第17話 最高の結末

 前世の記憶を思い出し、未来を知ったあの日、私は変わった。


 なぜなら、魔術の使えない私にとってそれはあまりに素晴らしい未来だったから。


 魔術の才がない貴族は、貴族ではない。それが今の常識だが、この常識が広まったのはここ2,30年の話らしい。


 なぜなら、昔は今ほどに魔術が発達していなかったからだ。



 クレディット家は、脈々と続く魔術の名家。古き良き貴族式魔術の研究は戦場での活躍だけでなく様々な分野で活用され、クレディットの名を高めていた。


 クレディットは、不可能を可能に変える。無理があればクレディットに聞け。

 そう貴族の間で言われるほどに魔術貴族としての地位は盤石だった。


 けれど、100年前の王立魔術学園の設立によりその流れは変わる。


 貴族式魔術が貴族社会に普及し浸透することで、貴族全体の魔術の技術レベルが上がったのだ。より多くの家が魔術を学び、その才を見出され、戦果を挙げる。結果、貴族式魔術の名家というクレディットの特異性が失われてしまうことになる。


 神秘の化けの皮が剝がされてしまったのだ。


 クレディット家の凋落は激しく、過去の栄光を元に細々と貴族を続けていくことはできたがそれも長く続かない。魔術の才に長けた家柄ではあったが、政治や利権争いには疎く、ちょうどお爺様の代で貴族勲章を返上するかしないかの判断を迫られるほどになったらしい。



 その状況を変えたのが、お父様だ。


 お父様は生まれた時から魔術の才に秀でており、学園でその才能を開花させた。


 魔術における三大難題の一つ、事象改変制限距離の解明を学生ながらにして成し遂げた。その他にも魔力変換効率式の最適化や理論上可能な最大出力方程式を作りあげるなど、功績をあげだしたらきりがない。


 そして、お父様には政治の才能もあった。あらゆる手で人脈を作り、自らによい状況を作り出す。先代や先々代の時に奪われた土地や利権のほとんどをお父様は取りかえしてみせた。


 こうしてクレディット家は再び名家と呼ばれるようになった。魔術こそはクレディット家のものであると、貴族たちにそう認識させた


 ここまでが、クロミから聞いた話。




 私は魔術の才を受け継ぐことができなかった。


 お父様はよく私に話をしてくれた。

 自分が幼いころは辛く苦しい生活を強いられていたが、魔術の才能があったから変えられた。アリンにもその才能が受け継がれているはずだ。きっと私を超える魔術師になるぞ。

 そうなんども言って聞かされた。嬉しそうに話すお父様を見て、私も嬉しくなったのを覚えている。


 私は、期待されて生まれてきたのだ。


 5歳の私は、お父様の言葉の通り偉大な魔術師になれると信じていた。もし仮に今がダメダメだったとしても、いつかはなれるものだと疑わなかったし、そのためにどんな努力を惜しまないとも考えていた。


 魔術の才能を測るテストは、基本5歳になると行われる。簡単な魔術式を詠唱して出力と魔力総量を測る。


 テストの日、屋敷の庭で私はお父様の言った言葉に続いて詠唱し、手を掲げた。魔術式の内容は手のひらほどの火の玉を出現させ、発射させるというものだ。

 私は、魔術とはどんなふうにして起こるのか楽しみで仕方がなかった。


エン・ラウル初級火魔術


 詠唱が終わっても、火の玉は現れなかった。


 私は涙目でお父様の顔を見た。お父様は、焦る必要はない、魔術式を言い間違えただけだと仰ってくれた。私は心の底から安心した。


 だから、今度は間違えないように丁寧に詠唱した。


エン・ラウル初級火魔術……!」


 それでも、火の玉は現れなかった。


 もう一度お父様の方を見る。お父様の目は私ではなく、私の掲げた手のひらをまるでありえないものを見たかのように見ていた。

 そして、お父様はもう一回やって欲しいと仰った。


「……エン・ラウル初級火魔術


 私も、自分の手のひらの方を注視した。だから気づけた。

 火はちゃんと出ていた。魔術式は何も間違っていなかった。




 ただそれが、線香花火からこぼれたような小さな火花だっただけだ。



 

 お父様は何も言わなかった。ただ黙って背を向けて私から離れていった。


「お、おとうさま……!」


 涙は出ない。息が詰まるような苦しさがあった。


 私には自信があった。お父様のような大魔術師になれるという自信が。もしなれずとも、近しい存在ならば努力でなれると本気で思っていた。


 だから、根拠が欲しかった。


 お前には才能がある、期待している、今日は不調なだけだ。


 なんでもいい、今何か言ってくれたら、その言葉を支えに努力してみせる。


 いや、お父様なら言ってくれると信じていた。


 私の言葉を聞いて、お父様が振り返る。




 冷たい、冷たい目だった。




 お父様は何も言わなかった。



 屋敷にあった魔術の本には、魔術の才能とは魔力総量とその出力によって決まるとあった。

 そして、出力であれば訓練次第で底上げすることが可能であるとも。

 私が見出した希望の言葉だ。


 私には出力が足りないだけであり、いつかは普通になるのだと。


 けれど、それが絶望の言葉に変わるのにはそんなに時間がかからなかった。


 私には魔力総量が他人より圧倒的に少なかった。火花のような球を数発撃つとすぐに空になる。毎日のように隠れて魔術の訓練をするが、一向に改善される気配が無い。ただ、魔力が空になった時の疲労感になれるだけだった。


 魔力総量は後天的に増やすことはできない。つまり、私はいつまでもこのままということだ。


 それを理解した日、私は一晩中泣いた。貴族として魔術が使えないという事実よりも、お父様の期待に応えられない恐怖が私を襲った。



 私には何も無かった。これから何もない無意味な人生を生きていくことが、耐えられなかった。

 初めから持っていないことに気づいただけだというのに。




 でも、前世を思い出したあの日、私は知った。自分の人生に意味があることを。


 アリン・クレディットの死、それが私の意味。


 17歳の誕生日に私は死ぬ。ゲームでは、アリン・クレディットの死は必ず発生するイベントだ。これをきっかけに、主人公は個別ルートに入っていく。今の私では考えられないほどの大役だ。


 誰かの、それも好きな人のために死ねるのだとわかって嬉しかった。今から10年を生きる力を貰えた。

 ゴールさえわかれば、迷いなく進める。




 私はあの時、アリン・クレディットの結末を知って楽になったんだ。




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