第25話 テストですって!?

「アリンさん! 最近あなたはたるんでいますよ!」


 バシンッ! と目の前で教鞭が空を切る音が鳴る。


「ひぃ!」

「無用な夜更かしに部屋の散らかり具合、外から帰ってくれば泥だらけ。それで、お食事をとる量が減っていると聞いていたから心配していたというのに、原因が食事前におやつを大量にとっていることなんて……! 淑女としてあり得ません!」

「そ、それはお料理にグリンピースが入ってるからで……」

「言い訳無用!」


 バシンッ! もう一度教鞭が振るわれる。今度はもっと顔の近くで。


「ひぃぃぃぃ!!」

「ま、まあまあ。サルサラさん、もう少し落ち着いてください。アリンお嬢様が怯えていらっしゃいますから」

「……クロミさん? 私、あなたにも言いたいことがあります」

「え」


 そう言うと、従者長のサルサラが横に立つクロミに向き直る。サルサラは顔中に深く刻み込まれた皺をさらに険しくし、その重たい口からはぁ……とため息を漏らす。


「……あなたには、アリン様のお付きという自覚が足りなさすぎる。従者の役目は、仕える者の世話をし甘やかすことではありません。アリン様は幼いがゆえに間違いを犯すこともあるでしょう。ご主人様が忙しくなされ、奥様の容体も芳しくない今、それを一番に正すのがあなたのはずです」

「はいぃ」


「だというのに! あなたは正すどころか、いっしょになっておやつをたのしんでいるではありませんか!」

「見てたんですか!?」

「あんなにお茶菓子の香りを漂わせておいて気づかない馬鹿はおりません! 案の定その日の夕食でアリン様はまたお残しをされて、あまつさえあなたまで食事を残していたじゃありませんか!! 言語道断!!」

「申し訳ございません~~~~~!!」


 クロミは頭を床にべたべたにつけて謝罪している。いわゆる土下座というやつですわ。大の大人が土下座するところ初めて見ましたわ。


「わはは」

「アリン様」

「はい! なんですの!!?」


「アリン様が7歳になってからというもの、勉学やお稽古をよく抜け出すと教育担当からよく聞きます。これはどういうことですか?」

「……それは」


「あなた様が他の方にどういわれようと、アリン様自身がどう思おうと、あなたはご主人様の娘なのです。このままでは立派な貴族になれません」

「……」

「私も、ご主人様ほどにあなたをこの屋敷の中に縛りつけておく気はありません。こっそりクロミさんと一緒に度々街に出ていることも知っていますが、ご主人様に報告したりはしません。交流し親しき間柄の人を作る力を養っていく必要もありますので」


 サルサラは淡々と告げるが、その言葉の中には私への優しさが含まれていることを肌で感じる。


「ですが! 現状のあなたは貴族足りえる気品さや礼儀作法を身に着けているとは言えません! これでは外に出ることも反対せざるを得ない!」

「そんなぁ!」

「ですので!!」


 バアン! と、今度は教鞭ではなく手で机を思いっきり叩く。



「これから一週間、外出禁止です!」

「い、いやですわあああああああああ!!」

「いやじゃない!!」


 途端に泣き崩れる私。

 ごめんなさいカイチュー、もう外出はできませんわ……。


『禁止って、一週間だけだろ? そもそもお前ってそんな高頻度で外出てないだろ。なんでそんなに泣くんだよ』


 これが初めてのことじゃないから、私にはわかる。

 一週間とサルサラは言ったけど、本当に一週間で終わるわけじゃない。


 サルサラの怖いところはここからですの。


「もちろん、アレをやるんですわよね……?」

「アリン様、よくお分かりで。当然ですが、アレを実施いたします」


 私はごくりとつばを飲み込む。



「一週間後、テストを行います。その結果が悪ければ、もちろん期間を延長いたしますので、頑張って勉学に励んでください」

「そんなあああああああああ!!」



=============


 私は自室の机に突っ伏しながら、目の前の懐中時計を暇をつぶすように手でいじる。


『なるほど、そのテストってのがやっかいなのか』

「そうなんですわ……外出禁止は過去二回行われましたが、一回目が一か月、二回目に至っては半年もの間外に出られませんでしたの」

『そうなんだ~』


 そう、一番の問題はテストの内容ですの。毎回異なる範囲に全てを網羅していないと解けないような問題。そして、当然のように礼儀作法の実技試験も行ってくる。


 これに苦しめられた私は、死ぬ思いをしながらテストをこなしたんですの……。


「そして、テストの内容は私がやった悪行に比例して難しくなる。今回はおそらくこれまでと比にならないほど凶悪な問題が出てきますわ……」

『へえ~』

「ちょっと、なにめちゃくちゃ他人事みたいに言ってるんですの!! 楽しさで溢れる人生にしてくれるんじゃありませんの!?」

『て言っても俺にできることは特になさそうだしな~』

「カ、カイチュ~~!!」


 私は懐中時計を掴んでぶんぶんと振り回す。


 最近は勉学の時間のほとんどをカイチューとの遊び(土遊びや泥遊び等)に費やしていたから、今からちゃんと勉強しようとすると解放までに一年くらいかかってしまうから、カイチューだけが頼みの綱だと思ってたのに~~!!


『わかったわかった! できることは限られるが、力を貸す』

「助かりましたわ~~!!」


 ぶんぶん作戦の効果でようやくカイチューが折れてくれて、協力を申し出てくれる。


 よかったですわ~~!! やはり持つべきものは有能な懐中時計ですわ!!

 もう言質とりましたから、やっぱやめたって言ってもダメですわよ!!



 なんて、助かった気でいた私だったが、次のカイチューの言葉でその考えを改めさせられる。





『よし、じゃあまずは問題を盗みに行くぞ』

「なに言ってますの!?!」




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