幕間
第23話 お忍びデートですの!!
それはとある日の昼下がり。キーノさんの誕生日パーティーから10日も経って、あの喧噪も忘れてしまいそうになるそんな頃、私は土いじりと称した日課の泥遊びを庭でやっていた。
「んしょ……できましたわ! 見てごらんなさいこの艶と丸さを!」
『さすがだな~』
私は出来立てほやほやの泥団子をカイチューに見せつける。天高く掲げられた黒色の塊は日の光を反射し煌々と輝いている。うつくしいですわ……
「ポイントは泥で作ったあと乾いた砂を表面にまぶすことなんですわ!」
『しらなかった~』
「私がこの領域に至るまで5年、いや10年はかかりましたの……」
『すごーい』
「自分でもほれぼれしますわ……なんて罪深いものを作ったのでしょう。ですが、この子が本領を発揮するのはこれからなんですわ!」
『せんすある~』
「……なんか反応がさっきから適当じゃありません?」
『そんなことないよ~』
……絶対別のこと考えてますわ! ふん、せっかくお勉強の時間を抜け出して遊んでいるっていうのに、もう構ってあげませんわ!
私はせっせと泥団子を磨く作業に戻る。
「それは何をしているんですか?」
「光る泥団子を作っているんですの! 今は仕上げの1段階目ですわ!」
「なぜそんなことを……?」
「悪役令嬢になる方は土いじりをするのが基本らしいんですの!」
「あく……? そうなんですね!」
「見てくださいこちらの逸品を……って、わあ!」
顔を上げると、そこにいたのは優しい表情のランスくんだった。私は驚いて手元から泥団子を落としかける。
あまりに突然だったから、途中まで自然に会話してしまいましたわ!
「お久しぶりです、お姉さん」
「ランスくん!? なんでいるんですの!?」
「アリンお姉さんに会いたくて、頑張ってきちゃいました」
そう言ってにこっと笑うランスくん。その顔にはあの誕生日パーティーで見た影はもうなくて、私が作った泥団子のように輝いて眩しい。
「よく敷地内に入れましたわね……」
「門番の方にアリンお姉さんに会いに来たって言ったら快く入れてもらえました!」
「そんな幼馴染の家に遊びに行くみたいに言ってますけど、レイ家ってここから結構距離ありますわよね。会いたくて来れる感じなんですの?」
「……今日は訓練の休養日だったんで、いてもたってもいられずに朝から馬を駆って来たんです」
「ウマ!? ランスくんはウマに乗れるんですの!? すごいですわ!!」
私はパッと立ち上がり羨望の眼差しをランスくんに向ける。
ウマを優雅に扱うのは貴族の必須スキルの一つ。当然私も乗馬の練習をしているんですが、これが一向にうまくならないんですの!
コツとかをクロミに聞いても「ふっ……お嬢様は、その……ふふっ、そもそも運動神経があまりよろしくないかと……ふふっ」みたいな感じで若干馬鹿にされながら言われましたわ!
……思い出したら腹が立ってきましたわ。
私は地面に向かっておもむろに小枝で文章を書きなぐる。
”クロミへ、ちょっと外に行きます。今日中には帰ります。たぶん”
「これでよし……ねえランスくん」
「なんでしょう?」
私はランスくんに向かって、ランスくんに負けないくらいの晴れやかな笑顔を向ける。
「私をウマに乗せてくださいまし! ひとっ走り行きますわよ!」
「ぜひ!」
***********
「風がすごいですわ~~!」
「そうですね~~!!」
私を乗せたウマは風のように草原を駆け抜ける。いつもは馬車の窓から眺めていた景色が、一瞬で後ろに流れていく。結構スピードが出ているはずだけど、ランスくんの乗馬テクニックがすごいのか、不思議と怖さを感じない。
屋敷では今頃従者たちが勉学の時間を抜け出した私を探し、庭の書置きを見つけて大騒ぎになってるはずですわ。そう考えると爽快感も増しますわ!
「お客さーん! どこまでまいりますかー?」
「とりあえず、街の方までお願いしますわ~!」
「わかりました!」
屋敷からクレディット家の領地内にある大きな街まで結構離れているが、あっという間についてしまった。もう少し走っていたかったけれど、それは仕方がないですわ。
ウマを近くの馬宿に預け、私たちは街へ繰り出す。街へ来るのはキーノさんへのプレゼントを買った以来ですわ!
お昼を過ぎた時間帯からなのか、街道を歩く人々は誰もがゆったりとした表情をして、温和な雰囲気が街全体に流れている。
けれど、その密度はいつも以上に多い。
「ランスくん、こっちですわ!」
私ははぐれないよにランスくんの右手を掴む。
「あ、アリンお姉さん、あの……!」
「? どうかされました?」
「いえ……」
何故か恥ずかしそうに黙ってしまうランスくん。何か気に障ることでもありましたの? クロミと街に来るときと同じようにしたのですけど……。
ま、気にしないで行きますわ!
私はつないだ手をぶんぶんと振りながら行き交う人々に混じり街を散策する。以前に来た時からあまり時間は経っていないと思っていたけれど、街中の様相や商店に並べられている品はがらりと変わっている。その一つ一つを観察するだけで一日が終わってしまいそうだ。
「見てください、真っ赤な果物が売ってますわー!」
「そ、そうですね」
「私、買ってきますから少し待っててくださいまし!」
「あ……」
私はランスくんの手を放し、走って露店に向かう。並んでいる真っ赤な果物はとても新鮮で、どれもおいしそうですの。
「これと……これください!」
「毎度、4ジェニーね」
「ありがとうですわ!」
商品を受け取りランスくんの元へるんるんで戻る私。そんな時、カイチューがいきなり私に話しかける。
『おいアリン、いいのか?』
「なにがですの?」
『いや、ランスロットと親しくしたら運命がどうのって話、前したの忘れたのか?』
「ああ~……覚えてますわよ」
『忘れてたんじゃねーか。お前ってホントよくわかんねえとこでテンションあがるよな。それで後先考えずに行動する』
「後先考えずって、それは……! そうかもしれませんけども、別に大丈夫ですわ! 今日のはただのお出かけですしそんな好感度上がりませんわ! だってデートとかしてるわけじゃあるまいし!」
フンス! 鼻息を荒くしてカイチューに反論する。
そうですわ、人の好感度なんてそう簡単に上がるものじゃありませんわ。故に心配する必要なし! ですわ!
『ん? これってデートじゃねえの?』
……ん?
「ななな何言ってるんですの! 滅多なこと言うんじゃないですわ!」
『いや、二人っきりで馬乗って街行って手をつないでたらもう完全にデートだろ。ていうかその意識なかったんだ。逆にランスロットに失礼だぞ。あいつバリバリ意識してたのに』
「それは……! いやでも……!」
うそ、これってデートだったんですの!?
「え、じゃあなんですの? 私、自分からランスくんのことを街に誘って自分から手をつないで歩くって、ランスくんのこと好き過ぎるみたいになってないですの!?!」
『なってるよ』
「お姉さん、どうしたの?」
「いひぃ!」
いつの間にか近くにいたランスくんが喚く私を不思議そうに見つめている。
「いえ、なんでもありませんわ! そうだ本、本ですわ! 私、読みたい本があったんですの~~!」
私は買ってきた果物をバッとランスくんに渡して、逃げるように近くの書店に駆け込んだ。
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