第32話 決戦の時ですわ!


 その時は思ったより数段早く訪れた。


 あの後私は夜遅いということもあってハイローラ家でお泊りすることになった。


 カイチューによると、フィッツ、もしくはそれに近しい人物が向こうからコンタクトを取ってくるとのことだ。私はそれを待てばいいと。


 けれど、待つ必要はなかった。朝起きて帰り支度を済ませ、グウンズ様に帰りの挨拶をしている最中に、それは唐突にやって来た。


「ご主人様、お客様がお見えです」

「なんだこんな時に……相手方は誰だ」

「……カモーネ家の方です」

「カモーネ家……? 何故? ……まあいい、すぐに行くと伝えてくれ」


 従者はぺこりと一礼し部屋を出ていく。


 カモーネ家……やっぱりそうでしたの。


「すまないねアリンちゃん。大事な別れの挨拶の途中だと言うのに」

「いえ、気になさらないでください。……その、最後にランスくんのところに顔を出しに行ってもよろしいかしら?」

「それは願ってもないことだ。どうかあの子を頼む……私が言えたことじゃないが、ランスロット君は君には心を開いているようだからね」


 私は軽くお辞儀をし、グウンズ様の元を後にする。足早にランスくんの部屋まで向かうと、部屋の中から話し声がしていた。


 私はノックをしてから、その扉を開ける。部屋の中には、ランスくんの他に二人の男が立っていた。


「おや……おやおやおや! おいおいおい本当か! まさか君が来てるとはな!!」


 中にいたのは、エンデッド・バースと……フィッツ・カモーネ。


 フィッツは私を見るやいなや、異様なテンションでゆっくりとこっちに近づいて来る。


「フィッツ……ランスくんから離れなさい」

「おやぁ? その感じ、思ったより俺の登場に驚いていないみたいだね。もしかして俺が来るってわかってた?」


 な、なんなんですのこの感じ!? 初めて見た時よりもその上り調子な感じに磨きがかかっていて、一言で言うとクソうざいですわ!!


『……変だな』

「変、ですの?」

『フィッツは今、軽さを演じている。下手に飲まれるなよ』


 飲まれるなって言ったって、何をどう気を付ければいいか私にはわかりませんわ!


 とりあえず落ち着いた感じでいきますわ。


「ごほん! ……なんの用で来たんですの」

「あはは! いいよいいよそんなとりつくろわなくて。どうせ来た理由何となく察しついてんでしょ? ねえ? あ、それともわかってない感じか!」

「いいから早く言いなさい!」


 フィッツの妙な喋り口調に思わず声を荒げてしまう。いけないいけない、クールに行きましょう。


「おいおいそんなせっつくなって。久しぶりの再会をお互い喜ぼうじゃないか! あはははははは!」


 神経を逆なでする軽い調子。だけど、その内側には以前よりも固い意志が潜んでいる気がする。


 部屋の真ん中で立っているランスくんは、怯えて固まっている。


 私はこみ上げてくる怒りをぐっと抑え、フィッツを睨みつけた。


 すると、薄ら笑いを浮かべていたフィッツの顔はすっと真剣なものに変わる。


「お前と勝負をしに来た、アリン・クレディット」


 殺意、敵意……いや、もっと純粋で原初の感情。


 生存欲。それが私がフィッツから感じた感情。


「ここにいるってことは、大体の事情は知っているんだろ? なら話は早い。これはフィガロット・レイへの告発文書だ。これを賭けて俺と勝負してもらう」


 そう言うとフィッツは懐から古びた手紙を取り出す。


「なんであなたがそんなもの持ってるんですの」

「さあ? それより、お前が気にすべきことはもっと他にあるんじゃないか?」


 他……? 他ってなんですの?


「なにかありましたっけカイチュー……!」

『アリンが賭ける物だろ』

「そうですわ! 私は何を賭けるんですの! 私そんな大層な物持ってませんわ!」

「いやいや、そもそも貴族勲章なんて賭けた前がおかしかったんだよ。それに、俺が欲しいものはちっぽけなものだ」


 フィッツは指をさした。その方向にあるのは、私。


「俺が勝てば、お前を奴隷にする」

「はあ?」


 フィッツはまるで将来の夢を語るように、キラキラした口調で話を続ける。



「俺はお前が苦しむ姿が見たい。全てを奪われた時の表情が見たい。絶望に染まる瞬間が見たい……奴隷になった君を、俺は毎日拷問する。鞭でしばき、そのきれいな爪も丁寧に剥がそう。そして、痛みで頭が回らなくなって、凄惨な日々から逃れようと君は俺に一心に死を願うだろう。それを見た俺は、君の顔面に向かって勝った!!と叫んでやる。ああ、なんて素晴らしい未来だろう!!」



 あまりにも人として外れた思考に、言葉が何も出てこない。何が彼を変えたのか、意地の悪い貴族を超えたその姿は、もはや別人だ。


「本当はハイローラ家を通して君に伝えようと思ったけど、ここで会えたしちょうどいいや」


 絶句する私に向かって、フィッツはポケットから白い手袋を取り出して投げつける。



「アリン・クレディット、俺は君に決闘を申し込む」





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