第42話 これは、私が変える物語ですの
☆9ターン目 所持チップ(アリン:78 ランスロット:25 フィッツ:57)
FP:アリン LP:ランスロット
私は中央の山札に手をかける。このカードで運命が決まる、そんな予感がする。
静かに一枚引き、ゆっくりと貴族勲章の近くに置く。全員が引き終わると、伏せたカードをめくりその数を確認する。
……なるほどですわ。
私が引いたカードは8。Aを最強、2を最弱とするこのハイカードにおいて、ちょうど真ん中に位置するカード。
勇んでレイズするほど強くもなく、迷わずフォールドするほど弱くもない……そんなカードが私の運命を確かに握っている。
私はカイチューを真似するようにフィッツの顔を見てみる。
……子供っぽくて、結構顔が整ってるなぁくらしか感想出てこないや。
背中にはいつの間にか冷や汗が流れている。ひりついた緊張にさらされて、呼吸が浅くなっていることにも気が付く。
やっぱりうまくいかない。簡単に真似できないからこそ、カイチューはすごい。この緊張感の中、カイチューは相手を観察して嘘を見抜き、言葉を巧みに使って場を誘導していたなんて……改めて考えても超人だな。本当に何者なんだ。
変なことを考えても仕方がない。この場は私ができる方法で、私のやり方でやるしかない、ですわ!
わからないところは一旦放置! 分かるところだけ集めて考えますわよ!
フィッツは言った。他に勝つ方法があるからそれを選んだと。簡単かつ確実、とも言っていた。そんな方法がこの場にあるんですの……? もしかして、まだなにかフィッツは隠し玉を仕込んでいる……?
いや、今のフィッツの状態でまともに思考できるとは思えませんわ。フィッツが言ったことはとっさの嘘か、あの状態でも考え付くようなことですわ。
高圧的で人を道具としか思って居らず、嫌にプライドが高くて煽りの耐性が低い。そのくせ変なところで頭は切れるし、私には持っていない魔術の才能を持っている。
それが私から見たフィッツ。そんなクズのお手本みたいなやつが土壇場で思いつきそうなことは……
ある。あった。確かにこの方法ならフィッツは簡単かつ確実に勝てると考える。
そして、同時にその対処法も分かってしまった。
だけどその対処法は、コインを崖の下に落とすことと同じだ。どこに落ちるかもわからず、表と裏のどっちが出るかもわからない。
私はこの方法に私の運命を託すべきなんですの……?
……カイチューは、カイチューならなんて言うのでしょう。目を閉じたらなんとなく想像できてしまう、あの軽々しい世捨て人のような口調を。
『やらねえの? 面白そうじゃん』
「あはは、あはははははは! 確かにそうですわね!!」
私は静寂に包まれたこの空間を吹き飛ばすように笑い声をあげる。近くの三人どころか、窓の外の鳥までもが驚いて飛び立っていった。
「どうせ10年経てば死ぬ運命! それならここで果てたって同じですわ!」
私はバン!とテーブルを叩く。その手にチップは一枚も握っていない。
だから、高らかとこう宣言してやりましたの!
「フォールドですわ!!」
「……ハ、ハハ。ここまで悩んで降りるのかよ」
フィッツも私の子の行動は予期してなかったのか、拍子が抜けたような顔をする。
「だがその馬鹿な頭のおかげで、俺の勝ちが確定したよ」
だけど、すぐに真剣なものに戻し、チップの山からチップを取ってテーブルに置く。
「レイズだ。俺は19枚チップを上乗せする」
やっぱりそうきましたの。
フィッツは19枚レイズすることで、合計で24枚場に出たことになる。その枚数はちょうどランスくんの所持枚数より1枚だけ少ない。
「ランスロット! お前はコールをしろ」
「……コール」
フィッツはランスくんに向かって怒声交じりの指示を飛ばす。それに従うようにランスくんは手元に1枚だけ残してチップを置いた。
「これで終わりだ。俺は更に1枚レイズする」
コトリと、強調するようにフィッツはチップを1枚新たにテーブルに置いた。そして、次のアクションでフィッツの勝ちは確定する。
「ランスロット、フォールドしろ」
「……」
少し計算すれば自ずと見えてくる。フィッツがランスくんから24枚のチップを奪えると、私が出している5枚の場代と合わせて29枚獲得することになる。そうなると、フィッツの所持チップは86枚となる。
そして、10ターン目のラストプレイヤーは私。関係ないフィッツは場代の5チップだけ払えばそれでいい。何を引いたとしてもすぐにフォールドすれば、過半数の81枚を残したまま勝負が終わり、勝利が決まる。
それがフィッツの絶対に勝てる策。確かにあまりに簡単で確実。
そして、その対処法は一つしかない。
「ランスくん」
ランスくんに賭けること。降りずにランスくんに戦ってもらうこと。それが対処法。
私は言葉を慎重に選ぶ。カイチューのように人を思うままに操るなんてできないから。
でも、やっぱりかける言葉が見つからない。今の私が、ランスくんに何を言えるのだろうか。
だから、心に素直に従うことにした。
「ごめんなさい」
一番最初に出てきたのはごめんなさいの言葉で自分でもびっくりした。私は流れてくる自分の感情の濁流を、抗わず一つ一つ言葉に換えてランスくんに伝える。
「ごめんなさい。私は、あなたのお姉さんにはなれない」
私は、ずっと勘違いをしていた。
「私は、あなたのことを知らなかった。あなたの生い立ちも、過去も、痛みも、辛さも……」
ランスくんのことなんて私は見ていなかった。
私が見ていたのは、”『エーデルワイズのお姫様』に登場するランスロット・レイの過去”だった。
「私にはそれを知るきっかけも、時間も、場所も、機会もあった。なのに、私はあなたのことをちゃんと見れていなかった。知ったつもりになっていた」
私の記憶には確かにある。何十、何百時間と遊んだ記憶が。彼らと過ごした最高に幸せな日々が。
だけど、エーデルワイズのお姫様なんてゲームは、この世界には存在しない。
「私はあなたのお姉さんになんてなれない、なれるわけがない」
今ここにいるのは、今ここにいるランスロット・レイだけだ。自分の才能に悩み、最愛の父を失った苦しみに喘ぎ、当主という重荷を背負ってなお前に進もうとする一人の8歳の子どもだ。
そこに過去も未来もありはしない。
今をなかったことにして、何が未来だ。何が運命だ。
こんな悲しい顔をした子を救わずして、楽しい未来になんて行けはしない。
「だから、教えてほしい。あなたが悲しむ本当の理由を」
だから、今ここで変える。変えてやる。運命は自分の手で切り拓いた方が、きっと面白い。
「……父さんが」
ランスくんは絞り出すように言葉を紡ぐ。丁寧に、心の真ん中にある悲しみに輪郭を描くように。
「父さんが嘘つきだったんだ」
たどたどしくて飾り気のない言葉。だからこそ、包まれている感情がダイレクトに伝わってくる。
「違いますわ! あなたのお父様は、あなたに嘘なんかつきません!」
「じゃあなんで!」
輪郭の形がはっきりと見える。分厚い殻の中に閉じ込めていた感情が、ゆっくりと顔を上げる。
「なんで……必ず帰るって言ったのに、まだ帰ってきてないの?」
その心の真ん中にいたのは、未だ父の死を受け入れていない、いたいけな少年だった。
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