騎士剥奪編
第27話 脱獄ですの!!
『元来魔力とは全ての物質に流れるものであり……おいアリン、手が止まってるぞ』
「……え!? ああ、ごめんなさいですわ」
カイチューの声で意識が戻り、今の今まで上の空だったことに気づく。ずっと持っていたペン先が手元の紙にミミズのような文字を描いていた。
『お前さあ、さっきから別のこと考えてないか? せっかく俺が勉強の手伝いをしてやってるっていうのによぉ』
「むぅぅ、それはその……」
『やっぱり気になるのか、アリンが見た手紙に書いてたことが』
「……そうですわ」
サルサラの部屋に置かれてあった一通の手紙。そこに記されていた、「ランスロット・レイ、騎士剥奪の可能性あり」という文面を見たせいか、ずっとそのことばかりを考えている。
せっかく勉強のやる気が出たっていうのに、これじゃあ全然進みませんの!!
「んあー! どうすればいいんですのー!」
そんな時、コンコンと扉をノックする音が聞こえる。
「なんですの?」
私がそう答えると扉が開き、クロミが姿を見せる。
「アリンお嬢様、お客様がお見えです」
「お客様? 私にご用がある方なんていらっしゃったかしら」
「それが、キーノ様がいらっしゃっておりまして」
「キーノさんが!? なぜ?」
キーノさんとは普段ハイローラ家の屋敷で会うことが多い。キーノさんがクレディット家へ来ることは滅多になく、そもそも来る前に何かしらで約束をしてからくる。直近ではランスくんが用意したお菓子を持ってくるときに来たけれど、今回は事前に来ることは聞いていない。
なんでしょう、突然の訪問ですわ。
ですが、特に断る理由もなく、勉強も手に付いていない状態だったので、私はクロミのあとに続きキーノさんが待つ応接間へ向かう。
応接間では、キーノさんが椅子に座りながらゆっくりと紅茶を飲んで待っていた。
「あ、アリンちゃん!」
キーノさんは私を見つけるとカップを優雅に置き、子供らしくブンブンと手を振る。その紫の髪には、白い花の髪飾りをつけている。
「どうしたんですの急に」
「あ……その、ランスロットくんの、まだ持ってこれてなかったのがあって」
「そうなんですのね! ならせっかくですしお庭でティータイムとしゃれこみましょう! クロミ!」
「かしこまりました」
私がパンと手を叩くと、横に立っていたクロミがキーノさんの従者からお菓子を受け取り、お茶の準備を始める。
それを見届けると、私は座っているキーノさんに手を差し伸べる。
「さ、行きましょうキーノさん!」
「しゃ、しゃれこ……? う、うん」
手をつなぎながら庭へと向かう。外に出ると、直下に降り注ぐ陽光が容赦なく目に射し込んでくる。
「今日はいい天気ですわね~。気づきませんでしたわ」
「今勉強に力入れてるんだってね、すごいねアリンちゃん!」
「私の意思じゃありませんわ!」
そんな取り留めのない話をしながら真昼の庭を歩く。クロミたちは庭の真ん中に机を置きティーセットを準備しているが、私は真っすぐそこへ行かず、少し離れた木陰の下へキーノさんを連れていく。
後ろを歩くキーノさんは不思議そうな顔をしていた。
その木の下は私のお気に入りスポットの一つだ。木漏れ日が足元を揺らし、そよ風が二人の隙間を通り抜けていく。
私はキーノさんに向き直り、話しかける。
「それで、本当は今日はどんなご用事ですの?」
「……え?」
不意を食らった顔をするキーノさん。何を言うか迷って、焦ったように言葉が口から飛び出てくる。
「いや、今日はその、ランスロットくんの、お菓子を持ってきて」
「……大丈夫ですわ。ここで話してても、クロミたちには聞こえませんわ」
私はキーノさんへそっと語り掛ける。
私にはわかる。彼女は何か私に伝えたいことがあってここに来た。でなければ、真面目なキーノさんが屋敷にアポなしで来ることなんてない。
「お茶の時間までもう少しありますわ。難しい話は先にして、晴れ晴れした気持ちでお茶を楽しみましょ?」
「アリンちゃん……」
キーノさんは少しためらって、口を開く。
「今、私の屋敷にランスロットくんがいるの」
私は、出てきたその名前に驚いた。
ランスくんが、キーノさんの屋敷に……?
「ど、どうしてですの」
「3日前くらいからかな。ランスロットくんが急にやってきたの。お父様が言うには騎士訓練の休養に来てるってことらしいんだけど、ランスロットくんはなんだかずっと塞ぎこんでて……」
「……」
「アリンちゃんに、ランスロットくんに会ってほしいって思ったけど、さっきクロミさんからアリンちゃんは今外に出られないって聞いて……」
「そういうことだったんですの……」
私は懐中時計を握りしめ、小声でカイチューに話しかける。
「カイチュー、これは……」
『まあ間違いなくあの手紙に書いてあったことが関係してるだろうな』
私は思考を巡らす。サルサラの部屋にあった手紙。ハイローラ家に急に訪れたランスくん。そして、彼は何故か塞ぎこんでいるという……。
これらは、独立した物事ではなく一つにつながった事象だ。
手紙に書いてあった騎士剥奪の文言。
もしこれが事実なのであれば、それはランスくんの運命が大きく変わるということだ。
カイチューは言っていた。大きな流れが変わらなければ問題はないと。
しかし、もしランスくんが騎士でなくなったのであれば、未来はどうなってしまうのか……。
『とにかく何をするにも情報が足りない。できれば直接会って話を聞きたいが』
「……」
カイチューの言う通り、事情を直接聞くのが一番手っ取り早い。それに、塞ぎこんでいるというのも心配ですわ。
ですが、今の私はサルサラから外出禁止を言い渡され、非情な監視下に置かれている身……いったいどうすれば……。
『というわけで、一つ提案したいんだが』
「なんですの?」
『まあ耳貸せって……』
カイチューがこっそりと私に伝えた提案。それはあまりに無謀で、とても面白そうな提案でしたの。
「あの、アリンちゃん?」
「よし、決めましたわ」
「え?」
「脱獄しますわ!!」
「……どういうこと?」
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