第3話 コロコロでガッポガッポですわ!!(前編)

「クロミ! はやくなさい!! おいていきますわよ!!」

「お嬢様ぁ! お待ちください~!」


 私とクロミは今、久しぶりに街に出て買い物をしていますの。普段はお父様に外出を禁止されてますが、この日に限っては大切な用事があったのでお父様には内緒でこっそり来ているんですわ!


 私はクロミを置いてパタパタと走り、露店が立ち並ぶ市場までやってくる。往来を行きかう人たちは活気づいて、見ていると楽しい気分になってくる。


 すると、首にかけた懐中時計から声が聞こえてくる。


『はーん、今の世界ってこんな感じなんだな』


 古びた懐中時計の中に住む謎の魂であるカイチューは、街を眺めるとそんなことを言った。


「そうですわ! おどろきましたの?」

『いやべつに』

「なんですの!! ほんとはおどろいてるくせに!」


 本当はこのよくわからない懐中時計は屋敷に置いておきたかったのだけれど、カイチューが自分もついていきたいと喚き散らしたから連れてきたんですの。楽しみにしてたのでしょうにそんなそっけない反応して……カイチューはたぶん、あまのじゃくってやつですわ!


『で、今日は何しに来たんだ?』

「おともだちのたんじょうびプレゼントをかいにきましたの!」


 そう、私が今日街に来た目的は、私の一番のお友達であるキーノさんに渡す誕生日プレゼントを買いに来たんですの。近々誕生日パーティーが行われるから、その時にキーノさんに目いっぱい喜んでいただかなければなりませんの!


 キーノさんはよくご本を読むということで以前は栞を渡しましたが、今回はキーノさんのかわいらしい髪の毛に合う髪飾りにしようと決めてますの。


 そう思いながら私が露店に並ぶ商品たちを眺めていると、少し強面の店主が話しかけてきた。


「お嬢ちゃん、何か探してんのかい?」

「かみかざりをさがしてますわ! むらさきいろのかみにあうやつ!」

「髪飾りねえ、そうさなあ……」


 店主は私の要望を聞くと、陳列されている商品からではなく、その下から小さなリボンのついた細長い木箱を取り出した。


「これとかどうよ。この店で一番いいやつだ」


 このお店に並ぶ商品は他のところより少しお高めな雰囲気がありますが、店主の取り出した木箱が一番高そうですわ!


 店主がその木箱を開けると、中に入っていた髪飾りが姿を見せる。



 それは、白を基調とした花の髪飾り。日の光を静かに跳ね返し、真昼に輝く星のようにキラキラと煌めいている。



「……すてきですわ。すてきですわ!」


 私が髪飾りに目を輝かせていると、息を切らせたクロミが私の横に姿を現す。


「お嬢様……やっと追いついた……」

「クロミ、クロミ! わたくし決めました、これにしますわ!!」

「も、もうですか!?」

「お、いいねえ。よし、決まりだな!」

「おいくらですの?」

「こいつはいい素材を使ってるから、5000ジェニーするんだが……かわいらしいお嬢ちゃんのためだ、4000でいいぜ」

「か、かわいらしいだなんてそんな、てれますわ……」


 4000ジェニーというと、庶民の方にはなかなか手を伸ばしづらい金額ですわね。

 確かゲームの設定集には1ジェニーがだいたい100円前後ってあったから……そう考えると結構しますわ。

 店主の方もそんな大胆にお値引きして大丈夫なんですの?


 とはいえ、前世の一般会社員の私とは違い、今の私は誰もがうらやむ貴族令嬢なんですわ!! 4000ジェニーなんてはした金、ですわ!!


「クロミ、4000ジェニーですわ! おだしになって!」

「アリンお嬢様、大変お伝えしにくいのですが……」

「なにかしら? クロミ」

「お嬢様の手持ちは1000ジェニーほどしかございません」


「……へ?」


 クロミはお金の入った袋を私に渡す。確かに、何度見てもその中には1000ジェニーしか入っていなかった。


 そういえばそうでしたわ~~~!! お父様に黙って買い物をする関係上、クレディット家が懇意にしている商会は使えないから街の市場に来たんですが、そんな高い物は買わないと高をくくって1000ジェニーしか持ってきてなかったんですわ!!


「アリンお嬢様、今回は別の物にした方がよろしいかと……」

「なんだいお嬢ちゃん、お金足りねえのか? そうそう売れる物じゃないし、置いておこうかい?」

「それは、うう……」


 店主のご厚意は大変ありがたいのですが、キーノさんの誕生日までにもう一度お父様に見つからずに街に来れる保証はありませんの。できれば今日、買いたいんですわ!!


 どうしましょう、クロミの言う通り諦めて他の物にすべきですの? でも、この髪飾り、キーノさんにとっても似合いそうですの……


 そんな時、ふいに懐中時計がキラリと光る。


『俺が何とかしてやるぞ。俺を頼れ』

「どうせ、おまえのたましいがだいかだ、とかいうんじゃありませんの?」

『そうだが』

「じゃあいやですわ!」

『っち、強情だな。……じゃああれだ、あっちを見ろ』

「? なんなんですの?」


 カイチューが示したのは露店の横の薄暗い路地裏でした。私がそちらの方を向きますと、路地裏からお椀を持ったボロボロのご老人が出てきましたの。


「ひひ……あんた、お金欲しいんか?」

「ほしいですわ!!」

「あ、アリンお嬢様……!!」


「なら……わしと勝負せんかえ? お嬢さん」


 そのご老人は私たちの前に来ると、急にそんなことを言った。ご老人は手に握っていたサイコロをお椀に転がすと、ちりんと気持ちのいい音が鳴る。


「ショウブですの?」

「そうだよ……ちょいっとこのサイコロをコロコロするだけさえ……。3個振って、出目の合計が大きい方が勝ち。賭けた分だけのお金を相手から貰う……簡単よ?」


 そう言ってご老人はボロボロの服からどさっと袋を地面に放る。中には、銀貨や金貨が雑多に詰められていた。4000ジェニーなんて軽く超えてそうですわ!


「どうかい? やる?」

「やりますわ!!!」

「お嬢様!?!?!」

『え!?』


 私の即答にクロミが驚く。クロミは当然と言えば当然だけど、なぜかカイチューも一緒に驚いていた。


『お前……俺の時は断るくせによお』

「それはあぶなそうなかんじがするからですわ!」


「おいお嬢ちゃん、俺はそいつとの勝負は勧めないぜ。そいつの名前はマムシ、ここいらじゃ有名な詐欺師だよ。大量の被害者を出してるが、賭けは同意の上でやってるから憲兵も何も言えねえんだ」


「ひっひひ、旦那ぁ……すぐにばらさないでくださいよぉ……」

「お前みたいなクズにかわいらしいお嬢ちゃんが搾り取られるところなんか見たかないんだよ。お嬢ちゃん、金が足りねえってのはわかるが……悪いことは言わん、今日のところは諦めた方がいい」


 店主の言葉に乗るように、クロミは私の肩を掴んで必死になって強くゆする。


「そ、そうですよお嬢様! ダメです!! こんなこと御主人様がお知りになられたら……!」

『そうだぞ! まず俺と勝負しろ!』

「ごめんなさいクロミ。てんしゅさんも。でも……」


 私はそう言ってクロミの手を払いのけ、マムシさんの前に立つ。今の私の瞼に映るのは、髪飾りを受け取って喜ぶキーノさんの笑顔だった。


「せにはらってやつですわ!! うけてたちますわ!!」

「ひっひひ、じゃあまずいくら賭けるよ?」

「1000ジェニーかけますわ!」


 どうせ今日を逃したら買えませんの。ほぼ他に使い道ありませんし、めんどうなので全部賭けちゃいますわ!


 私が1000ジェニー入った袋を取り出すと、マムシさんはしわくちゃな顔で笑う。

 そして、路地裏の人通りがないところに座りこむ。私も続いてちょこんと座る。


「ひ、ひひひひひ! じゃ、じゃあまずわしから投げるえ……」


 マムシさんはお椀を真ん中に置き、サイコロをその中に放る。ちりんちりんと二度三度音を立てて転がり、すっと止まる。3つのサイコロの出目は、2,1,5を示していた。


「2,1,5で8だねえ……あちゃあ、小さいなあ」


「ちいさいんですの?」

『まあサイコロ3つ振って出た目の合計はだいたい12前後だから、小さいほうだな』

「そうなんですのね!」


「さ、次はお嬢さんの番だよ……」

「ありがとうですわ!! わー、サイコロですわ~」


 マムシさんからサイコロを手渡される。豆粒のような小さなサイコロだ。


 サイコロはこの世界では初めて触る物なので、結構テンション上がってますの!

 早くコロコロしたいですわ!!


「さ~やりますわ~!」

『なんでそんな楽しそうなの?』

「だって、サイコロころころさせるの、わたくしはじめてですの!」

『ふーん……じゃあどうせだし、もっと面白くさせるか』

「? なんですのカイチュー?」

「お嬢さん、投げないのえ?」

「あ、なげますわ! じゃあいきますわ~!」


 カイチューがなんか変なことを言ったけど、よくわからないので気にしない。


「そい! あれ?」


 気を取り直してサイコロを投げようとした時、急に腕の感覚がなくなる。そのまま勝手に腕は動き、サイコロをお椀の中に放り込んだ。


「ひっひ、投げ方上手だねえお嬢さん。こりゃあ負けたかもなあ。……ひ?」


 サイコロはお椀の中を泳ぐように転がる。マムシさんは何かに気づいたかのようにじっと転がるサイコロを見つめていた。


 そして、サイコロが止まる。


「ひ、は、はあああああ!? ろ、666ぅ!?」

「おいおい、お嬢ちゃんマジか……!」



 サイコロはお椀の中で綺麗に3つとも6の目を出していた。





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