第26話 サラマンドラ

 アゴラカート大峡谷に、アンデットモンスターとなった元5勇者が跳躍したのを見届けたパニエルテ王は、自慢の髭を撫でながら魔封隊リーダーのベルゲンに話し掛ける。

「余の従属スキルによる感覚共有だと、アンデットモンスター共は死の谷で苦しみもがいてるようじゃが大丈夫なのか?ベルゲン」

「問題ありません…更なる進化への必要過程なのです。想像を絶する高濃度の魔素溜まりから、這い上がって来るために必要不可欠な飛行能力を持った、強力なモンスターが爆誕するのです」

「そのモンスターが余の配下となるのだな。大陸の覇権は、余が率いるストラ王国が握ってみせるわ!」

「さすがは親父だ」

「さすがです父上」

「パパすっげ~」

 パニエルテ王の息子である第1~第3王子達が父親を褒め称えた。

「まだ、これぐらい大した事ないぞ。伝承の大地竜を発見することが出来たら、余が従属してやるからのう」

「父上の本日の偉業、必ずやストラ王国史に刻まれる事でしょう」

 文官志望の第2王子が、役人らしい目線で父親を崇める。

「ホッホッホ、あまりおだてるでないわ。大地竜が見つからなかった時に、言い訳が出来んではないか」

 ステラ王国旗がはためく巨大な天幕の中で、パニエルテ王と3人の王子達はチーズと芳醇なワインを嗜みながら談笑していた。

 魔封隊のリーダーであり魔導研究師の肩書きを持つベルゲンは、王族の下らぬ会話を聞き流しながら、

(私の調査によれば大地竜は実在するはずです。人間族ごときが、従属など出来るわけがありませんけどね。まあ、それだけ巨大な存在に手を出したらパニエルテ王も只では済まないはず。その隙に、アンデットモンスターの従属を私のものにしてしまいましょう)

と神経質そうな瞳に、野望の火を灯すのであった。


 なぜか2頭身コンビが、真剣な顔で話し合っている。

 妖精と魔王って特にわだかまりないの?

 別にないんだって、魔王ジョブのスキルについて打ち合わせしてるんだから邪魔すんなって…3人揃うと派閥が出来るって本当なんだね。

 ライオットがハブられてぼやいていると、魔王ダンゲルとの打ち合わせを終えたミューオンが話し掛けて来る。

 別に喜んでなんかないんだからねと言ったら、ツンデレかよと呆れられた。

『現状で最優先すべきは、魔王城の地下にいる大地竜の確保ね』

 ミューオンがすごく簡単そうに言うが、クワガタ捕まえるのとは訳が違うと思う。

『そのためにボックスを預けたんだって…この魔王、言葉足りなさ過ぎだよね。だから娘っこに嫌われちゃうんだよ』

 ザンシュ!ミューオン、ストレート過ぎ!2頭身の知の魔王がダメージ受けてるから…もう少し優しくしてあげて。

『さてと、ライオット…君にしか出来ないミッションをやってもらいます。大地竜の確保以外は裏方ミッションになります…ヤル気はあるかな?』

『あるよ、もちろん。人の役に立てそうで嬉しい』

『さすがはライオット…さすライの元勇者だね』

『元勇者はブラックヒストリーだからやめて…』

『そんな困難なミッションをクリア出来たら、ご褒美があります!パフパフ~』

『ご褒美なんて…どんなの?』

『欲望に素直でよろしい。魔王ジョブに迷宮スキルというのがあります。これはダンジョンを作ったり、改造出来るスキルです。やってみたくない?ダンジョンマスター』

『面白そう、やりたい』

『さすライ!そう来ると思ったよ。じゃ、大陸をぶっ壊しかねない大地竜を捕獲しに行くよ~』


 魔神器のゲートを使って大地竜のいる地下層へ転移するのだが、魔族のモイラとソーニエールに状況を説明しなければならない。

「ええっと、モイラ様とソニーさんにお知らせがあります」

「何かしら?クソ親父のお仕置きも片付いたから、もう大丈夫よ」

「慌ただしくダンジョンを回って、3種の魔神器を集めたのですから、これからが本番ですね」

 どこから説明すればいいか、しばらく考えてからライオットは話し始める。

「今現在、魔王国に対して人間族のステラ王国が侵攻を企てています」

「なんですって!」

「お嬢さま、落ち着かれて…宰相のクランスからも同様の報告が来ております」

「何ですぐ言わないの?ソニー」

「魔王様の加齢臭にお怒りで、言っても無駄と判断しました」

「た…正しい判断ね。釈然としないけれども」

「城塞都市にただならぬ動きがあったようです。病原菌をばら撒き、5体のアンデットモンスターを作成した後、死の谷へと降下させたとの事です」

「は?ステラ王国ってバカなの」

「バカげていますが、人間族がアゴラカート大峡谷を越える唯一の方法とも考えられます」

「それで…その5体のアンデットモンスターはその後どうなったのかしら?」

「大峡谷からは出て来ていないそうです」

「どゆこと?」

 困惑したモイラが間抜けな声を出す。


「これは推測なんですが、高濃度の魔素によって更に進化したアンデットモンスター達は、魔王国側の峡谷にある裂け目に入ったと考えられます」

「なぜ?」

「魔王城の地層深くにいる大地竜に、ちょっかいを出す可能性が高いそうです」

「それはどこから情報?」

「魔王情報で人間族の魔導研究師なる者が、大地竜に関する情報を収集していたと言ってます」

「お父様からね…大地竜なんてお伽噺じゃないの?」

いな…お嬢さま、実在の古代竜の一体でサラマンドラという名だそうです」

「アゴラカート大峡谷が出来たのはサラマンドラが原因というのも本当なの?」

です。お嬢さま」

「それじゃあ、サラちゃんに会いに行きましょう」

 モイラが遠足にでも行くように言う。

「いいのですか?かなり危険な場所…と言うか、下手に大地竜が動けば魔王国どころかこの大陸が消滅するかもなんですけど」

「そうなったら、どこにいても同じじゃない。人間族のライオットだけに背負わせたら魔族の名折れよ!」

「幼かったお嬢さまが、おとこ前に…」

「ソニー、ワタシはこれでも女の子です」

「失礼しました。漢前女子もアリかと…」

「では、ゲートで大地竜の住処に転移しますね」

 ライオットがゲートを展開すると、アンケセダンジョンの最下層部屋から登録されている大地竜のいる地層へと転移する。


 大地竜…遥か昔から大陸の守護竜として存在し、大地の怒りをしずめている。

 【チャリオット】のメンバーはその姿を目にして一言。

「デケー!!!」

 見える範囲だけでも50m は下らないであろう。

 なぜなら、長い尻尾はとぐろを巻く様にして巨躯に密着させているからである。

 琥珀色の身体は、大きな鱗で覆われており長くて大きな髭が特徴だ。

 眼は閉じられており、のんびりと惰眠を貪っているようにも見れる。

 時折鼻孔から寝息が漏れて来るが、まともに受けたらそれだけで吹き飛ばされそうだ。

 ライオット達が近付くと寝息がピタッと止まり、閉じられていた瞼がゆっくりと開いてエメラルドグリーンの瞳が表れる。

「人間族…それと魔族だね。ボクに何か用かい?」

 巨躯にしては、テノール歌手の様な厚く響く声で話し掛けて来た。

「どうも、人間族のライオットと言います。こちらは魔族のモイラとソーニエールです。大地竜のサラマンドラさんで合っていますでしょうか?」

「うん、そうだよ」

「実は地上でよからぬ動きがありまして、サラマンドラさんに迷惑がかかるかも知れないのです」

「ふ~ん、そんなの随分久し振りな話だね」

「以前にもあったのですか?そんな事が…」

「魔王ダン…ダンジョン…違うなダンベルだったっけな」

「魔王ダンゲルですか?」

「そう、それそれ!その頃は地上で日光浴とかもしてたんだよボク。いきなり来て従魔になれって言ってさ、寝てばかりのものぐさ土竜どりゅうでも少しは役に立つだろうだって!酷くない?」

「なんか色々失礼過ぎて、開いた口が塞がりませんね」

「でしょでしょ!従魔の件は別にどうでもいいんだよ、ゆっくり寝れる場所さえ提供してくれるんならね」

「…従魔になってもいいんですね」

「そこはこだわるとこじゃないからね。ものぐさはその通りだし、ウマイこと言うなって思ったよ」

「その悪口も許容範囲だったんですね」

「もちろんだよ。ボクは、温厚で面倒くさがりな竜なんだからね」

「そうすると残ったのは土竜どりゅう…ですか?」

「そうさ!ボクは大地竜なんだよ。どうして土竜もぐらなんかと一緒にされなきゃならないんだよ」

 突然、洞窟がぐらぐらと揺れて石や砂が天井から落ちて来た。

「おっと、いけない。思い出したらほんの少し怒気が漏れてしまったよ」

「今の地震は、サラマンドラさんが原因なんですか?」

「うん、ボク大地竜だから…ボクの機嫌が良ければ大陸の地盤は安全なのさ」

「じゃあ、魔王ダンゲルとの時はどうだったのですか?」

「あったま来たね。それでつい前足で地面叩いちゃったら、大陸に亀裂が入っちゃったんだよ。穴があったら入りたいとはこの事だよね。亀裂に落ちて隠れてたら、この洞窟が住処になっちゃったテヘ」

 サラマンドラは、器用にエメラルドグリーンの瞳を片方だけ瞑るとウィンクをした。

『やっぱり、アゴラカート大峡谷はサラマンドラさんが造ったんだ。でも魔王ダンゲルのやらかしの方が酷くない』

 ライオットは他人事の様に、ふよふよと浮かんでいる2頭身魔王をジト目で睨みながら思った。


「迷惑とやらが来たみたいだね。おやおや、羽根まで生やしたデスモンスターじゃないか、洞窟でうたた寝しているうちに人間族も頑張ったみたいだね。ヤバい方向にだけど…」

 サラマンドラが見ていた岩の裂け目から、5体の元勇者達だったモンスターが姿を現した。

 死の谷の魔素を吸収し、更に進化を遂げてデスナイト・デスランサー・デスアーチャー・デスタンク・デスメイジとなった面々である。

 サラマンドラの姿を見つけたデスナイトの赤い瞳が鈍く輝くと、正面に見据える体勢を取りつつ身構えた。

「ちっ、魔王の時と同じ従属スキルか。でも、このデスナイトからじゃなくて従属主の人間族からみたいだね」

「えっ!大丈夫なんですか、サラマンドラさん」

 ライオットが慌てて、大地竜の心配をする。

「魔王ならまだしも、人間族ごときがボクを従属出来る訳ないじゃん。ん~でもこの人、あんたなら出来るってそそのかされちゃったんだね」

「その人どうなります…」

「脳に負荷がかかり過ぎて破裂しちゃったね、パンって!でも、従属主が死んだのにデスナイト君達、動けてるね…なるほど従属を移行させたんだね」

「それってどういう事ですか?」

「ボクへの従属は失敗するって知っていて、その上でやらせて自滅させる。最初からデスナイト君達の略奪が目的だったんだろうね」

 サラマンドラの推測を裏付けるかの様に、デスナイト達は入ってきた岩の裂け目から退却して行った。

「ほらね…ボクを怒らせれば、大峡谷どころじゃ済まなくなるのをわかってるんだよ。大地竜をエサに釣り上げるなんて随分大物だったのかな?脳パン君は…」

「外の状況をバードアイで確認してみたんですが、ステラ王国のパニエルテ王だった様です…脳パンした人。ちょっと視覚的にキツいから、モザイクかけれる様に改良しようかなバードアイ」

「え~!人間族の王様だったの。参ったな、この洞窟もバレちゃったし。どうしようライオット」

「え~!僕ですか」


 ライオットがしばらく頭を悩ませていると、

『おいこら、そのためにボックスをおぬしに預けたんだぞ』

 突然、大人しくしていた2頭身魔王が念話を送って来た。

『こんなに大きいサラマンドラさんでも入れるの?』

『容量無制限だし、サイズはいくらでも調整可能だぞ。だが大地竜程の存在となると、従魔契約を結んでいないと不可能だな』

『ねえ、ちょっと聞いていいかな』

『お?なんか嫌な予感しかせんけど…良いぞバッチ来~い』

『もしかして、以前にサラマンドラさんに接触したのってこれが目的だったんじゃないの?』

『もちろんそうだ。怒らしたら大陸が消滅する大地竜が、のほほんとそこら辺で昼寝してたら危ないだろう』

『なんで土竜どりゅうって言ったの?』

『それは…ホレ大地竜と土竜どりゅうって語呂似てなくない?』

『大地竜はサラマンドラさん、土竜はもぐらの事でしょ』

『そう怒るなライオット…ハゲるぞ』

『アンタはその赤い髪が、つるっパゲるくらい神経使えや!』

『ひどっ』

『大陸を断絶させた自覚はあるの?』

『え、ワシのせいなの?』

『無自覚かよ!アゴラカート大峡谷じゃなくて、ダンゲル大峡谷でいいんじゃないかな』

『そんなに褒めるな、テレるではないか』

『褒めてないし!絶対にサラマンドラさんが、加齢臭オーラに気付かないようにしてよ』

『おう?まかせてくれてもいいよ』

『まったく…絶望的な無神経さだよ魔王ダンゲルって!』

 ナゼに、こんな壮大なやらかしの尻拭いをしなきゃならないんだと、ライオットはこめかみを押さえる。


「サラマンドラさん、ボックスに入りませんか?これならどこへでも移動出来ますよ」

「ホント!いいの」

「ただ、従魔契約してないとダメみたいで…」

「じゃあ、すぐやろ早くやろ」

「いいんですか、そんな簡単に決めちゃって」

「ライオットなら、信用出来そうだし問題ないさ。でも…大陸を破壊するような命令はちょっと」

「する気ないです」

「でしょ、だったら早く日光浴したいんだよ。地中にずっといると鱗が白癬菌に感染しちゃいそうでね」

「感染するとどうなるんですか?」

「人間族で言う水虫と同じ症状だから、痒くて眠れなくなる。鱗の内部だから自分で掻けないしね、地獄の苦しみだよ」

「それはヤバそうですね」

 ライオットは急いでサラマンドラと従魔契約を結ぶと、ボックスに移ってもらう。

 洞窟いっぱいに拡がったボックスは、50m を超す大地竜を収納すると手のひらサイズまで小さくなった。

「ホントに入れちゃったね」

「魔神器ですから」

 なぜか魔道具マニアのソーニエールが、どや顔で応える。

 サラマンドラが、ボックスに収納されたことでガランとした空間になった洞窟を眺めて、

「大地竜が外に出ようとしてたら、周りの岩壁を破壊しないと出れなかったんだよね」

と、モイラが呟いた。

 万が一にもそんな事になっていたら、洞窟の上に建つ魔王城は全壊していたであろう事を考えてぞっとする。

「ライオットのお陰で助かったわ~ホントありがとう。この後どうするつもりなの?」

「相手の動き次第で、あちこち裏方で飛び回らなきゃならないみたいです」

「そうか、じゃあ【チャリオット】は一旦終了だね。ダンジョン攻略は愉しかったし、従魔も出来たしで感謝しかないよ。なんでも言ってね協力するから」

 モイラがライオットに謝意を伝えると、

「そう言ってもらえると凄く嬉しいです。それじゃあ、モイラ様とソニーさん、テイヒュルとアヌビスを魔王城の玉座に転移させるので魔方陣に入って下さい」

 仲間と別れるのが寂しいのか、ライオットは手短かに言うとゲートを発動させた。

 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る