竜騎姫リオンと雷帝竜ヴェル

森田 実

第1話 転心竜人

 海の上を滑らかに浮かぶ船上都市ノア。ユラユラと浮かぶ船は目的も無く浮かぶ。

 大小に揺らぐ白い波は船体に押し返され白銀色に輝く粒子となって海面へと帰る。

 船体の大きさは37万㎢ある。海に浮かぶ船の中心にはアダムとイブの2柱を祭る都市がある。都市の名はシャーンと言った。この都市は船内で一番古い都市で、毎月の月次祭と年に1回の鎮魂祭があり、船の端に住んでいる信仰篤い船民達は何度も休憩を取りながら1ヵ月かけて足を棒にして歩いて来る。時には死者が出る時もあるがそれを喜びとし大いなる信仰の糧として益々信仰篤く聖地巡礼に訪れてくる。

 今日はその年に1回の鎮魂祭であり、お祭り騒ぎが続く3日間の最終日である。人々は船上生活で限られて物資と食料を神に捧げ大盤振る舞いに振舞った。

 豊漁を祈り、踊り明かす人々の中、少年の後を背筋をピンと伸ばして小走りに歩く猫がいる。その猫の毛並みは日の光に反射するとブラックダイヤの様に黒く輝く。黒猫の名はアライザと言った。

 あともう1羽いる。その鳥は黒い革靴を履いて、片翼にはステッキを持ち、パリッとモーニングを着こなす。頭にはシルクハットをかぶっていて、片目に眼鏡を付けている紳士なオウムが少年の肩に揺られながらバランスを崩すことなく立っている。名をジャムと言った。少年は1匹の黒猫と1羽のオウムを連れて人込みに混ざり合いながら飛び散る酒を浴びて祭りを楽しんでいた。


「毎年、凄いわね。人酔いしそうよ‥」


 黒猫のアライザは浮かれる人間を見上げてウンザリしながら口髭を垂らして言った。


「仕方なかろう。今日は大洪水の際、アダムとイヴが船となって人類を救った日。うかれたくもなると言うものじゃ。ホホッ」


 オウムのジャムは固いくちばしを撫でながらアライザを見下ろしながら言った。


「そんなの解ってるわよ。アタイは心が狭いの。許容出来ないって言ってるの!ああもう、疲れたわ‥」


 アライザはピョンと後ろ足で地面を蹴って少年の狭い肩に飛び乗った。少年はアライザの気分屋な所は何時もの事で慣れていたが突然、肩に乗って来たのでよろめいたが直ぐ、態勢を立て直してアライザの頭を愛おしく撫でた。アライザも気持ちよさそうに、喉を鳴らして少年の頬に顔を擦り付けた。輝く毛並みは荒れ狂う波のように頬を撫でて、少年を気持ちよくさせたが、少年は肩に違和感を感じて、思わずつぶやいてしまった‥。


「太った?」


 少年はアライザの目を真っ直ぐに見てきた。アライザの黒い瞳は左右に小刻みに揺れて黒い顔を真っ赤にさせた。もしアライザの頭の上に休火山があったら、今まさに爆発して血流が飛び散りる噴火が見れたであろう。アライザはキッと瞼をへの字に歪ませて少年を睨み付けると爪を立てて少年の肩にめり込ませた。少年は自分の失言にハッとしたが遅かった。後悔の激流はアライザの爪によって増幅された。あまりの激痛に全身に電流が走り、足先から指先まで、ピンと張って直立不動になった。


「太ってない!成長期なの?最近胸が大きくなったのよ!いい?もう一度言うわね‥太ってない!はい、ヴェル、復唱して!」


「イダダダ~、ふ‥太ってない!アライザは太ってないです。アライザは美人でスタイル良くて聡明で、それで、それで‥とにかく、可愛い!」


 少年、ヴェルが額に油汗をかきながら、とにかく、アライザのご機嫌をとった。ここでアライザが機嫌を損ねたら折角のお祭りが台無しになる。それに嘘は言っていない。アライザは人の姿になると胸が大きい黒髪ロングの大人の女性に変身する。その姿は、通り過ぎる男が振り向き思わず声をかけて来る程だ。それが嫌でアライザは猫の姿となっている。こうすれば、男は寄って来ず、人間とも関わらずに済むらしい。ヴェルは女にモテた事がないので解らない悩みだった。


「とにかくって何?それに、感情がこもってないわね」アライザは更に爪がヴェルの肩にめり込む。


「ヒッ!ホントだって!アライザは美人で可愛い!世界で一番だ!」


「ホントに?」


「ホント!」


「絶対に!」


「絶対!」


「じゃあ、私の事好き?」


「‥え?」


 ヴェルは言葉に詰まる。この猫はどさくさに紛れて何言ってるんだと思考が停止した。それとこれとでは話が違う気がする。ヴェルはオウムのジャムに横目で視線を送って鼻息荒く助けを求めた。ジャムはやれやれとくちばしを撫でるとステッキをトンとヴェルの肩に落として労わる様にヴェルとアライザを見た。


「オッホン‥フ~。アライザよ、よく聞け。ヴェルはおぬしの事を好きと言っておったぞ!」


 ヴェルはゾッとして顔を青くした。喉はカラカラになって心拍数は跳ね上がった。脂汗は首筋をつたって胸元へと滑り込んでいく。


(何言っての?ジャム!)


(仕方あるまい。こうでも言わないと何処にも着地せんぞ?)

 

(だからって‥だからって~!)


「ホント?」


 アライザは救いを求める様にヴェルの瞳を覗き込む。その目は不安の色に覆われて震えていた。まるで、世界の終わりに出会った最愛の男にフラれる女のようだった。

 ブラックサファイアを彷彿とさせる瞳は涙に濡れていた。ヴェルはアライザにきずかれないほどの小さな溜息を漏らして言った。


「ホントだよ。好きだよ。大好きだよ。アライザ」


 言ってしまったら、ヴェルの肩の力が抜けた。嘘はついてない。ヴェルはアライザの事は嫌いじゃないし、好きだった。ただ、それは友愛であり、恋愛感情ではなかった。しかし、アライザは違った。明かに女の情念が宿った好意であるのは女性経験がないヴェルにも解った。故に戸惑っている。たまたま、道の端っこで怪我をしている猫がいて手当してあげただけなのに何故か懐かれてしまった。恋愛感情を抱かせるほどの事をした覚えがないのだ。これが噂に聞くメンヘラと言うヤツなのか。


「嬉しい‥私も好きよ。ヴェル」


 アライザは何度もヴェルの頬に顔を擦り付け目を細めた。黒い尾っぽは左右に揺れて毛は逆立った。チクチクして少し痒かったがヴェルは我慢して、丸いアライザの頭を撫でる。


「ほら。そろそろ、中央広場にいこう!芸人達がいっぱいいるんだ!」


 ヴェルは中央広場を指差した、その時、日が届かない暗い路地裏からフードを被った小柄な体格をした怪しいヤツが息を切らして走って来る。そいつはどんどんヴェルに近付いて来るとヴェルと目が合った。殺気が籠った赤い目だった。その赤い目は忘れない。ヴェルは恐怖に震え立ちすくんだ。冷酷で残忍。人間を攫って食い荒らす化け物。間違いない竜人だ。船内に侵入された。そう確信した時にはもう遅かった。その竜人はヴェルの背中に回って腕を取られ首を掴まれた。その力を人間とは比較にならない強さだった。瞬時に死を連想させられ抵抗すら馬鹿馬鹿しくなった。そいつは後から追って来た警備隊に向かって威嚇してみせた。竜人の鋭い爪はヴェルの柔らかい首筋に刺さり血が垂れ始めた。

 警備隊は警笛を鳴らして周囲に避難を促す。さっきまで酒を飲み踊り明かしていた船民達は悲鳴を上げて我先に逃げ回り始めた。老人を押しのけ、泣きわめく子供を蹴飛ばしヴェルの周囲からあっという間にいなくなった。残ったのは建物から流れる潮風と警備隊だけになった。アライザとジャムは機転を利かせて、船民達の避難に紛れて迂回して竜人の後ろの回っていた。今、猫の姿で本当に良かったとアライザは心底思った。これなら怪しまれず竜人の後ろに回れるからだ。

 ヴェルを人質に取った竜人に一定の距離をとって囲む警備隊の中から一人の男が前に出て来た。シャーンの治安の全権を任されている大隊長、リックは極めて冷静に優しく声を掛けた。


「大丈夫だ。ヴェル安心しなさい」


 震えるヴェルにリックは優しく微笑んだ。ヴェルがかくかくと頷いて声を殺した。口を開くと悲鳴を上げそうだからだ。でもリックの笑顔を見ていると自然と震えが止まってきた。あの笑顔にヴェルは何度も救われてきた。そう‥あれはヴェルの父親が竜人に殺さられた時だった、ヴェルは塞ぎ込んで家から出なくなった時期があった。弱者は保身の為に頭を垂れ、強者は暴君となり理性より感情と暴力で支配してくる。そんな世界に絶望していた。その時、毎日家に尋ねて来て声をかけてくれたのがリックだった。最初は無視続けていたが次第に心を開いて話すようになった。好き子の話。趣味の話。将来の夢の話など。リックは父親の代わりに愛を注いでくれた。リックはヴェルと対等になって対峙してくれた。話を聞いてくれた。だから立ち直った。少しずつだが、外に出る事が出来る様になったのもリックの笑顔のお陰だ。町で見かける度に笑顔で声をかけてくるのは今も変わらない。何時しかヴェルにとってリックは父親的存在になっていた。そして、今日もリックはヴェルの為に前に出て来てくれた。当時と変わらぬ笑顔のままで。


「さて、竜人よ。話は聞こう。‥だが、その前にその子を離してくれんか?その子は関係なかろう?‥さあ」


 竜人はグルルと唸りながら思考を巡らしているようだった。どうやら話が全く通じない相手ではないようだ。リックはそこを突いて話を誘導しようとした。笑顔の下ではどれ程の焦りを隠しているのか想像に難くない。しかし、相手は冷酷で残忍な竜人である。今、この瞬間もヴェルの首を締め上げている。ヴェルは息ができなくなってきていた。その気になれが竜人は枯れ木を折るように瞬時にヴェルの首を折る事が出来る。事は慎重に進まなくていけない。

 ヴェルは少しでも延命出来るように目を閉じて成り行きを見守るしかなかった。

 アライザとジャムは建物の塀に昇って竜人の後ろに上手く回る事が出来た。アライザとリックは目が合うとアイコンタクトを送った。しかし、リックを微かに首を振ってアライザに制止を求めてきた。だが、アライザは冷静ではいられなかった。アライザはジャムにも目で合図する。だが、ジャムも反対してきた。何故、解らないのかと苛立った。今がチャンスなのだ。警備隊に気を足られている今しかチャンスはないのだ。アライザは尾を立ててや闇の神に祈りを捧げた。頭上に炎が集まり、炎の矢を作り出すと竜人めがけて飛ばした。やれやれと観念したジャムは翼をはためかせて竜人の目の前に降りて視界を遮った。

 突然の事で動揺した竜人はジャムを払い視界を確保しようとした。が、しかし、背中に炎の矢が当たりフードは燃え上がった。竜人はたまらず、体をくねらせ慌ててフードを脱ぎ捨てた。フードの下から出て来た顔はなんと少女であり、女の龍人だった。周囲はどよめいた。何故なら、今まで襲って来た竜人は男だけだったからだ。

 その、赤い瞳に赤い髪以外は人間と変わらない。15歳くらいだろうか?まだあどけなさが残っている少女だった。そして竜人の象徴である二本の角が額あった。竜人というより鬼を連想させられた。 


「今よ。ヴェル逃げて!」


 アライザの声にヴェルは反射的に走った。何だか凄くスローに感じた。周囲の景色は静止したように動かない。まるで世界がヴェルを拒絶したかのように孤独を感じた。リックのいる距離まで5mくらいなのに体感的に100mはある様に感じる。


(‥遠い。まだか‥?)


 いや、違った。世界が止まっているんじゃない。ヴェルが止まっていた。ヴェルの口から咳と一緒に血が垂れる。何だか胸元が熱い。足が動かない。ヴェルは確認する為にゆっくり俯くと己の胸元から女の子の手が生えていた。一瞬、何が起こったのか解らなかった。胸から手が生える訳がない。ヴェルは思わずハハと笑ってしまった。

 ヴェルは最後の力を振り絞り自分を殺した竜人の顔を確認する。後ろを振り向くと燃えるような赤い二本の角に背中まだ伸びる癖のある赤い髪がふんわりと潮風に乗ってウェーブした。赤い瞳には強い意思を感じた。

 その可憐で苛烈な少女がヴェルの後ろから手刀で心臓を貫いていた。ヴェルは満足したので糸が切れたように意識が途切れそのまま倒れた。血の絨毯は地面の溝を越えて広がっていく。

 その光景を見ていち早く逆上したのはアライザだった。


「ヴェル―――――!貴様!」


(まだ間に合うはず!)


 アライザは竜人の少女の前に立つと瞬時に黒猫から黒髪を風に揺らす大人の女性へと戻るとヴェルと竜人の少女の心臓に手を添えて、黒猫の魔女と言われたアライザは魔術を行使した。


「転心の術!」


 人外の存在と言われる竜人。単純な力比べですら人類は敵わない。その体が硬直して動けなくなった。少女は赤毛の髪の毛を逆立て有らん限りの力を振り絞ってみたが駄目だった。  

 アライザは術の行使が終わって手を離した。竜人の少女は直ぐに違和感に気が付いた。体が妙に軽いのだ。とは言え、外観は何も起きていない。だが、何とも言えない違和感がある。なんだか胸の中が、空虚な感じがする。


「‥何をした?貴様!」


 竜人の少女はアライザを睨むと信じられない光景を目にした。なんと、先程、心臓を貫いた少年が咳をして息を吹き返したではないか。あり得ないと竜人の少女は思った。確かにさっき心臓を貫いた。己の手を見た。この手に確かな手ごたえがあった。心臓を潰されて生きていられるはずがない。だが、現実は違った。


(生きている。いや、生き返ったのか?)


 ヴェルは起き上がるがヴェル自身も何が起きたのか解っていない様子だった。胸元を見ると傷口は塞がっていた。

 

「生きてる?アライザ何したの?」


 ヴェルは不思議そうにアライザを見る。その疑問に答えるより先に竜人の少女が先に動いた。少年が動けるなら私も動けるはずと、その考えは正しかった。再び、少年に攻撃を開始した。次は首を刎ねてやると拳を強く握り締めて少年の頬めがけて殴りかかった。竜人に殴られれば人間の首など粘土細工のように簡単に吹き飛ぶ。後は割れたスイカの如く赤い身が飛び散る光景が広がるだけだ。


「止めなさい!ヴェルを殴れば貴方も死ぬわよ!」とアライザが叫んだ。


 竜人の直感が警笛を鳴らす。あの魔女、アライザが嘘を言っているように聞こえなかった。だから、拳を寸前で止めた。がしかし、風圧でヴェルの体は後方に吹き飛んで壁にぶつかった。


「イタタタ‥」


ヴェルは別に大した怪我ではないので直ぐに立ち上がるが、竜人の少女は悲鳴を上げて地面を転げ回った。


「痛い!痛い!背中が痛い!貴様何をした!」


「人の話を聞かないからそうなるのよ。馬鹿ね」


「ホホ、アライザよ。緊急とは言え、思い切った事をしたな?」とジャムはステッキをクルクル回して笑った。


「ええ。初めて使った術だから、正直賭けだったわ」


 アライザはフウ~と一息ついて改めて言葉を続けた。周囲の警備隊やリックも見守るだけでなにも出来なかったので、大人しく聞く事に徹した。


「‥いい聞きなさい。単細胞の竜人さん。今、貴方の心臓をそこの少年ヴェルに移したわ」


「は?何言ってる?魔女め!」


「いいから聞きなさい。ここからが重要なのよ。貴方の心臓はヴェルに移ったの。それによってヴェルが感じる痛覚は全て貴方の心臓を通して貴方の体に何倍にもなって返って来るようになったって事。どう、解ったかしら?」


「ふざけるな!信じるか!」


 竜人の少女はヴェルの喉元を掴み爪を首筋に立てた。その瞬間、少女の首筋に激痛が走る。その痛みは例えるならば、全身の神経が剥き出しになった状態で針を刺す感じである。しかも何倍にもなって。つまりは想像出来ない痛みとなって返ってくるのだ。勿論、竜人の少女は、地面を転げ回った。


「それから、もう一つ大切な事があったわ」


 まだあるのかと、竜人の少女は涙目でアライザを見上げた。アライザの目は何処か楽しそうで目の奥が笑っているのを竜人の少女は見逃さなかった。コイツは絶対殺してやると心の底から誓った瞬間だった。だが、今は逃げるしかない。竜人が人間から逃げるなど屈辱たが今は日を改めて再度、復讐してやると決意する。


「貴方、だったら逃げればいいと思ったでしょう?無理よ。この転心の術にかかった心臓は距離を取れば取る程、心音が弱くなって最終的には、お互い死ぬの。だから気を付けなさい。なるべくヴェルの近くにいなさい。私としてもヴェルの死なれたくないか、近くにいる事を許してあげる」


(許してあげるとは?)ヴェルは首を傾げるが突っ込むのは止めた。考えない事にした。


「ついでに私を殺しても術は解けないわよ。自業自得ね。ヴェルを殺した貴方を恨む事ね。ヴェルを傷付ける者はこの黒猫の魔女、アライザが許さないわ」


 アライザは人間の姿のままヴェルの背後から抱き着き優しく抱擁してヴェルの頬にキスをした。ヴェルはアライザの胸の感触と柔らかい唇の感覚に心音が跳ね上がった。と同時に竜人の少女も顔が赤くなってモジモジし始めた。


「おい、止めろ。ヴェルとやら。お前が興奮するとこっちにも伝わってくる‥その‥何と言うか‥」


 竜人の少女はモゴモゴし始め赤い顔を伏せた。ヴェルはハッとしてアライザを見上げた。アライザはいたずらっ子の様にニタニタと笑って答えた。ジャムはやれやれと溜息をつく。


「そうよ。元々はあの子の心臓よ。だから、心臓と肉体はリンクしているの。つまり、ヴェルが興奮すればあの子にも感情が伝わってしまうのよ。その逆もしかりね。あと、ヴェルの痛みは貴方に返るけど、貴方の痛みはヴェルには返らないわよ」


「嘘‥」ヴェルは竜人の少女と目が合った。


「仕方ないじゃない。こうでもしないと、ヴェルを生き返らせる事が出来なかったのよ」 


「ふざ‥、いや、ちょっと待って!じゃあ、私の体はどうなった?この体に心臓はないのか?」


「あら、良く解ったじゃない。偉いわ!」


 アライザは澄ました顔で言う。竜人の少女は顔面が真っ青になって腰を抜かしてしまった。


(嘘だ。馬鹿な‥私の心臓。神竜の心臓が奪われた‥こんな事って‥これじゃ私がこの船に来た意味がない‥)


 「ところで君の名は?」


 ヴェルはなるべく友好に務めて話しかけたが、無駄だった。竜人は人間を見下している。竜人にとって強さが全て。弱いヤツは支配されて当たり前と考えている種族だ。


「人間ごとぎに教える名はない。くたばれ!」

 

 ヴェルの後ろでアライザがヴェルの首筋に針を立てているの見えた。竜人の少女は汗が噴き出た。あの痛みは例え竜人でも耐えられない。あんなの無理だ。少女の怯えた目にアライザの殺気の籠った目で脅してくる。ヴェルは後ろのアライザに気付いてない様子だ。


「ま、まあ。今日は、と、特別だ!特別に教えてやる。有難く思え!下民が!」


 アライザは更に針をヴェルの首筋に近付ける。


「ハアハア‥クソ。‥リオン‥だ」


「え?クソリオン?」


「違う!馬鹿!リオンだ!覚えておけ!愚か者!」


 アライザはムッとして、針をヴェルの首に少しだけ刺した。ヴェルは驚いたがちょっと痛い程度だったので直ぐ痛みはなくなった。だがリオンは違う。リオンにとっては地獄の針山に上るに等しい激痛だった。リオンは首を押さえて転がり回った。

 この瞬間。リオンは敗北した。プライドは砕け天を仰いだ。空は晴天。雲一つない青々とした空だった。何をやってるんだ私は‥そう思うと涙が出てきた。

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