第13話 聖少女
オースタンダンジョンを攻略したライオットは、最深部の10階層から帰還するとその足で冒険者ギルドに顔を出した。
前回は受付にいなかったパレルモがいたので、ライオットはさっそく向かい、
「パルさん、ダンジョン攻略終了しました」
と、爽やかに報告した。
「はい…ライオットさん、今なんとおっしゃいました?」
パレルモの美しい黄金色の毛並みが逆立っている。
「ダンジョン攻略が…終わりましたと…」
つり上がったアッシュグレイの瞳に睨まれて、ライオットの声が小さく畳まれていく。
「ちょっと、上行きましょうか」
ライオットは、そのまま2階にあるギルドマスター室へ連れていかれた。
「確か、ほんのちょっと前にダンジョンに潜れる昇格試験をしたばっかりだったよな…オレ負かされたけど」
「はい!Cランクにしてもらえたので、早速ダンジョンに行きました。そういえば2階層までクリアした後に来た時は、パルさん不在でしたね」
「そいつは済まなかった…って2階層クリアから10階層まで行くの、ペース速すぎじゃないか?」
「勢いついたら、止まらなくなっちゃって」
「お前…そんな坂道下るみたいに簡単に言うけどな。そういやその防具、オーガガントレットとオーガレッグガードか?ホントにクリアしやがったんだな」
「ハイッ!」
「わかった、魔石はこっちで買い取ってやるよ」
「ありがとうございます」
ライオットは木目の美しいテーブルに、ダンジョンで回収した魔石を並べて行く。
「ゴブリンソルジャー、オークソルジャー、オーガ、ホブゴブリンにハイオークとハイオーガの魔石か。ちょっと待ってくれ鑑定させる」
パレルモはそう言うとギルド職員を呼んで、魔石を持って行かせる。
「5階層のボスはオーガか、10階層のボスはなんだった?」
「そういえばダンジョンの階層ボスって、ランダムに出るらしいですね。僕の場合は、イケメン細マッチョなハイオーガでしたよ」
「はっ!ハイオーガの貴公子か?ヤツが倒されたって話は聞いたことがないぞ」
「あのカッコいいハイオーガは、貴公子って呼ばれてるんですか?わかりますね、それ」
「女性冒険者の中には、ヤツに会いたいがために10階層まで行くのがいるらしいぞ。その姿を目に刻んで、戦わずに帰還するらしい…推しダンとか言うらしいな。推しに会うためのダンジョン攻略とかいう意味だと聞いた事がある」
「えっ?あのハイオーガそんなに人気あったんですか」
「まずいな、ひじょうにまずいぞライオット。こういうのは、隠そうとしても隠し切れないのが常だ。マジで惚れてる冒険者もいるって聞いたからな…いつ刺されてもおかしくないぞお前」
「ええーっ、ホントですかそれ!」
「なるべく早く、オースタンの街を出た方がいいな。そうだダンジョン攻略の実績も出来たし、Bランク冒険者に上げとこう」
「いいんですか?」
「そこで相談だ…Bランク冒険者には、ギルドからの依頼を受ける義務が発生する。これから出発するパーティーの護衛を、ギルド依頼として受けてくれ。そのパーティーの仕事が終了した時点で依頼完了とするから、そのまま行きたい街へ向かうといい」
「パルさん、そこまでしてもらっていいんでしょうか?」
「ビッグボアの
『パルさん男前(女性だけど)』とライオットは心の中で思った。
「魔石の代金を受け取ったら東門に向かえ。馬車にロキとニッキーがいるから、この依頼書を見せろ」
「ありがとうございます。では行きます」
「しばらくして、ほとぼりが冷めたらまた顔を出せ。必ずだぞ待ってるからな」
「はい、必ず来ますね」
ギルドでの魔石の買い取り金額はかなり高額になったが、ライオットには喜んでいる余裕はまったくない。
初めてのダンジョン攻略の結果がこんな形になろうとは、予想も出来なかったからである。
横ではミューオンが、腹を抱えてゲラゲラ笑っているのだが。
隠密スキルを発動させて、街の東門に急ぐとロキとニッキーが馬車に荷物を積み込んでいる最中だった。
かなり火急な依頼なのか馬車に御者の姿はなく、2人だけで行く様子だ。
すでに日は暮れ始めていて、街を出たらすぐに暗くなってしまう時刻に出発するというのは、冒険者の常識でいうと通常ではあり得ない。
夜になれば街道を走るにしても、危険度が増すのは間違いないからである。
急いで街から離れたいライオットにとっては、有難い状況ではあるのだが。
隠密スキルを解除して、馬車に近づくと、
「あれ、ライオットじゃないか。どうしたこんな時間に、まさか見送りに来てくれたのか?」
ロキが、邪気のない言葉を掛けてくる。
「こんばんは。
ライオットは挨拶もそこそこに、パレルモからの依頼書をロキに手渡した。
「なになに……ニッキー頼む」
「ギルマスからの依頼書なんて、いつも面倒くさがって見ないくせに…若い男の子に良いとこみせようとし過ぎ…ロキ姉」
相変わらず姉に容赦のない妹である。
「ふむ…ふむ…ライオット乗れ…ロキ姉…荷物は大丈夫だね?…すぐ出発」
依頼書を読むや否や、ニッキーは馬車の御者台に飛び乗ると馬に鞭を入れた。
ロキとライオットは、慌てて荷台にダイビングする。
がらがらと馬車の車輪の音が響く中で、荷台の荷物とこんがらがった状態のロキが、
「ニッキー、依頼書に一体何が書いてあったんだ?」
と問い質すと、
「何かやらかすとは思っていたが…貴公子の攻略までは読めなかった…
御者台からニッキーが応える。
「貴公子って、ダンジョン10階層のハイオーガの事か?確か、やたらイケメンな階層ボスだったっけか」
「その通り…女性冒険者の間ではファンクラブ…みたいのも出来てた」
「倒されたことないボスだろ?」
「拝めただけで尊いらしい…男共は単純に
「すいません、そんな人気者だなんて知らなかったんで倒しちゃいました」
ライオットがシュンとして謝る。
「いや…相手は魔物だし、ハイオーガだし、階層ボスだし倒して当たり前じゃね!」
「さすがは女子力皆無…ロキ姉…正論…でも推しは推せるときに推せ…という夢女子の夢…ぶっ潰すのは覚悟が必要」
「それは確かに怖そうだな」
「階層ボスだから…倒されてもそのうち復活する…問題ない」
「そっか~それで夜逃げするように街を出なきゃいけなくなったのか。さすがはトラブルメーカーライオットだな」
「変なあだ名付けないで下さい。今回はさすがに凹みました」
街を出てしばらくすると、雨がポツポツと振り出し夜の訪れと共に本降りへと変わる。
馬車の幌に打ち付ける雨音が強くなって来たので、木陰に移動してそのまま夜営することになった。
馬車の中で簡素な夕食を摂りながら、
「夕刻に出発なんて、ずいぶん火急な依頼のようですね」
とライオットが尋ねる。
ギルマスのパレルモに促されるままロキとニッキーに同行する事になったが、2人の依頼内容すら何も聞かされていなかった。
「あたしらも急に呼び出されたから、準備もそこそこしか出来なかったんだよ」
とロキ。
「この前行った…インス村の先…アンデッドが発生したらしい…その調査と可能ならば討伐の依頼。インス村にも立ち寄る…状況の確認は大事」
ニッキーが、依頼の内容を詳細に教えてくれた。
夜につれて、馬車の幌にあたる雨音も強くなって来る。
「ところでライオット、身に付けてる赤い防具はダンジョンでのドロップ品か?」
ロキが、外套から見え隠れしているオーガガントレットとオーガレッグガードに目を留めた。
「はい、5階層のボスと10階層のボスからドロップしたものです」
「ホントにクリアしやがったんだな」
「おかげで、逃亡者みたいに街を出る事になっちゃいましたけどね」
「ソロで…オースタンダンジョンのクリアは前代未聞…ライオットは自分の実力を過小評価し過ぎ」
ニッキーが冷静に分析する。
「そういえば、パルさんにBランク冒険者に昇格させてもらいました。これでロキさんとニッキーさんと同じランクになれましたね」
ライオットが、もらったばかりのギルドカードを嬉しそうに差し出す。
「会ってから大した日にちも経ってないのに、もう同じランクか!驚き過ぎて笑うしかないな」
「ソロでダンジョンに潜ること自体…規格外」
ロキとニッキーが、呆れた様子でライオットのことを見つめている。
外では、雨音が一際強くなって来ていた。
翌朝になると、昨夜の雨が嘘のように晴れ渡った青空が広がり、草木に残った水滴が明るい陽射しを受けて輝く。
ライオットもオースタンの街を出る事になったのは少し
しばらく行くと、タマムと出会った森が見えてくる。
今回はゴブリン達の気配もなく、平和にインス村に到着することが出来た。
まだ村での闘いから大した時間は経っていない筈なのだが、インス村の在りようがまるで要塞かの如く変貌していた。
村の周囲に掘った濠には水が溜まり、高さがある丸太で組まれた頑丈な防御柵がぐるっと取り囲んだ様は、まるで堅牢な砦そのものである。
ただ門は開かれていて、濠には丸太で組まれている柵の一部が渡り橋として掛かっている。
馬車がそのまま入れるように、段差をなくす工夫も施されていた。
これが先日、ゴブリン退治の依頼をこなした時と同じ村とは思えない程の増強ぶりである。
門の中には監視塔も建てられていて、村人が周囲の警戒を行っている様だ。
短期間に随分様変わりした村の様子にライオット達は面喰らったが、村の中心部に簡素ながらも教会が建てられているのを見て驚愕した。
確かに女神からの聖水を魔物から救った少女に託したが、陶磁器製の水差し分しか渡していない。
女神からの恩寵があったとしても、奇跡としてはたかが知れてる量でしかなかったはずである。
それなのに、この短期間でのインス村の発展ぶりは神がかっているとしか形容のしようがない。
「これは冒険者の皆様、先日は魔物を駆逐して頂き誠にありがとうございました」
ロキ、ニッキー、ライオットが村の変貌ぶりに目を見張っていると、インス村の村長が出迎えに現れた。
「村長、その節は世話になった。だがこの村の有り様は、ゴブリン達からの襲撃からそんなに日も経っていないのに驚かざるを得ないぞ」
ロキが皆を代表して村長に尋ねると、
「実はあの後、聖少女様がこの村に顕現されまして、女神様の恩寵による奇跡を
村長が、
「聖少女って、もしかするとタマムの事じゃないのか?」
「ええ、その通りです。魔物の襲撃を免れ、あなたがた村の救世主を導き、数多の奇跡を起こされた聖少女タマム様が顕現されたのです」
ライオットは心当たりがあったので、思念でミューオンに聞いてみた。
『なあミュー…聖水をタマムちゃんに渡したけど、その結果がこれなのか?』
『いや~想像以上にあの小娘、女神に気に入られたみたいだね。まあ、あそこまで純粋な祈りを捧げられたら女神なんてイチコロだよねイチコロ!』
『ミュー、女神がチョロすぎるみたいに言うのはどうかと思うんだけど…』
『実際、チョロいしね』
『天上界に不敬罪ってないの?』
『あるよ』
『あるんだ!ミューなんて一発アウトじゃないの?』
『フフン、実力よ実力。力が物を言うのよ天上界でもね!今回の件は聖水をタマムに預けたライオットの功績なんだけど、ライオットの功績はミューのモノ、ミューの功績はミューのモノってね』
『わ~!ある意味、
『まあね、妖精界のサラブレッドと呼んでもよいよ』
(2頭身の駿馬か…ないな。ダメだ、今は何言っても賛辞としか受け取らないよ、この鼻高妖精)
ライオットは思念で会話しつつ、心の声を切り離して呟くという、高度な能力の無駄遣いを行う。
村長から聖少女の尊さを懇々と聞かされながら、村の中心部に建てられた教会に到着した。
丸太組構造で建築された木造の教会ではあるが、村にある他のどの建物よりも立派になっている。
尖頭アーチ型の扉を開けると、建物の上部から射してくる太陽の光が、塵が舞っている情況すらをも聖なるものとして感じさせていた。
会ったときのタマムは、粗末な布切れを纏った村娘といった
祭壇に膝をついて祈りを捧げているタマムの姿は、質素な造りの木造教会に荘厳で威風たっぷりな聖堂にも劣らない、
祈りを終えたタマムは後ろを振り返って、ロキやニッキー、ライオットの姿を見つけると小走りで近付いて来る。
「ロキ姉様、ニキ姉様、ライオット兄様また来てくれたんだ、ありがとう」
「おう、タマム久しぶり。元気してたか?と言うか聖少女なんて随分変わっちまったな」
「ロキ姉…聖少女様に雑すぎ…教会関係者がいたら不敬罪で処分処分」
「慣れてないんだから仕方ないだろ!不吉な事をリズム付けて言うんじゃねぇよ」
タマムがクスクス笑いながら、
「姉様方は相変わらずで安心した」
と言った。だがすぐ真剣な表情になると、ライオットの服の裾を持ち、
「ライオット兄様…ちょっといい」
と、ライオットだけと話せる距離を取る。
「もらった陶磁器に入っていたお水なんだけど、あれって?」
「女神様からの恩寵…聖水だよ。さすがにもう無くなっちゃった?補充しとこうか」
「やっぱり聖水なんだ。噂を聞いて近くの村からも結構、人が来てくれてるんだよ」
「え、渡したのは水差し一杯分だけだったよね?」
「うん、でもね毎日水差しを祭壇に上げてお祈りしてたら、全然減らなくなっちゃったんだよ。大丈夫なのかな勝手に使ったりして…後で女神様に怒られたりしないかな?」
タマムが心配そうに聞いてきた。
ライオットはそんなことになってるとは露知らなかったので、妖精ミューオンに念話を飛ばした。
『ミュー、どうなってるのこれ?』
『女神がその小娘の信心に応えたんでしょ!スゴいわね小娘…いえ、タマム。自ら恩寵をもぎ取ったのね、心配しなくても女神の信頼を裏切るような事をしなければ、これからも聖水が与えられると伝えてあげて』
「あ~、タマムちゃんのお祈りが女神様に届いたみたいだね。信頼を裏切らない使い方をすれば、これからも大丈夫らしいよ」
「ホントに!よかった~心配でたまらなかったんだよ。もちろん、困ってる人にしかあげてないんだけど、それをワタシなんかが決めちゃっていいのかなって」
「そんなタマムちゃんだから女神様が信頼したんだと思うよ。心配しないで、困ってる人を助けて上げようね」
「うん、わかった!ライオット兄様ありがとう」
心のつかえが取れたタマムは、飛びきりの笑顔を見せると、ロキとニッキーの元に戻って行った。
「そういえば、姉様方は今日は何か依頼で来られたの?」
「実は、この先の廃村でアンデッドの発生が起こったらしくて、その調査に行く途中なんだよ」
「アンデッド…ゾンビとかスケルトンだよね?村では聞いたことないよ」
「むふ~…この前のゴブリン退治の時…あんまり活躍出来なかった…今回は頑張る」
ニッキーが、三角帽子の下から鼻息を荒くしてヤル気を見せている。
「アンデッドだったら、聖水が役に立ちますよね?少しばかりですが、用意しますので持って行って下さい」
そう言うと、タマムは3人に小分けにした聖水を渡した。
「ありがとう。実は、聖少女の件の確認もギルドからの依頼に含まれていたんだ。タマムがそうだとは思ってもいなかったけどな」
ロキが、豪快に笑いつつタマムの頭を撫でている。
ロキにとって、タマムはあくまでも会った頃のタマムのままであった。
タマムにとってもそれがとても嬉しいようで、ロキと話すときは聖少女ではない、ただの村娘に戻っている様子だ。
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