第37話 2VS2 ですわよ!!
”あの人の息子だから”
誰かが言った言葉だ。ぼくはそれを誇りに思っていた。
”英雄”フィガロット・レイの息子。それを重荷に感じたことなんて一度もなかった。
「”英雄”フィガロット・レイは公明正大で誠実な人」
これが世間一般の英雄像。そして、それは偽りではない。
父さんは紛れもなく英雄だった。ぼくの前でもそれは変わらない。いつもとても明るくて、剣術や馬術以外はちょっと不器用。
「ランスロット、お前には才能がある。将来は俺を超える騎士になるぞ」
父さんがいつも口にした言葉だ。そこに噓なく、真っすぐにぼくの目を見て言ってくれた。
まるで太陽のようだと、そう思っていた。ぼくが進む道の先を明るく照らしてくれて、そのおかげでぼくは迷わず進むことができる。
ぼくは父さんを誇りに思い、父さんの息子であることを人生最大の幸運だと思っていた。父さんを褒められるとぼくも嬉しくなった。
父さんに剣を教わり、騎士の訓練に励む。そんな幸福な日々が、いつまでも続くと思っていた。
父さんは嘘をついていた。たった一つ、重大な嘘。
西ルゥサマトリア戦線。それが父さんが最後に向かった地。
父さんはあっけなく死んだ。何度夢から覚めても、その事実は変わることがなかった。
詳しい死因は聞いていない。父さんのことだ、きっと誰かを庇って死んだんだろう。でも、そんなことを考えても仕方がない。その戦線がどうなったかもぼくは知らない。
そもそも、考える時間がなかった。当主のいなくなったレイ家はぼくを当主としたからだ。
実質的なレイ家の運営は父さんの弟、バーロット叔父さんがやることになったけれど、それでも僕の周りには目の色を変えた貴族が群がった。
日々絶えず訪れる利権目当ての客人。そして、それと同時に騎士訓練生として訓練が開始する。
同期、教官、訓練生の先輩、みんながぼくを見ていた。それは利益を求めている貴族たちとは違う、もっと純粋な興味の目線。
”英雄フィガロット・レイの息子”としてのぼく。
そして、残念なことにぼくはその期待に応えられなかった。
「なんでそんなこともできないんだ」
ぼくはあまりに弱く、模擬戦で勝つことなんて一度もなかった。
「どうして父のようになれない」
魔術も、人並みの才能しかなかった。
「はぁ……失望したよ」
父さんが言った才能なんて、どこにもありはしなかった。
一日が過ぎるごとに、フィガロット・レイでコーティングされたぼくのメッキが剥がれていく。開けてみると、中にいたのは平凡な人間がそこにはいた。
本当のぼくを知らない人は、勝手に期待して勝手に失望していく。本当に辛いのは、父さんの評価も下げてしまっていること。
そんなぼくの最悪な日々は、簡素で無味無臭な日常に変わっていく。大好きだった屋敷からの眺めも、色褪せてしまった。
そうしていつしか、誰かが言うようになった。
”あの人の息子なのに”
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☆5ターン目 所持チップ(アリン:32 ランスロット:18 フィッツ:78 エンデッド:32)
FP:ランスロット LP:フィッツ
5ターン目が始まる。まずぼくがカードを引くのだけれど、ぼくは動かない。
だって、もう勝負はついたから。これ以上やる意味がない。
アリンお姉さんは動揺するように首にかけた懐中時計を触っている。
「なんで、裏切ったんですの」
当然の疑問がアリンお姉さんから出てくる。
あの場でまるで被害者のように振る舞って、あまつさえアリンお姉さんに心配してもらったくせに、こんなことをしている。自分でも笑ってしまうほど醜い愚か者だ。
ぼくはフィッツさんの方をちらりと見る。フィッツさんは気色の悪い表情を浮かべたまま何も喋ろうとしない。
自分で話せ、そう言いたいのだろう。
「……騎士を辞めたいんです。ぼくは」
「それが、どういう意味かわかっているんですの!」
「わかってます。それでも、ぼくは騎士になりたくない」
それは、本心からあふれ出る言葉だ。心の底から、ぼくは騎士になりたくないと思う。
「これがどんなに愚かな選択だって、自分でもわかってるつもりです。だけど、あの日々から解放されるには、これしかない! もう期待されて失望される毎日はイヤなんだ……!」
「そうして俺を頼って来たってわけ。ランスロットくんのその後の人生も考えると、前当主の不祥事ってのはちょうどいいだろ? もめ事が大きすぎて一家処刑なんてなったら寝覚めが悪いしな」
フィッツさんは言っていた。レイ家がつぶれた後はカモーネ家でお前を雇ってやると。そして、アリンお姉さんに提示する”奴隷にする”というのは、勝負に乗らせるための嘘であると。
ぼくはそんな今にも脆く崩れ去ってしまいそうな蜘蛛の糸を、掴んでしまった。この勝負の結末とその後がどうなるかなんて、誰が見てもわかることなのに。
「まさか、勝負を降りるとは言いださないよなあ? お前にはきっちり10ターンまでやってもらうからな。さあランスロット、カードを引け!」
フィッツさんは勢いが増すように声を荒げる。ぼくは従い、山札からカードを引く。全員が引き終わり、ようやく5ターン目が始まる。
アリンお姉さんはずっと机を見つめたまま、こぶしを握りしめていた。
「いい、お前はさっさと降りろ」
「……はい」
フィッツさんの指示でぼくはフォールドを選択する。伏せられたカードは見る必要がない。
なんて楽なことなのだろう。本当の自分なんてもの、ぼくは一生知りたくなかった。
そしてアリンお姉さんの手番が来る。アリンお姉さんは動揺が収まらないのか、また懐中時計を触っている。
どうか、どうかこのまま静かに勝負が終わって欲しい。卑怯で身勝手なぼくの思いだけど、アリンお姉さんに傷ついてほしくないというのも本心だ。
だから、アリンお姉さんのその行動の意味が、ぼくには理解できなかった。
「……はぁ? 何の真似だ」
「見てわからない? それともちゃんと口にした方がいいか」
アリンお姉さんは、すべてのチップをテーブルに差し出した。
「オールインだ」
ここまでずっと余裕を見せていたフィッツさんが、少し揺れているのが隣でわかる。
「……くだらない、自分から負けに来たのか?」
「そう思うなら勝負しようぜ。それとも、手札に自信がないですわ?」
フィッツさんは震える視線をアリンお姉さん、そしてエンディさんに向ける。
「……エンディ、フォールドしろ」
しばらく考え、フィッツさんはそうエンディさんに指示した。
「コール、オールイン」
けれど、エンディさんは指示を無視して自分のチップを全てテーブルに置いた。
フィッツさんはバンッとテーブルと叩き、思わず立ち上がってしまう。
「おい! お前何を勝手なことしている!!」
「これは勝手なことじゃない、俺が決めたことだ」
それはミスでもなんでもなく、エンディさん自身の意思だった。思わぬ場所からのアクションに、フィッツさんの思考は乱される。
「くそっ……俺は降りる」
「じゃあ。オープンだ」
開かれたカードは、アリンお姉さんが5で、エンディさんが2。アリンお姉さんの勝利だ。
これでアリンお姉さんはチップ枚数が73枚になった。それは、勝ちを目指すには十分すぎる枚数。
「状況がわかってないのはお前の方だったな、フィッツ」
アリンお姉さんはフィッツさんに向かって、ゆっくりとそう告げる。獲物を捕らえた蜘蛛が、これからすする肉の味を想像しているような恍惚な笑みを浮かべて。
「三対一? 違うな。この場は依然、二対二ですわ」
5ターン目終了時 所持チップ
(アリン:73 ランスロット:15フィッツ:72 エンデッド:0)
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