第30話 無形竜
カイエンは舌打ちして白衣を着た老人の後ろを歩く。
「おい!何処へ行く気だ、答えろ!」
老人はヒヒと笑うだけで答えず歩いた。
‥数刻前。目の前の老人に呼ばれた時は、てっきり、勝手にヴェルに決闘を挑んだ事を咎められ、処罰されると思っていたのだが違った。
コイツは不快な引き笑いを口の端から漏らして〈お前に面白い物を見せてやる〉と言ってきた。
「あ”?ふざけるな!俺様は忙しいんだ!実験ごっこなら他当たれ!」
「ヒヒ‥ヴェルに負けて傷心中か?」
「テメエ!何処でそれを!ぶっ殺す!」カイエンは老人を片腕で持ち上げて拳を握った。
「ヴェルに勝ちたいのだろう?リオンが欲しいのだろう?‥協力してやるぞ!」
「何が狙いだ?ジジイ!」
「狙い?ヒヒ‥知っているだろう。実験が好きなだけだ。‥さあ、どうする?」
ジジイの思い通りに動く事が気に入らなかったがコイツは利用出来る。そう思ってカイエンは老人を降ろした。
「で?どうするんだ!どうすれば強くなる!」
「まあ待て、焦るな。さあ、こっちだ。ついて来い!」
そう言って白衣の老人は曲がった腰で歩き出した。
そして、着いた先が船長の館の前だった。船長の館は魔法の結界に包まれ誰も入る事が出来ないのだが、老人が祈りを捧げると結界は消えた。
「さあ、ついて来い‥」
「何もんだ、ジジイ?」
「貴様に関係あるのか?」
「‥いや、ねえ!強くなれればそれでいい!」
「ヒヒ‥」
老人は歩き出した。そして、船長の館の外れにある倉庫の前に立った。
「コイツを見ろ!」
老人は倉庫の鍵を開けて扉を横にスライドさせて開けた。そして、光の玉を出して目の前の物体に光を当てた。カイエンにはそれが何だかわからなった。
「おい!これは何だ?」
「コイツをくれてやる!」
「‥どうやって?」
老人は予め用意していたのだろう。倉庫の端にある机まで歩くと、置いてあった特別なケースを開ける。
「コイツを使う!」
老人が手にしたそれは、例の液体が入った筒状ガラスケースだった。ただ、その液体は黄金色に輝いていた。
「コイツは無形竜のジュラードと言ってな。あらゆる物を内に取り込んで己の力にしていった竜人のDNAだ!その昔、コイツのせいで、船上都市ノアから半分以上の人間がいなくなった。ヒヒ‥」
「ああ、なるほど!そう言う事か‥いいぜ!打てよ!」
「ヒヒ!」
老人は興奮したらしい。普段はゆっくり歩く癖に、この短い距離を小走りで走って来た。歓喜に震える指でカイエンの肩にその液体を注入した。
これまた例の如く、苦しみにのたうち回った。だが、カイエンには確信があった。
どうやら俺は竜人のDNAと適合しやすい体のようだ。
つまり、選ばれた人間って事だ!ヘヘ、悪かあねえ!
誰もが憧れる特別な人間ってやつだ!
ただ、俺は正義の味方じゃねえ、悪の味方に選ばれた特別な人間なんだ!
だから、この程度の苦しみ乗り越えられる!
ぜってえにリオンを奪ってやる!
アイツの心も体も全部奪ってやるぞ!下に口濡らして待ってろよ!クソが―――!
地獄に落ちた方が楽であろう苦しみが半日続いた。何度も死にかけた。白目をむいて痙攣してはエビぞりになって、全身から血が噴き出た。
特別な人間と言うより、もはや執念だった。意識が途切れる度にリオンの顔が浮かんできて死に際を繋ぎとめた。
「ハア‥ハア‥、さあ、ソイツを貰うぜ!」
カイエンは目の前に転がる物体を吸収した。
「ヒヒ‥!」
魔法都市ロビンへはアライザの顔パスで入る事が出来た。案外すんなり入る事が出来て拍子抜けした程だった。
「さて、私は旧友に合いに行ってくるわ。貴方達はそれまで自由にしてなさい。と言っても、リオン、アンタ、人を殺しちゃ駄目よ!ここでは問題は起こさないように!わかった?」
「え?私?なんで私だけなんだ?」
「じゃあ、行ってくるわ‥それとヴェル。リオンをよろしくね?」
「‥?ああ、わかった」
そういって、アライザは猫の姿になって魔法学校へと飛んで行った。
「さて、どうするか?」ヴェルは背筋を伸ばした。
リオンがソワソワし出したのを感じて吹雪は白々しい声でヴェルに声をかける。
「あ~そうです!私、見て見たい武器屋があるんです。ちょっと行ってきますね!帰って来るのは夕刻になると思いますので、待ち合わせはどうします?」
「え?なら俺も!」
「だ、駄目!‥です。私は1人がいいので。よければ、ヴェルはリオンとお買い物でもしていて下さい。ねえ、リオン?」
「‥?――!お、おう!そうだな!ヴェル行くぞ!」
「(ああ、なるほど!)そうだな。じゃあ、あそこの宿屋〈魔法の宿〉で待ち合わせしよう。お金は俺が先払いして置くから」
「わかりました。では!」
吹雪はさっさとその場を去って行った。2人になった途端、リオンが背中から抱き付いて来た。周囲の人達の目が一斉にこっちを見てくるがリオンは気にしなかった。
「ヴェル、お前‥最近、吹雪と仲いいな!」
「え!いや、それは剣術を教えてもらってるからであって。その‥」
リオンの抱き締める手が震えていた。リオンは震えを隠す様にヴェルの背中に顔を押し付けた。
「あ‥ゴメン。心配させてたか?」
「別に心配などしてない!馬鹿!」
背中越しだから、わからないが、リオンが泣いてる気がした。竜人とは言え女を泣かせてしまった事をヴェルは悔やんだ。確かに最近、吹雪と一緒にいる事が多い。でもそれは純粋に強くなりたいから。それと憧れもあった。
それがリオンには、心変わりに見えたらしい。これはマズい事になっていた事に今更、気が付いた。
「吹雪とは良き師弟関係で、それ以上はないよ。俺はリオンが好きだよ!」
「嘘だ!ホントはそんなこと言って、吹雪と一緒がいいのだろう!」
ああ、これは駄目だ。重症だ。そう思ったヴェルはリオンを引っ張って宿屋に入った。
「じゃあ証明してやる!」
ヴェルはそう言って、俯くリオンを引っ張る。宿屋の店主にはお金を投げ捨てるように払って、部屋のガギを閉めた。
リオンは内心ドキドキしていた。なんか久しぶりにヴェルと会った気がした。
‥ああ、そうか。わかった。
最近、2人っきりになる機会がなかったからだ。
一対一でヴェルに抱かれる事がなくなったからだ。
何だか、アライザのオマケみたいになって寂しかったんだ。
そう思ったらスッキリした。と同時に独占欲が燃え上がった。そして、竜人姫としてのプライドが蘇って来た。
「ヴェル‥私だけを見ろ!」
「何時だって見てるよ」
「嘘だ!だったら、証明してみせろ!今、直ぐ!」
涙で目を潤ませるリオンをヴェルは、強く抱き締めて、ベットへと押し倒した。そして、お互い強く求め合い、解けない紐のように、複雑に絡み合った。
吹雪は武器屋には行かずプラプラしていた。今頃は2人よろしくやっているのだろう。
リオンは誤解しているようだ。ヴェルとは師弟関係でありそれ以外はない。
そもそも、男と肌を交わる事に抵抗があった。
それは‥この体は汚れているからだ。
ヴェルみたいな真っ当な人に触ってもらえる体じゃない。
そう思うと数多の竜人の顔が過る。その度に吹雪は嗚咽した。
そして、沸々と怒りが込み上げてくる。
氷雪刀『大蛇』が溶けてしまうのではないかと、心配になる程に。
沸騰した体は居ても立っても居られず、適当な場所を見つけて、吹雪は稽古を始めた。
吹雪の顔は修羅となって太陽に向かって刀を振った。
血の涙が溢れてくる。
今日も赤い鉢巻は吹雪の血でより赤く染まった。
その後ろで男の子供が吹雪の様子を窺っている。
そして、吹雪の荷物を奪って逃げた。
何時もの吹雪なら取られる前に気付くのだが、竜人に対する憎しみが感覚を鈍させた。
「え?」
気が付いた時には、子供は遠くに走って逃げていた。
「ちょっと!待ちなさい!」
吹雪は子供の足音を聞き分け凄いスピードで追いかける。
しかも正確に人ごみを避けて来る。逆に子供が驚いた。
「え”!嘘!なんで追いかけて来れるんだよ!目見えないんじゃないの?」
「待ちなさ~い!オイタはいけませんよ!」
吹雪は刀を振り回して追いかけてきた。
「わわわ!」
子供は恐怖した。
鬼だ!鬼が追いかけてくる!
いや、当たり前か?アイツの荷物に盗んだの自分なんだから!と自分に突っ込みを入れて人の間を縫うように走った。
そして、隠れ家として勝手に使っている空き家に入いると、壁を背にしてしゃがみ込んだ。
「‥撒いたかな?」
子供は息を殺した。
大丈夫、物音はしない。
よ~し、撒いた!
強張った肩の力が解けて緊張の糸が切れた。
子供は安堵の息を漏らして、立ち上がろうとしたら、顔の横から、氷の刃が壁から突き出してきた。
「ヒッ!」
怖ッ!‥って、あれ?背中が冷たい。
もしかして、壁全体が凍っている?冷気が背中から押し寄せてくる。
空き家全体が氷の牢獄になったみたいに冷えてくるので、子供は恐怖と冷気で体が震えてきた。
息も白くなってきた。ヤバい、殺される‥‥!
これまでの短い人生に思いを馳せ、走馬灯が駆け巡ると、ピキ‥パキ‥と音がした。
氷の刃を中心に凍り付いた壁は脆い積み木細工のように割れて崩れた。
暗い部屋に太陽の光が溢れて子供の姿が丸裸になった。
暖かい光に包まれた子供は振り返ると、太陽を背に氷の刀を持った吹雪がニッコリと微笑んでいた。
――え!めっ‥ちゃ怖い!
ダムが決壊して洪水を起こした。震える子供は腰を抜かして下半身がぐっしょりと濡れた。
吹雪は直ぐに異臭に気付いて、やり過ぎてしまった事を後悔した。
「ああ‥ごめんなさい。そこまで怖がらせるつもりはなかったんです!」
吹雪は包むように子供を抱き締めて背中を擦ってあげた。
吹雪から汗の酸っぱい臭いに混じって甘い香りがした。それに暖かい。
「大丈夫ですか?怖がらせてすみません。さあ、乾かしますので脱いでください!」
「え!ちょ‥」
「大丈夫です!うちの道場は君みたいな男の子がいっぱいいるので!見慣れています!さあ!」
無邪気な吹雪に対して、男の子供は抵抗したが無駄だった。
吹雪は濡れたパンツを強引に脱がして手から炎を出して乾かした。
人の物を盗んだら、その女に介護されてしまった。
何だか、吹雪の前で全てをさらけ出した気分になって、男の子供はいたたまれない気持ちになった。
(良かった‥炎が出た!あれは偶然じゃあなかった!)
あっという間、乾いたので子供に衣服を返して履かせた。
「私は吹雪と言います。君の名前は?」
「‥」
吹雪は笑顔で子供の頭を撫でる。吹雪は子供が大好きだった。子供と言うだけで全て許してしまう。
だた、竜の国に置いて来た子供は別。
あれは‥あの時は、どうしてもおぞましい存在に見えて愛情が注げなかった。
言い訳だが、肉体的にも、精神的にも、そんな余裕もなかった。‥はずなのに、思い返すとチクりと心が痛んだ。
「教えて下さい。ね?」
「‥チャット」
吹雪はチャットの頭を再度撫でる。
「チャット、怖がらせて御免なさい。怖かったですよね?」
「目見えないのに、お姉ちゃん、強いんだね?」
「お姉ちゃん!‥チャット、もう一度!」
「え?え~と、お姉ちゃん?」
「きゃあ~、弟が出来たみたいです!へへ~そうなんですよ。お姉ちゃん強いんですよ!フフフ~。あ~でも、もう、人の物、盗んじゃ駄目ですよ?ご両親だって心配してるはずですからね!」
「‥両親はいないよ、もう死んでる。‥殺されたんだ!」
吹雪は氷雪刀『大蛇』を強く握り締めた。
「それは穏やかではありませんね。詳しく教えて下さい!」
吹雪の力強い声と、甘い香りにチャットの枯れたはずの涙が溢れてきた。すする鼻音が聞こえて、吹雪はそっとその涙を拭いた。
チャットは不思議な気持ちになった。さっきまで知らない人だったのに、このお姉ちゃんはスッと心の中に入ってくる。
しかも、それが心地良い。不思議な人だ‥。
――もしかしたら、このお姉ちゃんは信頼出来るのかもしれない。
「お姉ちゃん来て!見せたいものがあるんだ‥」
チャットは更に暗い裏路地へと吹雪を案内した。不吉は空気を感じた吹雪だったが、お姉ちゃんは小さい子を裏切りません。ガンバ!と小さくガッツポーズして付いて行った。
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