第25話 クロコデイロス
カフラーダンジョンの湿地エリアに入った途端、【チャリオット】メンバーの目の前がアッシュグレイの色彩で一杯になる。
壁かと思ったらワニの魔物の鱗だった。
クロコデイロスという階層ボスで、入り口にいるはずはないのだがダンジョンマスターの命により、迎えに来たと言われた。
人の言葉を話す口は、全長30m近い巨躯において比率的にもかなり大きく開く。
そのため声質はかなり低く、洞窟から風が吹いてくる感じに聞こえる。
背中を覆う
巨体であり四肢が側方に付き出した体型のため、動く速度は遅いのかと舐めていたら、襲歩と呼ばれるギャロップ走法で揺れはないのに速い。
湿地帯でもかなりの速度で走るのだが、深い沼や池などでは長く扁平な尾を推進力として泳ぐ。
泳ぐ際に、四肢を身体に密着させる様子はちょっとかわいい。
「階層ボスとして闘うことになっていたら、この鱗板骨は厄介でしたね。硬すぎて刃物は役に立ちませんよ」
クロコデイロスの背中に跨がりながら、ライオットが綺麗に並ぶ鱗板をペチペチ叩きつつ、後ろに座るソーニエールに話し掛けた。
「いい防具の素材になりそうです。ダンジョン以外で棲息する野生魔物がいたら、ぜひ回収したいものですね」
と、ソーニエールが魔道具製作者として応える。
ちなみにモイラはいまだ、怒りが収まり切らないのか先頭で仁王立ちをしている。
主に付き従うかの様に踏ん張る、黒犬のアヌビスの忠犬ぶりもまたかわいい。
広大な湿地エリアも、ワニの魔物クロコデイロスのおかげであっという間に踏破出来てしまい、階層ボスの
湖の中央には半径10m程の円形サークルが浮かんでおり、その一角が発光している。
クロコデイロスは自らの住処である湖に飛び込むと、器用な舵取りで円形サークルに巨躯を横付けした。
ライオット達は、クロコデイロスの背中から円形サークルへと跳び移る。
それを確認したクロコデイロスは、湖に巨躯を沈ませると眼と鼻孔だけを水面に出しながら、静かに湖面を揺らしつつ遠ざかって行った。
光を放っている一角にライオットが魔力を流し込むと、その部分がせり上がって来る。
中には、淡い光を纏うリングが格納されていた。
手を近付けるとリングの淡い光が増幅して、ライオットの左手を覆い尽くして行く。
光が収まるとライオットの左手の甲には、丸い形をした紋様が浮かび上がっていた。
『ほうほう…これは珍しい魔道具だね。記憶させた場所へ転移出来る魔方陣が組み込まれているよ』
モイラとソーニエールがいるため、目立たないようにしていたミューオンが興味津々で話し掛けて来る。
『なるほど…帰還の魔方陣とよく似ているね。湿地エリアボスのクロコデイロスを倒してないから、帰還の魔方陣は出現して来ない。だから、この魔道具で次の場所へ転移しろという事か』
『そういうことになるね』
魔族である2人に悟られないため、短めの念話でミューオンは済ます。
「モイラ様、ソニーさん、目的の物を入手出来たので、次のダンジョンへ向かいたいと思います」
「あのクソ親父、何処で油売ってやがる…油に浸して燃やしちゃうか」
モイラは、父親への折檻方法で心ここにあらずとなっている。
「ライオット氏、次のダンジョンとは何処ですか?」
「アンケセダンジョンです。確か魔王国に一番近いんですよね」
「そうです。ここで手に入れた物で、アンケセダンジョンに行くのは例のオーラさんからの指示なんですか?」
「そうですね」
「お嬢さまには絶対内緒なのですが、例のオーラさんって魔ピー(警告音)様ですよね?」
「警告音が入ってますけど、魔ピー(警告音)さんです」
「やっぱりか~。今、ビビって絶対出て来ないですよね」
「うん、生まれたての子鹿の様にプルプル震えてるみたいです。オーラですけどね」
「今のお嬢さまの様子だと、マジ処刑決定ですもんね」
「加齢臭ってそんなに罪深いんですかね?」
「お年頃の娘にとっては大罪ですね…しかも自分の洗濯物と一緒にされた日にゃ~ギロチンものですね」
「マジですか…」
「あ!ちなみにギロチンとは、風呂上がりにフルチンで寛いでいるちっさいオッサンのナニを娘が蔑んだ眼でギロッと一瞥して『ちっさい』と呟く断罪の事です」
「僕、立ち直れないかも知れません。そんな状況になったら…」
「ちっさいオッサンも身の程を
「ちっさく生きるオッサンに小さな幸せを…」
ライオットが、左手を円形サークルの中央に向けると丸いリングが表れ、下から光が溢れて来る。
帰還の魔方陣と構造は似ているが、違うのはそのリングの中に入ると登録されている転移先が表示されるところだ。
大陸にあると言われているダンジョンはすべて網羅されている様で、入り口や階層ボス、ラスボスの部屋も登録されている。
ただ、この魔道具で転移した場合はボスは出現しないらしく、ズルをしてのダンジョン攻略は出来ない様だ。
逆に、ボスの目の前に転移して瞬殺される恐れがないと考えることも出来る。
ライオットは、アンケセダンジョンの最下層ボス部屋と表示されている部分をタッチした。
リングの光が、【チャリオット】のメンバーを包み込むと景色が湖から岩肌の洞窟へと変化する。
アンケセダンジョンは100階層あると言われていて、大陸でも最大規模で未踏破のダンジョンだ。
そんな場所に、ショートカットでいきなり現れてしまったメンバーはキョロキョロと辺りを見回してしまう。
さすがに100階層の最下層となると、漂う魔素の濃度も地上とは比べ物にならないほど濃い。
普通の人間族であれば、この空間に足を踏み入れただけで具合が悪くなり死んでしまうだろう。
Sランク冒険者でも未だ60階層に辿り着けていない現状では、厳しすぎる環境のダンジョンと言ってもいい。
本来ならラスボスと対峙するであろう空間に、光を放っている一角がある。
ライオットが魔力を流し込むと、今までと同じ様にせりあがって来た四角柱の中に正方形の箱が収まっていた。
取り出して見ると珍しいモノ好きなミューオンが、
『箱だね』
と、端的に言う。
『見ればわかるよ』
『あ~今バカにしたね。ただの箱じゃないんだよ!マジックバッグのマストアイテム的な感じ』
『それって容量が大きいって事?』
『う~ん、そんな生易しいもんじゃないね。巨大な生物も入れられて、その生物の持つ膨大な魔力やオーラも完璧に閉じ込めちゃうみたいだね』
『容量無制限のペットケージか~』
『うわ~なんか大雑把な解釈だけど、間違ってもいないか』
ミューオンが、2頭身の頭部を左右に揺らしながら呆れ気味に言う。
『あれ?ライオット…なんかジョブに新しいのが増えてるよ』
『え、そうなの?愚者ジョブに追加なんて出来るんだ』
『追加というか…別腹』
『そうそう、お腹一杯でも入っちゃうんだよね…スイーツかよ!』
『やるなライオット。んーと、ナニナニ魔王ジョブだって。へ~、人間族でもなれるんだ魔王』
『ならないから魔王なんて!討伐対象じゃん』
『まぁ好きにしたらいいよ。見たことないスキルもあるからちょっと調べとくね』
ミューオンが、念話を終えると鼻歌交じりに魔王ジョブの取扱説明書(妖精版)を開く。
箱がライオットに取り込まれると、右手の甲に四角の紋様が浮かび上がった。
「ライオット氏、さっきの箱が魔ピー(警告音)様から言われていたモノですか?」
ソーニエールが確信を得た様に聞いてきた。
「ええ、3つのダンジョンから回収して来ました」
「3つ?2つではないのですか」
「あっ!モイラ様やソニーさんと出会う前に、オースタンダンジョンで1つ回収してました」
「自分の知ってる範囲だとソード・ゲート・ボックスと言われる3種の魔神器なんですけど、最初の1つって剣だったりします?」
「魔剣でしたね。真っ黒くて刃の中心に深紅の溝が彫られたやつでした……って!魔神器?」
「ええ、魔王様の持つ3つの魔道具がそう呼ばれていまして、魔王城の宝物庫から紛失していました。自分とモイラお嬢さまは、その魔神器の行方を追えば行方不明の魔王様に辿り着くと考えて人間族の住む地域へと来たのです」
「なんだ、そうだったんですね。ソード・ゲート・ボックスですか…魔剣・転移の魔方陣・ペットのケージ、揃えたら人の役に立てると言う訳だ」
「ペットのケージだけは、イマイチよくわかりませんね」
ソーニエールが苦笑いで応える。
「マジックバッグの生物可バージョンですかね…ボックス」
ライオットが言うと、右手の紋様から1m 四方のの箱が表れる。
箱の中に手を突っ込むと、ライオットは箱の隅で体育座りをしていた魔王ダンゲルのオーラを摘まみ出した。
一瞬で、アンケセダンジョンの最下層ボス部屋が魔王のオーラで満たされる。
「お探しの魔ピー(警告音)です」
「なんすんじゃコラ!ワシを摘まむな。今外に出るとヤバいんじゃ」
「な~にが冥界からの顕現ですか。魔神器のボックスに隠れてただけじゃないですか」
「いや~!ワシ、勇者だったライオットに討伐されて弱体化しちゃったから、何か依り代に入ってないと霧散しちゃうんだよ」
確かに、燃える様な赤髪とそこから生える2本の角、そして紫色の肌に赤い瞳は何度も闘った魔王ダンゲルの特徴と一致している。
だがライオットが、首筋を摘まんでいるのは妖精ミューオンと同じ2頭身なのだ。
もしかすると実体を持たない妖精と同じく、実体を失った魔王も精神生命体の状態だと2頭身になるのかも知れないなとライオットは考えた。
それじゃあコレどうしようかなと思った時、横から手が伸びてきて、2頭身の魔王をかっさらって行った。
「おや、久し振りですねお父様。随分と弱体化されてますけど、まさか勇者に討伐されたんじゃないですよね」
放出しまくっていた怒りのオーラを凝縮したため、周辺の温度を氷点下に下げたモイラがそこに立つ。
「いや~、見込みがある若者だと思って鍛えていたら、油断して負けちゃったテヘペロ」
「ちっさいオッサンが、ぶりっ子しても可愛くもないし情状酌量の余地もありませんわ」
「じょ…情状酌量?」
「加齢臭オーラの件ですわ、お父様」
「な…なんの事だか父わからない」
目を泳がせつつ、魔王ダンゲルが小さな声で呟く。
「ご自分の汚れた洗濯物を、ワタシの洗濯カゴにぶっ込んでるそうじゃないですか?」
「だって久し振りに城に戻ったら、ワシの洗濯カゴ失くなっちゃってるんだもの。城主なのに酷くない?」
「城主のくせに仕事放り出して、遊び歩いているからでしょう自業自得ね…よってギルティ」
モイラが、汚いものを摘まむように持っていた魔王ダンゲルに対してジト目で判決を言い渡す。
精神生命体となった父親のメンタルを、容赦なくガリガリと削り取るジト目の威力である。
「さて、有罪確定となったところで、どんな罰が相応しいでしょうか…このクソ親父には」
完全にメンタルやられて、ぐったりと摘ままれている魔王ダンゲル。
「そう言えば、依り代がないと霧散するとか言ってましたね。ねえライオット、ワタシの従魔に取り込ませるのは可能かしら?好き勝手させちゃダメよ!すぐトンズラしそうだから」
「大丈夫ですよ。それだと力関係的にアヌビスが、魔王ダンゲルを囲い込む形で良いですか?」
「そうね、ワタシの従魔に入ったお父様をワタシがこき使うの!加齢臭の罪をがっつり償わせるわ」
ライオットは、従魔・捕獲・結合・使役スキルを多重発動させると黒犬のアヌビスに魔王ダンゲルの加齢臭オーラを取り込ませた。
アヌビスを滅紫の靄が包み込むと、黒犬の姿から黒い執事服をビシッと着こなした人型へと変化する。
アヌビスの時は金狼犬の首だったのだが、黒髪に大きな犬の耳、薄紫の肌に金色の
魔族の特徴である角も、額から1本生えている。
「うわ~カッコいい執事ね。そこのポンコツメイドと違って役に立ってくれそうだわ」
今までの怒りモードが嘘のようにご機嫌なモイラが、さりげなくソーニエールをディスる。
「お嬢さまが浮気を…」
ソーニエールが衝撃におののき、意味不明な言葉を呟く。
「ナニ言ってんの!散々ワタシよりテイヒュルを優先してたじゃないの」
「かわいいは正義なので…」
「カッコいいも正義なのよ!」
モイラがやり返すと、それまで自らの変化を確かめていたアヌビスが左胸に手を当てて、恭しくお辞儀をしながら、
「モイラお嬢さま、魔王様の力を与えて頂きありがとうございます。冥界の王の名に恥じぬよう、お仕えさせていただきます」
と、挨拶の言葉を口にした。
「あら、アヌビス喋れるようになったのね。嬉しいわ!でも声がお父様なのはいただけないわね。中年のダミ声じゃなくてもっと若々しい艶のある声で喋れない?」
「あ~あ~あー、こちらでいかがでしょう…お嬢さま」
「とっても良くなったわ。蕩けそうな甘い声ね」
「お嬢さまって、推しメンやホストに貢ぐタイプだったんですね」
「ソニー…あながち間違いとは言い切れない、鋭い指摘をありがとう」
『いや~、娘って怖いわ~。ワシまじで泣くかと思ったよ』
『あれ?なんでまだ加齢臭オーラが残ってるの?アヌビスに取り込まれたよね』
『いざという時のために分身体を作っといたのだよ。弱体化してるから1体しか作れなかったけどな』
『しぶといですね』
『ワシをゴキブリみたいに言うな!ちなみにアヌビスに取り込まれたのが力の魔王としたら、ワシは知の魔王じゃな』
2頭身のままの姿で、ふんぞり返ってドヤる加齢臭オーラの魔王ダンゲル。
周りを自由気ままにうろつく、2頭身キャラが増えちゃったよとライオットは苦悩で眉根を寄せた。
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