運命の転換点
第15話 おはなしととりひきですわ!!
気が付くとそこは真っ白なお部屋でした。壁のようなものはなく、白い床の上にぽつんと私だけが立っていましたの。
「んう……ここは、どこですの?」
「よう、ようやく気付いたかガキンチョ」
「うわ! なんですのこの黒いもやもや!」
私の目の前には子犬ぐらいの大きさのもやもやが空中に漂っていた。びっくりして後ろに下がると、ついて来るようにもやもやが近づいて来る。
「……なんですの、これ」
「俺だよ、見てわかんない?」
「だれ?」
「カイチューだよ!!」
ああ~カイチュー……言われてみると確かになんかカイチューっぽいですわ。
「ところでカイチュー、ここはどこですの?」
「さあ、知らね」
「しらねって……あなたがつれてきたんじゃないんですの?」
「俺にそんな能力なんかないよ。推察するに、ここはお前の夢の中とかそんな感じだろうな。さっき気絶してたし」
「そういえば……!」
私の体に戻った時、すっごい疲労感と圧迫感に襲われて視界が暗くなったんでしたわ。あれが気絶というものなんですのね。面白い体験ですわ。
「入れ替わりがガキの体には負担だったんだろ」
「なるほど……じゃあなんでわたしのゆめのなかにカイチューがいるんですの!!」
「だから知らねーって。入れ替わりの副作用で一時的に魂が繋がったとか?」
むう、推測のくせして妙に説得力があるの腹立ちますわ。
でも、確かにカイチューの言う通り、なんとなくですがカイチューとつながっているような感覚がありますわ。
「ま、ちょうどいい機会だ。お前と話がしたい」
そう言うと黒いもやもやはすとんと床まで下がる。
座れって言うことですの?
私はカイチューに従うようにその場でちょこんと体育座りをする。
「それで、おはなしってなんですの?」
「お前との取引についてだ」
「とりひき……」
あ、カイチューと体が入れ替わる前にそんなことを言ってたような気もしますわね。
「たしか、わたくしのたましいをとるんでしたわね」
「ん? なんで?」
「え……だって、そういってませんでしたの?」
「ああ~、お前が深く話を聞かなかったから言わなかったけど、今回のはお試しみたいなものだ」
「おためし、ですの?」
「そう、俺の力を理解してもらうためのな。取引はここからだ」
黒いもやもやがぶるんと大きく揺れる。
「あれだけやればもう理解しただろ? 俺には人を騙したり、勝負に勝つ技術がある。今回のは序の口だ。その気になればフィッツの家ごと乗っ取ることも出来る」
「……カミサマのくせに、まじゅつとかちょうのうりょくはつかわないんですのね」
「神にもいろいろあるからな」
かなり胡散臭い存在ですが、カイチューが言っていること自体はおそらく真実なのでしょう。カイチューがやったことを一番近くで見ていたからわかりますわ。
「俺を利用しろ、ガキンチョ。俺はその対価に、お前の魂を貰えればそれでいい」
いつもと違って、カイチューは真剣に問いかけてくる。
だからこそ、わからないことがある。私はそっと黒いもやもやを見据える。
「しつもんしてもいいですの?」
「ああいいぞ、何でも聞いてくれ」
「カイチュー……あなたほんとうはなにものなんですの」
「それは秘密だ」
「……」
「なんでたましいがほしいんですの」
「それも秘密」
「……」
「たましいをもらうって、ぐたいてきにどうなるんですの……?」
「さぁ……奪ったことないからわからんけど、死ぬんじゃね?」
「もう! ぜんぶこたえてないじゃないですか!!」
「聞いてくれとは言ったが、答えるとは言ってないだろ」
「……! こいつ……!」
この屁理屈おばけめ~~!!
「……わかりましたわ。じゃあ、つぎのしつもんはちゃんとこたえてくださいまし」
「善処しよう」
「どうして、わたくしにちからをかすんですの?」
「どうしてって、そんなの決まってる」
黒いもやもやが大きく揺れる。
「その方が楽しいからだ」
顔はないんだけど、笑ってるみたいだと思った。
「リスクを背負って得るリターン。相手を陥れて奪う利益。絶体絶命の窮地に生み出される幸運。そして、多大なデメリットはあるが一切見返りがない、意味のない無駄な賭け。全部刺激的で、全部面白い」
「これも、そのひとつだっていうんですの?」
「そういうこと」
カイチューはこともなげに言ってみせた。
「さ、どうする。この力なら国の頂点すら目指せる」
「……」
今、私の心は揺らいでいる。
人を動かし支配する力。それも、圧倒的な。
取引に応じればその一端を、私は使うことができる。
私には魔術の才能がない。その欠陥は、これから貴族として生きていくにはあまりに大きな枷だ。
父の顔が浮かぶ。あの失望し、蔑んだ目で見ている父の顔を。
きっと、カイチューの力を借りれば、お父様も私のことを見てくれると思う。
だからこそ、私はこう答える。
「いりませんわ」
私には、なすべきことが何もない。それはゲームが証明している。
だから、私にできるのは、主人公たちの行く末を邪魔しないこと。
一介の悪役令嬢として、彼女たちと一瞬交わるその日を夢見ればそれでいい。
「はぁ……なんとなくそう答える気がした。こういう手合いで一番面倒なのは、お前みたいな無欲な奴だ」
黒いもやもやがふわふわと浮き上がっていく。
「無欲な奴ってのは、何もかも満たされているやつか、全てを諦めているやつのどっちかだ。だが、お前はどっちでもない。お前の精神構造はおかしい」
「……」
「人生を諦めているわけでもなく、富や名声で満たされているわけでもない。年相応の未熟な判断をしたと思えば、7歳とは思えない決断を下す。楽しさだけでマムシとかいうギャンブル狂から金を巻き上げたと思ったら、その金は使うわけでもなく返すときたもんだ。俺には全く理解できない」
確かに、カイチューの言う通り、私はおかしいのかもしれない。
あの日、カイチューと出会う直前、私は前世を思い出して変わった。
そのせいだろう、この世界がどこか現実じゃない、他人事のように感じているのも。
「なあ、教えてくれ。お前はどうしてそうなってるんだ?」
カイチューは問いかける。それは興味からなのか、はたまた私を操作するためなのかはわからない。
でも、いいか。
どうせ、ここは夢だ。そして、目の前にいるのはギャンブルの神を自称する魂とかいうよくわからない物体。
夢なら、何言っても構わないか。
ここでわたしを偽る必要はない。
「わたくし……私、この世界の結末を知ってるの」
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