第14話 ゾンビ

 インス村を出て、廃村があると思われる場所へ馬車を走らせる。

 幼いタマムには記憶になかった廃村だが、村長はその村が疫病に侵されて全滅したという話を記憶していた。

 ステラ王国内でも、公衆衛生の意識が薄かった少し前に疫病が蔓延したことがあったらしく、その際には徹底的に原因の排除が行われていた…火魔法による死骸の焼却である。

 最初のうちは治癒魔法の使える魔術師が派遣されていたのだが、魔術師が罹患してしまう状況に王国は貴重な魔術師の損失を恐れ、治療よりも結界による封じ込めとその後の焼却処分に対処をシフトすることにしたのであった。

 感染源の早期封じ込めと焼却により、疫病の蔓延に歯止めをかけられる成果に満足した王国は、疫病が発生した疑いがある場所への即応部隊を編成することにした。

 それが魔導封印部隊…通称魔封隊である。

 そのリーダーに選ばれたのが、魔導研究師であったベルゲンであった。

 ベルゲンは魔術師を片っ端から集めようとしたが、疫病患者を封じ込め抹殺する部隊であったために、マトモな人材は手を挙げようともしなかった。

 仕方なく、多少性格に問題があって組織的にはじかれた者や、犯罪者に成り下がった魔術師も赦免して部隊に採り入れることにした。

 こうしてならず者部隊…魔封隊が、暗躍する下地が出来上がったのである。

 最初のうちは、与えられた疫病の蔓延を食い止める任務をきちんとこなしていた魔封隊であるが、ある時気付いてしまう…焼き尽くしてしまえば、疫病にかかっていたかどうかなど誰にもわからない事を。

 そして魔導を研究するベルゲンにとって、禁忌とされる人体実験をとがめられずに行える状況は、今やらずしていつやるのだという確信になってしまったのである。

 その後の魔封隊には、様々な憶測が囁かれるようになっていく。

 その中には疫病が発生していない村を隔離し、焼却処分にしたという信じがたい話も含まれていた。

 事態を憂慮した王国は、ある一手を打つ。

 疫病が魔王の仕業だと噂を流し、魔封隊を魔王討伐に向かう勇者の随行部隊に加えて抹殺するという作戦である。

 魔王軍に倒されても良し、そうならなかった場合は随行部隊の王国軍が対処するはずであった。

 ベルゲンは当然、王国の憂慮に気付いており逆にどさくさに紛れて魔王軍に下るのもありかと考えていた。

 だが、両者の思惑を超えた事態が起こってしまう。

 勇者が、随行部隊を置き去りにしてしまったのである。

 寄せ集めの随行部隊は予想外の出来事に乱れに乱れてしまい、気がついた時には魔封隊の姿は忽然こつぜんと消えてしまっていたのであった。


「ニッキーは今回のアンデッドの件にその魔封隊が絡んでいると考えているの?」

 ライオットがニッキーの長い話を聞き終えて尋ねる。

 ロキはすでにギブアップして、馬車の荷台で寝てしまっていた。

「…知らない」

 ニッキーの容赦ない答えに、ライオットは愕然とする。

 今まで長い話を我慢して聞いてきたのは、廃村に現れたアンデッドに関係していると思っていたからなのに…。

「この話のきもはね…勇者が絡むとろくなことにならないってトコ…」

『いや、それはちょっと違うんじゃないかな!置き去りにしちゃったのは今だったら悪いと思えるけど、あの時は魔王を倒すことしか考えられなかったんだから仕方ないよね』

とライオットは、必死に心の中でニッキーに対して異議を唱えていた。

「とりあえず言えるのは…今向かってる村が廃村になった理由が…魔封隊の疫病封じ込めによるもの…という事だけ」

「それが言いたくて、延々と説明していたの?」

「だって…1人で御者台に座っていると…暇」

「暇つぶしだったんだ?」

「そう…面白かったでしょ?」

 愉しそうに後ろを振り返るニッキーを見て、ライオットはロキの対応が間違っていないと思った…自分も眠ってしまうべきだったと後悔した。


 廃村となった場所は元々は街道に面していたが、今は迂回するように新しい街道が作られていて、廃村へ向かう道にはまだ所々に名残はあるものの、そのうち雑草にすべて覆われてしまうだろう。

 街道から外れると、馬車の車輪に伝わる振動が大きなものへと変わっていき、乗り心地が格段に悪くなった。

 ガタゴトと揺られて、馬車がそろそろ分解してしまうのではないかと思ったところにそれはあった。

 生い茂った草木の間から、焼け焦げた木材が顔を見せている。

 村の建築物だった残骸が、風に吹かれながら黒い焦げ跡を無残に晒す。

 だが陽射しのふりそそぐ現在、アンデッドの気配は感じられず夜まで待つ必要がありそうだった。

 ただ草が生い茂ってる状態では、アンデッドへの対応に邪魔になる可能性があるので風魔法スキルを発動して、辺り一帯の伐採を行い円形のサークルを造り出す。

 陽射しがあるうちに馬車を離れた場所に移動させると、食事も早目に済ませて夜の行動に備えて仮眠を取る。

 真夜中近くになると、円形のサークルの土が盛り上がりアンデッド達が姿を現した。

「あれってゾンビだよね?」

「…そう」

「それ以外何者でもないな」

 少し離れた場所から様子を確認していた、ライオット、ニッキー、ロキが小声で話し合う。

「メチャメチャ弱そうじゃない…僕が油断してるのかな?」

「ライオット間違えてない…あれはどう見ても弱い」

「どうする?ギルドからの依頼は現地調査だが、討伐しちゃダメとは言われてないぞ」

 ゾンビの群れはただ村のあった場所…ライオットが、草木の伐採をした円形のサークルの中をうろうろしているだけだった。

「あれは村人だった者達…近づかなければ害にはならない…けど放置はダメ」

 ニッキーが淡々と呟くと、下唇を噛む。

「水魔法を応用…タマムから預かった聖水を…散布」

 ニッキーは取り出した聖水を魔法で包み込んで、ゾンビ達のいるサークルの上まで運ぶ。

 呪文を唱えると、シャワーのように聖水がゾンビ達に降りかかる。

 突然の聖水の雨に打たれたゾンビ達は、生前の村人の姿に戻ると安堵の笑みを浮かべながら、光の粒へと変換され空に昇っていく。


「ニッキー、これってどういうことなんだ?」

「ロキ姉…説明聞いて…寝ない?」

 ロキが自信なさげに横を向く。

「まず…この村は疫病が蔓延して魔封隊によって焼却処分の対象になった…オーケー?」

「オ、オーケー!」

「建物を燃やしてそれっぽくしてる…火魔法を使って焼却したら…ゾンビなんて…絶対発生しない」

「そ、そうだよね。最悪スケルトンかな?」

「骨も焼かれりゃ…カッスカス…スケルトンも通常あり得ない」

「じゃあ、なんでこの廃村にゾンビが出て来たんだろうね…」

「珍しくロキ姉鋭い…褒めてあげるヨシヨシ」

 ライオットはこの凸凹姉妹、どっちが姉だったかなと真剣に悩み始めていた。

「結論から言う…ここの村人は焼却されずに地中に埋葬…された」

「確かに屍があれば、ゾンビ化の説明はつくね!」

 ニッキーの説明にライオットが応える。

「これは推測…聖少女の顕現が影響している可能性大…アンデッドは聖なるオーラに…とても敏感」

「なるほどな」

 ロキが首肯する。

「後は謎だけ…魔封隊なのに…なぜ村人の屍を焼却せず埋葬?」

 気になる点はあるが、念のため朝まで様子を見る事にする。

 うつらうつらしながら朝を迎えると、村の跡地のサークルには村人のゾンビ達が這い出てきたであろう穴があちこちに開いていた。

 探索スキルで地中もスキャンしてみたが、残っている屍は見当たらなかったので土魔法で整地しておく。

「さてと、これで依頼完了だ。あたし達はオースタンに戻るけど、ライオットはどうするんだ?」

「僕は今はオースタンの街には戻れませんし、他のダンジョンにも行きたいのでカフラーに向かいます」

「カフラーダンジョンか、結構距離があるけど気を付けて行けよ」

「またやらかすこと…希望」

「それは本意ほいないです。ロキさん、ニッキーさん、お世話になりました。それじゃあ行きますね」

「おう、じゃあな」

「じゃね…」

 ライオットは、凸凹姉妹に大きく手を振るとカフラーに向かう街道へと足を踏み出した。




 

 

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