第7話 カイチューがやったりますの!

「おいどうすんだって聞いてんだよ。ほら、さっさと渡せ」


 さっきからフィッツは手をキーノさんの前に差し出して、髪飾りを渡すよう要求している。当然、キーノさんは抵抗の意思を示しているが、フィッツはその反応を楽しむように何度も大げさに手を差し出している。


「ほーら、早くしろって」

「ふ、うう……!」

「おい泣くのか?」


 その時、私の乗っ取られた体は勝手に動き、今にも泣きだしそうなキーノさんの頭を二度撫でた後、軽い手つきで髪飾りを髪から抜き取る。そして、それを迷うことなくフィッツの前に差し出した。


「いいぜ、やるよこの髪飾り」

『……ちょちょちょっと、なにをおっしゃってますのあなた?!』


 場が一瞬膠着する。フィッツも、急に髪飾りを取られたキーノさんも、というか私でさえ、私を乗っ取ったカイチューが何をしたか理解できなかった。

 けれど、フィッツはいち早く何かを理解して、歪んだ笑顔を浮かべる。


「ふっ、はっはっは! いいのかい? あんたが決めて」

「これは俺がこいつに渡した誕生日プレゼントだ。ま、つまり俺の物ってこと。俺の自由にしていいだろ」

「そんなアリンちゃん……!」

「あっはっは! マジかよこの女。簡単に他人を売りやがった」


 横のぽっちゃり黒髪が大声で笑う。……関係ないですが、なんかこいつ腹立つんですわよね? なんででしょう。


 フィッツはフッと嘲るように鼻で笑う。


「大丈夫、俺はわかるよ? この世界、なによりも自分が大事に決まってる。お前みたいな出来損ないならなおさら、俺みたいに力のあるやつに気に入られるようにしないとなあ」


 そして、ゆっくりと近づいて、カイチューの持つ髪飾りに手を伸ばす。勝ち誇ったような笑顔を浮かべて。


「いい心がけだよ、アリン・クレディット」


 その瞬間、カイチューは髪飾りをひょいと遠ざけた。フィッツの手は空を掴む。彼は、今度は本当に理解ができていない顔をした。


「何の……真似かな?」

「いやさ、タダで渡すのはつまんねえなって」

「なに? 金でも欲しいの?」


 フィッツの言葉を聞いて、カイチューはわざとらしくため息をする。


「そんなものいらねえよ。はぁ、これだからお堅い貴族様ってのは芸がない」

「はあ? じゃあ何なんだよ」

「渡すか渡さないか、ゲームで決めようぜ」


 そう言うとカイチューは私が持ってきた金貨を取り出して、フィッツに見せる。


「コイントスをしよう」


 美しい金属音を鳴らしながらコインを天高く弾き、落ちてくるそれを華麗にキャッチする。それ、私がやりたかったのに……


「今から俺がコインを投げる。そして、出た面が表か裏か、お前が当てるんだ。見事当てたらこれをやるよ」


 髪飾りをひらひらと見せつける。フィッツは少し考えこむ仕草をする。それに、私もカイチューの意図を図りかねている。


「……」

「あれ、もしかしてコイントス知らない? 獅子が表で、杖と剣が裏だ。俺がコインを指で弾いて……」

「違う、なんで俺がそんなくだらない遊びに付き合わなきゃならないんだよ」

『まあ、それはそうですわよね……』


 フィッツの反応は、至極当たり前のものだ。いじめていた対象が、急にコイントスをしようなんて言っても、やる理由がない。


 けれど、カイチューはその反応が来るとわかりきっていたように、にこりと笑う。

 およそ7歳の少女からは絶対に出るはずのない、嗜虐的な笑み。


「そうか、怖いのか」


 カイチューが口にしたその言葉で、ピリッと、ひりついた空気が流れる。フィッツの雰囲気が明らかに変わった。

 それをカイチューは分かっていながら、軽快な歩調で近づき、フィッツの耳もとで悪魔の囁きを漏れなく聞かせる。


「この魔術の使えねえ出来損ないの落ちこぼれ貴族に、勝負で負けるのが怖くて、逃げるんだろ?」


 そしてまたタンタンタンと軽快な後ろ歩きで離れていく。カイチューは満面の笑みを顔に張り付かせている。


『ちょっとなにいってるんですのカイチュー!』


 ていうかどさくさに紛れて落ちこぼれを追加しませんでした!?


 フィッツは反応こそしなかったが、何を考えているか今の私でもわかりますわ。目はカイチューから離さず、呼吸も冷静を装うために慎重にしている。神経を逆なでされ、彼の内側では感情がざわついているのでしょう。


『あなたなにをしているんですの!』


 私の指摘にカイチューは小声で反応する。


「あのなガキンチョ。こういう手合いを煽るときは、ストレートに言った方が効くんだよ。あ、もしかして、もっと皮肉っぽいのとか婉曲めいたもの方が好きとか?」

『レパートリーおおいですわね! そういうことではなく、あおるいみありますのってはなし!?』

「ああそっち……勝負をするには、相手をテーブルに着かせる必要がある。そのためには、相手に勝ちを求める理由を与えなくちゃあな。勝ちたくないやつは勝負をしない」


 カイチューは事もなげに説明する。

 勝負をするために相手をテーブルに着かせる……確かに、そう言われると、何故だか納得せざるを得ないような気がしてきましたわ。


『それで、フィッツにとってまけさせたいいやなやつになるために、あおるのですのね……』

「そうそう。その点、お貴族様はこう、ちょいちょいっとプライドを刺激すれば、簡単に着いてくれる。いやあ、はっは。楽しいな、名誉なんて見えない物を賭け金にしてくれる輩を相手するのは」


 そう言ってカイチューはくっくっくと気持ちの悪い笑いをこぼす。

 やっぱりこいつ、自分の趣味でやってるんじゃないですの!


『あなた……さいあくですわね』

「わかってたことじゃないか」

『というかあなた! のっとるのはいいとして、もうすこしわたくしらしくふるまいなさいな! いちにんしょうはユウガさのきわみであるわたくしとおっしゃって!』

「あ? ああ~、確かにそうだな。えーわたくし、わたくし……」

「おいお前」


 と、はた目からは独り言のようにみえるお喋りをしていると、ぽっちゃり黒髪がフィッツの代わりに口を開く。


「どうかしたか、えーと『なまえをおわすれですの? このかたは……しりませんでしたわ』……ナントカ様」

「俺の名はエンデッド・バース! バース家長男の! 覚えとけ!」

「はぁ」『はぁ』


 カイチューは心底興味のない顔をしている。私もですが。


「……それより、フィッツさんはなこんな勝負受けねえ。そんなことより、お前は今カモーネ家に対し侮辱を行ったんだ。これがどういうことかわかるか?」

「どういうこと?」

「くだらねえ遊びを提案する暇があったら、まず誠意を込めて謝罪をしろ! それが低級貴族の役目なんだよ! なあ、フィッツさん」

「ふうん、お前が決めていいんだ」

「……っ! なに優位に立った顔をしてんだよ。お前らの家がどうなってもいいのか? カモーネ家とバース家ならな、お前らなんて簡単に潰せるんだぞ!」

「はいはい。家、ね……」


 そこまで話に付き合うと、カイチューはフィッツの前に行き、その両肩をポンポンと叩く。


 ……なんだか、カイチューが今からやりそうなことがなんとなくわかりましたわ。


「まあ、わかったよ。俺からお前の親父に伝えとく。あなたの息子さんは勝負が怖くて逃げた可哀そうな臆病者です、って」

「……」

『ひぃ~~もうやめてくださいまし~~!』


 予想通り、カイチューはダメ押しとばかりにもう一煽りする。糸を掴んだことをもう後悔してますわ!


 すると、そんなカイチューの頑張り(煽り)が功を奏したのか、フィッツは方に置かれていたカイチューの手を払いのけ、唐突に笑いだす。


「フッ、ハッハ、ハッハッハッハ!! ……面白いな。君みたいな人は初めて会った」

「……フィッツさん?」


 急に笑い出して怖いですわ。取り巻きのぽっちゃり黒髪も不安げにフィッツの方を見つめておりますし。


 フィッツはふう、と一度息を吐き、いつもの呼吸を取り戻すとやり慣れた貴族スマイルでこちらに顔を向けた。


「いいよ、勝負してあげる」

「何言ってんだよ、こんな低級貴族の遊びに付き合う必要なんて」

「黙れ」


 その声はひどく冷静で、嫌なほどにフィッツの感情が伝わってくる。怒りと、むき出しの敵意。


 ほ、ほんとに大丈夫ですのよね!? 殺されませんわよね!!?


「だけど、ルールはこっちが決める。いいね?」

「もちろんでございますわフィッツ様」


 いいの!? 大事なとこじゃありません!?


 当然の要求と言わんばかりのそれを、カイチューは同じようにニコニコと歪な貴族スマイルで返す。フィッツは気にも留めず、右手の指を3本立てる。スリーピースですの?


「3回だ」

「3回?」

「そう。3回やって、全部俺が外せば君の勝ちだ。そこのやつが持ってた汚いブローチも返してやる」


 ふむふむなるほど。コイントスを3回やって、フィッツが全部外せば勝ち、と。

 ん……? つまり、フィッツが一度でも当てたら、こっちの負け……?


 そ、それって……せ、せ、


『せこいですわ~~~!!』

「そんな……! ひ、卑怯、です……!」『そ、そうですわ!』

「後ろでガタガタ震えることしかできないやつは黙ってろ」

「ひっ……!」『ひぃ~~!!』


 キーノさんが勇気を振り絞って抗議の声を上げてくださるも、フィッツは一蹴する。ひどいですわ!


 でも、フィッツがどうしてそんなルールにするかは理解できる。フィッツは、一方的な勝負とも言えない勝負がしたいのだ。圧倒的に不利なルールを強いて、当然のように勝ちたい。そして、その上で勝負をしてやったのだと言いたいのだろう。


 フィッツは話を続ける。


「そして当然だがアリン・クレディット、お前にも何か賭けてもらう」

「いいよ、何?」

『ちょっとなにかってにりょうしょうしてるんですの!』

「……」


 フィッツは静かに指を出す。その指は確かに、カイチューが乗っ取っている私の体に向けられていた。


「君の貴族勲章を渡せ。当然、持ってきてるだろ?」





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