第21話 草原エリア

 ライオット、モイラ、ソーニエールの3人は順調に馬車を進めてカフラーの街へと到着していた。

 目立ちすぎる馬車と馬は、ソーニエールが収納可能との事だったので仕舞ってもらっている。

 そのお陰か、街の正門では王都の様なトラブルもなくスムーズに手続きが進んで宿を確保することが出来た。

 宿の部屋に入ると、

「これで、依頼されていた護衛の任務は完了ですね。それではこちらの依頼書にサインをお願いします」

と言って、ライオットが1枚の書類をテーブルの上に置く。

 モイラが書類を手に取りサインをすると、

「そつのない手際でとても助かったわ。ライオットはこの後どうするの?」

と、書類をライオットに返しつつ尋ねた。

「明日、この依頼書を冒険者ギルドに提出したら、カフラーダンジョンに挑戦するつもりです」

「ダンジョンって、どんなところなのかしら?」

「モイラ様も興味ありますか?」

「少しだけどあるかな」

「そうですね~簡単に言うと、魔物やダンジョンボスと闘って自分のスキルを鍛えられる場所ですね」

「魔物と闘えるのか?」

 ダンジョンと聞いて、瞳を輝かせていたソーニエールが食い付いてきた。

「スキルを鍛えてどうするの?」

 ソーニエールの食い付きをスルーしてモイラが聞く。

「人助けがしたいのですが、それにはやっぱり力が必要です。そのためのスキル強化ですね」

「人助けというのは人間族限定なの?他種族は、排他すべき存在で人助けの対象にはならないのかしら?」

「ん~他種族の人って、獣人族以外会った事ないんですよね。でも、困っていたらもちろん助けたいです」

「なるほど人間族だけではないのね。ところで、ダンジョンには誰でも入れるのかしら?」

「冒険者ギルドに登録してないとダメみたいですね。でも登録料を払って、Cランク以上の冒険者になれば入れますよ」

「モイラお嬢さま、登録しましょう冒険者登録!レッツダンジョン、レッツバトル」

 ソーニエールのヤル気が半端ないのは、バトルメイドの血が騒ぐためなんだろう。

「では明日、ライオットが冒険者ギルドに行くときに同行させてもらってもいいかしら?」

「もちろん構いませんよ。一緒に行きましょう」

 王都ではのんびりする暇もなかったので、久しぶりの宿でゆっくり休むライオットとミューオンであった。


 翌朝、宿の朝食をモイラとソーニエールと一緒に済ませるとカフラーの冒険者ギルドに向かう。

 ギルドの受付で護衛依頼の達成を報告すると、モイラとソーニエールの冒険者登録を済ませる。

 カフラーダンジョンの地図を買い、登録したての新人冒険者がダンジョンに入る方法はないかと尋ねると、Bランクのライオットとパーティーを組めば入れるとの事だった。

「ライオット氏…頼み事ばかりで申し訳ないが、いいだろうか?」

「モイラお嬢さまもソニーさんも闘えるんですよね」

「ええ、もちろん自分の身は自分で守れる実力はあるわよ」

「自分はバトルメイドですから、戦闘は3度の飯のおかずです」

「それなら問題ないですね。パーティーを組みましょう」

と、順調に話は纏まったかに思えたのだが、思わぬ落とし穴があった。

 ギルドの受付嬢が言った、

「パーティー名はどうなさりますか?登録する際に必要なのですが…」

 この一言で、今まで何の問題もなく進んでいたパーティー結成の流れが掻き乱された。

 意見が対立したのではなく、モイラとライオットの名付けのセンスが破滅的に酷かったのである。

「モイライオットソニー」

とモイラ。

「お嬢さま…どうしてどや顔なんです?ああ、1文字削れた事が自慢なんですね」

「国際人助け冒険者隊」

とライオット。

「スケールがデカ過ぎる。魔道具で雷鳥1号から5号まで作りたくなっちゃうわ!」

 その結果、ソーニエールが全力でツッコむという普段とは逆の関係性が出来上がってしまった。

「御2人のネーミングセンスが、ここまで破滅的とは思いませんでした」

「何よ!それならソニーにはどんなパーティー名の候補があるのよ?」

「戦闘馬車という意味を持つ【チャリオット】などはいかがでしょう。リーダーであるライオット氏の語感も採り入れてみました」

「【チャリオット】ね…悪くないんじゃないかしら」

「僕もいいと思います。ソニーさんは戦闘がお好きなんですね?」

「バトルメイドなので…」

「格好良き」

「ハイハイ、それじゃあパーティー名は【チャリオット】でお願いします」

 ライオットとソーニエールのオタク談義を遮る様に、モイラがギルドの受付嬢に言う。

「かしこまりました。Bランク冒険者パーティー【チャリオット】で登録致します」

 紆余曲折があったが、これでダンジョンに入るためのパーティーが結成出来た。


 ダンジョンの地図を確認してみると、3階層しか存在していないことがわかった。

 1階層が草原エリア、2階層が砂漠エリア、3階層が湿地エリアとなっている。

 なぜ3階層しかないのか…それは各階層エリアの面積が広大過ぎるためである。

 そして、魔物の強さもエリアの手前から奥に行くにしたがって上がっていき、階層を下がるごとに難易度が上昇する構造になっていた。

 地図には、今まで確認された魔物達の分布図と特徴や弱点が記されている。

 更に各階層において、あると便利なグッズが購入できるお店の情報も共に記載されていた。

 あるグッズが気になったライオットは、ダンジョンに行きたがるソーニエールを説き伏せて、街の商店街にある雑貨店へとやって来た。

 ライオットが雑貨店で手に取ったのは、2階層の砂漠エリアで地味に活躍すると書かれていた正方形のストールである。

 様々な巻き方ができ、特に砂漠エリア特有の砂嵐の時に口や鼻を保護する事が出来るらしい。

 ストールを3人分購入して店を出ようとすると、ダンジョンに行きたがっていたソーニエールだけじゃなく、モイラも様々な種類があるダンジョングッズに目を奪われていた。

 自分も王都のジャムチ商店で、多彩な調味料に胸をときめかせた自覚のあるライオットは、2人が片っ端から買い物かごに商品を入れていくのを優しく見守るのであった。


 ダンジョンに備えた買い物も済ませて、冒険者パーティー【チャリオット】のメンバーはカフラーダンジョンの入り口に立っている。

 ダンジョンの入り口は、果てしなく広がる平原に取って付けた様な台地が3つ並んでいて、3階層ごとに入り口が1つずつあった。

 1階層の入り口は誰でも入れるが、2階層3階層の入り口はそれぞれ直近の階層をクリアしていないと弾かれてしまうらしい。

 1階層の大きな入り口に入っていくと段々と暗くなり、しばらく真っ暗な中を進むと、突然視界が開けて草原と真っ青な空が目に飛び込んで来た。

 まるでトンネルの反対側に突き抜けた様な錯覚に陥る現象であるが、入り口があった平原とは違うと感じられる。

 なぜなら、そこには角が生えたウサギの魔物があちこちで跳び跳ねていたからであった。

 アルミラージと呼ばれる魔物は、可愛らしい外見とは似つかわしくない攻撃性を持っており、冒険者を見つけるとすぐさま突進してくる。

 だが攻撃は直線的でしかないので、対処を間違えなければ初心者の冒険者でも充分狩ることが出来る魔物だ。

 ソーニエールが、見慣れぬ武器で片っ端からアルミラージを叩き潰している。

「ソニーさん、その武器は何ですか?」

 ライオットが質問すると、

「スレッジハンマーという武器らしい。雑貨店に置いてあって、名前が気に入ったんで購入した」

 次々と、向かってくるアルミラージを叩きながらソーニエールが応える。

「ソニーさん、それは武器じゃなくて杭とかを打つのに使う道具ですよ」

「そうなのか?でもこの魔物を倒すのにちょうどいい感じなんだが…」

 その戦闘スタイルを見て『もぐら叩きだな』と、ソーニエールが通った後に残るアルミラージの小さな魔石を回収しながらライオットは思った。

 モイラはというと、ニンジンを取り出してアルミラージを大量に呼び寄せている。

 まだ、幼い子供っぽいから危険な魔物でも可愛いペット扱いなのかなとほっこりしていたら、電光石火の手刀でアルミラージを刈り取っていた。

 魔石も自分を中心に固まって落ちているし、なんて効率的なハンティングなんだろうとライオットは感心してしまう。

 ガシガシと勢いのまま進むソーニエールとモイラだったが、アルミラージが現れなくなったなと思うと2足歩行の犬の魔物であるコボルトが草むらから顔を出す。

 粗末な剣と盾で武装はしているが、強力な攻撃力はないため恐れる必要はない。

 だが通常4~5匹の集団で行動しているため、舐めてかかると痛い目に合わされる魔物だ。

 モイラとソーニエールは、アルミラージとの闘い方から大きく変えて、モイラが遠距離からの弓攻撃とソーニエールがモイラの射線を妨げない様に下がっての槍攻撃を担う。

 モイラの弓は、素早さに欠けるコボルトの動きを遥かに凌ぐ速度で射ち出される。

 コボルト達は、弓矢の射程距離を見極めて包囲網を敷こうと散開するが、モイラがお構いなしに弓矢を放ちながら前進し始めた事により連携が崩れる。

 そこへソーニエールが躍り出て、モイラが進んだことにより後ろに張り出してしまったコボルトを槍で突き刺して行く。

 2人の効率的な闘い方の中で一番忙しい思いをしているのは、広範囲に散らばる魔石を拾い集めているライオットだった。

 コボルトの集団をいくつか討伐したところで休憩を取ることにする。


 カフラーダンジョンで、地味に気を付けなければならないことは夜がないということだ。

 ダンジョン内はいつも明るいので時間の感覚が狂いやすく、意識して休憩や睡眠を取らないと体調を崩してしまうのである。

 ソーニエールに収納してもらっていた馬車を出してもらい、陽射しを遮る役目を担ってもらう。

「ダンジョン内での馬車の移動は特に禁止されていないようなので、この後は馬車を使って攻略を進めて行きます。広大な面積を誇るダンジョンですから、移動速度を上げましょう」

 ライオットが提案すると、

「それこそパーティー名の【チャリオット】に相応しい闘い方だな」

 フンスと鼻息も荒くソーニエールが応える。

「戦闘馬車だったわね…ポンコツだったソニーに1本取られた気分だわ」

「お嬢さま…恐悦至極に存じます」

「モイラ様とソニーさんの戦闘能力もわかりましたので、この先は馬車の進路上の魔物だけ倒しましょうか」

「小物は馬車に乗りながらの弓攻撃で充分だろうし、魔石は必ず回収しなくてもいいのだろう?」

「ええ、他の冒険者が喜ぶでしょうけどね」

「効率重視で良いだろう」

「なにしろ広大ですから…ソニーさん、この馬車の馬って魔道具なんですよね?」

「気付いていたか…魔道具の馬とバレると面倒にしかならないからな。わざわざ、水や飼い葉を取り込む機能を着けたんだよ」

「…と言うことは、水や飼い葉は必要ないのですね」

「ああ、体内に埋め込まれた魔石の魔素がなくならない限り動き続けられるし、補充も簡単に出来る様に設計してある」

 ライオットが馬達を撫でながら、

「ソニーさんのポンコツさが信じられない品質ですね」

と、褒める。

「自分のポンコツさは既成事実扱いなのか?」

「王都での門番とのやり取りを知ってしまったら…ねえ」

「だろうライオット!魔道具以外のソニーのポンコツさに、ワタシがどれだけ苦労させられているかわかるだろう」

「お嬢さまったら、お貴族ジョークが御上手になられましたね」

「ジョークじゃねぇし………」

「お嬢さま…言葉づかい」

「すんごく腹立つ!」


 ライオットは馬車に乗りながら、地図スキルと探索スキルを発動させ最短でのルートを馬に指示する。

 魔道具である馬達は、手綱を握って指示する必要もないとソーニエールに教えられての行動だったが、『便利過ぎるなこれ』とライオットは喜んでいた。

 時折、馬車の進路上に魔物が出てくるがモイラの弓の餌食となるだけで、小物に関してはそのまま馬が踏み潰して終わっている。

 そんな爆走中の【チャリオット】であったが、前方に強力な魔物の気配を探知して停止した。

 ライノビースト…サイの魔物が、威風堂々と佇んでこちらを睨んでいる。

 巨大な体駆は鎧の様な表皮を纏い、頭に生えた角は何物をも突き通す威力を誇っている。

 強力な矛と盾を兼ね備えた重戦車級の魔物であり、その突進力は巨大な体躯の重さで威力を倍加させる。

 ライノビーストと睨み合うこと暫し…ソーニエールが馬車から飛び降りて、

「自分が相手をしよう」

と言うと、黒塗りのぶっとい棍棒を手に持ち、数回振り回してから背後で構える。

 ライノビーストが鼻から荒い息を吐くと、その巨駆を支えるがっしりとした脚を踏み込んで、地響きと共に突進を開始した。

 メイドの格好をしたソーニエールは、背中に棍棒を構えたまま身じろぎもしない。

 ライノビーストとソーニエールとの距離が縮まった刹那、ソーニエールが背後に持っていた黒い棍棒を両手に持ち変えると振り切った。

「ブモ~~~!」

 ライノビーストの鳴き声が遠ざかって行く。

 遥か青空の彼方へ飛び去って行く魔物を目で追っていると、黒い霧となった後にキラリと光るものが見えた。

「硬い上に重いから想像以上に飛んでったね」

「ナイスバッティング!じゃなくって貴重な魔石が飛んでっちゃいましたよ。追いますから馬車に乗って下さい」

 3人を乗せた馬車が、猛スピードでライノビーストの魔石が飛んでいった方角へと走り出す。

 ライオットが探索スキルの精度をかなり上げて、魔石としては大きい部類だが、広大な草原においては砂粒程度にしか過ぎない対象にたどり着いた。

「も~勘弁して下さいよ」

 ライノビーストの魔石を拾い上げたライオットが、ソーニエールに向かって愚痴った。

「悪い悪い、つい気合いが入りすぎちゃったテヘ」

「ライオット…そこのポンコツは置いといて、あそこにある神殿の様なものは何かしら?」

「んん?階層ボスっぽい建物ですね」

「ほほう、少しは楽しめそうじゃないか」

 バトルジャンキーと化したソーニエールが、不敵な笑みを浮かべると神殿へと踏み出して行く。


 馬車を収納して神殿へと踏み入れると、結界が発動した。

 これで階層ボスを倒さなければ外へと出ることは出来なくなり、入り口には帰還の魔方陣が発動しているはずだ。

 神殿の奥に進んで行くと、天井までの高さがかなりある長方形の広い空間が現れた。

 両側の壁には、大理石の柱が均一の間隔で並んでいる。

 上部に取り付けられた窓から陽の光が射し込み、粒子がキラキラと反射して清廉な雰囲気を醸し出してはいるが、最奥の祭壇には神様の像などなく1匹の魔物が微睡まどろんでいた。

 テイヒュルと呼ばれる虎の魔物である。

 腹部を除いた全身をブリックレッド、いわゆる煉瓦色の毛皮で覆われていて、背中に黒いたてがみを背負い、そこから斜めに黒い縞模様が走っている。

「ファ~」

と、テイヒュルがあくびをすると鋭い剣牙が口の中に現れた。

 太く力強い四肢で立ち上がると、普通の虎の5倍はあるであろう巨躯が凄まじい威圧感を放つ。

 並の冒険者であったらその威圧感だけで腰が抜けてしまうだろう。

「なんだ、猫か」

 テイヒュルの威圧を、そよ風の様にいなしたソーニエールが指を鳴らしながら言い放つ。

「いやいやいや…違いますから虎ですから」

 ライオットが全力で否定する。

「猫も虎も一緒じゃなかったっけ?」

 ソーニエールが小首を傾げる。

「大きなくくりで言ったらそうでしょうけど、大きさが違いすぎるでしょう!」

「だろ!やっぱり大きな猫ちゃんじゃないか」

「…グルル」

 ソーニエールが盛大にやらかしていると、テイヒュルが軽く唸って祭壇を蹴った。

 一瞬でソーニエールにたどり着くと、頭突きで弾き飛ばす。

 もの凄い勢いで、後ろにあった柱に叩きつけられたソーニエールが吐血する。

 その巨体からは、想像できないスピードに出し抜かれたライオットとモイラが慌てて戦闘態勢を取ると、

「そいつは自分の獲物です」

 柱に張り付いていたソーニエールが、飛び降りると大理石の床にベッと血を吐いて口を拭う。 

 自分の突進をまともに食らって死なないのかこいつと、テイヒュルが若干引き気味になりながらも再度ソーニエールの正面に立つ。

 前足で床を蹴ると後ろ足に重心を掛けて立ち上がり、その体勢から右前足の鋭い爪でソーニエールを横殴りにした。

 抵抗すら許さず、切り裂いて終わりの圧倒的な力技。

 身体能力のみの決定的な膂力によって、勝負が決まったかに思えた矢先、

「メイド服を舐めるな!」

 ソーニエールが、片手でテイヒュルの右前足を受け止める。

「え~?メイド服を舐めるなって、受け止めてる前腕屈筋群にあるのはリストバンドしかないよね。ほとんど生肌じゃね!」

と、ライオットは喋れないテイヒュルに替わってツッコんだ。

「ソニーにしてみれば、あれは猫パンチなんでしょうね…」

 モイラが、虚ろな眼をしてソーニエールの闘いぶりを眺めている。


 右前足を受け止められたテイヒュルは、慌てて左前足で殴り掛かるが、今度もソーニエールは左腕で受け止める。

 そんな攻防を凄まじい勢いと膂力でやり合っているのだが、

「たぶん普通だったら、1発でぐちゃぐちゃに引き裂かれるんだろうけど…じゃれあってる様にしか見えないねアレ」

「顔を見ればわかるだろうライオット。ソニーのあの満面の笑顔…めっちゃ楽しんでるやん」

「ところでモイラ様、テイヒュルは自分の体勢がとてもマズイ事になっているのに気付いてるんですかね?」

「ワタシに魔物の気持ちがわかるわけないでしょう。だけど四つ足の魔物の弱点は、大体下部にあるから立ち上がってそこが丸見えというのは…マズイわよ」

「僕ら…なんとなくテイヒュルの方、心配してますよね」

「ワタシは、しっかりとテイヒュルを応援しているわよ」

「ですよね…一方的過ぎてちょっとかわいそう」

 ライオットとモイラが激闘の脇で井戸端会議をしていると、ソーニエールががら空きになっていたテイヒュルの胸部に正拳突きを撃ち込む。

 それと同時に腕を捉えると、脇固めで完全にテイヒュルの巨躯を抑え込んだ。

「うわ~容赦ないな」

 ライオットが勝負あったなと思っていると、ミューオンが念話で話しかけて来た。

『そこの階層ボスのテイヒュルが、ライオットにお願いがあるってさ』

『え、ミューって魔物と会話出来るの?』

『妖精のサラブレッドだからね』

 ミューオンが、2頭身の胸を目一杯反らしてドヤる。

『聞く気があるなら、言語スキル・翻訳スキル・対話スキルを連動させて使ってね。勇者の時には、人とすら対話出来なかったライオットが魔物と対話するなんて成長したね~』

『そ…それは勇者ジョブのせいで、僕のコミュニケーション能力がなかった訳ではないんだよ』

『そうだったね。あんまり長く念話してると他の2人に悟られるから切るよ』


 ミューオンとの念話が切れると、テイヒュルの言葉がスキルの発動によってライオットに理解できるようになった。

〈もうギブッす!〉

 なんと、最初に翻訳したのはテイヒュルの敗北宣言だ。

〈ギブって事は負けを認めたと解釈していいのかな?〉

〈人間族にワイの言葉がわかるのがいるんすか?〉

 ソーニエールに脇固めで抑えつけられながら、テイヒュルの青磁色せいじいろの瞳がすがるようにライオットを見つめて来た。

〈わかるよ。でもダンジョンの階層ボスが、ギブアップってアリなの?〉

〈アリかナシかで言ったらナシッすよ〉

〈ナシなんだ〉

〈普通は弱けりゃ潰すし、強けりゃ倒されて霧となって終わりですもん〉

〈ダンジョンの闘いは基本そうだね〉

〈それなのに、このメイド姐さんてば肉弾戦のみだし関節決められたら痛いだけで霧にもなれないし、ギブするしかないっしょ!〉

〈それは色々ごめんね〉

〈いいっすよ、兄さんにやられた訳じゃないんで…〉

〈それじゃあ、流れ的にはとどめを差すって事でいいのかな?〉

〈そこなんすけど、階層ボスの魔石は差し出すんでワイをメイド姐さんの従魔にしてもらえませんでしょうか?メイド姐さんの強さに惚れたッす!〉

〈ええっ!そんなこと出来んの?〉

〈ワイも初めての事なんすけど、階層ボスの座を他の魔物に譲ればイケるみたいッす。痛い、痛いッすよ姐さん〉

 ライオットは慌てて、ソーニエールに脇固めを解くよう伝えて、

「ソニーさん、このテイヒュルが従魔にして欲しいと懇願してるんですがどうします?」

と尋ねた。

「この猫が、自分のペットになりたいと言ってるのか?」

「猫じゃなくて虎ですけど、おおむねねそういうことです」

「ライオットは魔物の言葉がわかるの?」

 モイラが驚いた表情で聞く。

「テイヒュルが気の毒だなと思っていたら、会話出来ちゃいました」

「大した適応力ね。ソニーどうする…ってもうじゃれ合ってるじゃない!」

 モイラが振り向くと、仰向けになったテイヒュルに跨がったソーニエールが、腹のオフホワイトの毛をわしゃわしゃと掴んでいた。

 テイヒュルは完全なる服従のポーズを取り、気持ち良さそうに瞳をつぶっている。

 ソーニエールは最初から武器を一切使っていなかったので、テイヒュルを討ち取ることに抵抗があったのかもしれない。

 ライオットは従属・連携・置換スキルを発動させると、ソーニエールとテイヒュルとの従魔契約を仲介した。

「よし、これでテイヒュルはソニーさんの従魔になったよ。でもこのままだと街に入るのに大き過ぎるね」

〈ねえテイヒュル。身体の大きさって変えられない?〉

〈魔物は、魔素で身体を形成してるんで楽勝ッすよ〉

 テイヒュルの周りに霧が立ち込めると、その後に大きな魔石とテイヒュルがそのまま縮小されたチイ虎が現れた。

「なにこの可愛い子は!」

 ソーニエールは、30cm程のチイ虎になったテイヒュルを抱き抱えると頬擦りをする。

 階層ボスの魔石を手に入れた事で、神殿の結界が消え去り入り口に帰還の魔方陣が浮かび上がっていた。

 階層ボス討伐によるドロップ品や宝箱は手に入らなかったが、スモールサイズのテイヒュルを抱き抱えるソーニエールの笑顔には変えられないなとライオットは思う。







 





 

 


 


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