第28話 約束のキス

 カイエンは唾を吐いてヴェルを睨む。ヴェルも拳を前に出して構える。

 アライザと吹雪は寝ているリオンを支えて見守っている。


「俺よ~、お前の事が大っ嫌いなんだよ!目障りなんだよ!何時も周りからチヤホヤされて愛されて‥気落ち悪いんだよ!ホントに気に食わねえ!」


「だからって俺を殺すなよ!リオンまで死んじゃうからな‥」


「チッ!ウゼェ‥」


 (リオン、力を貸してくれ!)


 ヴェルは己の胸の中で鼓動するリオンの心臓に願った。

 心臓はヴェルの願いを聞き届けた。

 リオンの心臓。すなわち神竜の心臓は防衛本能に従い、バリバリっと発電すると鼓動が跳ね上がり早まった。

 電流は血液を通して全身を駆け巡り細胞を活性化させた。

 ヴェルの頭上から電流を帯びた2本の角が飛び跳ねるように生え出て来た。

 全身の電流はまるで生き物のように体に纏わりつく。

 ヴェルの柔らかい髪の毛に静電気がパチパチと音を立てると、黄金色に輝き髪は逆立った。

 そして、ヴェルの黒い瞳は燃える太陽のように真っ赤に染まっていく。

 なんだな落ち着く。まるで、リオンも一緒に戦ってくれているみたいでヴェルは嬉しくなった。 

 

 ヴェルはカイエンを睨んで言う。「リオンは俺の女だ!お前にはやらない!」


 土煙を舞い上がらせヴェルの姿が消えた。木から木へと飛び移る音だけが聞こえる。その音は徐々にカイエンへと近づいて移動してくる。


「チッ!猿かよ!馬鹿が!」


 風を切る音が聞こえる。


 ――来る!


 カイエンは本能に従って氷のドームを作り防御した。

 同時にヴェルの拳が氷に衝突した。氷のドームは砕け散った。ヴェルの拳からは血が流れる。

  吹雪はカイエンが使った氷の微かな冷気を感じて驚愕した。そして、氷雪刀『大蛇』が微かに振動した。


 (この冷気は、氷雪竜グリードではないですか?何故あの者が!)


 ヴェルは手の平から電気の玉を出すと、振りかぶって投げた。カイエンは戦慄した。

 リオンにやられた記憶が蘇ると翼を広げて空へと逃げた。

 電気玉はそのままカイエンの下を通過して森の木を次々と薙ぎ倒し消えていった。通過した跡には電気で焦げた跡が残り、微かな煙は風に流れる。


「クソ!やっぱ怖え‥、逃げちまった!ハア‥ハア‥。だが、それくらい、俺様だって出来るんだよ!」


 カイエンは竜化した。

 が、その姿は以前とは違っていた。

 トカゲのような手足に、全身は銀色の鋼鉄の肌に覆われた。

 耳、腕、足に天使のような羽が生える。

 頭上には左右の長さが不揃いの氷の角が生えた。

 髪の毛は木の根ように土色のなって燃え上がる。

 そして、嫉妬の炎に燃える赤い目へと変わった。

 悪魔と天使が合わさったその姿で手の平から30㎝程の岩を作り出し炎を纏わせた。


「岩竜ビジュレと海炎竜バナードの合わせ技だ!喰らえガキが!」


 ヴェルの頭上から炎を纏った岩石が降って来た。

 避ける事は簡単だが地面に着弾した場合、爆風で辺り一面が火の海になる可能性がある。

 そうなれば、アライザ、吹雪、リオンの身に危険が及ぶ。それは絶対にあってはならない。

 ヴェルは溜息をついて避ける事は諦めた。

 そして、電流を手に集中させて受け止める準備をした。

 轟音を立てながら落ちてくる。

 刹那、自分は何でこんな所にいるんだろう?

 帰りたい。逃げたいと頭の中を過る。   

 いけない!直ぐに雑念を払い落ちてくる炎の岩石を睨む。

 その直後、ヴェルの手の平に着弾した。

                                                                                                                                                                                                                             ヴェルの足はズンと地面にめり込む。手足の関節は悲鳴を上げた。


「きっつっううああああ!」


 ヴェルと炎の岩石は拮抗するように見えたが、若干、ヴェルが押し返し始める。

 食いしばる歯の隙間から雄叫びを漏らしながら、両手で炎の岩石を掴んで圧縮するとぺキ、パキっとヒビが割れ始める。

 更に気合を入れる。ヒビは更に広がり砕け散った。炎を纏った欠片はバラバラになって地面に落ちた。


「ハア‥ハア‥どうだ!」


「はいはい、お疲れさん!」


 気が付くと、カイエンはヴェルの前に立っていた。

 ヤバいと思ったが遅かった。

 炎の岩石に気を取られていた隙にカイエンは間合いに入り、ヴェルの腹に渾身の一撃を放った。

 ヴェルの体はくの字に曲がり吹っ飛んだ。体は遠心力でグルグル回り木にぶつかるとバウンドして更に後ろに吹っ飛んで行く。


「ヴェル―――!」


 顔面蒼白になったアライザは叫んだ!

 吹雪は口を結んで耐え忍んだ。

 だが、アライザはそうではなかった。カイエンを睨んで立ち上がる。


「おいおい、これは決闘だ!入ってくんじゃあねえよ!アライザ、テメエには興味ねえが入ってくるなら犯して殺すぞ!」


「やってみなさいよ!これ以上、ヴェルに何かしたら許さないわよ!」


「へっ!これだからアイツが嫌いなんだ!こっちは正々堂々と勝負してやってるのに結局、俺が悪者にされちまう。クソが!」


 アライザは魔法の祈りを捧げる。カイエンはアライザに向き直ってヴェルからアライザへと標的を変えた。


「止めろ‥アライザ!邪魔するな!」


 ヴェルは血を吐きながらヨロヨロと歩いてくる。

 どんなに強靭は心臓があったとしても、一時的に竜人の力が使えたとしても、体はヴェルである。

 竜人の体ではない。

 カイエンの一撃で一気にひっくり返えされる。

 これが人間の体の限界なのか‥人類の限界なのか。

 ヴェルは悔しさに歯を食いしばる。

 流れる血を拭ってアライザの横を通り過ぎる。アライザは全身の力が抜けてへたり込む。


「ヴェル‥もう、止めて!皆で一緒に戦いましょう!」


「駄目だ!それは出来ない。カイエンは俺等を助けた上で勝負を挑んできた。一斉に襲われるのを覚悟して。それなのに、俺達が卑怯な真似は出来ない。それをやったら、人間じゃない。竜人以下のゴミだ!」


 アライザは何も言い返せなくなって黙ってしまった。

 

「ゴメン、アライザ‥終わったらいっぱい怒ってくれ‥」


 ヴェルは震える足でカイエンの前に立つ。つまらなそうにするカイエンは欠伸をした。


「モテるねえ~ヴェルちゃん!こっちにも分けてくれよ?ヒイヒイ言わせてやるからよ!キヒヒ~」


 カイエンはアライザにイヤらしい目線を送って、口から垂れるヨダレを舌でペロリと舐める。

 アライザは寒気が走って鳥肌が立った。

 ここまで、煩悩に忠実に生きる人間を見たことがない。

 心の底からカイエンを軽蔑した。

 あの男には人間としての矜持がないのかと憤慨した。


 「アライザも俺の女だ!手出すな!」


「え?」


 突然の告白にアライザは涙ぐんだ。

 私はてっきりリオンのオマケだと思っていた。

 ヴェルの傍にいられるなら、それでいいと無理やり思い込むようにしていた。

 その立ち位置に馴染んできてもいた。

 だから、不満もなかった。そのはずだった‥。

 でも、今ハッキリとヴェルの口から俺の女と言われた。

 ああ、私はその言葉が欲しかった。

 アライザは思った。


 ――もし、ここでヴェルが死んだら私も死のう。もう、未練はない。


「だめですよ。アライザ‥死なないで下さい。ヴェルは勝ちますから‥ね?」


 アライザの生気がなくなるのを感じだ吹雪がアライザの肩に手をかけて励ました。


「‥そんな事も解るの?ホントすごいわね?」


「はい!凄いんです!私!」


 吹雪はニッコリ笑う。アライザも笑い返した。

 ヴェルは一気に放電して地面を蹴った。

 残像を残して風を切る音が、後から聞こえてきた。


「ハ!馬鹿の一つ覚えか!」


 カイエンは上空へと逃げた。

 空だったら、どんなに早く移動できようが関係ねえ。俺様の独擅場どくせんじょうだ!さあ、どうする!ヴェル!

 カイエンは右手に炎の玉。左手に氷の槍を作って下を見たのだが、ヴェルがいない。

 おかしい。アイツが早すぎて見えないのか?

 と思った時、背中に電気の玉が着弾した。

 カイエンの全身は電気で痺れて喘いだ。


 ――何故だ!なんで後ろから?


 後ろを振り向くと赤い翼を生やしたヴェルがいた。前髪は赤く染まり始める。

 ヴェルは雷を纏った拳でカイエンの顔を殴った。

 続けてみぞおちに拳をめり込まし、もう、一発、電気玉を至近距離が投げる。

 カイエンの体はバラバラに砕けたのではないかと言うほどの衝撃が走って、勢い良く地面に落下した。


 赤い目を光らせるヴェルは月下を背に落ちたカイエンを見下す。 

 

 全身が痺れるカイエン。そこにトドメを刺しにヴェルが高速で蹴りの態勢で降って来る。


 ――動けねえ!


 ヴェルの足はカイエンの腹にめり込んだ。

 カイエンの体は折りたたむ手紙のように曲がった。地面の根は陥没して周辺が揺れる。今度はカイエンが血反吐を吐く番になった。

 ヴェルは止まらない。そのまま、カイエンの頭を鷲掴みにして持ち上げると、カイエンをサウンドバックにした。

 

 「いい加減にしやがれ!!!」


 カイエンの拳の甲から剣がシャキッと出て来てヴェルの肩を刺した。

 激痛にカイエンを掴んでいた手が緩む。ヴェルの顔が歪む。

 その隙、カイエンは距離を取って離れた。 

 カイエンの外傷は回復するが、ヴェルはそのまま、癒える事はない。


 「ハア‥ハア‥」


 ヴェルは息を切らし始める。竜人リオンの心臓に人間ヴェルの肉体が悲鳴を上げている。限界は近い。ヴェルはそう感じた。


「なんだ?辛そうだな?ヒヒ‥どうやらその力、自在ってわけでもない様だな!そろそろ限界か?ああ!」


 図星だった。だが、顔に出すな!

 悟られるな!

 痺れる手を握り締めカイエンを睨んで脅した。それがカイエンには面白かったらしく鼻で笑われた。

 カイエンは左手に剣を出して、右手の腕に甲羅のような盾を出した。


「曲芸師かよ‥」


 呆れるヴェルを見てカイエンは真顔で答える。


「全てリオンのせいだ!リオンさえ俺の前に現れなきゃこんな事にならかった!」


「カイエン‥お前?」


「うるせえ!それ以上言うな!‥チッ、白けさせるんじゃあねえよ!行くぜ!」


 カイエンは剣を振り回す。だがその動きは素人だった。別に吹雪のように技術を磨いた訳ではないのでハチャメチャだ。

 だがそれでも脅威だった。素人の動きは返って軌道が読みずらく、ヴェルの目の先を紙一重で通り過ぎる。

 剣ばかりに気を捕らわれているヴェルを見てカイエンはニヤリと笑う。

 その顔に気付いた時には遅かった。

 目くらましにヴェルの顔に氷の粒を出してきた。

 ヴェルは思わす。ワッと声に出して目を瞑ってしまった。その隙ついてカイエンが剣でヴェルの腹部を刺した。

 ヴェルは怯える目でカイエンを見上げる。


「俺のものにならねえ女はいらねえ‥死ね!死ねがずっ~と俺のものだ!なあ、リオン!」


 カイエンはリオンを見て悲しげに笑う。

 

 死ぬ‥。


 ヴェルの意識はプツっと切れた。何も感じない。突然、闇の中に放り込まれた。

 そして、闇の奥から声は響いてくる。



     『貴様の手に勝利をやろう!さあ、掴め!』



 ヴェルは声に従って握り締めた。

 カイエンは驚いた。なんだそれは?何処から出した?

 カイエンの喉元にその刀は突き刺さっていた。 

 カイエンは声を出す事も出来ない。喉元からは血が流れ落ちる。

 手の感触に従い見て見ると真っ白な刀を握っていた。意識が徐々に戻ってくる。

 

 ‥神竜刀? 


 ヴェルの手首に巻かれたブレスレットは本来の姿である神竜刀へと戻っていた。

 

「あああああああ!」


 ヴェルは最後の力を振り絞って神竜刀をそのまま横にしてカイエンの首を切った。だが、まだ安心出来ない。

 両手足を切落とした。

 そして刃先をカイエンの心臓に立てた!


「ま!待ってくれ!殺さないでくれ!頼む!」


 頭だけのカイエンが命乞いをしてきた。


「負けを認めたって事だな!」


「認める!な!な!だから!」


「だったら直ぐに消えろ!早く!」


 大声で怒鳴るヴェルを恐れてカイエンは五体をくっ付けて逃げて行った。


「‥これで貸し借りなしだ!」


 ヴェルはよろける体でリオンの前まで歩く。


「ヴェル動かないで!死んじゃうわ!」


 アライザは急いで治癒魔法をかけるが、ヴェルは止まらない。

 約束を果たさなければいけない。震える手でリオンの頬を撫でてキスした。

 そして、リオンは目を覚ました。痛みが走ったが食いしばった。


「‥勝ったのだな」


「ああ‥」


 ヴェルは約束通り、リオンを抱き締めてそのまま、気を失った。

 なんとか、一命を取り留める事が出来た。本当に危なかった。あと少し遅かったら死んでいたと、のちにアライザは言った。

 リオンは改めて気を失っているヴェルにキスをして労をねぎらった。 


 森の中を走って逃げるカイエンは泣きながら叫んだ。


「チクショ―――!なんでだ!どうして負けた!リオォォォン!うあああああ!ぜっってえ殺してやる!ヴェル!クソが――!」


 まだ、太陽が昇らない船上都市ノアにカイエンの声が木霊した。

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