第9話 イカサマだ!!

「さ、次の回答を宣言しなフィッツ様。残り9回だ、テキパキやろう、ですわ」

「……」


 言われなくてもわかっている、そんなこと。


「次は……」

「なあフィッツさん」

「邪魔をするな!!」


 次の回答を言おうとする直前、エンディが止めようとしてきたので思わず大きな声が出てしまう。顔を見ると、エンディは怯えた表情をしている。


「……なんだ、俺が負けると思ってるのか?」

「ちが、そうじゃなくてよ。貴族勲章まで賭けさせるのはやりすぎじゃねえかって……」

「っは! そんなこと俺に言うな! 賭けてもいいと言ったのは向こうだぞ!!」


 ふん、バース家はカモーネ家の下とはいえ中の上程度の立ち位置だ。だというのに次期当主は軟弱が過ぎる。


「これは俺とアリン・クレディットの勝負だ。君は黙っていろ」

「……」


 俺は低く冷たい言葉でエンディにそう伝える。エンディはもう何も言わなくなった。エンデッド・バース、俺に従順だったから関係を持っていたが、そろそろ切り時か。


 視線をアリンに戻し、思考を始める。


 アリンはコイントスを10回すると言った。

 コイントス10回が全て外れる確率……1024分の1。0.001%

 つまり、絶対ありえない。はは、9歳でここまでわかるのは俺くらいだろうな。自分の天才的な頭脳が怖い。

 コイントスを10回すれば、一度は必ず裏が出る。ということは、俺は残り9回全て裏を宣言すれば勝てるということだ。


「次は裏だ!」

「オーケー」


 俺の回答を聞くと、アリンは事もなげにコインを弾き、手の甲で受け止める。

 そして、今度は軽く手をどけて結果を開示する。


「おっと、今回も表だ。ですわ」

「……」


 外してしまったがまあいい。2連続で外れる確率は25%。十分ある確率だ。

 そして、ここまでの連続で表が出ているのだから、次こそ裏が出る。


「次はどうするわ?」

「次も裏だ」


 回答を聞き、コインを弾き、受け止め結果を開示する。


「わお! 3回連続表だ! ですわ~!」

「……っ!」

「今日は運がいいですわ~~ね~~!」


 アリンの挑発するような声に思わず声を上げそうになるが、俺は必死に堪える。


 待て、落ち着けフィッツ・カモーネ。表が3連続で出る確率は12.5%。ありえないわけじゃない。

 それに、あと7回ある。このまま当初の考え通り裏を宣言し続ければ、俺が焦る前にまずアリンが焦りだす。


 ……ん? 焦る? なんだ、何かが妙に引っかかる……


 そうだ、あいつは焦っていない。今も余裕そうな顔でこちらを見ているし、2回目と3回目の開示の時なんか特にだ。

 あいつは貴族勲章を賭けている。それは一回ごとに命を賭けていると同義だ。なのにアリンは焦るどころか、いとも簡単に結果を開示した。


 そもそも初めからおかしい。3回勝負であればこれで終わっていたというのに、何故アリンは10回などわざわざこちらに有利な条件を出した?


 ……考えられるのは、ただの狂った馬鹿か、コイントスで勝つ手段があるか。

 正直、狂った馬鹿のように見えるが、おそらく違う。


 アリン・クレディットにはこの10回のコイントス、全てに勝てるなんらかの方法がある……?


「さて、次はどうする?」

「貴様イカサマを……!」


 そこまで言って俺は口をつぐむ。


 いや、待て。落ち着け。一回深呼吸をしよう。


「すぅ……はぁ」


 3回外してる今、俺の視野は狭まっている。そんなときに勢いで考えた仮説には気づいていない穴があるものだ。この結論に固執すべきじゃない。


 兄さんは言っていた。相手を正しく測り捉えることが人として上に立つための素養だと。俺はアリンを測り違えてはならない。まだあり得る確率だ。彼女は本当に純粋なコイントスをしているだけかもしれない。


 彼女を追及するには、アリン・クレディットがイカサマをしているという確実な証拠を見つける必要がある。


 ……次だ。イカサマをしているならコイントスの最中に不審な動きがあるはず。俺はそれを見逃さなければいい。イカサマがないのなら、いずれ当たる。


「何でもない。次も裏だ」

「そうか。じゃ、いくぜ。ですの」


 俺は両の目を凝らし、アリンがコイントスする様を食い入るように見つめる。

 コインを右手の親指に被せるように乗せ、弾き出す。コインが空中にある間にキャッチする左手を用意し、タイミングよく左手の甲と右手の平でキャッチする。そして、覆いかぶせていた右手を移動させて、結果を開示する。その行動にどれも不自然なところは見当たらない。


 結果は……獅子。表。


「~~~~~っ!!」

「また表が出ちゃったな」


 どうなってる!? 4連続表!!??

 いや、そんなことより! アリンはこのコイントスの最中、怪しい動きらしきものは何も見せなかった!

 じゃあ本当にただ俺が外してるってことなのかよ!? ……いや、イカサマをしていないのなら、裏を言い続ければいずれ当たる。そうだ、俺は裏と言い続ければいい……


「おい次はどうする」

「うるさい! 催促しなくてもわかってる!!」


 クソッ! こいつの言葉行動すべてが癇に障る……!!

 次に表が出る確率は32分の1……だいたい3%。イカサマじゃないのなら次こそ裏が出る。そうだ、彼女のコイントスの動作には不審な点はない。それじゃイカサマのしようがない。


 ……本当にそうか? そもそもイカサマを行えるような技術が彼女にあると思えない。見た目はどう考えても俺より年下だ。そんなやつにイカサマをする技術や知識があるわけがない。

 あるとしたら、技術ではなく、道具。


 ……コインの方か? ずっと表が出続けるコインとか。


 いや、そうか。そういうことか! ずっと表が出続けるコイン、絶対そうだ! アリンはそれを持っていたからこそ、この勝負を仕掛けてきた! そして、そのコインを使って俺を嵌めようとしたってことか!!


 舐めた真似を……だが、残念だったなアリン・クレディット。気づかれないと思っていたようだがもう遅い!


「表だ!」

「お、変えてきたね」


 ふん、なにが変えてきたね、だ。俺が表を宣言してその飄々とした態度の裏で、内心びくびくしてるんだろ? そのコインじゃ、表しか出ないのだから!!


 アリンはコインを弾き、キャッチする。そして、ゆっくりと結果を開示する。そんなことをしても無駄だ。俺の心は清々しい平野のように落ち着いている。


 やはり、俺こそが真の貴族だった。さあ、見せてみろ! 雄々しく吠える獅子を!!


 コインを隠していた右手が完全に開かれ、コインが見える。そして、俺は同時にアリンに向かって指を突き立て勝利の宣言をする。


「結果は表! お前の負けだ!! アリン・クレディット!!」

「え? あ~いや、裏だけど」

「そう裏……裏?」


 アリンの左手の甲に乗っているのは、獅子……ではなく、杖と剣。裏。


 俺が宣言したのは、表。


「……は?」

「そんなかっこいいこと言われるとこっちが照れちゃうな……ま、ドンマイ! フィッツ様、ですわよ」


 ドンッ!!


 俺は思わず近くのテーブルを力任せに叩いていた。


 ぁあああああ!! なにが表しか出ないコインだ! そんなものあるわけないだろ! 馬鹿か俺は!! 素直に裏を宣言すればよかったんだ! それで終わりだったんだ!! なのにありえない考えに執着して、変えてしまった!! クソッ!!クソッ!!クソがッ!!!


 ドンッ! ドンッ! ドンッ!!


 叱咤と自己嫌悪の思考が渦巻く中、俺は無意識で何度も拳を振り下ろしていた。今まで黙っていたエンディが驚いて止めにくる。


「おいフィッツさん落ち着けって……!」

「うるさい黙れ!! ……そもそもこんなくだらない勝負やる必要なんてなかったんだ!!」

「負けをお認めになると」

「違う!! 俺は負けてない!! ……イカサマだ。そう、イカサマ!! アリン・クレディット、俺が勝てないのは貴様はイカサマをしているからだ!!!」

「そ、そんなフィッツ様。わたくしをお疑いになられているというのですか。この身は心身ともに清廉潔白で、イカサマなんて考えたこともありませんのですわ、ヨヨヨ……」

「ならばどうしてこのようになる!!」

「このように、というのはフィッツ様が最初は3回勝負をなんて言っていたのに、すでに5回も外されたことでしょうか?」

「それは! 貴様が!! イカサマをしているからだろうが!!!」


 はぁ…はぁ…。くそ、頭がガンガンする。


 水を飲もうとテーブルの上を見るがコップは全て倒れていて、中の物は無残にこぼれていた。今すぐ何か飲みたかったが、別のテーブルに取りに行こうとするなら、こいつはきっと逃げたなどと言うに決まっている。それだけは我慢ならない。俺は張り付くようなのどの痛みを堪え、次に言う言葉をできる限り冷静に思案する。


 だが、その前にアリンが口を開く。愉しんでいることが一目でわかる表情で。


「では、どのようなイカサマをしていると?」

「……っ!」


 こいつはイカサマをしている。今この瞬間に確信した。

 だが、それがわかったところで意味はない。やはり、彼女のコイントスにおかしいところはない。考えられるのはコインの仕込みだけだ。


「そ、そのコインだ! そいつに仕掛けてあるんだろ! 俺に見せろ!」

「もちろんでございますですわ」


 アリンはこれ見よがしに優雅に近づいて、手に持っていたコインを俺に手渡す。


 俺は渡されたコインを目に近づけじっと凝視する。傷の一つ一つ細かくチェックし、そのどこにイカサマを仕込んでいるのかを調べる。

 けれど、どんなに目を凝らしてもそれはなんてことない少し古びた普通の金貨にしか見えなかった。


 自分の手でコイントスをしてみても、5回やって表が2回に裏が3回。金貨が何か特別なものではないと理解してしまった。


「終わったですわ?」

「……! いや、まだだ!」


 だが、このコインにイカサマがなければダメなのだ。アリンのイカサマを見抜けていない状態で再開したら、俺は負ける。


 こんな低級貴族なんかに負けたくない。俺は父や兄さまと同じ貴族の中の貴族、選ばれし者だ。頭もいいし魔術の才能もある。そして、人の上に立つ素養がある。

 それがこんな魔術の使えないクズ女に負けていいはずがない。


 どうすれば……どうすればいい。


「なあフィッツさん」

「……なんだよ」

「水、持ってきたけど、飲むか」

「……」


 エンディはどこからか水の入ったコップを持ってきていた。俺はそれを無言で受け取ると、すぐさま口に放り込む。口いっぱいに水を含んだが、のどが痛くて少量ずつしか飲み込めない。


 時間をかけて全部飲み込むと、少し冷静になっている自分に気づく。何度もテーブルを叩いた右手が今になって痛みだした。


「その金貨、俺も見ていいか」

「……好きにしろ」


 エンディは金貨を手に取ると、まるで年相応の子供の目つきで見つめている。


「へえステーク金貨か。でもこれ現行の物じゃないな。型式が2つ、いや3つ以上前のやつだ」

「……そういや、君は金貨だとかそういう類のものを集めてたんだったね」

「うん、古いのとか、他の国の金貨とか好きなんだ。このステーク金貨は杖の絵柄が特徴的で、今と違って昔風の先がくるんと曲がってるデザインで……」

「なあ、君はその金貨に何か仕掛けてあるかわかるか」

「見た感じだけど、この金貨は別に普通の金貨だな」

「……そうか」


 エンディは金貨だとか銀貨だとかの収集家だ。とにかく色んな種類のコインを集めている。以前に一度集めた成果を見せてもらったことがあるから覚えている。

 話題に出すと興味もない話を早口で延々とするからその手の話をするのは避けていたが、その彼が言うのだからこのコインにはイカサマが仕込まれているわけではないのだろう。


 結局事態は好転していない。いまだにイカサマが何か分かっていないが、アリンにコイントスをさせるのはダメだということは分かる。


 なら、残り5回俺がコイントスをして、アリンが回答するようにルールを変更するべきか……? それでアリンが何かしていたとしても防げる。それに、この金貨に異常がないと言うのならば、アリンが残り5回全て当てるなんて不可能だ。1回は必ず外す。


「……」


 右手が震えている。


 頭ではわかっている、俺が負けるのはありえないと。

 でも、もしさっきまでの勝負にイカサマがないのなら、俺は純粋な運で外したということになる。

 つまりそれは、5回のコイントスを全て外すことはありえるのだと証明したということだ。


 これからやる5回の勝負。依然俺が勝つ確率は圧倒的に高い。けれど……


 クソッ! どんなに思考から排除しようとしても、負けてしまう未来を想像してしまう。

 ありえない! それは分かってる! でも、もし全て外したら……


「……違うだろ」


 ……そうだ。『必ず外す』わけじゃない。外す可能性が高いと俺が勝手に思っているだけだ。それはダメだ。

 それにイカサマが何かもわかっていない。もし、イカサマが別のところにあったら? 

 その時、俺はなすすべなく負けるだろう。


 別の方法を考えろ。俺は『必ず勝つ』必要がある。絶対にだ。そのためには残り5回の勝負でアリンのイカサマを防ぎ……




 ……防ぎ?




「……ふ、ふふ、はは、ははははははは!」

「な、なんだよ急に」


 あーくそ! なんだ、なんでこんな簡単なことに気づかなかったんだ。イカサマなんて見抜いたり、防ぐ必要なんて全くない。そもそも、勝負すること自体間違いだった。


「エンディ、君って確か、集めてる金貨を箱に入れていつも持ち歩いてるって前言ってたよな」

「そうだけど。今日も持ってきてるぜ」

「なら……一つ頼みたいことがある」


 俺がすべきなのは、アリンが一切関与できない状況で、勝ちを出力する作業だったんだ。


 やはり、俺は選ばれた者だ。この勝負は当然のように俺が勝ち、あのアリン・クレディットに自分がいかに愚かでクズな低級貴族であるかを思い知らせてやる。



 あれを使えば、それが簡単にできる。




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