第15話 ストラ王国

 広大な面積の大陸においてほぼ中心に存在し、今もっとも権勢を誇っているストラ王国の絶対的な君主であるパニエステ王はいぶかっていた。

「魔王の消滅はまだ確認できんのか?諜報部隊はいったい何をしておる」

「おそれながら陛下…魔王城周辺は魔素の濃度が高く、普通の人間族では近付くことすらままなりません。魔王の消滅の確認には今しばらくの猶予を…」

 いかにも上級貴族といった出で立ちの男が、国王の問いに応える。

「そんなことは先刻承知しておるわ…なぜあの暴走勇者は余に報告しに来んのじゃ?随行部隊を置き去りにした上に、余まで愚弄するつもりか!」

「陛下、勇者に関しては諦められた方がよいかと具申致します。魔王のオーラが認められなくなった時点で、よくて相討ちかと」

 それを聞いて国王は安堵する。

 なにしろあの勇者は、パニエステ王が初めて自分の従属スキルで縛ることの出来なかった相手だからだ。

 強大な力を持つ存在が己れの管理下に置けないということは、国王にとっては勇者であろうと魔王と変わらぬ脅威に違いはないのだ。

「ま、まあ余もあの最強魔王を倒して、無事に還って来れるとは思っていないからの」

「内務卿の御懸念は尤もですが、陛下は素早い魔王城への進軍を望んでおられます」

 国王の機嫌が良くなったとみるや、内務卿の慎重さをさりげなく腰が引けてると主張をし始めたのは、王国軍の最高司令官である軍務卿である。

「何を言うか軍務卿!まるで儂が、魔王に怖じ気づいてる様な言いぐさではないか」

 上級貴族のたしなみを忘れたかの様に、内務卿が激昂する。

「いえいえ、私はそのような大それた事は申し上げておりませんよ。ただやり過ぎた魔封隊を勇者の随行部隊に紛れ込ませて、有耶無耶の内に処理するはずが逃亡されてしまう様な失態をおかす方が、何を仰っても片腹が痛いだけですな」

「ぐむむ…」

 内務卿の額の血管が、はち切れんばかりに浮き出ている。

「もうよい。それより軍務卿は、待機中の勇者も含めた先行部隊を城塞都市へ派遣する手筈を整えておけ」

「ははっ」

 今回の作戦は自分が主導になれると確信した軍務卿は、内務卿を一瞥すると体を翻して国王の執務室を退室して行った。


「軍務卿ではないが、魔封隊の件は言い逃れはできんな内務卿よ」

「勇者と魔王軍との戦闘中なら、どさくさに紛れて魔封隊ごとき抹殺できる筈だったのです。まさか、暴走勇者に置き去りにされた随行部隊の混乱に紛れて逃亡するとは…」

「そこよ内務卿、奴等は自分達が処分される可能性に気付いていたのだろう。感付かれた時点で、卿の作戦は破綻しておる」

 国王の言葉に、自らの失態を思い知らされた内務卿は唇をきつく噛み締める。

「まあ、誰もやりたがらん魔封隊に魔導研究師のベルゲンを推薦し、本来の疫病の封じ込めという目標を達成出来たのは卿の功績ではあるしな」

「はっ、陛下ありがとうございます。その点においては非常に有能な男ではあったのですが、疫病に罹っていない村まで焼却処分にするとは思いませんでした」

「その点は人手不足によって、魔封隊をならず者部隊としてしまった余の力不足もあるからな、卿だけを責める訳にはいかん」

「陛下、畏れ多きお言葉にございます」

「だが…あれだけの部隊の情報を、卿の自慢の諜報部隊に掴ませないとはベルゲンという男、ただの魔導研究師とは思えぬな」

 パニエステ王は、自慢の顎髭を撫でながら思考を巡らす。

「陛下は、奴を裏で操る勢力があるとお考えで?」

「ふむ、その方がしっくり来るかな」

 策謀を巡らす国王は、例えどんな勢力が関わろうと魔王城への侵攻を取り止める必要はないと確信する。

 パニエステ王は執務室の荘厳な造りの椅子の背凭せもたれに身体を預けると、散々辛苦を舐めさせられた魔王に対して捲土重来けんどちょうらいの機会が巡って来たことに歓喜し、剣呑けんのんな雰囲気を醸し出す。

 


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