第27話 決闘
リオンとアライザはパチパチと燃える焚火に手を当てる。
そろそろ、春の季節が終わろうとしているが深夜は、まだ、冷える。
毛布にくるまりながら冷えた体を温めていた。
隣では交代で見張り番を終わらせた、ヴェルが微かな寝息を立てながら疲れた体を休ませ寝ている。
向いで寝ている吹雪は、酷くうなされていた。
きっと、竜の国で体験した事を夢で見ているのだろう。
普段は明るく振舞っているが、心には深い傷を負っているのが解る。
‥が、リオンやアライザにはどうする事も出来なかった。そっとしておくしか出来なかった。
私もこんな感じで、うなされながら寝ているのだろうかと、吹雪を見てリオンは心配になった。
しかし、今はそれよりも、ヴェルに拒絶された事の方が遥かに重大な問題だ。
生まれつき容姿は美しい。
体のラインにも自信がある。
なのにヴェルはトレーニングを優先して私との関係を後回しにされた。
こんな事は初めてだった。私の誘いより稽古を優先させた。
――それって、もしかして、ヴェルは吹雪に傾きかけている?
ヴェルにとって、私はその程度の価値しかないって事なのか?
――ヴェルはもう、私の事なんて好きじゃない?
込み上げる妄想をリオンは急いで否定した。そんな事ないと、ブルブルと震えて、背中を丸めた。
さっきから、焚火に当たっているのに全然、暖かくならない。
‥寒い。
ヴェルに絡まって抱き着きたい。
ヴェルの熱い抱擁とキスが欲しい。
嫌だ。離れたくない。
でも、ヴェルが吹雪と付き合ったら、私をどうすればいい?
そんなの許さない!力づくで奪えばいい!
でも‥それって竜人の男共と同じじゃないか?
それが嫌で竜の国を抜け出して来たのに‥。
堂々巡りに悩むリオンは溜息を漏らす。見かねたアライザは声をかけた。
「どうしたの、リオン?元気が取り柄の貴方が溜息なんて?」
「‥別に」
「嘘おっしゃい‥。全く‥」
自分の悩みを人に相談するなど、竜人のプライドが許さない。
だけど、アライザの考えが知りたい。
アライザだったらどうするのだろう?
リオンは救いを求めてそれとなく聞いてみた。
「なあ、アライザ。もし、もし、ヴェルが他の女の所に行ったらどうする?」
「え?そんなの許さないわ!あらゆる方法を使って取り戻すわよ!」
「‥そうなのか?」
「言ったでしょう。女には引けない戦いがあるって!あっさり、身を引けるって事は、その程度だったって事よ!もしそうなったら、リオン、貴方は身を引くの?」
アライザは真剣な目で聞いてくる。一瞬、たじろいだがリオンも真剣に答えた。
「‥引かない!奪われたら奪い返す!」
「なら、そうなさいな‥」
「そうか‥それでいいのか!」
「スッキリしたかしら?」
「‥そうだな。うん、よし!」
「‥!ちょっと、待ちなさい!」
「え?」
リオンは寝ている吹雪を殺そうしたので、アライザは止めた。ビックリして背筋が凍り付いた。まさか、そうくるとは思わなかった。
焦ったアライザは、事情を詳しく聞く事にした。
そしたら、単にリオンの早とちりだった事が解ったので、リオンを叱った。
「おバカ!極端なのよ!」
「だって‥私の誘いを断ったんだぞ!」
「男の‥ヴェルの気持ちも考えなさい!きっと、焦ってるのよ。弱い自分に。カイエンから貴方を守れなかった事を!だから、早く強くなろうとしてるのよ‥」
そう言いながらアライザは、リオンにちょっと妬けてきた。私もヴェルにそれくらい思われたいわよと心の中で呟く。
「‥竜人が人間に守られるだと!冗談じゃない!私は――」
「馬鹿ね。貴方はとっくに守られてるのよ!自覚なさい。自分じゃあ、どうにもならない時、いつもヴェルに助けを求めてるじゃない!なのに‥竜人、竜人って。竜人がなんぼのものよ!」
「――!‥じゃ、じゃあ、どうすればいいんだ?」
「だから、貴方が誤解してるだけよ。私が見た限りヴェルと吹雪の間に男女の関係はないわ。だから、今の気持ちに素直になってごらんなさい。きっとヴェルは答えてくれるわよ」
「‥そうなのか?‥吹雪との間に何もないのか?ホントに?そうか‥ハア~よかった~!」
リオンはアライザの言葉に安心して大の字になって寝転んだ。何だか、胸の突っかかりがスッと取れて軽くなった。
そのまま、ゴロゴロ横に転がってヴェルの横で猫みたいに丸くなった。
そしたら、ヴェルが目を細めて起きたかと思うと、リオンの頭を撫でて抱き締めながら、また、寝てしまった。どうやら寝ぼけてるらしい。
ヴェルの腕の中で、驚いたリオンは顔を真っ赤にして息を殺した。
大きな鼓動が波のように押し寄せてくる。
ヴェルが目を覚まさないように必死に口から漏れる心音を手で押さえた。
平常心‥平常心と念じながら、ヴェルの顔を覗き込む。
(な、な、何だこれは!すっごいドキドキする!こ、これがアライザが言ってた答えなのか!お前は天才だ!)
ヴェルはリオンを抱き締めている夢を見ていた。
それはまるで現実のリオンを抱き締めてるみたいで暖かい。
ああ、可愛いなリオンは‥。
ヴェルは夢の中のリオンに優しくキスをした。
―――え”?な、な、なにいいい!
突然、キスされたリオンの体は棒のように一直線になって手足はピンとなってしまった。
細胞のひとつひとつに電流が走る。
まるで金縛りにあったみたいに動けなかった。
(ハア‥ハア‥、とろけてしまうぞ!こんなの駄目だ‥不意打ちは卑怯だ。でも、もう少しこのまま‥)
リオンはヴェルにしがみ付く様に抱き付いた。
アライザは複雑な心境だったが、棒になったり、ウナギみたいにウネウネしたりと、あまりにも、リオンの反応が面白かったので、思わず、吹いて笑ってしまった。
ああ、やっぱり、この娘が嫌いになれない。アライザは笑いながらそう思った。
昨夜はいい夢を見た気がしたが思い出せないな?
ヴェルは朝食を食べながら首を傾げた。
それと、何故だろう、朝起きたら、リオンがすっっごい機嫌がいい。
隣に座って来るのは何時もの事だが、何時も以上にベタベタしてくる。
体が密着し過ぎて、食べずらいし、さっきからニコニコしながら、俺の顔を覗いてくる。‥正直、ちょっとだけ、怖い。
「ヴェル!ヴェル!」
「ん?何?」
「はい!あ~ん!」
リオンは、自分の分のスープをすくってヴェルの口元に運んで来た。
え?なに?恥ずかしい。
アライザは別にいいとして、吹雪の見てる前でそれは出来ない。
「大丈夫。自分で食べれるから‥」
その時、ヴェルはつい、吹雪を見てしまった。
目が見えないはずの吹雪は微笑ましいものでも見ているかのようにニッコリと口元を緩ませていた。
「おい!何故、吹雪を見る‥」
振り返るとそこに鬼がいた。違う!リオンだ。
嫉妬の炎がリオンの背後でメラメラ燃え上がる。
あまりの熱さに飛び上がりそうだ。
「ば‥違う。誤解だ!食べる。食べるから!」
ヴェルはパクっと食べて、美味いと言ったらリオンの機嫌が直ったのでホッと胸をなでおろした。
リオンはヘヘ~と笑いながら肩をくっつけてくる。
何かあったの?とアライザを見たが、アライザは肩をすくめるだけで答えてくれなかった。
ヴェル1人、謎に緊張した朝食は終わり、さっさと身支度を済ませ、出発した。
あと、数刻歩けば森を抜けられる。
その先はアリバナ砂漠になる。
気持ちを新たに歩き出した。
巨大な根っこが幾重にも重なり、凸凹した道を登ったり迂回したりしながら、樹海の波を泳ぐように進む。
段々、霧が濃くなってきた。
だが、もう少しで、森を抜けられるので気にしてなかった。
しかし、気が付けば目の前が見えないくらい濃霧になってきた。
そのせいで方向感覚が狂って来る。
何度も同じ所をグルグル回ってるみたいで気持ち悪い。
いや、実際、回ってるのかもしれない。
身の危険を感じたアライザは一旦止まって皆の安否確認をした。
「皆、大丈夫?」
濃霧で見えないがアライザの声が聞こえるので、ヴェルは答える。
「俺は大丈夫!リオンと吹雪は大丈夫?」
「私はここですけど‥、どうかしました?」
目が見えない吹雪にとって霧が濃かろうが薄かろうが関係ない。視界は何時も真っ暗だ。
「霧が濃くなって前が見ないんだ!リオンは大丈夫か!」
‥リオンからの返事がない。ヴェルの心拍数が跳ねる。
「リオン!返事しろ!リオン!」
「ヴェル!上!」アライザが大声を上げる。
「上?」
嫌な予感が止まらないヴェルは恐る恐る顔を上げると、モヤに包まれた巨大な蛇が木に絡みつてリオンを噛み砕いていた。
リオンの血が蛇の唾液と混じって滴り落ちてくる。
蛇の毒のせいで、リオンは痙攣して動けない。
蛇はリオンを吞み込んでしまった。
「リオン!」
ヴェルは雄叫びを上げながら突進した。
拳に力を込めて思いっきり大木を殴った。
打ち抜かれた大木は、バキバキと乾いた音を立てて折れる。
そして、木に絡みついていた巨大な蛇は地に落ちると、休む暇を与えず、巨大な蛇を殴った。
‥のだが、手ごたえがない。
まるで、霧を殴っているみたいで、ヴェルの拳は空を切る。
「クソ!なんで?!アライザ!魔法を頼む!物理が効かないんだ!」
‥しかし、アライザの返事がない。なんで?
「吹雪!応援を頼む!」
吹雪からも返事がなかった。
「おい!皆!どうした?返事をしてく‥れ‥え?」
衝撃だった。巨大な蛇にもう2匹の仲間がいた。しかも、アライザも吹雪も噛み砕かれ、吞み込まれていた。
「‥嘘だ。なんで?」
こんな所で旅が終わるなんて想像もしてなかった。さっきまで楽しく談笑していたのに。
‥アライザ‥吹雪‥リオン。もう会えない。
そんな事って‥。
ヴェルの中で生きる気力が切れてしまった。
全ての事に意味がなくなってしまった。
ヴェルは膝を崩して泣いた。
が、巨大な蛇は無慈悲にヴェルの首元を噛み砕いて丸呑みしてしまった‥。滝のように流れ落ちる血で池が出来ると、巨木に沁み込んでいった。
――ああ、死んだ。
「おい!起きろ!」
誰かに蹴飛ばされてヴェルは起きた。
周囲はまだ暗い。
虫の鳴き声が聞こえる。
空には星が煌めいて月が輝いていたので、夜である事が解った。
――え?夢?
いつ?どこから?ヴェルは混乱した。
そして、さらに混乱したのが起こされた相手がカイエンだった。
ヴェルは咄嗟に戦闘態勢に入る。
「おいおい!随分だな!こっちは命の恩人だぜ!」
「‥どういうつもりだ?」
ヴェルは眉間にシワを寄せてカイエンを見た。
目の錯覚じゃなければ、カイエンの体が前回より大きく見える。
この短期間で何があった?
奴から発する闘気が尋常じゃない。
恐怖で足が震えてくる。
明かに前回のカイエンと違う。
「ほれ!コイツを見な‥」
カイエンはヴェルの足元に、もう死んでいる4匹の白い蛇を投げた。30㎝くらいだろうか、小さい蛇だった。
え?‥まさか!
カイエンはヘラヘラ笑いながら言う。
「そいつはミストヴァンパイアって言う蛇だ。全身から催眠作用のある霧を噴射して悪夢を見せる。その隙に、寝ている人間の生き血を死ぬまで吸い尽くす悪魔みたいな蛇だ!覚えとけ。馬鹿野郎が!油断しやがって!夜の船上都市を舐めすぎだぜ?もう少しでリオンが死ぬ所だった‥ん‥」
「ヴェル!大丈夫か!」
リオンが走って来てヴェルにしがみ付てきた。
カイエンの片方の眉がピクッと反応する。
「リオン!無事か!」
「ああ。お前こそ大丈夫か?皆蛇に吞み込まれる夢を見て‥もう、会えないと思ったぞ!」
良かった。死んだと思った。
本当に良かった。ヴェルは心の底から安堵した。
「皆は?」
「私達も無事よ。どうやらカイエンに助けられたみたいよ?」
そう答えるアライザは吹雪と一緒にカイエンに向かって戦闘態勢を取っているが動けないようだ。助けられた手前、どうしたらいいか解らず、取りあえず警戒はする感じだった。
「どういうつもりだ?」
「別によ~。寝込みを襲っても良かったんだけどよ~」
カイエンはリオンを見ながら蛇のように長い舌でペロリとリオンを舐める仕草をしてみせた。その仕草にリオンは全身、蕁麻疹が出て来て震えた。
「それじゃあ、体は手に入れても心は俺の物にならねえ。それは駄目だ!心も体も俺なしじゃあ生きていけないようにしなきゃ意味がねえ!心も体も俺様に屈服させる!これがいいいいいいいい!ヒャハハ~!リオン‥愛してるぜ!‥で、そこで提案だ。ヴェル‥テメエと一騎打ちの決闘を申し込む!俺と戦え!ヴェル!お前に勝ってリオンを頂く!」
「助けてくれた事には感謝するがその決闘を受ける理由はない!」
「理由?クク‥ハハハ!だったら、この中の誰かが死ねばいいのか?お望みならそうしてやるぜ!」
「勝てる自信があるのか!」
リオン、アライザ、吹雪は構える。
「ヘヘ、さあ、どうかな?1人くらいは道ずれに出来るかもな?」
何だあの自信は?
正直言うと今直ぐ逃げたい。
ヴェルの体は大きく震え出す。目の錯覚かカイエンが死神に見えてきた。
もしかしたら、まだ寝ていて夢の中ってオチであってほしいと願う。
「なんだヴェル~、オメエ‥怖えのか?ええ?俺様が怖いのか!負けるのが怖くて女共に助けてって泣きつきたいのか?ママ~助けて~ってか?アハハ!おい、お前等、ヴェルにおっぱい吸わせてやれよ!ヒャハハハ!」
「わかった‥受ける!」
「ヴェル!あんた!挑発に乗るんじゃないないわよ!」
アライザの忠告は今のヴェルには届かない。
ヴェルも頭ではわかっていたが、男として引けなかった。ヴェルは顔を真っ赤にして恨めしい顔でカイエンを睨む。
内心、馬鹿がとヴェルを見下すカイエンだったが、顔には出さなかった。
「カイエン、忠告しておく。俺を殺すな!俺が死ぬとリオンも死ぬ。それはお互いに望んでないだろ!それと、アライザ、悪いけど痛みが伝わらないようにリオンを眠らせくれやってほしい!」
「馬鹿!出来るわけないでしょう!」
アライザは言う事を聞いてくれない。
だが以外にもリオンが承諾してくれた。
「わかった。アライザ、私を眠らせろ!」
「ちょっと、あんたまで!何言ってんのさ!駄目!聞けないよ!」
「アライザはヴェルが信じられないのか?私は信じるぞ!いいか、ヴェル!私はお前のものだ!だから負ける事は許さん!この肌も唇もお前以外、誰にも触らせるな!勝って私を抱き締めろ!」
本当は怖いのだろう。恐怖で震える体を必死に隠す為に腕を組むリオンを見て、ヴェルはリオンに片膝を着いて頭を垂れる。
「約束します。必ず勝ってリオン姫に勝利の抱擁を献上します!」
「受け取った!必ず、お前の口づけで目を覚まさせてくれよ!‥さあ、アライザ!」
ここまでされたら、アライザも引けなくなった。渋々、催眠魔法でリオンを眠らせた。今回は痛みで目が覚めないようにかなり強めの催眠魔法をかけた。
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