第11話 上層階

 ライオットはダンジョンから出ると、門番の老齢冒険者に軽く声を掛け冒険者ギルドに顔を出した。

 もちろん三枚扉の下から覗き込んで、混雑していないか確認も怠らない。

 残念ながらパレルモは不在らしく、受付は2ヶ所しか開いていなかった。

 ダンジョンで回収したゴブリンとオークの魔石を買い取りに出し、オークがドロップした肉の塊は食糧として備蓄に回すことにする。

 ギルドで買い取りを済ますと、その足で2軒先にある冒険者御用達の武具屋に入った。

「いらっしゃい、何をお探しで」

 カウンターにいた愛想のいい店員が聞いてくる。

「ダンジョン用の片手剣と、外套があれば見せて下さい」

「はい、ちょっとお待ちを…」

 店員は店の奥に入ると、何本かの鞘に入った剣を持ってきてカウンターに置く。

「ダンジョン内だと、剣は取り回しのしやすさと頑丈さが肝心ですよ。この辺りがお手頃だと思うので、自分に合うのを探して見て下さい」

 ライオットは鞘から剣を抜くと、刃先の具合を確かめて軽く振り、値札を手に取る。

 カウンターに置かれた剣をすべて確認すると、一番最初に手に取った剣を選んだ。

「これにします」

「はい、それじゃあ柄紐つかひもを絞め直す間に外套を選んでおいて下さい」

 そう言うと、3つの外套をカウンターに並べた。

 その中で唯一、防汚防水の付与術式が施された膝上丈のオリーブ色の外套を選ぶ。

 値段もそこそこするが、作りもしっかりしていたので先行投資と考えて奮発した。

 店員に代金を支払い、腰のベルトに剣を差し外套を羽織ると身が引き締まった。

 次に向かったのは薬屋、冒険者ギルドの周りには冒険者御用達の店が軒を連ねていて、ダンジョンからの収益はこの場所で循環する仕組みになっている。

 薬屋といっても置いてあるのはポーションのたぐいばかりであり、街の住民は街の中心部にある本来の薬屋を利用する。

「すいません、魔力ポーションを3本下さい」

「低級、中級どちらで」

「いくらになりますか?」

「低級が銀貨2枚、中級は銀貨5枚だね」

「低級を3本下さい」

「あいよ」

 ライオットは、ポーションを受け取ると宿屋に帰った。


「ミューに言われた通りに、装備と魔力ポーションを揃えたよ」

 ベッドの上をポヨポヨと飛び跳ねながら、

「オッケー!それで明日からなんだけど、今日踏破した1~2階層は隠密スキルを使ってスルーしなよ」

と、ミューオンがアドバイスをして来た。

「え、なんで?熟練度を上げなきゃならないんだよね」

「ダンジョンの上層階で、雑魚ばっかり相手にしてても意味ないからね。それと、同じ階層ばかり何度も踏破しまくるのは冒険者として御法度らしいよ。特に上層階でそれやると顰蹙ひんしゅくだってさ」

「へえ~、そんなことまで書いてあるんだ。冒険者の心得(妖精版)ってスゴいね!」

「まあね、わからない事があったらこのミューに聞きなさい」

 2頭身の顔でドヤる。

「りょ~か~い。頼りにしてるね…むにゃむにゃ」

 相変わらず、布団に入ると即落ちのライオットであった。


 翌朝ダンジョンに向かったライオットは、門番の老齢冒険者に挨拶をすると1~2階層を隠密スキルでスルーして、3階層に足を踏み入れた。

「あれ、なんかゴブリンの装備が良くなってる?」

 腰布1枚で紙装甲だったゴブリンがみすぼらしいながらも革鎧を纏い、剣と盾を装備している。

 鑑定スキルを使うと、ゴブリンソルジャーと表示が出た。

「1~2階層のゴブリンより上位種って事なのかな」

 まずは、定番の氷の矢を遠距離から放ってみる。

 ゴブリンソルジャーは、見事に盾で氷の矢を受け流した。

「真っ直ぐ自分に向かってくる矢なら軌道も丸わかりか、それならこれでどうだ!」

 今度は2本の氷の矢を時間差で放ち、1本は放物線を描くように、もう1本は左から回り込む様な射線をイメージしてみる。

 ゴブリンソルジャーは盾を上にかざして最初の1本は受け止めたが、横から回り込んで来た氷の矢に横腹を貫かれ絶命した。

「矢の使い勝手が良くなったよ。捕捉した標的を自動追尾させたら、もっと効率良くなるんじゃないかな」

 3階層のゴブリンソルジャーは、鬼畜仕様になった氷の矢によって次々と討ち倒されていく。

 ゴブリンソルジャーはゴブリンより少し大きい魔石と、たまに錆び付いた剣をドロップした。

 4階層に降りる岩の階段の手前に、ぼんやりと浮かび上がる魔方陣を見つけた。

 鑑定してみると安全地帯と表示が出る。

 この魔方陣の中には魔物は入って来れないらしく、試しに中に入って休憩を取ってみた。

「ダンジョンには、こういった魔方陣がいくつも存在しているよ。安全地帯や下層へのショートカット、入り口に戻れる帰還の魔方陣もあるけど、中にはトラップ魔方陣もあるから鑑定スキルを使ってから入るのを推奨だね」

 魔方陣についてミューオンが解説してくれる。

「時間制限はないの?休憩だけじゃなくって泊まってもいいのかな」

「時間制限はないけど、先に人が入ってると次に来たパーティーは入れない仕組みになってるよ。まあ、怖いのは魔物だけじゃないって事だね」

「なんか、色々と世知辛いことがあるんだろうね」

「ライオットは隠密スキルがあるんだから、魔方陣に頼らなくても休憩取れるでしょ」

 パールホワイトのキノコ…マッシュヘアのミューオンが、ライオットの目の前をフワフワと横切りつつ言う。

「そうだね、他の冒険者の人達に譲るのが人助けにもなるね…うん、そうしよう」

「ちなみにダンジョン内で火を使っても、酸欠や煙が充満してしまう事はないよ。どんな換気システムになってるかはわかっていないんだけどね…肉を焼いても問題ないよ」

「へえ~、確かにそうじゃないと火魔法なんて使えないもんね」

「そ…そうだよね。火魔法で肉を焼いてもいいよね」

「うん?」

「だから~せっかくの休憩タイムなんだから、昨日のオークのドロップ肉焼こうよ」

 ミューオンが、全部言わせるなよと腕を組んで圧をかける。

「なるほど!お腹空いたんだね」

「もういいから…肉焼け、今焼け、すぐ焼け」

「うん、まかせてよ」

 そう言うとライオットは、オーク肉の塊を取り出すと分厚く切り塩胡椒を振って、火魔法で火力を調整しつつ両面を軽く炙って皿にのせる。

「出来た!オーク肉のダンジョンステーキです」

「食欲をそそる焼き加減だね!」

 ミューオンは、どこからか妖精用の小さなナイフとフォークを取り出しナプキンを首にかけると、器用にオーク肉を切り分け口に入れた。

「ん~、柔らかい。しあわせ~」

 食事してる時が一番妖精らしいミューオンであった。


 少し早めの昼食をすませて4階層に降りると、探索スキルに他の冒険者パーティーの表示が出た。

 3パーティーが攻略を行っている様なので、邪魔をしないよう遠回りのルートを選択して行くことにする。

 4階層のメイン魔物はオークソルジャーであり、ゴブリンとは比べ物にならない膂力りょりょくに加えて、装備による防御力と攻撃力の底上げがあり、上層階で一番難易度が高くなる。

 氷の矢は、軌道を変えてもオークソルジャーにすべて弾き返されてしまう。

 炎の矢にチェンジしてみたが、金属の鎧のせいで炎が纏わりつく事が出来ない。

 魔法スキルでは通用しないかとライオットが思った時、オークソルジャーが一気に間合いを詰めて来た。

 いかつい戦斧せんぷを振り上げると、丸太の様な太い腕で叩きつけて来る。

 ライオットは武具屋で購入した剣を鞘から抜き放つと、戦斧の刃に沿ってスライドさせ力を受け流した。

 剣術スキルと身体強化スキルを発動させ、オークソルジャーと対峙する。

 下から上への逆袈裟懸けで、戦斧がブォンという風圧と共に向かって来た。

 わずかな間合いでその軌道を見切ると、オークソルジャーの懐へ踏み込み、御返しとばかりに逆袈裟懸けで防具ごと巨躯きょくを叩き切る。

 オークソルジャーの身体が斜めにずれ落ちると霧となって消滅し、大きめの魔石と立派な盾をドロップした。

 とりあえず収納空間に入れて、地図スキルを確認すると他の冒険者パーティーの位置が変わっていないので、このまま進むと追いついてしまいそうだなとライオットは考える。

「あれ?この先曲がり角のはずなんだけど、その先に空間があるよ」

「それは隠し部屋だね、ダンジョンにはよくあるらしいよ。宝箱があって、それが罠だったりする事もあるから鑑定スキル必須さ」

「それは楽しみだね」

「基本、隠し部屋の壁は物理攻撃で破壊出来るよ。しばらくすれば元に戻るらしいから、体術スキルの熟練度上げにちょうどいいんじゃない」

 ミューオンが、冒険者の心得(妖精版)のページをめくりつつ教えてくれた。

 体術スキルと身体強化スキルを発動させると、

「ほいさ!」

 ライオットは、あまり力の入りそうにない掛け声と共に掌底突きを岩壁に放つ。

 ボコッという破壊音が鳴り、壁の一部に穴が開くとガラガラガラと崩れ落ちる。

 四角い空間が現れ、一番奥に宝箱が鎮座していた。

 鑑定もせずに悦び勇んで宝箱を開ければ、罠に嵌まってしまう恐れがある。

 ライオットは、すでに鑑定スキルで罠ではないとわかっているので躊躇せずに宝箱の蓋を開けると、中には中級のポーションが入っていた。

「ライオットは中級のポーションを手に入れた」

「え、ミュー…今のはなに?」

「今、言わなきゃいけない気がしたのよ…なぜか」

「そっか、それならしょうがないね」

「そのなんか残念そうな妖精を見る目…やめてもらえるかな」

 ミューオンが、パールホワイトのマッシュヘアをかき上げながらお上品ぶる。

 ライオットとミューオンがそんな感じで時間を潰していると、地図スキルに他の冒険者達の表示が消えているのに気がついた。

「あれ?ミュー、3組いた冒険者達が4階層からいなくなってるよ」

「全滅したか、ボス階層に行ったんじゃない」

「怖いことをさらりと言うね」

「ダンジョンではよくある事だよ」

 

 5階層へ降りる岩の階段を進むと、重厚な鉄扉てっぴが行く手を塞いでいる。

 その横には魔方陣が浮かび上がっていて、鑑定で入り口に戻れる帰還の魔方陣だとわかった。

 冒険者パーティーが階層ボスにアタックしている時は、他の冒険者はボス部屋には入れない。

 先行していた3組の冒険者パーティーは、おそらくこの魔方陣を使ってダンジョンの入り口へ戻ったのだろう。

「さて、僕らはどうしようか?」

「行くでしょ」

 ミューオンが、さも当たり前の様に言う。

「でもボス部屋に入ったら倒さない限り、出てこれないんだよね?」

「当然だね」

「ヤバくない?」

「自分を信じなさい!じゃないと道は開かれないんだよ」

「お~!ミューをちょっと拝んでもいい?」

「拝みなさい、あがたてまつりなさい。偉大な妖精であるミュー様を…」

「やっぱり今はいいや…」

「なんで!?」


 重厚な鉄扉をライオットが押し広げて行く。

 ゴツゴツした岩壁に囲まれた部屋は思った以上に広く、剣呑とした雰囲気が漂っている。

 奥に座っていた魔物が立ち上がると、雄叫びを上げた。

 その殺気に満ちた威嚇のタイミングが、慈悲に満ちている事に気付く冒険者がどれだけいるだろうか。

 そう、雄叫びは鉄扉が閉まり切る前に発せられるのである。

 今ならまだ間に合うぞ身の程をわきまえて、さっさと帰れと教えてくれているのだと。

 鑑定スキルを発動すると、オーガと表示された。

 赤銅色しゃくどういろの筋骨隆々の上半身はむき出しのままで、膝丈までのハーフパンツが太い革ベルトで留められている。

 癖の強い黒髪を肩まで伸ばし、額には1本の角が生えていて肩に重そうな棍棒を担ぐ。

 ライオットの背後にある鉄扉が、重厚な音と共に閉じた。


 互いに、部屋の中央まで進み出るオーガとライオット。

 刹那、オーガの巨躯が沈みこむと同時に跳躍した。

 筋肉質の巨体が、重量を感じさせない程の素早い動きで空から降ってくる。

 一緒に振り下ろされた棍棒により、地面がクレーターの様に吹き飛んだ。

 ライオットは横に跳びつつ、氷の矢を複数放つ。

 赤銅色の肌から火に対する耐性持ちと考えての攻撃だったが、オーガの筋肉は氷の矢をすべて打ち砕いても無傷であった。

「ねえミュー、これヤバくない?」

「ダンジョンの階層ボスは、ランダム発生だからね。オーガごときでビビってんじゃないわよ!」

「どうやって攻略すればいいんだろう?」

「しょうがないわね!ああいう特化型のタイプは、その得意としている部分を削っちゃえばいいのよ」

「てことは、妨害スキルでオーガの筋力を下げちゃえばいいんだね」

「少しは、スキルの事がわかって来てるじゃないの!」

 そう言うとミューオンは、戦闘の粉塵ふんじんで汚れない様にフィ~ンと離れて行く。


 オーガは突然、重く感じる様になった棍棒に違和感を覚えている。

 その隙にライオットは間合いを詰めると、腰に差した鞘から抜刀すると真横に払う。

 一瞬遅れたオーガであったが、棍棒で防ぐと同時に払うとライオットの頭目掛けて振り下ろす。

 ライオットの群青色の髪の毛が風圧で数本飛ばされ、轟音と共に足元の岩が陥没していた。

 妨害スキルで筋力を落とされているとは思えない動きで、オーガが棍棒を振り回す。

 これまで数多あまたの冒険者を血祭りに上げて来た傷だらけの棍棒が、怒涛どとうの勢いで繰り出されて来る。

 熟練度を上げた剣術スキルでなしていくが、徐々にスピードが上がる棍棒の勢いにライオットはなす術がない。

 苦し紛れに威嚇スキルを放ちつつ妨害のパワーを上げると、筋力を更に下げられるのを嫌ったオーガがライオットを蹴り飛ばした。

 だが距離を取ったのがオーガにとって悪手となり、ライオットは隠密、剣術、身体強化、縮地のスキルを発動させつつ剣に付与スキルの強化を施し、蹴り飛ばされて出来た距離で勢いをつけると、一気に最上段から振り下ろす。

 オーガは、自分が真っ二つに切り裂かれた事に気付かず雄叫びを上げようとしたが、牙の生えた口が左右に別れて行ったため、声にはならなかった。

 オーガが地響きと共に左右真っ二つに別れたのを見て、ライオットは大の字にひっくり返った。

「ミュー、ヤバイよ。全身の痛みと倦怠感で気絶しそう」

「言ってなかったっけ?複数のスキルを同時発動させると、身体に負荷がかかって今の様な状態になります」

「聞いてないし…」

「今、言ったし…」

「先に言ってよ…それより、ボス部屋で気を失うのは不味まずすぎるよね。復活したら瞬殺されちゃうよ!」

「ボスは討伐後、1日経たないと復活しないので大丈夫だよ。逆に1日は安全地帯って事だねボス部屋」

「安全でも嫌だよ…」

「教訓のために言っときます。これからは複数スキルの同時発動を意識して、積極的に活用するようにしましょう」

「後がキツすぎんだけど…」

「それは使い込みが足りてないからです。筋肉痛は身体を動かせば、痛みが軽くなって行くでしょ?それと同じで、スキルも使えば使うほど馴染んで行くものなんです」

 ミューオンが、ここぞとばかりのどや顔を見せている。

「そうなんだ」

「そうなんです。だから恐れずガンガン使っていきましょ~!」

「かわいい顔して体育系なんだねミューって…」

「かわいい顔…素直で正直なライオット君にはいいこと教えてあげましょう」

「体育系はスルーなんだね」

「ハイッ!今の状態、既視感ありませんか?どっかで同じ状態になったことはありませんか?」

「……森?森でぶっ倒れていた時と同じだ!」

「と言うことは…?」

「聖水を飲めば治るんだ!」

「正解!」

 ミューオンが親指を立てて、ベロを出す。

 ライオットは、収納空間からミューオン特製の水筒を取り出して口に含んだ。

 いつ、気を失ってもおかしくなかった状態が一気に緩和される。

 起き上がったライオットの空色の瞳に、今までで一番大きな魔石と籠手こて、そして鍵らしきものがドロップしているのが写った。

 鑑定してみると籠手はオーガガントレット…オーガの素材で出来た腕に着ける防具であり、鍵は6階層へ入るために不可欠なアイテムと表示される。

「なんだよ食えるもんじゃないのかよ。ボスのドロップ品にしてはしけてやがるな、まあオーガ肉は筋肉ばっかで固そうだから要らないか」

 ミューオンが、とても2頭身のファンシーな妖精が吐くべきではない罵詈雑言ばりぞうごんを並べ立てていた。



 

 




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