第2話 わたくし、ぎゃんぶるなんてしませんの!
『は?』
私は困惑する懐中時計を前に、フンスと鼻息を鳴らす。
言ってやりましたわ!
『えーと、魂を賭けて俺とギャンブルしないか?』
「ぜぇーったい、やりませんの!!」
フンスフンス!
『……はぁ?』
私は、懐中時計が持ちかけて来た提案を秒で断った。流石にこの速度での回答は予想していなかったらしく、懐中時計もどこか強張って見える。
ですが、これだけは譲れないんですの!
「わたくし、かけごととかきらいですの! がちゃでこりごりしましたの!!」
『が、ちゃ?』
前世の私は給料のほとんどを課金に費やしていた。それはもう生活費をガシガシ削るレベルで。後悔はあまりしていないのだけれど、死ぬ間際、病室のベッドで目をつぶりながら次があればさすがに自制しようと心に決めていたのだ。ガチャは悪い文明、ですの!
『いやさ、拒否する前にもっと聞くことあるんじゃないか? 普通は。お前はなんだとか、魂を賭けるってどういう意味だとかさあ』
「はぁ~~?? そんなもの、みればわかりますわ! あなためちゃくちゃあやしいかんじでてますの!! こういうのは、だいたいかかわるとわるいことしかおきませんわ!」
『正直否定できないな』
「もうすぐとうさまがかえってくるじかんですので、というわけでごきげんよう! ですわ!」
危ない雰囲気を感じ取った私は声の聞こえる懐中時計を床に置いて、早足で部屋を出て階段を上る。
怖いですわ~。この世界にはあんな感じのスピリチュアルな存在がいるんですのね。知りませんでしたわ。
書斎に戻ると、本を片付け終わったクロミが私の到着を待っていた。
「アリンお嬢様、遅かったですが何かございましたか?」
「ちょっとかいだんにつかれて、きゅうけいしてたの。……おとうさまは?」
「その、御主人様は本日も遅くなると先ほど連絡がございまして……」
「そう、だとおもったわ」
明日誕生日の私のために、プレゼントを用意して遅くなった……わけありませんわ。
お父様から入るなと言われている書斎に無理を言って忍び込んだのは、別に嫌がらせのためじゃない。クロミには読みたい本があるかもと言い含めたが、もしかしたらお父様が誕生日プレゼントをここに隠しているのではと思ったからだ。
結局、プレゼントどころか私に関するものもありませんでしたわ。もとよりそんな期待なんてしておりませんでしたが。
「アリンお嬢様、どちらに」
「へやにもどりますの」
「かしこまりました。お食事の前にまたお呼びいたします」
私は部屋に戻り、ふかふかのベッドに頭から突っ込む。そもそも、お父様が私に関心がないのはいつものことだ。
食事の時間はいつも別々。日中は屋敷にほとんどいないし、いたとしても部屋に閉じこもっている。
もし会って話しかけても、冷たい返事しか返ってこない。
だから、いつものこと。
でも、それは私が悪いのだ。お父様の血を引いているのに魔術の才能が全くないし、貴族としての振る舞いもまだまだ。勉学の方もお父様が望むほどできない。
そう、お父様が私を見てくれないのは、私がまだ完璧な淑女じゃないからですの。もっと優秀になって、みんなから褒められれば、きっとお父様も褒めてくださいますわ。
だから、泣いたりしませんの。私は強い子なので。
「……ふぐっ、ひぐ……」
『おいガキンチョ、お前もしかして泣いてんの?』
「は、へ!?」
奇妙な声がまた聞こえてくる。さっき、隠し部屋の懐中時計から聞こえた声だ。私はとっさに目を袖でこする。袖がちょっと濡れちゃったけど、涙のせいじゃないですわ。
「な、ないておりませんわ! なにをおっしゃっているんですの!」
『あっそ』
「ていうかあなたどこにいるんですの! さっきあのへやにおいてきたはずですのに!!」
『お前の手の中だよ』
「はえ……?」
言われて見てみると、確かにさっきの懐中時計が私の右手に握りしめられていた。そこでようやく、右手の感覚が無いことに気づきましたの。
驚いて言葉が出ませんわ!
「な、なんで……」
『あー、なんか知らねえけどお前の体の一部を俺が動かせるみたいだ』
「な、そんないかがわしい……」
『いかがわしくねえよ! なに変なこと考えてんだよ! 乗っ取られて怖いとかそっちの方向に思考をもってけよ!』
だって、他人の手を勝手に動かせるなんて、そんなことしちゃったら……ああ、だめですの。できることの例えがいかがわしいことしか思いつきませんわ! ピンクですわ!
『それよりも、だ。お前、俺とゲームしないか?』
「わたくし、あやしいことはしませんの!」
『そんなんじゃねえ。ただ俺と遊ぼうぜって話』
「あそぶって、どうやってですの?」
『右手を開いてみろ』
いつの間にか右手の感覚が戻っており、言われた通り開いてみる。そこには、懐中時計と一緒に一枚の金貨が握られていた。
「きんかですわ!」
懐中時計を置いて眺めてみる。表には獅子が、裏には杖と剣が描かれた美しい金貨だ。窓から差し込む日の光を反射して、キラキラと輝いている。
『箱に入っていたのを一枚拝借した。これでゲームができる』
「何をやるんですの?」
『コイントスだ』
そう言うと私の右手は勝手に動き、コインを高くはじく。そして、キーンと響く鋭い金属音が、ちょうど鳴り終わるタイミングでキャッチした。
「…………」
『コインが床に落ちた時、表と裏どっちになるかを当てるんだ。簡単だろ?』
「……」
『当然、負けた側には相応のペナルティを支払ってもらう。お互いの魂を…って聞いてるか?』
「……す」
『す?』
「すごいですわ~~~~~!!」
『……そう』
コインを弾く所作、空を舞うコイン、そして軽やかにキャッチする巧みな技。どれも私の手がやったとは思えないほど美しいものだったのですわ!
この時の私は、今までにないほど興奮していましたの。フンスフンスフンス!
「コインってあんなにとばせるんですのね! くるくる~って、すごいですわ! もういっかいやってくださいまし!!」
『はあ? 嫌だよ。ほらゲームするぞ』
「おねがいしますわ! すっごくかっこよかったんですの!」
『そ、そう? しゃあねえな~~、もう一回だけだぞ』
「やったーですわ!」
右手は先ほどと同じようにコインを弾き、キャッチする。
「ふおおお……」
『ほら、やったからゲームするぞ』
「ちょっとまってくださいまし。わたくしもやってみますわ!」
私もまねてコインを右手の親指の先に置く。そして、跳ね上がるように弾いてみるも、懐中時計がやったように上手くいかずポロリと落ちてしまう。
「うわあ、おちちゃいますの……」
『違う違う、コインをそんな指の先に置くな。もっとコインが地面と平行になるように置いてだな……ああそれだと弾く力が弱すぎる』
「もう! もういっかいやってくださいまし!」
『だから、こうだって』
「すごいですわ~! えっと、こうですの! いったあい!」
『あー、爪を食い込ませすぎだ。弾くときはな、指が大きく動くことを意識して……こうだ!』
「えー! さっきよりめっちゃとんでますわ!」
その後も、何度も見せてもらい、コインが綺麗に飛ぶまで何度も練習した。それはもう、窓から差し込む日の光が傾いてすっかり暗くなるくらいまでやった。
そして、ついに――
キーン……クルクルクル……ぽてっ
「で、で……できましたわー! みましたの!? いまのくるくる!! わたくししじょう、もっともうつくしいがでましたわ!! でもキャッチはまだできませんの……」
『あー見た見た。じゃあそろそろだな……』
その時、コンコンと扉をノックする音がする。
「お嬢様ー、お食事のお時間ですが……」
「あ、クロミ! いまいきますわ」
もうそんな時間でしたの。結構長く遊んでいましたのね。
私はコインをポケットにしまい、部屋を出ようとする。
『おいちょっと待てガキ! ゲームやってねえだろ!』
「えー、もうつかれましたの」
『じゃあ飯食い終わってからだ、な? な?』
「そのあとはねますわ」
『は、はぁぁあああ!?』
懐中時計はこれでもかってほど騒ぎ立てる。うるさいですわね。もしかして、置いていかれるのが寂しいってことかしら?
私はひょいと懐中時計を拾い上げる。
「あなたもいきますわよ、かいちゅうどけいさん」
『お、おい何すんだガキ!』
「わたくし、ガキじゃありませんわ。アリン・クレディットというこうきなおなまえがありますの」
『知らねえよ。ガキはガキだろ、ガキンチョが』
「ではあなたはカイチューですわ。さ、いきますわよ。おなかペコペコですわ~!」
『おい、てめえ、待てって……!!』
ギャイギャイわめく懐中時計、もといカイチューもコインの入ったポケットに入れる。まだ騒いでいるが、私は気にせず軽い足取りで夕飯へ向かう。
濡れてた袖は、もうすっかり乾いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます