第27話 デスモンスター

 ステラ王国の近衛騎士団と王子達は、恐慌状態に陥っていた。

 大地竜を見つけたと、喜び勇んで天幕を出たパニエルテ王の頭が突然パンっと弾けてしまったのである。

 更に、アゴラカート大峡谷から羽根を生やしてより強力となったデスモンスター5体が、飛来するや襲いかかって来たのである。

 デスアーチャーが第2~3王子2人を空から射貫くと、デスナイトとデスランサーで王国近衛騎士団を惨殺した。

 デスメイジは、仮性包茎疑惑の第1王子の身柄を拘束する。

 出番のなかったデスタンクは、巨大な漆黒の盾を地面に突き刺して仁王立ち。

 それらの所業を満足げに見ていたベルゲンは、魔封隊に命じて装甲馬車と騎士団の騎馬を奪わせた。

「我々を散々利用して、汚れ仕事をさせてきた愚か者共の粛清は終わった。次のフェーズに移行する」

 5体のデスモンスターと20名の魔封隊を前に、ベルゲンが作戦の成功を伝えると歓声が起こる。

 それを手で制したベルゲンは、

「次は王都を制圧する。近衛騎士団のいない王都など、デスモンスター達の遊び相手にもならぬだろうがな」

と、声高々に宣言した。

「ベルゲン王の誕生だ!ベルゲン王国に栄光あれ!」

 気の早い魔封隊の面々が、ベルゲンに対しておもねる。

「王の装甲馬車は私と第1王子が使う。他は馬車でも馬でも好きなのを選べ。では王都に向け出発するぞ」

 そう言ったベルゲンは、脳が破裂したパニエルテ王の死体を見下ろすと、

「バカは死ねば直るそうですが、脳が破裂しては賢くなるのは無理ですな。如何ですこのアンデッドジョーク?死人に口無しですか…ふむ、今日は冴えていますね」

 1人で悦に入ると、捕獲した第1王子を乗せた装甲馬車へと身を翻す。

 ベルゲン達が発った後には、打ち倒された巨大な天幕と王族や近衛騎士達の血糊が飛び散った王国旗、それと惨殺された数多くのむくろが捨て置かれていた。


 辺境騎士団長のエルヴィーンと元将軍のフロイデは、城塞都市からインス村への街道を騎馬でひた走る。

 エルヴィーンを逃がしてくれと辺境伯に頼まれてから、フロイデは出来る限りの糧食と替えの騎馬を砦に運び込んだ。

 書類仕事は部下に丸投げだったが、戦支度となると腰の軽くなるじい様のおかげで順調に目的地へと向かっている。

「エル様、行程はすこぶる順調じゃ。そこで、インス村の手前にあるオースタンの街に寄りたいのじゃがどうだろうかの?」

 騎乗しながら予備の馬達も器用に誘導しつつ、フロイデがエルヴィーンに話し掛けた。

「じい様、疲れたのか…それなら今まで通り、街道の休憩所を使えばいいだろう」

「違うわい!昔の知り合いがおるから力を借りようと思っての。さすがに2人だけでは、聖少女様の護衛すら出来んぞ」

「言われてみればそうだな。ではじい様の知り合いに助力を願おう…まだご存命であったらな」

 言うや否や、エルヴィーンは逃げ得とばかりに馬の腹に脚を当てると加速して行った。

 鬼神と呼ばれた元将軍のフロイデでも、さすがに予備の馬の手綱を握った状態では、追いかけることすらままならなかった。

「エル様~!」

 フロイデの恨めしい叫び声だけが、走り去るエルヴィーンの背を追う。


「これからの作戦行動で、ライオットは裏方に徹すること」

 モイラ達を送り出し、更に虚空こくうとなった洞窟内で打合せを行うライオット、ミューオン、魔王ダンゲルの3人。

「そうしないと英雄扱いになっちゃって、後々面倒な事になっちゃうよ」

 ミューオンがいつになく真剣に言う。

「それは困る。サラマンドラさんの住処の件もあるし、ダンジョンの管理もやりたいからね」

「でしょ、だから手柄は女神と人間族に丸投げするの!」

「ほほう、ミューも見かけによらず策士なんじゃな。ワシも似たような事を考えておったわ」

 ナニかと絡みたがる、2頭身魔王をジト目で見ながらライオットとミューオンは思った。

『コイツ絶対に何も考えてない』

「女神の激推し、聖少女タマムちゃんが最近マジ凄いのよ。完全ヒャクパー適合コンパチしちゃってるから、女神そのものと言っても過言じゃないのよ」

「タマムちゃんのお祈り、半端なかったもんね」

「そう、そこで今回それを最大限に活用するの。聖少女が認められれば、女神への信仰も激上がり。女神がパワーアップすれば、ミューの出世も確実。そして、ライオットはヘタに注目されずに済むって寸法よ。べらんめえ」

「なんか、さりげなく自分の事も入ってた気がするけどこれがウィンウィンってやつだね」

「そう、持ちつ持たれつなんだよ。ところで2頭身魔王、魔神器のゲートって新たな転移先って登録出来んの?」

「なんだ2頭身妖精、ゲートについて教えて欲しいのか。仕方がないのう、偉大な魔王ダンゲルがご教授してやろう」

 同じ2頭身コンビのくせして、ナニかと張り合うんだよなこの2人、とライオットは思った。

「ライオットが、行ったことがあるところなら簡単に登録出来るぞ。行ったことがないところは、詳しい位置まで絞り込んで地図スキルと連動させれば多分行けるだろう」

「よし、それじゃあオースタンの街とストラ王都、念のためインス村も登録しておきましょうかライオット」

 ライオットは頷くと、左手を翳してゲートを起動させる。

 サークルの中に入ると、表示される登録地に3箇所を追加した。

「まずは、オースタンの街に行きましょう」

 ライオットに続いて、ミューオンと魔王ダンゲルも浮かびつつサークルの中に入ると光が増幅して行く。


 オースタンの街に到着したライオットは、宿屋を確保するとベルゲン一行を追尾しているバードアイ(モザイク機能付き)の映像を確認する。

 ステラ王都に向かっているのは間違いない様で、この進行速度ならおそらく3日もあれば到着するであろう。

 バードアイを自動追尾にして、ライオットはオースタンのギルドへと向かうことにする。

 ミューオンに言わせると、これからのミッションに欠かせない人物がいるはずとの事だった。

 ちなみに2頭身コンビは、久し振りの宿屋での食事を存分に堪能していた。

 魔王も食事を摂るんだと、ライオットは要らぬ感心をしてしまった。


 オースタンギルドの特徴的な扉で、混雑具合を確認すると中に入る。

 ギルドマスターであるパレルモは、席を外しているようで定位置の受付は空席だ。

 おそらく、ミューオンの言っていた人物と話しているのだろう。

 Bランク冒険者に過ぎないライオットが入れる雰囲気ではないだろうが、なんとしてでも巻き込まないと今後の活動に支障が出てしまうので、多少強引な手段で行くことにした。

 隠密スキルを使って、2階のギルドマスター室まで忍び込むとコンコンとノックをする。

 中からパレルモの声で、

「誰だ?誰も2階に通すなと言っておいただろう」

と苛立った返事が返ってきた。

「ライオットです。ご依頼の調査について報告にあがりました」

「ライオットだと…調査の依頼?まあいいだろう、入って来い」

 中の人間がガタッと席を立つ音が聞こえたが、ライオットはお構い無しに扉を開けると、中へ滑り込んだ。

 ギルドマスター室内にはパレルモと、席を立った騎士風の女性の他に、剃髪した頭と立派な髭が特徴的な如何にも歴戦の戦士然とした老人が座っていた。

「お話し中、失礼致します。ご依頼の城塞都市についての調査に進展がありましたので、ご報告に参りました」

「ほう、ご苦労。報告の前に、こちらの方々を紹介しておこう」

「パレルモ殿、緊急事態なのです。なぜこの様な冒険者を部屋に入れたのです?」

 席を立った女騎士が怒りをあらわに、腰の剣に手を掛けて叫ぶ。

「まあ、私の顔に免じて許して下さい。ライオット…この方々は辺境騎士団長のエルヴィーン殿と元将軍のフロイデ殿だ。フロイデ殿とは私が王都騎士団にいた頃の知り合いなんだ」

「Bランク冒険者のライオットです。失礼をお詫び申し上げます」

「まあまあエル様、そんなに殺気だってはギルドマスターの協力も得られなくなってしまいますぞ」

 好好爺こうこうやな笑みを浮かべながらも、鋭い視線をライオットに向けつつフロイデがエルヴィーンの怒りを鎮める。

 ライオットは、獣人とはいえパレルモが昇級試験の際に見せた剣筋が場数を踏んだ戦士のものだったことに合点がいった。


「さて、報告とやらを聞かせてもらおうか。随分とストールの巻き方が様になってるじゃないか、カフラーダンジョンの砂漠エリアにでも潜っていたのか?」

「ええ、砂漠エリアでは必須なので…こちらを出てから街道沿いでアンデッドを結構見かけました。どうも魔封隊の仕業しわざだった様なので、痕跡を追っていたら城塞都市に辿り着いたんです」

 3種の魔神器の件や大地竜の事は話がややこしくなるし、言っても信じてもらえないだろうから臥せて都合よくでっち上げた。

「凄い偶然だな。こちらの御二人もその城塞都市から来られたんだよ」

 エルヴィーンがライオットを睨み付けると、

「ライオット殿はどこまでご存知なのか?」

 厳しい口調で問い質す。

「僕が城塞都市へ到着した時には、パニエルテ王と王子2人、そして王国近衛騎士団がデスモンスター5体に全滅させられていました。その後ベルゲンと魔封隊20名、囚われた第1王子は装甲馬車と騎馬を奪いストラ王都へと向かっています」

「ちょっと待ってくれ。ライオット殿、それはホントの話なのか?」

 自分達が、城塞都市を離れた後に起こった惨劇の詳細を聞かされたエルヴィーンとフロイデが驚愕の表情を浮かべる。

「はい、事実です。現在もスキルによる追尾を続行しています。それと殿は要りません」

「今のライオットの報告は、ちょうど御二人が隠れていた砦から出た後のタイミングの様だな」

 ギルドマスターであるパレルモが、事前に聞いていたのだろうエルヴィーンとフロイデの話と整合させた。

「そうなると、御二人から聞いていた元勇者のアンデッドモンスターはデスモンスターへと進化しているのか…」

「ええ、それと魔封隊のリーダーであるベルゲンですが魔導研究師と名乗っているようですが、実際は死霊魔術師・ネクロマンサーですね。鑑定してみてわかりました」

「問題は5体のデスモンスターだな。この御2人からは、インス村にいる聖少女に動いてもらいたいと聞いていたのだが、ライオットはどう思う」

「アンデッド系モンスターは、聖魔法が有効なので相性は良いと思います。ですがネクロマンサーに操られているモンスターは、基を断たなければ倒しても復活してしまいます」

「ネクロマンサーであるベルゲンの始末が、最優先事項になるという事か」

 パレルモがソファーの背凭せもたれに身体を預けて、情報を整理するためにアッシュグレイの瞳をつむると、

「その役目、我らに任せてくれないだろうか。両親と城塞都市の兵達の仇を取らせてもらいたい…そのために必死で駆けて来たのだ」

 エルヴィーンが、血を吐くような思いを吐露した。

「ですが、ベルゲンと魔封隊の20名を相手に御2人では厳しいでしょう?」

「そのための戦力をお借りできないだろうか?この通りだ」

 テーブルに額をぶつけんばかりにエルヴィーンが頭を下げる。

「うーん、一般の冒険者に依頼するのもな~。問題が複雑でややこし過ぎるな」

 パレルモが腕を組んで悩んでいると、

「辺境騎士団長のエルヴィーンさんと元将軍のフロイデさんがいるのなら、後は僕とパレルモさん、ロキとニッキー姉妹でイケるんじゃないですか」

 さらりと、ライオットが助け船を出した。

「確かにそのメンバーなら大事にしないで済むが…いいのかライオット?冒険者は対人戦の経験がほとんどないだろう」

「ダンジョンをいくつか巡って鍛えたので…多分大丈夫です。それに聖少女のタマムちゃんとは知り合いなので、ほっとく訳にはいきませんよ」

「まあ、一番状況を把握しているライオットを外す選択肢は最初からないんだが…すまんな恩に着る」

 パレルモに礼を言われたライオットが、どんな時でも見せたことのない恐れを抱いた表情を見せた。

 そのリアクションと自分をダシに使って部屋に乱入して来た罰で、後にパレルモからゲンコツを落とされるライオットであった。


 ミューオン曰く、救いに現れる聖なる存在にはおごそかなる輝きとオーラが必要なのだそうだ。

 ベルゲン達の動きから見て、まだ2~3日は余裕があると思ったライオットは、ミューオンから課せられた聖なる存在の演出をする事にした。

 ゲートで転移したのは魔王城の玉座。

「何でも言ってねとは言ったけど、来るの早いわね」

「今回は、モイラ様よりもソニーさんの力が借りたいんです」

「そう言われると、なんか悔しくなるのは何故なのかしら」

「お嬢さま、それが淑女のジェラシーって感情ですよ」

 魔族の姿に戻ったソーニエールが、魔紅茶を出しながら勝ち誇った様に言う。

「それで、この完璧メイドの自分に何をしろと…マナー講座でも開催致しましょうか」

「いえ、ソニーさんがそちら関係ではポンコツなのは重々承知しておりますので…」

 モイラが、玉座で必死に笑いを堪えている。

「お願いというのは、魔道具の装甲馬車を貸して欲しいのと、少々魔改造…いや聖改造を施したいのです」

「その話、詳しく」

 魔道具マニアのソーニエールが、ノリノリで力を貸してくれることになった。

 神聖な雰囲気について、魔族のソーニエールが嫌悪感を持つかと思ったが特にそういう事はないらしく、逆に乙女チックな装飾で盛り上がった。

 なぜかモイラもヤル気を見せて、2日掛かりで6頭の魔白馬によるスノーホワイトの装甲馬車を造り上げてしまった上に、御者に執事のアヌビスまで貸し出してくれるのめり込みだ。

 これなら、安全面においても申し分ない神聖馬車が出来たと3人でハイタッチをしたのだった。

 いそいそと出来立てホヤホヤの神聖馬車を収納すると、モイラとソーニエールにお礼を言ってライオットはオースタンの街へとゲートで向かう。

 冒険者ギルドでメンバーと合流し、インス村にいるタマムを迎えに行く予定である。

 魔神器に関しては、人間族の前で使うと魔王認定される恐れがあるから、絶対に使用禁止だとミューオンと魔王ダンゲルに厳命された。

 



 


 

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