんじゃなかったと後悔したが、内から込み上げるなにものかに逆らえなかった。
リオンはそっとヴェルの唇に重ねた。‥暖かかった。
ああ、ヤバいぞ。止まらない。で、では、もう1回だけ‥。
再度重ねてみた。
「ヴェル‥ヴェル‥」
熱い吐息がリオンの小さい口から漏れる。自分の為に傷ついたヴェルが愛しく、何かが、溢れてきそうになった。
(やっ!‥駄目だ!これ以上は自分が自分でなくなりそうで怖い。私が壊れてしまう‥)
リオンはヴェルを突き放すように離れた。そこでヴェルが目を覚ました。
「‥リオン」
「ヴェル!大丈夫か!」
「うん。リオンは大丈夫?」
「ああ‥」
「‥でも、心音、凄く高鳴ってるよ?怪我してるの?」
リオンは驚いた顔して手で口を押さえると、ヴェルに背を向けて丸くなってしまった。耳が真っ赤だった。
「やっぱり、怪我してる?心音がさっきより、激しくなってる!」
ヴェルは心配して、リオンの背に手をかけようとしたがリオンは刺さるような大きな声で拒否してきた。リオンの声は洞窟内に反響した。
「触るな!怪我はしてない‥から、大丈夫だ!」
「あ‥うん。ゴメン‥」
リオンは激しくなっていく鼓動が口から飛び出しそうで、必死に口を閉じた。呼吸は乱れて、胸が上下する。
見られたくない。知られたくない。今、顔は火が吹いて真っ赤になっている。
それは自分でもわかった。そんな姿をヴェルに見られたくない。
ヴェルといると、己が弱くなっていく気がした。もっと、強くあらねばと心に誓うリオンだった。
「‥ゴメン」
ヴェルはまた、謝った。その事にリオンはハッと我に返る。
つい、ヴェルを責める口調になってしまった。そんなつもりじゃなかったのに。
リオンは上半身を起こしたが、今だヴェルの顔は見れないので、壁に向かってヴェルに話かける。
「別に、謝らなくていい」
「‥うん」
ヴェルの気持ちが暗い所へと沈んでいく。心の気泡がㇷ゚クプクと泡となっていく。
――何か自分はやらかしたのか?
考えを巡らせ思い返せばいくらでもあった。リオンの意見を無視して一緒に海に潜った事。
そして、油断してマーメイド達に襲われた事。
更に、リオンの身を危険にさらした事など。思い返せばキリがない。自分は馬鹿だと頭を抱えたくなった。
ヴェルは呆けた顔で周囲を見ると、洞窟の奥から風を感じた。ヴェルは今だ疲労が残る体で立ち上がる。
「おい!ヴェルまだ立つな!横になってろ!」
「風‥奥から風を感じる?」
「風?ああ、そう言えばさっき、ジャムだったか?鳥のヤツ、奥に行ったぞ!」
「ジャムが?」
だから、怪我が治ってるのかと合点がいったヴェルだったが、それにしてもジャムが奥に?
不思議に思ったヴェルは考えた。もしかしたら、奥に遺跡があるのかもしれないと。そう思うとヴェルの心は踊った。でも、ジャムが遺跡に興味があるとは知らなかった。
大昔、洪水で沈んだ遺跡の中には、古代人が残した文明器具や魔術の宝玉があったりするので、漁師達は遺跡を見つけると歓喜して探索するのだ。
ただ、古代遺跡の所有権は全て船上都市ノアにある。見つけた発掘品は全て船上都市ノアが買い取る事になっている。
もし、遺物を窃盗したり、横流しした場合は、重罪となる。最悪、死刑になる場合がある。それだけ、船上都市ノアにとって遺物は重要視されている。
でも、まさか、この遺跡がマーメイドの巣になっていたなんて、そりゃあ、見つからないはすだと、ヴェルは思わず笑った。見つけた奴等は皆、マーメイド達に襲われ殺されているのだから。
「だから、マーメイド達が途切れることなく奥から沸いてきたのか!ハハ。成程‥僕等は運がいいな。ねえ、リオン、僕等も奥に行こう!」
「私は構わないが、お前は大丈夫なのか?」
「‥リオン。僕の事、心配してくれてるの?」
「―――!あ、当たり前だ!お、お前には私の心臓が有るのだ!馬鹿者!さあ、行くぞ!」
リオンは背中をいがらせながらズンズンと先に行ってしまった。ヴェルは慌てて追いかけた。
「ちょっと、リオン待って!」
ふらつく足どりでヴェルは歩き出す。どうにも好奇心には勝てないようだ。ヴェルの夢の1つが世界を冒険する事。まだ見ぬ未開の地を探索していく。その為にヴェルは漁師になった。
何時か自分の船を持って船上都市ノアを出て旅をしてみたい。
その為に色々手続きは必要だけど。それでも、もっと、世界の広さを見て見たい。両手では収まり切れない海の先を見て見たい。
外には竜人がいる。きっと、嫌な事も見るだろう。それでも世界は美しいとヴェルは思っている。その証拠に目の前の暗闇ですらヴェルには希望の光に見えるのだから。
でも、その時はリオンと一緒に‥行けたらいいなとヴェルは思った。
だって、さっきからリオンの様子がおかしいのだ。いくら、鈍感な僕でもそれくらいは気付く。
もしかしたら、もしかするのだろうか?
もし、そうなら‥。リオンと1つになりたい。
ヴェルの頭はカッカと熱くなり、リオンの事が愛おしくなってきた。
そう思ったらハッキリ自覚してしまった。竜人リオンに恋をしてしまったのだと。
ヴェルの目は大きく開き、抑えきれない心音が鳴り響く。
(この、恋は危険だ。もしかしたら、船上都市ノアと竜人、全て敵に回すかも?‥でも、それでも‥)
ヴェルは頭を左右に振った。暗闇でリオンを見失わないように、急ぎ足で追いかける。
ヴェルとリオンは青白い光を発光させる洞窟を並んで歩く。ヴェルが一歩、リオンに近付くと、リオンはスッと一歩離れる。ヴェルが、一歩リオンから離れると、リオンはスッと一歩、ヴェルに近付く。2人の間に妙な空気が流れる。
リオンはさっきヴェルから高鳴る心音を感じた。
それは切なくて愛おしい感じだった。良く解らないがすごくドキドキした。リオンのこれまでの人生で味わったこのない感情だった。
でも、それに近い感情をさっき知った。もしも、ヴェルも同じ思いになってくれているのなら、いいな‥。そう思うとリオンの冷えた心音に微かな高鳴りを感じた。
とはいえ、リオンはヴェルと少し距離を取って歩いた。今は心の整理が付いていないし、まともにヴェルの顔が見れない。どうしたらいいにか今のリオンには解らなった。
「リオン、聞いていい?」
「なんだ?」
「海の向こうの世界って‥あ、いや、何でもない」
「‥?」
自分の目で確かめよう。今聞いたらいけない。己の目で見た世界で見て見たい。リオンの目で見た世界とヴェルの目で見た世界は違う。聞いたところで意味がない。夢は知らない方が面白いのだから。
でも、もし、リオンが一緒にいてくれたら、もっと世界は輝くのだろうか。
そんな事を考えているとヴェルの前に老朽化した門が開いて待っていた。ヴェルはワクワクして門をくぐった。
実は今回がヴェルのとって初めての遺跡探索だった。他の遺跡はあらかた探索され尽くして、もう、古代遺跡はないかもしれないと言われていた。
そう考えると、バナードのお陰でこの遺跡が見つかったのだと思うと、複雑な気持ちになる。ヴェルは心の中で死んでいった仲間達の冥福を祈った。
「ヒンヤリしてる‥」
「ああ、そうだな」
「リオンは遺跡始めて?」
「ああ。まあな。‥私は、あまり、外の世界、知らないんだ」
「そうなんだ」
そこから先は踏み込めなかった。踏み込んでいいのか解らなかった。
リオンの苦しそうな顔を見て、ヴェルも辛くなってしまった。
だが、そんな個人的な思いは吹っ飛んだ。
何故なら、ヴェルは目の前の光景に目を奪われたからだ。
「‥凄い!」ヴェルは声を漏らした。
「ああ、そうだな。これは凄い!」リオンも同じく声を漏らす。
リオンとヴェルは感動で遺跡を見上げた。目の前には、巨大な鍾乳洞があった。
そして、崖の上に高くそびえる王城を中心に都市が周囲を囲むように広がっていた。
王城を囲む、透明な水溜まりは青く輝く。そして、王城に向かって1本の橋がかかっていた。
その威厳に満ちた王の城を見て古代人がいかに王を崇拝していたのか窺えた。王城まで続く真っ直ぐな道のりをヴェルとリオンは都市を見回りながら歩く。
岩らしきもので出来ていた民家は全て崩れていた。これと言って、生活の後はなく、殺風景な景色が続く。それでも、2人には新鮮で充実していた。
「リオン、こっちに行こう!」
「ああ。なんか、わくわくするな、ヴェル!」
入り組んだ脇道へと走るリオンは子供のようにはしゃいでいた。リオンはヴェルの前で初めて笑った。いや、自分では意識してなかったが、リオンは久しぶりに笑ったのだ。
その無邪気な笑顔にヴェルのハートは射抜かれた。
ドキドキして思いが溢れて、気持ちが止まらなくなってしまった。
――もう駄目だ。抑えきれない。
感情が高ぶると行動せずにはいられないヴェルは震える口と指先にグッと力を込めた。洞窟内の冷気でヒンヤリとした肌は熱くなって来た。
「あ、あのさ。リオン!」
「なんだ?どうした!」
「も、も、もし、僕が船を手にいれたら、一緒に世界を見て回らないか?」
「?」
(あれ?だめだ。伝わってない!)
「だ、だから、そ、その、僕とつ、付き合ってくれ‥ください!僕はリオンが好きだ!」
「‥え~と好き?」
(ああ、これでも伝わらない!鈍感だな、クソ!)
ヴェルはリオンに近づいてきた。その気迫にリオンは怯えて肩を震わすが、構わずヴェルは抱き締めた。
ドキドキと高鳴る心音がリオンの肌と内から伝わってきた。
‥これはさっき感じた感情だ。
リオンがヴェルにキスした時の感情が蘇ってきた。
リオンは言葉より本能で理解した。そう思うとスッと恐怖と緊張が解けていくのがわかった。
そのかわり、ヴェルを愛おしいと思う感情が突き上げて来る。
「これが好き?私はヴェルが好き?‥いや、わからない」
「リオンは僕が嫌い?」
「‥い、いや、き、嫌いじゃ‥ない」
「僕はリオンが好きだ!リオンはどう?」
リオンの感情と心音がヴェルに伝わって来る。
2人は同じ気持ちだった。
今、ヴェルとリオンは同じ感情と心音を共有していた。
だから、お互いの気持ちを誤魔化す事は出来なかった。
リオンは初めて恋の感情の共有とヴェルからの愛情表現に舞い上がってしまった。
竜人共は強さが全て。絶大な権力は強さの象徴。その龍王の娘として生まれたリオンには、権力欲の塊である竜人しか寄って来なかった。
味方はおらず、毎日、毎晩、リオンの肉体と権力を求めて襲って来る。
誰も愛してくれなかった。愛を教えてくれなかった。
竜人にとって愛は邪魔なだけ。力は全て。権力が全て。
父からは大切にはされていたが、その愛は歪んでいた。結局、閉じ込められただけだった。父からは最後まで愛の言葉を聞く事はなかった。
リオンは始めて優しく抱き締められた。口元は歓喜で震える。
あんなに卑下していた人間がリオンの欠けた部分を満たしてくる。好きと言う感情を初めて体で理解した相手が人間のヴェルだった。
「もし、この感情が好きと言うなら、‥私は‥ヴェルが‥その‥好き‥だ‥」
ヴェルは嬉しくなって、思わず、強くリオンを抱きしめた。
「痛い!」
「あ!ゴメン!」
「あ‥いや、その‥もっと、優しくしてくれ‥」
リオンは真っ赤な顔でうつむいてしまった。ああ可愛い。ヴェルは荒い鼻息と焦る気持ちを抑えた。いや、抑えたつもりだった。だが、ヴェルの暴走機関車はブレーキが壊れていた。
「リオン‥」
ヴェルはリオンの顎を持ち上げる。リオンはハッとした。これはさっき自分がした事をしようとしている。そう気づいたら、リオンは目と唇を固く閉じて息を止めてしまった。その姿にヴェルは苦笑した。
「リオン、固くならないでリラックスして」
「へ?リラックス?‥あ、ああ、わかった!」
リオンは息を吐いて全身から力を抜いた。そして、ヴェルは優しくリオンにキスをした。その瞬間、リオンの脳天から雷が落ちたかのような衝撃が走った。そして、お互いの口は熱い吐息が混ざり合って離れた。
「ヴェル、もう一度‥してくれ」
リオンとヴェルはそれから、何度も気持ちが収まるまでキスをした。
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