第2話 スキルの妖精
勇者であった少年は、仰向けで大の字にぶっ倒れていた。
恐る恐る目を開けると、そこには澄み渡った青空が広がっている。
顔を左右に倒すと、
森の中にポッカリと開いた広場の中心で、ぶっ倒れている状況だと少年は理解した。
起き上がろうとして、今まで感じた事のない
自分はここでのたれ死ぬのかと、どこまでも青い空を眺めながら思い、静かに目を閉じた。
すると、どこからか子供の様な甲高い声が聞こえて来る。
「ちょ~っとすいません。まだ死んでないですよね?目を開けてもらってもいいですか~」
「ん?誰…」
少年が気だるそうにうっすら目を開くと、顔のすぐ上をフワフワと浮かんでいる小さな生き物が視界に入る。
「赤ん坊?キノコ?」
「失礼ね!この頭と身体の比率が1∶1の完璧ボディをよく見なさい」
「それって2頭身じゃ…」
「しかも、この綺麗なパールホワイトのマッシュルームカットをキノコとは美的センスも皆無なのね!」
そう言うと謎の生物は、どや顔でふんぞり返っている。
マッシュルームはキノコの事だし、間違いではないよなと少年は思った。
「気だるくてそれどころじゃないし、喉が渇いて堪らないんだよ…」
そこまで言うと、身体中が痛んでいるのを忘れたかの様に少年は勢いよく半身を起こした。
「ガギ…ググググ………」
案の定、想像を絶する痛みを体感してしまった様子だ。
「痛み…喉の渇き…そう言えば、勇者になってから全然感じた事がなかった気がする」
それを聞いて、全身全霊でふんぞり返っていた謎の生物が急降下して土下座すると、
「その件につきましては、誠に申し訳なく思う所存でございます」
やたら
「どゆこと?」
謎の生物は短い手で敬礼をすると、
「ハッ!ご説明させて頂きますと、上司の女神より難癖が入った事から始まりまして…」
謎のフワフワ浮かぶ生物はスキルの妖精との事で、名前はミューオンというらしい…ミューと呼んでもいいよと言ってる。
なんでも女神に仕える使走だと言うから、使徒の間違いじゃないのと質問したら「どうせ使いパシりっすよ」とグレられてしまった。
ミューオンは最近、上司の女神から信仰する者がいなくなって存在感ゼロな上に、《女神が寄越した勇者が弱過ぎて話にならん!》とカスハラもどきのクレームを入れてくる輩まで出て来る始末だから何とかしろと言われたらしい。
ミューオンとしては、勇者ジョブ適合率が50%程度のなんちゃって勇者でも、簡単に勇者認定してしまう人間族の方が問題だと思っていた。
だが上司の女神に楯突くわけにもいかないので、どうせ
それこそ
「それが僕だったのか~」
「まさか…ねぇ~、そこまで単純…純粋な人間族がいるなんて想定外だったもん」
「今さりげなく僕の事、馬鹿にしなかった?」
「まっさか~、という訳で責任持ってアフターケアをさせて頂きますので、今後ともよろしくお願いします」
「ああ、こちらこそヨロシクねミュー。僕の名前はライオット、ずっと勇者呼びだったから久し振りに名乗ったよ」
「ところでこの気だるさと身体の痛み、何とかならないかな?これじゃあ水も探しに行けそうにないよ」
「それならこの水筒あげるよ。中に聖水が入っているから飲めば楽になるよ」
そう言うと、ミューオンは革で出来た水筒をライオットに渡した。
よほど喉が渇いていたのだろう、ライオットは喉を鳴らしながら一気に水筒を傾けた。
「ふ~、生き返ったよ…あれ?気だるさも身体の痛みもなくなってる」
「聖水ですから!飲んで良し、アンデッドに掛けて良しですよ。使った分はすぐに補充されるから、飲み水の心配はもういらないよ」
「便利だね、この水筒…魔道具なのかな?」
「お!わかります?このミューちゃんの手作りですからね。そんじょそこらの魔道具とは違いますよ~材料はですね…」
「オッケー、ミューそのへんで良いよ」
「え~?こっからがいいんじゃないの」
「うん、そのへんで…」
コイツは調子に乗らせたらダメな奴だ。妖精のはずなのに、なぜ職人気質なんだとライオットはツッコまずにはいられない。
喉の渇きも解消し身体の調子も良くなったので、ライオットはゆっくりと立ち上がって、現状の確認をする。
装備は、勇者の時に装着していたフルプレートマーマーではなく冒険者っぽい革鎧に変わっていて、腰には短剣が2本左右両側に差し込まれている。
勇者であった時はいつでも聖剣を具現化出来たので、他の武器を持ち歩く必要はなかった。
「これは…僕が勇者じゃなくなったって理解で良いのだろうか?」
ライオットが確認する様に呟くと、
「ライオットは、聖剣を自分に向けちゃったからね。勇者ジョブが解除されて、愚者ジョブになっちゃったよ」
ミューオンが致し方ないと応える。
「愚者か…」
「あ、でも心配しないでいいよ。勇者ジョブの固有スキルはさすがに無理だけど、それ以外のスキルはそのまま使えるから…数が多いから使いこなすのに苦労するだろうけど、そこはスキルの妖精ミューちゃんが責任持って最適化するからね」
ミューオンが、どや顔で横ピースサインを決める。
「それなら心配いらないね。ヨロシク頼むねミュー」
「うむ…ヨロシク頼まれた!」
「さっきの痛みや気だるさは、何だったんだろう?」
「勇者ジョブに
「確かに勇者の時は痛みも感じなかったし、喉の渇きやお腹も空かなかった。疲労もなかったし、睡眠すら必要なかったな……」
そこまで言ったところで、何かを思い出す様にライオットは遠くを見つめる目になった。
「それは疲労耐性や欲求耐性によるものだね。性欲も感じなかったでしょ?勇者がハニートラップに引っ掛かるなんてシャレになんないもんね」
「そういえば、王国を出る時に随行部隊がいたような気がしたんだけど100人位…魔王のオーラを感じてからは疲労もないし、睡眠や食事の必要もなかったからズンズン進んで…いつの間にか1人になっていた気がするよ」
「それはまぁ…勇者ジョブの魔王討伐使命に従ったんだから、しょうがないんじゃない…かなぁ」
「今思い返すと、酷くない…なんか酷い奴じゃない僕?」
「んと、たぶんストレス耐性のせいかな?対人関係とか全然気にしなくなっちゃうから…」
「そんなの勇者じゃないよ…ただの残念な人じゃないか」
ライオットは、その場で頭を抱えて座り込んでしまった。
「あの時は魔王のオーラしか追ってなかったけど、途中で馬車が魔物に襲われていたんだ。僕は助けもしないで素通りしたよ…」
「きっと悪徳商人の馬車だよ」
ミューオンが、ライオットの肩を叩きながらフォローを入れる。
「街がドラゴンの襲来による被害に遭っていたときも、街の中を通り抜けたよ。あ!でもこの時は、ドラゴンが僕の行く手を遮ったから聖剣で斬ったよ。これは勇者としてアリかもね」
「あんまり過去にとらわれると、メンタルやられちゃうよ。呪いや毒なら聖水で何とかなるけど、自分で自分を追い込んだら聖水でも治せないからね」
ミューオンはそう言うと、ちっちゃい手の人差し指を立てて、
「それを踏まえてライオットは、これからどうしたいのさ?勇者ジョブの縛りは外れたんだから、自分で自由に決められるんだよ」
ライオットは座り込んだまま、腕を組むとうーんうーんとしばらく唸る。
「僕は困ってる人を助けたい。勇者の時は、魔王討伐だけで勇者らしいことを何もやってないから、自分のやれる範囲で人助けをしたいな!」
「お~、さすが盛り盛りの勇者ジョブに適合しちゃうだけの事はあるね。呆れちゃうほどの実直さだ」
ミューオンは目を閉じて、両肩を竦めた。
「けっこう本気で言ったから、何気に傷付くんだけど…」
「でも、そんな純粋な馬鹿は嫌いじゃないよ!妖精は本来純粋なもんだからね」
その言い方だとミューオンは純粋じゃなく聞こえるが、応援してくれるなら別にツッコまなくてもいいかとライオットは思った。
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