第35話 勝負、始まりですわ!

「待たせましたわね!」


 定刻になった瞬間、私は部屋の扉をバンッ!と開けて部屋へと入った。後ろにはランスくんが静かについてきている。

 キーノさんには事情を説明して、勝負中に従者がこの部屋に訪れないようにしてくれた。ありがとうですわ、キーノさん。


 部屋には中央の正方形のテーブルが置いてあり、上にはそれぞれ40枚のチップが並べられている。フィッツはその一辺に座っており、エンデッドは彼の横でまだ立っている。


「いいや、時間ぴったりだ。早速始めよう。好きなところに座れ」


 フィッツは椅子に座れと手でひらひらジェスチャーする。私に席の位置、つまり手番の順番を決めていいと言いたいのだろう。


 私はカイチューの事前の指示通りフィッツの真正面に座る。そして、ランスくんを私の右に座らせた。残った一つの席にエンデッド・バースが座る。


 全員が着席したことを確認すると、フィッツはトランプの束をシャッフルしテーブルの中央に置く。


「ルール通り、手番は時計回りに進めていく。1ターン目のファーストプレイヤーは公平にこいつで決めよう」


 取り出したのは一枚のコインだ。


「表か裏か、当たった方が1ターン目のファーストプレイヤーを指名できる」


 そう言ってフィッツはコインを弾く。コインはクルクルと宙を舞い、落ちたところをフィッツがキャッチする。


 ……あの日よりかなり上達してますわ。動きに一切の迷いがありませんの。

 こいつ、できますわ……!


「表、裏、どっちだ」

「じゃあ~、表」


 適当にカイチューが返事をすると、フィッツはコインを開示する。表だ。


「おや、まずは君に運の向きがあるようだ。ファーストプレイヤーは誰にする?」

「……ランスロットからで」


 カイチューが指名したのはランスくん。

 つまり、最初のターンの手番は、ランスくん→私→エンデッド→フィッツ……という風に回っていくわけですわね。


 全員が場代の1チップを支払い、ラストプレイヤーであるフィッツが追加で1チップベットする。


 カイチューが静かに息を吸い、刃物のような目つきでフィッツとエンデッドを視界に入れる。カイチューの意識から冷たい緊張感のような波が濁流のように流れ込んでくる。



 今から始まるのだ。私とランスくんの、運命を賭けた勝負が。



☆1ターン目 所持チップ(アリン:40 ランスロット:40 フィッツ:40 エンデッド:40)

FP:ランスロット LP:フィッツ


 ランスくんがカードを一枚引き、カイチュー、エンデッド、フィッツと順番に引いていく。全員が引き終わったところでカイチューはカードを確認する。


「ふうん……」

『うおおおお! 来ましたわ~~!』


 カイチューが引いたカードはA! 文句なし最強カード! 


 と私が懐中時計の中で雄たけびを上げていても、カイチューは顔色一つ変えない。これがポーカーフェイスってやつですのね……。


「ぼくは、降ります」


 手番最初のランスくんはフォールドを選択。引いたカードがよくなかったのでしょうか。でもまあこの勝負はチーム戦。カイチューとランスくんが同時に強いカードを引いてもあまり意味がありませんし、ここはよしですわ!


「どうだ? いいカードは引けたか?」


 フィッツはニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながらカイチューが引いたカードを見つめている。


「ああ、かなり強いカードを引けましたわ」


 カイチューは嘘とも本当ともつかない口調で軽く返す。


「とりあえず、最初だし5枚レイズだ」


 チップを5枚無造作に取り、中央に置く。ここでカイチューの言葉を嘘だと思ってフィッツが乗ってきたらいいのですけれど……。


「……俺は降りる」


 エンデッドもフォールドを選択。これでカイチューとフィッツの一騎打ちになる。


 フィッツの手番で、フィッツはすぐに何かを宣言せず先ほどと同じ表情でこの状況を楽しんでいる。


「ふむふむ、なーるほどね……」

『お願い……! コールかレイズを宣言して……!』


 ハイカードでAは最強のカードだ。最低でも引き分け、負けは絶対にない。

 ここでフィッツが大量のチップを賭ければ、その分リードできますわ! だからコール、出来ればレイズしてくださいまし……!


 私のそんな思いに呼応してか、カイチューが口をゆっくりと開きフィッツに舌戦を挑む。


「おやおや、フィッツ様はいいカードが引けなかったのですわ?」

「どうかな、勝負したいのかい?」

「それはフィッツ様が決めることですわ」

「……その感じ、強いカードを持っていて勝負をしたがっているようにも見えるし、弱いカードを強く見せようとしているようにも見えるね」

『なんにもわかってないじゃないですの!』


 カイチューがフィッツを翻弄しようとしているのに、私がフィッツに翻弄されてしまっている。


「さあ、どうでしょう。真意を読み取ってみなよ。フィッツ様はそれをするために来たんでしょ?」

「……そうだね」


 フィッツはじっと私の顔を睨みつけている。カイチューの反応で嘘かどうか判断しようとしているのでしょうか。


 お願い……!


「うーん、ダメそうだ。俺もフォールド」

『そんな……!』


 願いむなしくフィッツはフォールドする。


 ……いや、がっかりしないで切り替えませんと! それに少ないとはいえフィッツからチップを奪えたんですもの!


 ラストプレイヤーであるフィッツは他より多くチップを支払っている。その分フィッツにダメージがいくはずですわ! これを見越してカイチューはランスくんをファーストプレイヤーに選んだんでしょうか?


「じゃあ清算だ。おめでとうアリン・クレディット。1ターン目は君の勝ちだ」

『あれ、ええ?』


 フィッツはテーブルに賭けられていたチップをカイチューに投げ渡す。これでプラス4枚。


 あまりにもあっけなく1ターン終わってしまった。残り9ターン




☆2ターン目 所持チップ(アリン:44 ランスロット:38 フィッツ:39 エンデッド:39)

FP:アリン LP:ランスロット


 役割も時計回りに回って次はカイチューがファーストプレイヤーですの。


 引いたカードはQ。さっきほどではありませんが十分勝負に出れるカードですわ。


「レイズ。10枚だ」


 カイチューはカードを見るとノータイムでレイズする。ランスくんとエンデッドはカイチューの宣言にびっくりした表情をするが、フィッツは依然嫌味な笑みを浮かべるだけだ。


 エンデッドは当然フォールドを選択。

 重要なのはここから、フィッツの手番ですわ。


 フィッツは無駄なお喋りはせず、先ほどと同じくカイチューの真意を探るようにじっと顔と伏せたカードを交互に見ている。


「……?」


 その時カイチューから流れ込んできたのは、不可思議というか奇妙なものを見ているような感情でした。

 

 どういうことですの? 今のフィッツの行動に不思議な点なんてありますの?


 私にはフィッツがこちらを伺っている以上のことは分からない。カイチューは今何が見えているのだろう。


「……フォールドしよう」


 長い思考の末、フィッツはフォールドする。ランスくんは私と勝負する意味がないのでフォールドし、静かに2ターン目が終わる。




☆3ターン目 所持チップ(アリン:48 ランスロット:37 フィッツ:37 エンデッド:38)

FP:エンデッド LP:アリン


 奇数ターンになったから場代が1増えて2チップ必要になる。さらにこのターンのラストプレイヤーはカイチューなので追加で2チップ支払う。


「俺はフォールドする」


 ファーストプレイヤーのエンデッドは早々にフォールドする。そして、次のフィッツの手番。


「レイズだ」


 今まで降りていたのが嘘のように突然レイズを宣言する。フィッツが場に出したチップは5枚。


「ふ~ん、やっといいカードが引けたのですわ?」

「そうだよ。勝負するかい?」


 ランスくんの手番、カイチューはランスくんに降りていいと合図を送り、その通りランスくんはフォールドする。


 カイチューの手番だ。今回引いたカードは10。

 強いカードの部類だけど、勝負をするには心もとない数ですわ。それにあのレイズの仕方……なんだかとても怪しいですわ!


『このターンはカイチューがラストプレイヤーだから余分にチップを支払っているけど、前2ターンで8枚のアドバンテージがありますわ! ここで無理に勝負する必要はありませんわ!』

「レイズ」

『聞いてました!?』


 カイチューは迷わずレイズを宣言。場に10枚のチップを追加で支払う。これでカイチューは14枚場に出したことになる。


「へえ、勝負するんだね」

「勝負するかと聞かれたから、答えただけですわ」

「そうこなくっちゃ。コール」


 フィッツも応じてコールしてくる。手番がカイチューに移る。


 ……カイチューがレイズしたってことは、カイチューには勝算があるはずですわ。ここでフィッツがコールしてくれるのラッキーですわ!


 カイチューはその手をすっと所持チップの方へ向ける。


 まさか、まだレイズするんですの~~!?


「……チェック」


 けれど、意外なことにその手はチップを掴まずそのまま勝負をすることを選ぶ。

 カイチューは10のカードを公開する。


『これでフィッツが9以下なら勝ち、それ以外なら……』


 フィッツのカードに視線が集まる。フィッツはゆっくりとそのカードを表にする。



「レイズしなかったのは褒めてやるよ。けど、残念だったな」



 表になったカードに描かれていたのは、ナイト。Jのカード。


 つまり、たった1の差でカイチューの負け。


「俺の勝ちだ、アリン・クレディット」


 フィッツは静かにそう宣告する。その顔には張り付いたような笑みはなく、ただ真剣に勝ちを求めている者の表情をしていた。


『うそ、ですわ……!』





 その時カイチューからドバっと感情が流れてくる。熱く激しく、燃え上がるような感情。





 それは、カイチューが勝利を確信した高揚感だった。





 3ターン目終了時 所持チップ

(アリン:34 ランスロット:35 フィッツ:55 エンデッド:36)


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