第6話 わるいこをこらしめますの!!
周りの視線が一気に私に集まる。その中で最も熱い視線を送ってきたのは、物を奪ってひらひら見せびらかしていた男の子。おそらくこの方が主犯格ですわ。
その方は子供といっても私より一回り大きい体格で、私と同じ綺麗な金髪。服は格式の高いものを丁寧に着こなしていて、彼の家の気品さが嫌でも伝わってくる。
「なんだ? 誰だよ君。今こいつと遊んでるんだけど、邪魔する気?」
「あそんでるようにみえませんわ」
「あ? あー……そうそう、遊んでるわけじゃなかった。こいつがね、俺のもの勝手に盗ってたから、取り返してたんだ」
「ううう……それは、父さんがぼくにくれた、だいじなものっ」
「うるさい! 黙ってろ!!」
金髪男の一喝で、泣いていた子が怯えて口を閉ざしてしまう。
その子の背は私よりは小さく、キーノさんといい勝負くらいですの。髪は濃い赤茶色。
あまりにかわいい顔つきで中性的な声でしたので、一瞬女の子かと思いましたが、着ている服は男性物ですので男の子ですわね。失礼しましたわ。
その子は口も瞼もきゅっと閉じていたが、床を見つめるその瞳からは、小さな涙がぽろぽろとこぼれていく。涙が落ちて床に当たるたび、私の首筋が熱くなるのがわかる。
ふつふつと沸いてくる怒りを原動力に、私は金髪男に一歩踏み込む。こんな子を泣かすなんて許せないんですの!
「あなたねえ! とししたなかせてはずかしくありませんの?!」
「泣かせた? こいつが勝手に泣いたんだろ」
私の挙げた怒声に金髪男はものともせず飄々と言葉を返す。
その時、金髪男の隣にいるぽっちゃり黒髪(特筆すべき点、無し)が何かに気づいたようで、嫌な笑みを浮かべながら金髪男に耳打ちする。
「フィッツさん、この女あれだ、ほら、ダメ貴族の……」
「ああ、君があれか! 魔術の使えないダメ貴族のアリン・クレディット!」
魔術の使えないダメ貴族。その名前を聞いて、心臓がきゅっとなる。
魔術が存在するこの世界に置いて、貴族とはその才を受け継いだ家系を示す。
魔術は後天的に磨くことが可能だ。ただし、それは精度と出力のみ当てはまる。
魔力の総量は、生まれた瞬間に決まる。それは生涯変わることはない。
そして、多くは親の才能を受け継ぐ。貴族が貴族として成り立つ理由だ。
つまり、彼らの高貴溢れる生活の中に、魔術が十二分に使えない人はいない。
故に貴族たちはこう考える。
魔術が使えない者は身分が低くて当たり前。もし魔術の使えない者がいるのなら、それは努力不足であり恥ずべきことだ、と。
お父様はかなりの大魔術師だ。お父様の1代前、お爺様の頃は今ほど地位が高くなく、裕福な暮らしでなかったと聞く。それをお父様はお一人で変えてしまった。
けれど、私には素質がない。貴族の中では、という話ではなく、一般市民と比較しても圧倒的に魔力総量が少ない。齢7歳で将来を悲観してしまうほど。
何時間も集中して、豆粒のような光を一つ出すのが精一杯だ。
魔術の使えないダメ貴族。そう呼ばれるたびに、あの日初めて魔術を使った時に見た父の目を、嫌でも思い出してしまう。
……しかし! 今は私のことは関係ありませんわ! 堂々としなさい! アリン・クレディット!
「わたくしはあなたをぞんじませんわ! なのったらどうですの!」
「おいおいマジかこの女」
「お前、このフィッツさんを知らずに生きてきたっての? この人はな……」
私はぽっちゃり黒髪の言葉を遮り、指さきをゴージャスに金髪男に向ける。
「わたくしはあなたにきいておりますの」
ビシッと決めてやりましたわ!
それに対し金髪男は、やれやれと大げさなジェスチャーをした後、わざとらしくゆっくりと丁寧な挨拶をする。
「カモーネ家次男、フィッツ・カモーネです。以後お見知りおきを。クレディット家のお嬢さん」
カモーネ家、ですって……!? 後ろに立つキーノさんの裾を掴む力が強くなる。
カモーネ家はさすがの私でも知っている名家だ。貴族社会全般に顔が広く、王家とも深いつながりがある。魔術においても非常に優秀な家系だ。お父様がカモーネ家の名を何度か口にしたことがあるから覚えている。
私はこみあげてくる苦いものをぐっと飲みこんで、目を金髪男へ向ける。
「そして俺はバース家の……」
「ではフィッツさま、そのこからうばったものをかえしていただけます?」
隣のぽっちゃり黒髪が何か言いかけていたが無視し、フィッツに私がここに来た意味を伝える。
フィッツはそれを聞いてか、何かを見定めるようにじっくりとなめまわすように私を見ている。いやらしいですわ!
「ふうん……」
その目線は私から後ろのキーノさんに移り、ちょうどキーノさんの頭の辺りで止まる。そして、フィッツは私ではなくキーノさんに話しかける。
「なあおいキーノ・ハイローラ!」
キーノさんは名前を呼ばれビクッと反応する。
フィッツはそれまで弄んでいた男の子から奪った物、おそらくブローチ?をポケットにしまう。そして、へらへらと笑いながらその指先をキーノさんの髪へと向ける。
「その髪についているやつ。それ、俺から盗んだ物じゃないか?」
「え……」
「は、はあ!? なにをいってるんですのあなた!」
思わずはしたない声が出てしまいましたわ! フィッツとぽっちゃり黒髪はようやく見たい反応が見れたらしく、意地悪に声をあげて笑う。
「はっはっは! おい聞いたか今の」
「聞いたぜフィッツさん、なにをいってるんですの~って。バカじゃねえの~?」
「こ、これはわたくしがさっきプレゼントしたものですわ!」
「プレゼント? その汚い髪に合わない飾りだな。やっぱりキーノ、君の物じゃないな」
「泥にまみれた野犬にでもつけた方がまだ価値はあると思うぜ?」
「あなたたち!」
私はカッとなって彼らに突撃しようとするが、キーノさんが腕を強い力で掴んで静止する。
振り向くと、キーノさんは首をふるふると横に振っている。
キーノさんの特徴、紫のくるんと跳ねた髪の毛は、ずっと前から周りにいじられ貶されていて、キーノさんはいつも気にしてらっしゃる。
彼らはそんなこと知らないくせに、簡単に貶し否定できる。それでも、キーノさんは黙って聞いている。
「ほら、さっさとよこせ」
「……これはアリンちゃんから」
「いいのかよ? フィッツさんに、カモーネ家に逆らって」
「別にいいんだぜ。俺の父様に、君に盗まれたんだって言ってもね」
「……!」
「こんなくだらないパーティーにわざわざ来てやったんだ。礼儀は尽くした方がいいと思うけど?」
二人は底知れない悪意を秘めた表情を浮かべ、ゆっくりと手を伸ばす。私の鼓動は早鐘を打つように選択を迫る。もう時間がない。私はこぶしに力を込める。
『殴るのか?』
短い時の間、差し込むようにカイチューは語り掛ける。
キーノさんの瞳は、今にも泣きだしそうなのに、私を見つめている。私にはわかる。止めたのは、私の為だ。自分も悔しくてたまらないはずなのに、それをこらえて私のために腕を掴んだのですわ。
『殴ってどうする』
そう。殴りかかったところで、私が悪者になるのを知っているから。そもそも見るからに向こうの方が年上。まともにやっったって勝てるとは思えない。
『じゃあどうする? 誰か呼ぶか?』
誰か……周りの大人だとか、キーノさんのお父上を呼んで、この場を収めてもらう。
そうだ。それが今できる最善の行動のはずだ。
『今も無視しているのにか?』
……きっと、呼んだとして、その人はフィッツの言葉を信じる。
フィッツはいじめるのに慣れている。当然、いじめている対象に誰かを呼ばれた時の対応も知っているはずだ。
簡単に嘘を吐いて、私たちを不利にするように仕向けるだろう。
私はよくても、それだと将来有望なキーノさんまで被害に遭ってしまう。
でも、私が今とれる選択はその二つだけ。真っ暗闇の二択。
金髪男の横を見る。あの子はまだうつむいている。
結局、勢いで行動したばかりに、泣いてる子も助けられず、キーノさんも巻き込んで、最低ですわ私は。
……悪者になるのは私だけで十分ですわ。
私はこぶしをぎゅっと握りしめ、覚悟を決める。
『おいガキンチョ』
そんな時、首にかけた懐中時計がキラリと光る。
「なんですさっきから!」
『俺ならなんとかできるぞ』
それは、闇の中に垂れてきた一本の蜘蛛の糸だ。
「へ?」
『だから、俺ならこの状況を解決できるぞって話』
糸はあまりに脆く、掴めば今にも崩れそうだ。そのくせ、獲物を引き寄せるように煌々と光を発している。
私は直感で理解した。この誘いに乗ってはいけないと。
『あいつらを懲らしめて、あの泣いてるガキが盗られた物だって奪い返せる』
カイチューは私が言ってほしい言葉を次々と囁く。信じられるはずがないと知っているのに。
糸をたどっても、先が何かはわからない。地獄を抜けた先は、次の地獄に繋がっているのかもしれない。
絶対に掴んではいけないと分かってしまう糸。
それがもし目の前にあったとして―――
『ただし、それ相応の対価をお前には払ってもらう。例えばたま……』
「いいですわ! やってくださいまし!」
―――私は、迷いなく掴む。
『……は?』
カイチューはキョトンとしている。けれど、私は選択を変えない。
「やつらをこらしめられるのなら、たましいでもなんでも、もっていきなさい!」
『……俺が言うのもなんだが、ぶっ飛んでんな、お前』
顔がないくせに、カイチューがなぜか笑っているように感じた。
実はあともう一つ、この選択をした理由がある。
「それに彼、ゲームには出てきませんので」
つまり、あいつらがどうなったって構わないのですわ!!
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