第12話 下層階
全身の痛みと倦怠感がとれると、心に余裕が生まれたのかライオットは赤銅色のガントレットを腕にはめて、
「カッコいい…」
と見惚れている。
ミューオンに至ってはオーガの座っていた椅子に乗っかり、階層ボスの雰囲気を醸し出そうとしていた。
だが椅子が大きすぎるのと2頭身の身体では、椅子の奥に嵌まって動けなくなってしまった小動物にしか見えない。
慣れてしまえば、ボス部屋の居心地も悪くないと思えて来たライオットである。
椅子に嵌まりながら、
「6階層からは魔物の強さが上がるのはもちろん、徒党を組んで襲って来るから範囲魔法攻撃が必須になるよ」
と、ミューオンが言ってきた。
「後半は魔法の矢の攻撃が、あんまり通用しなかったんだよね」
「ほとんどが、スキルを2~3個しか使ってないからだよ」
「そうか物理攻撃だけじゃなくて、魔法攻撃にもスキルを多重発動させないといけないんだね」
「そこで注意!今回はボスを倒した後に力尽きたから何とかなったけど、攻略中に意識を失ったら即終わるからね」
「…気をつける」
「気をつけるんじゃないよ!力尽きる感覚を正確に身につけるんだよ」
「……?」
「これをぶっ放したらヤバイかも…という感覚を感じたら、聖水を補給して正常に戻す。この動作が、自然に出来るようになるまでひたすら繰り返す」
「魔法攻撃だと魔力ポーションもがぶ飲みするの?」
ミューオンは少し考え込み、
「そこは出来るだけ魔力消費は抑え込む方向で!魔力消費の少ない低級魔法にスキルを多重掛けして、魔力の大きさじゃなくスキルの種類で範囲と威力を増加させよう」
と提案した。
「なるほど…火魔法、強化、圧縮、効力、拡張、炸裂これくらいでいいかな…炎の矢弾!」
炎の矢が飛んで行き、岩肌に着弾すると凄まじい範囲で
ライオットとミューオンも爆風の影響で吹き飛ばされる。
「ちょっと、凄いじゃない!でも、次からは結界スキルも合わせて使ってよね」
「確かに、ボス部屋が広くて助かった…狭い通路の時は威力の調整が必要だね」
水筒から聖水を口に含みつつ、ライオットはスキルの同時発動の威力に驚いていた。
範囲魔法攻撃にも目処がたったので、ボス部屋の重厚な鉄扉を今度は内側に開く。
1組の冒険者パーティーが扉の前で待機していて、
「お!開いたぞ。あれ1人だけ?へえ~ソロなんだ。今回のボスなんだった?オーガか~、なぁ、またオーガだったらどうする?止めとくか」
と、賑やかに話しかけられた。
5人組のパーティーで、バランスが良さそうだからオーガだったら楽勝じゃないのかなと思いつつ、軽く挨拶を交わしてライオットは帰還の魔方陣に入る。
視界がまばゆい光で満たされると、ダンジョン入り口の横に立っていた。
「おや、期待のルーキーのご帰還かい」
門番役の冒険者に声を掛けられて、ライオットは我に返った。
「あ、ビックリした!戻ってくるのってホントに一瞬なんですね」
老齢の冒険者は笑みを浮かべると、
「その余裕だと、逃げ帰って来たんじゃなさそうだね?」
自分の冒険者を見る眼も、まだ衰えちゃいないと自負しながら聞く。
「ええ、ちゃんと6階層への鍵をもらって来ましたよ!なのでまた行って来ますね」
ライオットは踵を返すと、ダンジョンの入り口に歩いて行く。
「タッチアンドゴーか…若いってのは羨ましいね」
ダンジョンに入りなおすと、ボス部屋でドロップした鍵を取り出す。
『6階層へ行きますか?』
無機質な声が頭の中で問いかけて来た。
「ハイッ、行きます」
と、ライオットが返事をすると視界が暗転した。
大きな広間の中心に立っていて、綺麗に並べられた石畳がヒヤリとした空気感を醸し出す。
どうやらこの広間には魔物は出現しないようだ。
確かに、大変な思いをして手に入れた鍵を使った途端、無防備で魔物の目の前に出現なんて鬼畜な設定は勘弁してもらいたいところだ。
広間には3箇所の入り口があり、背にした壁にだけは入口も出口も開いていない。
探索スキルと地図スキルを発動させ、適切なルートを探し出すと、ライオットは右側の入口に入って行った。
石畳の狭い通路に、棍棒を持ったホブゴブリンが3匹並んでいる。
スキルを多重掛けした炎の矢弾の威力を、最小に調整して放つ。
グギャーギャーと言う悲鳴を残して、ホブゴブリン達は消し炭へと変わった。
威力は調整してあるが、結界スキルを発動させて衝撃が跳ね返って来た時の備えもしておく。
物理・魔法の複合結界を常時発動させ、特にミューオンを守るように調整してある。
「ミューは妖精なんだから影響ないんじゃなの?」
と、ライオットが聞くと、
「さっき爆風で吹っ飛んだの見たでしょ!死ぬかと思ったわ…まったく」
自慢のマッシュを、チリチリパーマにされたミューオンからプンスカ怒られてしまった。
そんな訳で、スキルの多重発動に更に負荷が掛けられる結果となったのである。
だが慣れとは恐ろしいもので、最初のうちはがぶ飲みしていた聖水も段々と口にする回数が減り、そろそろヤバそうだから飲んどくか程度にまでなった。
魔力ポーションにおいては、かなりの弾数を撃ってはいるのだが如何せん初級の魔法がベースなので、今のところ出番なしである。
下層階では、ホブゴブリン・ハイオーク・ハイオーガといった感じで上層階にいた魔物の上位種が徒党を組んで襲いかかって来たが、スキルの多重発動に慣れると距離を取っての範囲魔法攻撃で済んでしまうので、上層階より楽に感じられた。
「思ったより順調にここまで来れちゃったね」
10階層の重厚な鉄扉を前にして、ライオットが感慨深げに言う。
「さすがに、聖水と魔力ポーション飲んどいた方がいいと思うよ」
ミューオンが、ポヨポヨと浮遊しながら真剣な顔で言った。
「そういえばライオットって、勇者だった時にこのダンジョン攻略したんだよね?それにしては初めて感がありありだよね」
「あの時は魔王しか見えてなくて、正直このダンジョンの事も10階層のボス部屋で魔王と闘った事しか覚えてないんだよね」
「オースタンダンジョンに魔王がいたの?」
「分身体だったけどね」
「それじゃあ、魔王と何回闘ったのさ?」
妖精のミューオンでも知らなかったらしく、驚いた顔でライオットに聞く。
「他のダンジョンで2回…これも分身体だった。魔王城で本体と闘ったのが最後だね…この前は魔王じゃなかったし。合計4回だね」
「そんなに…」
「今思うと、魔王が本気だったとは思えないんだよね。勇者ジョブに
「魔王が手ほどき?」
「わからないんだけどね、だって勇者の時は魔王が何言ってるのかさっぱりだったから」
「あ~、それは勇者ジョブのせいだ。精神耐性で、魔王に洗脳されない仕様になってるからね」
「うん、魔王もそれはわかってたみたいなんだよね。それでも、ダンジョンの時は何か伝えたい事があるみたいだった」
「魔王が、勇者に伝えたい事って何なんだろうね?」
2人とも、ラスボスの部屋前とは思えない呑気さで会話を
「さてと、今回のボスはどんなのでしょう?」
ライオットが重厚な鉄扉を開くと、お約束の雄叫びが響き渡る。
5階層のボス部屋のような椅子しかないガランとした空間ではなく、太さは均一だが高さがまちまちな四角い柱が等間隔で多数並んでいるボス部屋だ。
ちょうど真ん中に、ボスまで一直線に見える通路がある。
そこで雄叫びを上げているのはハイオーガ…にしては細く、背もそれほど高くはない。
オーガ特有の威圧的な筋肉マッチョではないのだが、イケメンな細マッチョは…カッコ良すぎだった。
赤銅色の筋肉には全く無駄がなく、鍛え抜かれたそのスレンダーな体型はアスリートに他ならない。
「ねえねえ、あのオーガ超イケメンじゃない!妖精界でもモテそうだわ~」
と、ミューオンが両頬に手を添えて
(妖精って、2頭身が美の基準じゃなかったの?)
ライオットは心の中でツッコミを入れた。
鉄扉が閉まると同時に、イケメン細マッチョなハイオーガの姿が掻き消える。
物理結界が破られた気配を感じたライオットは、オーガガントレットを着けた腕を上げて防御体勢をとった。
刹那、ハイオーガのガントレットとライオットのガントレットがぶつかり合い弾け合う。
ハイオーガの整った顔に驚きが表れた。
おそらく6階層から9階層までライオット達が順調に来れたのは、この最初の一撃の効果を最大限に活かすための布石だったのであろう。
『常時、複合結界を発動させる癖がついてなかったらヤバかったね。ミュー様々だ』
と、ライオットがハイオーガの渾身の一撃を防げた感謝をミューオンに向けると、
「は、はっや~!でも、近くで見るともっとイケメン。推し変しちゃおっかな~」
感謝しようとしてたミューオンが、不穏な発言をしていた。
ライオットは、一瞬でも姿を捉えた隙に妨害スキルでイケメンハイオーガの素早さを低下させる。
それでも素早さに特化した能力は驚異的であり、魔法による遠距離攻撃は当たる気がしない。
更に高さが定まっていない四角柱の上部を、軽々と飛び回る身軽さで動かれると、妨害スキルもそうそう通用はしないであろう。
柱の間で身を隠せば上からの攻撃、柱の上に乗れば狭い足場で身動きが取れずハイオーガのよい的にしかならない。
慣れない戦闘環境下で、ライオットは手詰まり感を覚えざるを得なかった。
攻撃してくれば結界が破られるので、その方向へと防御すれば間に合う。
また素早さに特化しているため、打撃の威力そのものはハイオーガにしてはそれほどでもない。
手数で補うつもりなのだろう、間隔を空けずに攻撃を放って来る。
だがこう撃たれっぱなしでは、いかに堅固なオーガガントレットでもいずれは破壊されてしまう。
「まずは…相手の動きを把握出来ないと話にならないね」
ライオットは呟くと、視力・敏捷・空間・演算・集中・強化のスキルを同時に発動させて、イケメンハイオーガの攻撃軌道を目で追える様に底上げした。
ボス部屋の空間が、動き回るハイオーガの残像だらけになってしまったが軌道は追えるようになる。
ライオットは猛攻に耐えながら、体術と一撃スキルを発動させると演算スキルで割り出したハイオーガの次撃コースへ拳撃を繰り出した。
ドンッという打撃音の先にライオットの拳が
驚愕の表情を浮かべた端正な顔がライオットと見つめ合い、一瞬の後ガハッと血を吐くと霧となって消滅して行く。
ライオットも猛攻に晒された全身が、風圧で切り刻まれて傷だらけとなっている。
聖水を飲んで、切り傷を癒しているライオットの足元に魔石と赤銅色のレッグガードがドロップした。
鑑定で見るとオーガレッグガード、
オーガレッグガードを装着したライオットは2~3度回し蹴りを放つと、
「これもカッコいいね!」
満面の笑みを浮かべて言う。
柱と柱の間を抜けてボス部屋の奥に進むと、イケメンハイオーガが座っていただろう椅子がポツンと置かれていた。
「勇者の時に魔王と闘った際は、こんな柱はなかったと思うんだよね。邪魔でしょうがないもん…でも魔王が、どこか指差していた様な記憶があるんだよね」
「それって隠し部屋かな?お宝かなぁ」
欲にまみれた妖精がチョロチョロと嗅ぎ回る。
女神の使徒であるミューオンにも見えないのだろうか、ライオットには床の一辺がここだと言わんばかりに光を放っているのがわかっていた。
「ま、いいか」
ライオットがあっさり床の光をスルーして、扉の方へ歩き出すと、
『ちょっと待て!それはいくらなんでも酷くないか?ワシ、一生懸命場所教えてたよな』
『あ…また出た』
『ワシをお化けみたいに言うな…冥界からだから、お化けっていえばお化けかもしれんが…』
『魔王ダンゲル、成仏出来ないなら浄化してあげようか?』
『だ~か~ら~、ワシをアンデッド扱いすんなって!そこの光ってる床の事、わかるように伝えたであろう?』
『勇者の時は魔王の声が聞こえなかったから、気味の悪いパントマイムにしか見えなかった』
『ワシは大道芸人か!まあ、アンデッドよりはマシか』
ツッコミを入れながらも、手の平を空中でペタペタと見えない壁に張り付かせるパフォーマンスをしている。
オーラのくせしてノリのいい魔王である。
『それでこの光ってる床どうすればいいの?』
『そこにオヌシの魔力を流し込んでみろ。されば扉は開かれるであろう』
続いて、見えない箱を持ち上げようとするが重くて持ち上がらず、押して動かしていると箱が突然滑り出して転ぶという黙劇を披露しながら魔王ダンゲルが言う。
『なんだろう、やたら小芝居が上手いのがムカつくんですけど』
そう言いながらライオットは、光っている床に手を置くと魔力を流し込んだ。
石畳だった床の一部がせりあがると、その中には剣身の中心にのみ深紅の溝が刻まれた、禍々しい漆黒の大剣が
『これって魔剣じゃない?』
『いかにも、ワシの愛用していた剣だ』
『これをどうしろと…』
『オヌシにやる』
『……いらない』
『なんで!』
『あったり前でしょ、こんなの持ってたら魔王認定されちゃうじゃない』
『人の役に立てるぞ』
『……ホントに?騙してない』
『ワシは嘘はつかん!いいから持っとけ。顕現タイム切れだ…ライオットよ、次のダンジョンへ向かうのだ』
見事なムーンウォークで、魔王ダンゲルは退去して行く。
「見事な大道芸人っぷりだったな~」
あきれてライオットがポツリと口に出すと、
「誰が大道芸人よ!ところでこの剣なんなのさ?魔王が指差していたのってこれの事、売れんのかな真っ黒な剣なんて」
あちこち飛び回っていたミューオンが、目ざとく寄ってくると腕を組んで目利きをする。
「売れないよこんなの」
ライオットは別な意味を含めて応えた。
「なんだ、探し回って損した。魔王のお宝でも隠してんのかと思ったのにな」
鋭い指摘なのだが、それ以上深く考えないのが残念なミューオンであった。
ライオットは魔剣を無造作に収容空間に放り込むと、ボス部屋を出て帰還の魔方陣に足を踏み入れる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます