第29話 アリバナ砂漠を越えて‥

 カイエンとの勝負に勝利はしたが、半竜化の反動でヴェルの肉体は過度な疲労が蓄積され、気を失うように寝ていた。

 アライザはヴェルの頭を膝にのせて頭を撫でる。 

 その隣でリオンはソワソワしながらヴェルが目を覚ますのを待っていた。 


(私が転心の術を使ったから、ヴェルはこんな目に遭っている‥。でも、あの時はこうするしかなかった。死んでほくなかったの‥。でも、それは本当にヴェルの為になったの?もし、そうじゃなかったら‥ああ、ヴェル、ごめんなさい。私の我儘でヴェルを苦しめてる‥)


 アライザの胸の内から熱いものがこみ上げ、目頭が熱くなる。 

 後悔の念が押し寄せてくる。アライザは頭をうなだれると良く手入れされた黒髪は煌めきながらサラサラと地面を撫でる。

 ヴェルはぼんやりと目を覚ます。ゆっくりと目を開いて周囲を見回した。

 夜だった。


「また、気を失ったのか?」


「ええ、半日寝てたわよ‥」アライザはヴェルの頬を撫でる。


「え?‥ああ、そうなのか」


 疲労感で体が鉛のように重い。けど、動けないほどじゃない。

 ヴェルは体を起こして立ち上がる。ちょっと、立ち眩みしてよろけてしまった。


「ヴェル駄目よ!まだ、疲れてるでしょう?」


「大丈夫だよ。アライザは過保護だな~。はっはっは~!」ヴェルは無理して笑う。


「でも‥」


「今は寝てる時間がもったいないんだ!吹雪!稽古つけてくれ!」


「え?大丈夫なんですか?」夕ご飯の支度をしていた吹雪は包丁を止める。


「ああ、頼む!」


「でしたら、ご飯の後にしましょう!さあ、いっぱい作ったので食べて下さい。食事は全ての基礎ですから!」


「え~!」リオンは目を大きく開いてガッカリした。


 リオンはヴェルが目覚めたら、勝利のご褒美にこの火照った体でヴェルの体を慰めてあげようと企んでいたが当てが外れてしまった。

 まあ、どちらかと言うと、リオンの方が慰めて欲しくて待っていた感はあるのだが‥。

 リオンは続きがしたかったのに‥と口をとがさせ、つまらなそうに小石を蹴った。

 

 ヴェルは用意されたご飯を勢い良く胃に納めるが、悔しさで箸を握り締める指に力が入る。

 ‥竜人の力はヤバい。あれは人間の努力でどうこう出来るものじゃない。

 あの力は人間を狂わす。ハッキリ言って人間の努力が馬鹿馬鹿しくなった。

 だから、カイエンが力に溺れる気持ちもよく解る。

 だけど、だからこそ、己の弱さも見えた。

 ホント、カイエンと会う度に己の無力さを痛感させられる。

 それと‥ヴェルは脇に置いてある神竜刀を見た。

 あの声はなんだったのか?解らない事だらけだ。

 けど、ハッキリしている事はある。それは‥。


 ――吹雪みたいに強くなりたい!


 食後、ヴェルは吹雪との稽古に明け暮れた。熱の入った稽古になった。月が真上に昇るまで木刀が交わる音が響いた。

 2人が楽しいそうにしてる姿を見て、リオンの赤い髪と同じように燃える嫉妬が赤々と深くなっていく。

 

 結局、カイエンのせいで、もう一日その場で一夜を過ごす事になったが無事、夜が明けた。今度こそは無事に出発する事が出来る。

 ヴェルは時間を無駄にしない為、朝食が出来るまでは、吹雪に朝練を付き合ってもらった。

 そして、いよいよ魔法都市ロビンに向かって出発した。

 ヴェルと吹雪は、肩を並ばせて歩く。

 剣術についてあれこれと話が盛り上がって、談笑していた。

 それが面白くないリオンは2人の間を邪魔するように割って入る。

 会話にも入ってきた。


「お、おい、ヴェル!戦い方なら私が教えてやろう!貴様には竜人の戦い方の方が向いてるはずだ!なんてったって私とお前は(心臓が)1なんだからな!フフン!」


 リオンは目の見えない吹雪に向かってドヤ顔しては勝ち誇ってみせた。


「まあ~、それは良い考えですね。それでは、今後は剣術は私が。竜人の戦い方はリオンから学びましょう!リオンお願いしますね!」


「確かに!それはいいな。ありがとう、リオン。頼むよ!」


「お‥おう‥」


 (そうじゃない!なんかこう‥吹雪には、もっと悔しがって欲しかったのに!これじゃあ、ヴェルを独占できないじゃないか!)

 

 悔しがるリオンを他所に、アライザは猫の姿でスイスイと歩く。

 そして、突然、森が途切れて、目の前は広大なアリバナ砂漠が広がった。


「これがアリバナ砂漠!凄いな。噂には聞いてたけど、見るのは初めてだ!」


「そうね。船上都市ノアに住んでいるなら誰もが聞かされる話だわ」


「ええ、そうですね」


「何だそれは?」


 リオンは好奇心が疼いたらしく、聞いてきた。

 アライザは溜息を一つして、言うべきか迷ったが、リオンに説明した。


「大昔、アリバナ砂漠は、大きな古代都市だったのよ。だけど、砂を操る竜人が一夜にして古代都市を砂にしてしまった‥。なんでも、何百万人と言う人が亡くなったそうよ。その後、砂漠に魔獣が住み着いて人間を襲ってくるようになった。この話は老人から子供へと恨みを込めて伝えられてきたわ‥」


 ヴェルはその話を思い出して改めて竜人に怒りが湧いてきた。

 アイツ等は百害あって一利もない存在だ!絶対、許さない!ヴェルは神竜刀を強く握り締めた。


「ふ~ん、そうか‥」


 まあ、竜人ならそんな事もあるかと、興奮が冷めて、何も感じなかった。

 別に人間が何人死のうと知った事ではない。

 リオンにとって、いや、竜人にとって人間は家畜か、若しくは目の前を鬱陶しく飛ぶ蠅と同じ。気に入らなければ殺していい存在だ。


「本当はアリバナ砂漠は迂回したかったわ‥。でも、迂回すると5日かかるし、砂漠を真っ直ぐ抜けると早くて3日で魔法都市ロビンに着くわ。だから、今回は安全より、時間を優先しましょう!」


「それでいいよ。じゃあ行こう!」


 ヴェルはアリバナ砂漠に足を踏み入れた瞬間、熱気がムワッと足元から上がって来た。

 砂漠が日光に温められて熱いから?いや、そうじゃない。

 砂自体が熱を発生させている。

 迷惑な話だが、未だに竜人の力が衰えず働いているのだ。

 竜人とは恐るべき生命体だと改めて感じた。

 熱気で目の前の景色がユラユラと歪んで見える。

 歩く度に足は砂に埋もれていく。足が重い。汗が止まらない。

 既に喉か焼けるように熱くなってきた。


「熱いわ!やっぱり、迂回ルートがよかったかしら?私、心がくじけそうよ‥」


 そういいながら猫の姿でプカプカ飛んでいる、アライザ。


「そうですね‥これはちょっとキツイかも‥?」


 吹雪も汗を拭いながら歩く。


「‥ん?おお!そうか、良い考えがあるぞ!」


リオンが何か閃いたようだ。


「何かいいアイデアあるのか?リオン?」


「ヴェル、ちょっとこっち来い!」


「?」


 ヴェルは言われるがままにリオンの前に立つと、リオンはヴェルに抱き付いた。


「え?え?何?(まさかここで?)」 


「よし!行くぞ!」リオンは腕に力を入れた。


「へ?」リオンの腕が筋肉で固くなったので、ヴェルは目を丸くする。


 リオンを中心にヴェルをクルクル回して砲丸投げのようにポイっと投げた。ヴェルは放物線を描いて飛んで行く。

 アライザは突然の事で口をあんぐりと開けた。


「え?え”ぇぇぇぇぇぇ~!」


 ヴェルは大の字になってクルクル回って飛んで行く。まるで風車のように。

 リオンとの距離は段々離れて行く。10m‥20m‥25m‥28m‥リオンとヴェルの心音は弱まっていく。


 ――え?何?俺、ここで死ぬの!


 ヴェルの意識は薄れていく。そして、危険を感じたリオンの心臓は鼓動を早め全身に血が駆け巡る。

 ヴェルの手足はトカゲのように変化して巨大化した。

 そして、全身赤い鱗に覆われる。頭には2本の赤い角が飛び出す。

 顔は面長になって左右に長い髭が生えた。咆哮を轟かせる口には鋭利な牙が突き出す。

 背中はコウモリのような赤い翼が大きく広がって上下にはためかした。

 周囲は風圧で砂嵐のように舞い上がる。

 爬虫類のような目は真っ赤に染まる。

 ヴェルは赤竜化して周囲に稲妻の光線を撒き散らした。


「よし!上手くいったぞ!」


「どこがよ!」


「え?え?なんですか?なにやったんです?リオン?ヴェルの気配が消えて巨大な竜らしき気配が現れましたが?」


「リオン‥まさか?」


「ああ、そのまさかだ!」


 リオンはヴェルに向かって走った。

 ヴェルの口から吐く稲妻を避けながらジャンプしてヴェルの頭に乗っかると、角を持って微弱な電流を流した。

 するとヴェルは大人しくなって頭を地に着けた。


「よし!今だ、貴様等乗れ!出発だ!」


「もう、無茶苦茶な子ね~」


「ちょっと説明してください!どうなってるんですか?ヴェルは何処に消えたんです?」


「後で説明するわ!さあ、乗るわよ!」


 アライザは吹雪の手を取って、ヴェルの背に乗せた。そして、リオンは元気いっぱいに声を上げて前方を指指した。


「さあ、ヴェル行くぞ!」


 ヴェルは咆哮を轟かせ飛んだ。

 まさか、竜の背中に乗る日か来るとは思ってもみなかった吹雪は驚いたが、それ以上に、全身で風を浴びて楽しんだ。

 そして、アライザの指示の元、あっという間にアリバナ砂漠を飛び越えてしまった。

 リオンは変な気分だった。自分の姿の竜に自分が乗っている。それがヴェルだと解っていても首を傾げたくなる。

 でもこれはこれでいい。好きな男の頭に乗って、その男を意のままにコントロールしているのだ。

 快感だった。リオンの竜人の部分が満たされるのを感じた。

 これで、時間を短縮する事が出来た。とは言え、このまま魔法都市ロビンへ入るとパニックになるので、その手前の森へと降りる事にした。

 だが、近くの村は巨大な赤龍が襲って来たと一時パニックになった。

 しかし、いくら探しても、その赤龍は見つからなった。

 これは近くに魔法都市ロビンがあるせいだ!きっと魔法使い共が悪戯で幻覚を見せたんだと結論に至った。

 草陰にかくれていたアライザ達は大事にならずにホッとした。


「さあ、もう、魔法都市ロビンは目と鼻の先よ!」


「ですが、その前にヴェルを休ませましょう!凄く疲れているみたいです‥」


「ヴェル‥よく頑張ったな‥」


 ニッコリと笑うリオンはヴェルの肩にポンと手を置く。

 その手にヴェルはゾッとした。

 もしかしたら、これからもちょくちょくこんな事をさせられるのか?

 ヤバい!もっと体を鍛えて強くならなくては‥何時か殺される!

 それからヴェルは、筋トレのメニューを三倍に増やした。


 取りあえず、近くの村に寄って、宿屋で一晩、ヴェルの体を休ませた。

 それから、ヴェル一行は魔法都市ロビンの前に着いた。

 門の手前には巨大なドーム状の結界が張られていた。

 そして、中世風の建物がスラリと並んでいる。

 石畳の道を真っ直ぐ進むと都市の中央には天高くそびえるドラキュラ城のような学校が威厳を振りまくように立っていた。

 その脇には闘技場があり、観客の歓声が外まで聞こえた。

 

 

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