第22話 きっと大丈夫ですの

「じゃあアリンお姉さん、また会いましょう~~!!」

「はは……またね」


 結局根負けした私は、ランスくんにお姉さんと呼ばれることを許してしまった。迎えの馬車がやってくる頃にはすっかりしっぽを振る小型犬のように懐かれてしまいましたの。


 ランスくんは従者と手をつなぎ馬車に乗っている最中も、私の方を向いてつないでいないもう片方の手の方をぶんぶんと振っている。


 私と横に立っているキーノさんは控えめに手を振りかえす。


「でも、よかった。ランスロット君があんなに楽しそうで」


 キーノさんはふとそんなことを言う。


 確かに、お姉さんと呼ぶことを許可してからのランスくんはずっと笑顔だった。フィッツに絡まれているときの冷たく暗い顔を思い出すと、これでよかったのかもしれないと、そう思いましたわ。


「それに、お父様が言ってたの。ランスロット君……レイ家は今大変な状況だから、ちょっとでも気分を良くしてほしいから呼んだって」

「そうだったんですのね」


 キーノさんの仰ったことに、まるで知らないことのように反応するけれど、実は私知ってますの。ゲームでありましたから。



 ランスくんはレイ家という由緒正しい騎士の家系の子息だ。そして、ランスくんの父親であるフィガロット・レイはその中でも抜きんでた騎士の中の騎士、英雄と呼ばれた人だ。


 けれど、フィガロット・レイは戦死してしまう。ランスくんが7歳の頃に。


 ちょうど一年前のことで、その当時お父様も屋敷の中であわただしくしていたから覚えてますの。


 レイ家は当主を7歳のランスくんに引き継がせ、フィガロット様の弟が補佐として付く形になったんですわ。


 当時は右も左もわからなくて怖かったとランスくんはゲーム本編で語ってました。それが、ランスくんが主人公のロッテに初めて弱い部分を見せる場面でしたから、とても印象深いんですの。今でも鮮明に覚えてますわ。確か、あれはランスくんが別の学生に魔獣の討伐課題を無理やり肩代わりさせられた帰りのこと……


==========


 体中傷だらけのランスロットに、ロッテは回復魔術をかける。


「どうしてこんなに傷を負ってまで、誰かの頼みを聞くんですか!!」

「はは、いいじゃないか。俺を頼ってくれるのが嬉しいんだ」

「あの人たちは、ランスロット先輩を便利な道具か何かだと思ってるんです! 馬鹿にしてるんです! 先輩が傷つく必要なんてない!!」


 すると、ランスロットの表情が柔和なものから真剣なものになり、少しづつ語り始めた。


「俺はさ、死にたかったんだと思う。昔から」

「……え?」


「でも、それ以上に死にたくなかった。だって、俺が死んだら父さんのやってきたことも消えちゃうって思ってたから」

「……」


「俺のこと、学長から聞いたんだろ? 困るよな普通、今日からあなたが当主ですって言われても。いずれ俺も当主を継ぐ日がくるってのはわかってたけどさ」


 声だけはいつもの調子のように聞こえるけれど、その目には深い悲しみを秘めていることにロッテは気づく。


「俺は、息がしづらかった。正解がわからないから、正しさを探すことよりも間違わないようにすることで頭がいっぱいだった」

「……そんな」


「だから、これは俺のためなんだ。一分一秒、誰かのために動いていないと、俺は息が吸えなくなる。でも、こうやってロッテに迷惑かけてちゃ意味ないか! はは!」


 ぎこちなく笑うランスロット。ロッテはランスロットの顔を両手でつかんで、無理やり目を合わせる。そして、大きく深呼吸を一回。


「それでも、私はランスロット先輩が傷つくところを見るの、嫌なんです」

「……なんで」


 きょとんとするランスロットへ向けて、ロッテはその言葉を伝える。



「だって私、ランスロット先輩のこと―――」



==========


 ランスくんは極大の自己犠牲の精神を抱えていた。ランスくんを好きになったロッテが、私のためにあなた自身を大事にしてほしいと訴えて、その固まった心を少しづつ解きほぐしていく。


 ゲームでは、その自己犠牲の精神は騎士訓練生時代に植え付けられたものだという描写があった。




 だけど、本当は今日の出来事が根底にあるのだとしたら、ゲームには登場していないあのブローチが実は今日この日に失っていたから出てこなかったのだとしたら。




 いや、もうやってしまったことを後悔してもしかたがない。


 それに、泣いている子を放っておくほうが幸せな運命になるのだとしても、私には無視するという選択肢がとれない。


 遠ざかっていくランスくんの乗った馬車を眺めながら、私は胸にかけている懐中時計をぎゅっと握る。


 カイチューも大まかな流れが変わらなければ大丈夫だろうって言ってたし、きっと、なんともない。




 そう思っていたのに、後日まさかあんなことが起こるとは、この時は思いもしなかった。



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