ヒャクパチ勇者はほいない

リトルアームサークル

第1話 勇者襲来

 勝手はよく知っている魔王の玉座。

 なので、勇者はノックもしないで重厚な扉を開け放つ。

 その背後には、魔王軍の守備兵が折り重なって倒れている。

 殺してはいない…どころか勇者は手も出していない。

 前回来たときもそうだったが、凄まじい勇者オーラによって吹き飛ばされて気を失っているだけである。

 魔王軍は大陸最強と言われているが、この勇者の前では無意味な賛辞のようだ。

 魔王軍を擁護するならば、勇者が立て続けに2度も魔王城に乗り込んで来た事など大陸史にも記録がない上に、そもそも魔王城本丸に攻め込んだのは、この規格外な勇者以外存在しない。

 


 開け放った扉から内部を確認すると、玉座の周りを10数名の魔王軍近衛騎士が抜刀して護っている。

 勇者は、感情が読み取れない空色の瞳でその有り様を眺めると、以前来た時は魔王しかいなかったなと首を傾けた。

 大した違いはないと、右手に聖剣を具現化させて勇者は玉座へと歩みを進める。

 その際に自然と放たれた勇者オーラにより、魔王軍近衛騎士達は四方へと吹き飛ばされて、意識を刈り取られてしまう。

 勇者は玉座の手前で跳躍すると、聖剣を両手で大上段に構えて振り下ろす。


 勇者の醒めきった瞳が、玉座に座る討伐対象を捉えた。

 そこに座っていたのは10歳位の赤い髪の少女で、魔族の証でもある2本の角が側頭部に生えている。

 それまで何の感情も表さなかった勇者の顔が驚愕を表すと、振り下ろしていた聖剣の軌道をギリギリで逸らした。

 少女の片側の角の先端部分がスパッと切り取られ、床に落ちるカツンという音と共に跳ね返る。

「貴様は魔王ダンゲルではないな!何者だ?」

 角を切り取った聖剣をひるがえして、少女の首を掻き斬る寸前で止めると群青色の髪を揺らした勇者が問う。

「ワタシはお前が狙う魔王の娘だ!首が欲しければくれてやる。さっさと殺すがよい」

 少女の口からは威勢の良い言葉が出るが、足下からは湯気が立ち上って来ていた。

「アイツに娘がいたのか?そうか…魔王も人の親なんだな」


 勇者は、憑き物が落ちたように穏やかな表情を浮かべて少女の座る玉座から離れると、聖剣の握りを持ち変えて自らの心臓目掛けて突き刺す。

 まばゆい光が玉座の間を満たすと、勇者の姿はその光に取り込まれるかの様に掻き消えていた。

 玉座でそれをポケッと眺めていた魔王の娘モイラだったが、その背後から音もなくメイドが現れると耳元で囁く。

「お嬢さま、今のうちに御召し替えを…」

「そうだね、お風呂に入って着替えて来る。後の始末をお願い」

「ハッ、自分にお任せを…」

 メイドが膝をついて応える。

 モイラは玉座からピョンと飛び降りると、スカートの端を摘まみながら、

「下着までびっちょびちょで気持ち悪い…ところであの勇者は一体何がしたかったんだろう?」

 そんなことを呟きながら、気絶した近衛騎士達があちこちに倒れている玉座の間から水滴を垂らしつつモイラは出て行った。

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