第30話 大アーチ橋

 ステラ王都での動乱からしばらく経ち、ライオットは大陸の統一のために奔走ほんそうしていた。

 ステラ王国は、ステラ神聖国という国名になりステラ教を奉じる宗教国家へと姿を変える。

 ステラ教の教義は、女神ステラを信仰すること…ただそれだけ。

 ステラ神聖国の初代聖女にタマムが選ばれ、女神ステラの代弁者と認定された。

 内務枢機卿には元将軍のフロイデが就任し、神聖国内の問題の解決にあたる。

 フロイデの剃髪と白くなった髭が聖職者の祭衣に似合いすぎで、エルヴィーンが涙を流しながら笑い転げたのはご愛嬌。

 そのエルヴィーンは神聖騎士団団長の任に着き、魔極意アーツを広めると息巻いているので、ライオットは剣聖さんこと魔王ダンゲルに極意だけじゃなく基本からしっかり教えるという約束で指導の許可を出す事にする。

 外務枢機卿には、オースタンのギルドマスターだったパレルモが就任し、獣人で女性の聖職者が誕生した。

 軍務枢機卿の役職は、ストラ神聖国では国軍を保有しないという理由で設けない。

 それ以上の戦力が、聖女タマムを守護するホーリーガーディアン…略して【ホリディアン】にあるので軍隊が必要ないと言うのが本当の理由だ。

 聖女タマムの表敬訪問には神聖馬車が使われるのだが、魔白馬とはいえ馬車の移動では時間が掛かりすぎる。

 なのでライオットが、ホリディアン達が飛べるんだから持ち上げてもらったらいいんじゃねと提案したところ、絵面えづら的にちょっと…という事になってしまった。

 そこでライオットは、また魔王城に行きソーニエールと相談した結果、魔白馬に羽根を付けて飛ばしちゃおうぜとなり魔白馬(改)【ペガサス】を造り出す。

 

 ミューオンからご褒美があると言われた、魔王ジョブの迷宮スキルだが便利過ぎる。

 新しいダンジョンも造れるし、古いダンジョンの改造もやりたい放題だ。

 ダンジョン攻略の際に安全地帯やオアシス、帰還の魔方陣など冒険者側に立った設備があったが、あれは魔王ダンゲルの意向によるものだった。 

 アンケセダンジョンの100階層をリニューアルして、大地竜サラマンドラが快適に過ごせる森林エリアを造り出す。

 もちろん、地下100階層という深さでも太陽が燦々と輝いている。

「いや~久し振りの日光浴だよ…生き返るね。生き返りついでに鱗を取り替えちゃおっかな」

 サラマンドラが巨躯を左右に振ると、巨大な鱗がガラガラと墜ちて来た。

 その後には、琥珀色の真新しい鱗がビシッと並んで顔を出している。

「あ~あ~ああ~、とってもキモチいい~~~」

 厚く響くテノール声で、大地竜サラマンドラが謳う。

「そんなに喜んでいただいて良かったです」

「うん!ボクとってもご機嫌。だから墜ちた鱗は、全部ライオットにあげる。好きに使っていいよ…硬くて頑丈なんだけど、軽量で細工がしやすいってマニアの間では垂涎すいぜんものらしいよ」

「いいんですか、そんな貴重な鱗を頂いちゃって」

「いいのいいの、ボクの感謝の気持ちだよ。昔は人間族やドワーフ族が、貢ぎ物を捧げて貰いに来たりしたんだよね」

「エッ?それってサラマンドラさんが地上にいた時代ですよね。結構、魔素が濃い地域じゃないんですか」

「うん、そうだね」

「いや…ドワーフ族は別にしても、そんなとこに人間族が行ったらアウトでしょう」

「エッ?何言ってんの。昔は、人間族も魔素が濃い地域にいっぱい居たよ」

「マジですか?」

「マジだよ」

「なんで平気だったんでしょう?」

「平気って…元々この大陸に住む種族は、魔素に対する耐性スキルは持ってるハズだよ」

「魔素の薄い所と濃い所で、活動出来る種族が別れてしまっているんですが…」

「あっ、原因の大峡谷はボクのせいか!でも女神の恩寵があれば、濃くても薄くても問題ないハズだよ」

「あの…それって、女神を信仰していれば魔素に対する耐性スキルが発動するって事ですか?」

「うん、たぶんそんな感じだったかな」

「なんてこった~!」

 ライオットが頭を抱え込んだ。

 もしそれが事実なら、大陸の種族間の交流も可能になる。

「ヨシッ!とりあえず大峡谷にでっかい橋を造ろう」

 ライオットはそう叫ぶと、周辺に散乱している大地竜の鱗を収納空間にせっせと回収し始めた。

「お?お~!いいんじゃない…」

 空気が読める大地竜サラマンドラも、意味がわからないまま無責任に同調する。


 妖精のミューオンに確認してみると、

「ん~、どうだったかな~?女神もいい加減だからさ~あんまり細かいことにこだわらないんだよね」

 短い両腕を組んで首を傾げている。

「細かくないよね?女神の信仰に大きく関わる大事な部分だよね」

「はっはっは~、ワシは当然知っておったぞ。だからこそドワーフ族やエルフ族、竜人族や鬼人族達にも声を掛けてやったのに、奴らは聞く耳を持たぬのだ。わざわざ魔王自ら、出向いてやったというのに本当に失礼な奴らだったわ」

「因みに、魔王ダンゲルさんとしてはどんな交渉の仕方をしたの?」

「そりゃあ、決まっとるだろう。魔神器のゲートで乗り込んでだな、(ワシの言うことを聞け、さすればおまえ達にも良い未来が開かれよう!)てな感じで優しく対話に応じるようお願いしたんだぞ」

 ふんぞり返りながら、2頭身の魔王がどや顔を決めている。

「宣戦布告ですね…それ。少しもお願いしてませんよね」

 ライオットがスン顔で言い放つ。

「なんだと!」

 驚愕のポーズを取る2頭身魔王。

「大陸の魔素環境対策も、ダンジョン内の設備と同じで考え方は悪くないのに、悲しいほどの交渉力ゼロミッションになるんですね」

「ワシ、どこが悪かったんだろうか?」

「全部です。いきなり現れて言うことを聞けじゃ、魔王が攻め滅ぼしに来たとしか、どこの国だって思えないでしょう」

「ワシとしては、フレンドリーかつチャーミーに言ったつもりなんだが…」

「そこの勘違いがすべての元凶です。もしかして人間族にも同じ事やりました?」

「もちろん、種族による差別なぞワシはせんからな人間族にもちゃんと交渉しに行ったぞ」

「その結果が、魔王討伐や魔族討伐宣言なんですよ!王族を脅えさせてどうするんですか」

「エッ?ワシのせいだったの」

「この父親じゃあ、モイラ様の怒りが解けるのはいつになる事やら」

「………」

 魔王ダンゲルが撃沈した。


 その後しばらくしてライオットは魔王国へ行き、魔王代理となったモイラとそのメイドたるソーニエール、そして魔王国宰相のクランスと執務室で会談を行う。

 女神ステラ信仰に関する件とアブラカート大峡谷に架ける大アーチ橋の建設に伴う交渉のためである。

「魔王ダンゲル様は勇者であったライオット様によって討たれ、大きくその力を落としたという認識でよろしいですか?」

 宰相クランスが、銀縁眼鏡のブリッジに指を掛けながら確認して来た。

「はい、自力での顕現はしばらくムリとの本人談です」

 ソファーに腰掛けたライオットが応える。

「それで今回ライオット様からの御提案は、魔族による女神ステラへの信仰と大峡谷に架ける橋の設置場所に関する事案についてですね」

「そうです…女神ステラの信仰に関しては、現状の神への信仰に対しては何ら干渉せず、複数神信仰を認めます。また、女神ステラを信仰した者には種族を問わず、魔素耐性スキルが発動することを約束します」

「そちらの事案に関しましては、ソーニエールより詳細な報告書を受け取り事実と確認出来たので、魔族による女神ステラの信仰を許可することに致しました」

 宰相クランスは、膨大な書類の束をテーブルの上に置くとソファーの背凭れに背を預けた。

「問題は、大峡谷に架ける橋の位置ですね。魔王国としては、我が支配地域にその様な人間族側と繋がる建造物の必要性を認めません。よって、橋の建設は却下させて頂きます」

「ちょっ、クランス!」

 魔王代理であるモイラが、不服そうに眉をしかめて叱責する。

「モイラお嬢さま、これは魔王国会議の決定事項です。魔王代理のお立場…いえお立場だからこそ異は認められません」

「なるほど、わかりました。残念ですが魔王国の決定を尊重致します」

「おや?意外です。魔王を討てる実力をお持ちのライオット様でしたら、力ずくでもと思っていたのですが…」

 宰相クランスは、ライオットがアッサリと引き下がったために拍子抜けした様な表情を浮かべる。


「これは2種族間だけでなく、大陸全土に関わる事業ですから僕個人の考えでごり押しする気はありません」

「2種族間だけでなく、大陸全土とおっしゃいましたか?」

「ええ、ですので魔王国の協力が得られない時は、支配地域を外れた大峡谷に橋を架けます。すでに候補地は選定済みで、魔王国側に架ける橋が1000mとすると、あちら側の峡谷幅だと500mで済むので多少遠回りになりますが問題はないでしょう」

「ちょっとお待ち下さい、女神信仰により魔素耐性スキルを得た魔族と弱小な人間族のための橋でしょう?魔王国の支配地域外に造る意味がわかりません」

 宰相クランスが、ソファーから身を乗り出して問いただして来る。

「アレ、僕そんなこと言いましたっけ?アゴラカート大峡谷に跨がる、大きなアーチ橋を造りますと言ったハズですが」

「ええ、その通りです。そのための設置場所を協議したいとの事でした」

「ですよね。なので、魔王国の協力が得られない場合は支配地域外に設置するしかないでしょう?」

「そんな橋、一体誰が使うのですか!」

「魔族が弱小と言う人間族は勿論ですが、魔王国より奥地に住むエルフ族やドワーフ族、竜人族や鬼人族の方々ですね。鬼人族に関しては、女神信仰についてもう少し慎重を期したいと言うことなので現在は保留中です」

 ライオットがさらっと述べる。

「ちょっとお待ちを!その種族の了解をライオット様は、取り付けていらっしゃると言うことですか?」

「はい、最初はホント大変でした。何処かのやらかし魔王のせいで、ゲートから出るだけで魔王襲来だと騒がれちゃいましたよ」

「それは大変でしたね。何処かのやらかし様に替わってお詫び致します」

「宰相殿も大変そうだね。エルフ族は増えすぎた魔の森の木の伐採と魔物の討伐ですぐ了承してくれたし、ドワーフ族は橋の材料に大地竜の鱗を使うと言ったら一発だったね。竜人族はその大地竜の鱗を1枚貰えたら、橋の建設に全面協力するって言ってくれたよ。確かに竜人族は飛べるから、橋そのものはいらなかったみたいだね」

 あの時は笑っちゃったよと、ライオットが無邪気に話す。

「そうそう、ソニーさん。魔の森にある沼地では、野生のクロコデイロスが棲息しているそうですよ」

「あの鎧の様な鱗板は、魔道具のいい素材になります」

 まるで夢見る乙女の様な表情を、ソーニエールが浮かべる。

 片や冷静沈着がモットーの宰相クランスは、額に汗をびっしょりかきながら話を聞いていた。

「その種族達は、大陸を1つにしても良いと考えているのですか?」

「それぞれ、人間族に比べれば長命種だからね。その特徴として、繁殖力が弱く絶対数が少ない。いつまでも、種族の壁にこだわるべきではないと考えたんじゃないかな」

「そのきっかけが、女神ステラの信仰ですか?」

「さすがは切れ者宰相殿…気付きましたか。信仰するだけで耐性スキルを発動できるというのは、種族の違いなど吹き飛ばすグローバルな戦略だと僕も思いましたよ」

「女神ステラの前では種族の分け隔てなく、誰もが平等に扱われるという事ですね」

「ああ…それで思い出しました。信仰対象のお姿を具体的に見たいと言う希望が多かったので、女神ステラ像を造ろうと考えています。エルフ族からは神樹の一部、ドワーフ族は魔岩、竜人族は竜石で造って欲しいと言われて預かっていますが、魔族はどの素材が良いでしょうか?」

 宰相クランスは、暫し考え込むと応えた。

「魔鋼でお願いしたい…素材は後程お渡しします。ところでライオット殿、大峡谷に架ける橋の件だが魔王国からの最終返答に、もう少し時間を貰えないだろうか?」

「全然構いませんよ。エルフ族やドワーフ族の中には、魔族が関わらなければ好機到来だと言う御仁もいるくらいでしたからね」

「モイラお嬢さま、魔族会議を再度開催して検討すべきかと愚考致します」

「ワタシは、最初からこのプロジェクトに参加すべきだって言ってたじゃない!最高の立地条件なのにわざわざ迂回させるなんて、魔族が脳筋バカですって宣伝する様なもんよ!それこそ魔族だけが大陸で孤立しちゃうわよ」

 モイラが、頬っぺたを膨らましてぶんむくれた。


 



 

 


 

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