第38話 予選試合

 魔法闘武会当日の朝は五月蠅い。

 赤、青、緑と色とりどりな魔法の花火が朝から打ち上がる。

 爆音に驚いて飛び上がるヴェルは窓から外を覗くと魔法都市の入り口から闘技場まで、我先に整理券を貰う為、長蛇の列が出来ていた。

 中央広場には美味しそうな臭いがする屋台がづらりと並ぶ。

 噴水の周囲にはピエロや雑技団が大会を盛り上げる。

 吟遊詩人は歌い、鍛冶屋は自慢の武器を広げて選手相手に儲けていた。

 魔法都市は禁止しているが、闇の世界では非公認の賭博も開かれた。

 今、光も闇も盛大に盛り上がる魔法闘武会が始まった。

 だが、それに比例して警備も増やした。

 朝早くから魔法都市入り口では厳重はチェックが行わている。

 無免許鍛冶屋の禁止。

 エントリーされた選手以外の武器の持ち込み禁止。

 無許可の薬品、薬物の禁止

 船民カードの提示。

 その他、怪しいそうな者は皆、別室に連れて行かれ、自白魔法をかけられる。

 その為、この隙になんとか潜入しようとする船上都市ノアもなかなか手が出せず、こうして、魔法都市ロビンの治安は守られた。

 興奮したヴェルはいても立っても居られず、隣の部屋で寝ているリオンとアライザの部屋を叩いた。


「リオン!アライザ!起きてくれ!外が面白い事になってるぞ!」


 因みにここは男子寮だが、リオンとヴェルの事情を考慮して周囲に誰もいない離れの部屋を当ててくれた。

 

「何だ!何だ!祭りか!アライザ、早く!早く!」


ヴェルの興奮が心臓を通して伝わったリオンが全裸で部屋から飛び出してきた。


「元気ね~貴方達?ちょっと待ってて、先にお風呂に入らせて?ホラ、リオンも!何時まで裸でいるつもり?」


「裸?」


 リオンは自分を見てヴェルと目が合った。


「おい馬鹿!見るな!変態!」


「え?今更?」


 リオンは急いで部屋に戻ってドビラを閉めてしまった。

 なんだ?今の反応?

 裸なんて何回も見てるのに?

 どうしたんだアイツ?

 

 ヴェルは頭を捻っていると、リオンは扉に背をもたれて息が上げていた。

 

 なんだ?

 私はどうしてしまったんだ?

 ヴェルに裸を見られて恥ずかしいだと?今更?

 意味が解らん!

 

 ああ、なるほど!アライザはニヤリと笑う。リオンに何が起こったのかようやく理解出来た。

 出かける準備を済ませたアライザとリオンはヴェルと一緒に魔法闘武会が始まるまで、屋台を回って楽しんだ。

 だけど、リオンからヴェルに近付く事はなかった。


 魔法闘武会本戦は1ブロック2組に分かれた計4ブロックの8組で行われるトーナメントである。

 初日は本戦出場をかけた予選試合となる。

 リオンとヴェルは指示に従い、闘技場に集合した。周りにも同じく殺気立った数百人の戦士と魔法使い達がいた。

 ざわつく中、司会者が声を拡張させる魔法を使って話始めた。


「え~ルールは簡単です。最後まで立っていた1ペアだけが本戦の8枠の1つに入れます。では初めて下さい!」


 闘技場の正面にある大きなドラムを係が叩く。ゴ~ンと鳴り響いた。開始の合図が鳴った。  

 リオンは周囲に吹雪、リナ、他の仲間がいない事を確認した。


「フン、まどっろこしい!」


 リオンは手から稲妻を出して地面に流した。

 電流はリオンを中心に放射状に流れ、選手達に感電していく。

 悲鳴すらなかった。

 1人2人とドミノ倒しのようにリオンに近い者からバタバタと静かに倒れていく。

 観客も何が起こったのか解らず、声が出なかった。

 勝負は一瞬だった。そう、一瞬だった‥。

 結局、リオンとヴェル以外、全員、死んでしまった。

 別にルールには殺しはいけないとはない。

 勢い余って殺したり、何かの間違いで誤って殺すことだってある。

 そもそも、死人が出た方が観客が盛り上がるので大歓迎なのだが、ここまで圧倒的な殺し方は竜人の襲来以外で見た事がなかった。

 血を見るのが好きな観客ですら、顔を青ざめていた。大量の死体から肉の焦げた臭いが闘技場中に充満して、嗚咽して退場する者もいた。 

 

「こんなものか?相変わらず人間は弱いな‥」


 リオンは掃除が終わったみたいに手に着いた砂埃を叩いた。

 ヴェルは息を吞んだ。

 リオンは悪くない。リオンはやるべき事をやっただけだ。

 悪いのは俺の考えが甘かったせいだ。

 まさか、ここまでするはずがないと勝手に思い込んでいた。

 まさか、ここまで人を殺す事に躊躇がないと思わなかった。

 どう声をかけていいか解らず、ヴェルはリオンの手を取って急いで闘技場を出てしまった。


「え…え~と、凄い事になりました。一瞬です。今大会のダークホースが現れました!で、では次の枠に行きましょう!」


 ヴェルは闘技場内にある休憩所にリオンを座らせた。


「なんだ?ルール通りにやったつもりだが?問題あったか?」


「いや、無い。完璧だった‥」


「なら、喜んだらどうだ?顔が青いぞ?」


 リオンは褒めて欲しいのだろう。ソワソワしていた。


「あ‥リオン。俺‥何て言えばいいのか‥ゴメン。約束してくれないか?人間を殺さないって!」


「何故だ?お前は目の前に飛ぶ羽虫を殺したり叩いたりしないのか?」


「そうだよな‥そう言うよな‥。なら、リオンは人間の俺も羽虫の様に殺すのか?」


「な!何を言う!貴様は別だ!貴様は私の特別なんだ!殺せるわけないだろ!」


「ありがとう。‥リオン。俺、リオンが好きだ!リオンは?」


 リオンの目はこれ以上開かない大きさで開いた。

 赤い目は輝いて熱い情熱が宿る。

 ドキドキして心臓が破裂しそうだった。

 それはヴェルにも伝わった。

 リオンは顔を赤くして、まともにヴェルの目が見れなくなってしまった。


「え?あたしか?アレ?えと!その!ちょ、え?そうだな‥え~とだな!い、言うぞ!すすすすす好きだ!好き、好き、好きだ!」


 アレ?なんだ?なんだ?何で緊張してるんだ私は?

 以前の洞窟内で感じた好きとは全然違う!

 あの時はヴェルから流れる感情に乗っかって好きになった感じだった。

 けど、今回は自分の中から好きの感情が込み上げてくるぞ? 

 あ?え!そう言う事なのか!

 私は今、本当にヴェルの事が好きになったのか!

 ヤバい!まともにヴェルの顔が見れない!

 これがアライザが時々、言っていた恋と言うヤツか!

 私は、今初めて、自分から、ヴェルに恋したのか!

 ど、ど、どうしたらいいのだ?

 

「だったら、俺を思ってくれているように、同じく、人間を殺さないようにしてくれないか?駄目か?」


「うん!いいぞ!約束する!」


 あれ?ヴェルの言葉に逆らえない。

 けど、それが気持ちいい。

 これが恋!凄い!なんだこれ?

 私はヴェルが好きだ!大好きだ!

 ヴェルも私が大好きってことは!

 これが、両想いってやつか!フフフ‥。

 やっと霞が晴れた感じがする。


「え?あ、そう。ありがとう。じゃあ、行こう!」


「ま、待て!待ってくれ!」


「ん?どうした?」


「あ、頭を撫でて欲しいのだが‥駄目か?」


「別にそれくらい問題ないよ!」


 ヴェルはリオンの頭を撫でて抱き締めた。

 リオンは、緊張で指先まで痺れた。電流使いの竜人が電流で痺れてしまった。

 

「ヴェル、好きだ!」


「俺も好きだよ?」 


「違う!そうじゃない、好きだ!」


「うん。好きだよ?」


「違うんだ!大好きなんだ!ヴェル!」


「え~と?うん、俺も大好きだよ?」


 リオンは、今の感情が伝わらない、もどかしさに苛立って、ヴェルを抱き締めた。

 

「もう、怒ってないの?リオン?」


「何のことだ。もう、忘れた‥」


「そう‥」


「ヴェル、また、屋台を回りたい‥一緒に?駄目か?」


「本戦は明日になるから問題ないよ。じゃあ、デートするか!」


「デ!デートだと!行く!」


 リオンはヴェルの手を離さなかった。それだけで満たされた。

 世界で一番の幸せを感じながら屋台を回った。

 不思議と世界が違って見えた。

 建物の壁も。石畳も、すれ違う人間も、世界を覆う青い空も、全てがキラキラに輝いて見えた。

 今なら私に無礼を働いた竜人共を許してやってもいいと本気で思った。

 ‥これが恋か。

 昨日まで感じていたヴェルの恋しい思いは借り物だった。

 今日初めて、リオンはヴェルに恋をした。


「ヴェル‥」


 リオンは潤んだ目でヴェル見つめた。


「ここで?皆見てるぞ?」


 リオンは無言で首を振った。

 ヴェルはちょっと恥ずかしかったが、リオンにキスをした。

 ヴェルにとっては何時ものキスだった。

 リオンにとっては、初めてのキスだった。

 花火はヴェルとリオンを歓迎するように何度も打ち上がり満開に咲いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る