第28話 王都決戦

 ライオットが王都への救援準備に奔走している頃、王都の正門にはベルゲン達が到着していた。

「王国魔封隊リーダーのベルゲンである。門を開けよ、もなくば押し通る。どちらでも結果は変わらないので我輩は構わん、一応言っておくと第1王子の身柄はこちらが抑えている」

 思い出した様にベルゲンが付け加える。

「伝え忘れた、我輩は研究以外の事には気が短い。貴族どものノンビリ感覚は我慢ならんので、返事は急いだ方が身のためだと忠告しておく」

 ベルゲンの隣で、鉄壁の守りを誇るデスタンクが漆黒の巨大な盾を地面に突き刺し威圧した。

 10分という異例の早さで正門の扉が開くと、銀色の甲冑を身に付け騎士団の紋章が入った赤いケープを纏った騎士が5人、騎馬と共にゆっくりと進み出る。

「少しは、自分達の置かれた立場を理解出来たのか?因みに、この装甲馬車や騎馬の前の持ち主が誰かはわかっているな」

「ベルゲン…殿。そちらの要求を聞きに来た」

「王都騎士団長自ら御用聞きとは、随分と王都も人材不足になったんだな」

「貴様、どの口でその様な世迷い言を言う!」

「やれ」

 ベルゲンが、隣に控えていたデスタンクに顎をしゃくると、デスタンクが振りかぶった巨大な盾が王都騎士団長の身体を城内へと弾き飛ばした。

 城壁の高さを越えて、城内の石畳へと打ち付けられた騎士団長の身体は手足が千切れて四散する。

「さて、次は誰が御用聞きをする?口は災いの元らしいからな、注意した方がいいと我輩は思うぞ」

 残った騎士の1人が、仲間に押し出される様に前に出るが腰が完全に引けていた。

「王族の生き残りと宮廷貴族どもを拝謁の間に集めろ…すぐにだぞ。我々はこのまま王都に入るが、死んでもいいなら攻撃しても構わん」

 騎士達は慌てて騎馬を反転させると、正門に向けて疾走する。

 ベルゲン達はその後に続いて、ゆっくりと王都へ入っていくがもう誰も止める者はいなかった。

 正門を入ってすぐの石畳には、騎士団長の死骸が散乱していて、周りには怯えきった衛兵達が棒立ちで見守っている。

 凱旋行進の様に、ゆっくりと進むデスモンスター達に王都民は怯えた眼を向けるが何も出来ない。

 魔封隊の者達が、屋台の食料を略奪しても誰も咎める者はいなかった。

 ベルゲン達一行が王宮への門をくぐると、街中から心底ホッとしたため息が溢れ出る。

 

 指定された拝謁の間では、80名程の急遽集められた王都の貴族達が騒ぎ立てていた。

 中には室内着のままの者もいて、貴族の尊厳をいたく傷付けられた憤りの声があちこちに蔓延している。

 だがそんな怨嗟の声も、デスモンスター達を先頭に入室して来たベルゲンを見ると鳴りを潜めた。

 上座に陣取る王妃・王女・軍務卿・内務卿・外務卿からの懐疑的な眼差しを浴びると、ベルゲンは捕獲していた第1王子の襟首を掴んで前方へ差し出す。

「城塞都市で何があったか言え」

 ベルゲンから端的に命ぜられた第1王子は、上座へすがる様な眼を向けると、

「城塞都市は、辺境伯を筆頭に病原体による疫病で壊滅した。親父…パニエルテ王と弟達、近衛騎士団はそこのデスモンスター達に惨殺された」

 聞き取るのが難しい程の怯えた声で、目撃した惨劇の結果を報告した。

「良し、上出来だ!馬車の中で練習した甲斐があったな」

 第1王子の掠れるような声に対して、機嫌の良さそうなベルゲンの声が拝謁の間に集う貴族達に投げ掛けられる。

「どういうつもりだベルゲン。魔封隊の暴挙はすでに調査で明らかだ。騎士達よ、その者達を捕らえよ」

 上段に座する内務卿が、精一杯の虚勢を放つが騎士団長の末路を知って動ける騎士など存在しない。

「そもそも、病原体を隔離して殲滅する行為に清廉さなどあるはずがなかろう。そんな単純作業など我輩は元々興味がないのだよ」

「ではなぜ、病原体に侵されていない村まで殲滅したのだ?」

「そんなのは、より強いアンデッドを造り出す死霊魔術研究のために決まっているだろう。そして、この5体のデスモンスター達が研究の集大成なのだよ」

 自らの研究成果を誇るように、ベルゲンは両手を広げると恍惚の表情を浮かべた。

「死霊魔術を使うなど貴様…ネクロマンサーなのだな。それだけで禁断の魔術師として処断出来る…調子に乗って自ら墓穴を掘ったな」

「面白い事を言うな内務卿、そのネクロマンサーが支配する国において、そんな法が適用される訳がなかろう」

 魔封隊のメンバーが、拍手でベルゲンの事を称える。

 それを手で制したベルゲンは、

「そう言えば魔封隊を勇者に同行させ、どさくさ紛れに始末する作戦は内務卿の発案だったそうだな。貴公の暴挙もなかなかなものだろう…よってこの後の公開処刑は、貴公とその一族から始めると宣言しよう。墓穴を掘ったのは貴公の方だった様だな」

 ベルゲンが合図をすると、オッサンの捕縛かよと不満げな表情…漆黒の鎧兜なので表情など読み取れないのだが…のデスメイジが上座にいた重鎮達を魔法で抑え込んだ。

 こいつ、デスモンスターになっても自我をまだ残しているのかとベルゲンはある意味、研究対象として興味をそそられた。

 拝謁の間にいた貴族達が恐慌に陥るが、デスモンスター達の暴力的な威圧によって沈黙させられる。

 ベルゲンは拡声の魔道具を作動させると、王都全体に公開処刑を1時間後に始めると宣言した。


 王宮前の広場には、公開処刑のためのステージが設けられ1万人程の王都民が集められている。

 正門に続くメインストリートには、デスタンクが陣取って睨みを効かし、残りの2方向をデスランサーとデスメイジが抑えている。

 デスアーチャーは、広場の真上を旋回飛行して警戒にあたっている。

 定刻になると、王宮のバルコニーにベルゲンと第1王子、そしてデスナイトが姿を現した。

 公開処刑のステージには内務卿とその一族、そして王族と貴族達が魔封隊のメンバーによって捕縛され並んでいる。

「この瞬間から、ステラ王国は新たな国として生まれ変わるのだ。腐敗した王族と貴族達に鉄槌を与えよ!」

 ベルゲンが声を発し手を大きく振りかぶると、隣に立つ第1王子の首がデスナイトの一閃で広場へと飛んで行く。

 呆気にとられた民衆が棒立ちになるなか、デスナイトが咆哮するとステージへと飛来して内務卿の首を巨大な刀で切り飛ばした。

 我に帰った民衆が逃げようとするが、周りを取り囲んでいるデスモンスター達が、動いた者は殺すと威圧する。

 ステージ上ではデスナイトによる、容赦ない殺戮ショーが開幕していた。

 それをバルコニーに座り、ワインを飲みながら愉しそうに眺めるベルゲン…その油断する瞬間をライオット達はひたすら待ち続けていた。


 オースタンの街に戻ったライオットは、ギルドマスターのパレルモや城塞都市のエルヴィーンとフロイデ、そして依頼を引き受けてくれた冒険者仲間のロキとニッキーと合流すると、馬を駆ってインス村へと向かった。

 聖少女として女神に推されているタマムには、すでに御神託として自らのやるべき事が伝わっていて、準備を整えて母親と一緒に待っていた。

 さすがにライオットが、収納から取り出した神聖馬車に対しては、目を見張ってその荘厳さに驚く。

 獣人のパレルモが、御者台に座るアヌビスの犬耳と端正な顔立ちを見て、ライオットに紹介しろとマジ顔で迫ったのはご愛嬌。

 その後、準備を整えたライオット達は神聖馬車と騎馬で王都を目指し、今まで祈りによる回復魔法のみだったタマムは、女神から授かったという魔法を射手席から練習で放つ。

 神聖馬車に射手席は似つかわしくないという考えもあったが、ダンジョンでとても有用だったのとタマムの姿を衆目に出す必要があったので採用したのだが早速役に立った。

 王都の正門に近付いた段階で、スキルを発動させると神聖馬車とメンバーの存在を隠蔽する。

 エルヴィーンとフロイデは、そのまま王宮内へと忍び込みバルコニーにいるベルゲンとデスナイトの後方で待機。

 パレルモがステージの近くで待機すると、ロキとニッキーはフォローに付く。

 神聖馬車は、民衆を威嚇するデスタンクの背後に着くと射手席にはタマムが立ち、母親は馬車内で待機する。

 ライオットは、御者台に座るアヌビスの隣で隠蔽スキルの解除タイミングを探っていた。

 神経質で慎重なベルゲンは、必ず1体はデスモンスターを自分の側に残している。

 それは襲撃を受けた際に、自分で魔法障壁を張りつつデスモンスターに抱えさせて空へ逃げるためと推測出来た。

 そのため、デスモンスターがベルゲンの側に1体もいなくなるタイミングを待つ必要があり、大勢の民衆の見張りと処刑執行で手が足りなくなる時が必ず来るとライオットは読んでいた。

 そして今まさに、そのタイミングが来たのである。

 ライオットは、隠蔽スキルを解除してフルアタックの合図とした。

 

 突然、広場に現れた荘厳な神聖馬車に衆目が集まる中で射手席からタマムが、

「ホーリーランス!」

と神聖攻撃魔法を放つ。

 両手を広げたタマムの背中に純白の羽根が生えると、そこから5本の聖なる槍がデスモンスター達に狙いを定めて向かう。

 デスモンスター達の巨躯を貫いた純白の槍は、そのまま地面を貫通し動きを阻害する。

 最もダメージが大きそうなのは、空中で警戒を行っていたデスアーチャーで、槍に貫かれたまま地面に叩き付けられていた。

 パレルモは、ステージ上にいた魔封隊のメンバーを片っ端から峰打ちで叩きのめして行く。

 実力差がありすぎるので本気で殺す気にもならないらしく、フォローのロキとニッキーが後ろから紐で縛り上げた。

 バルコニーで優越感に浸っていたベルゲンは、突然の侵入者に驚いたがデスモンスター達を抑え込んでいる聖なる槍を排除しようと動く。

 その隙に乗じて、エルヴィーンとフロイデが剣を振りかざして間合いを詰めた。

 得意の魔術攻撃に必要な距離を失ったベルゲンは、腰に差したサーベルを抜き放って応戦する。

 その剣術の腕前は、とても魔術師とは思えない鍛え抜かれたものであった。

「ふふ、距離さえ詰めれば勝てるとでも思ったのかな。死霊魔術師を舐めて貰っては困るな、死者から剣技などを奪うのは造作のない事なのだよ」

 追い詰められた状況にも関わらず、余裕の笑みを浮かべながら話す。

「ぬかせ!所詮は死人からかすめ取った邪流剣じゃろうが」

 元将軍であり、数多あまたの戦場で剣を振るったフロイデがおとしめると、

「おいおい、そんなことを言って良いのか。我輩の剣には、武勇の誉れ高き辺境伯殿の剣術も取り込んでいるのだぞ」

 城塞都市で自害した辺境伯を持ち出し、エルヴィーンの怒りをあおった。

「ふざけるな!お父様を殺しても尚、辱しめるか」

 エルヴィーンが、怒気を纏った事により師匠フロイデとの絶妙な連携が崩れ始める。

「実戦経験の少ない小娘を手玉に取るなど容易いわ」

 綻びを見せ始めた師弟のコンビネーションの乱れを突いて、ベルゲンが猛攻を仕掛けた。


 聖少女タマムが、ホーリーランスでデスモンスター達を抑えている神聖馬車でミューオンが慌てている。

『ヤバイよ、ヤバイよライオット。ベルゲンの制圧に時間かかり過ぎちゃって、そろそろタマムの聖魔法が限界だよ』

『魔力の補充でなんとかならないの?』

『聖女の魔法は基本となるエネルギーが違うんだよ!魔素じゃなくて女神のパワーそのものを借り受けて行使してるのさ』

『女神のパワーって?』

『祈り!信仰心の質と数だよ』

『あ、それなら多分大丈夫』

『簡単に言うね』

『まあね、あてがあるから』

 ライオットは御者台から馬車内にいたタマムの母親に向かって、

「お願いします」

とだけ伝えた。

 タマムの母親は神聖馬車から降りると、聖なる槍によって動きを阻害されているデスタンクの前に跪くと、射手席で真っ青になりながらも魔法を行使している娘に向かって祈りを捧げる。

 デスタンクは聖なる槍の拘束力が落ちているらしく、巨躯を揺らして振りほどこうと躍起になっていた。

 その迫力と威圧は凄まじく周りの民衆は怯えて後ずさっていたが、そんな恐ろしい魔物を目の前にしても怯むことなく祈るタマムの母親の姿に目を奪われ始めている。

 ライオットが神聖馬車に取り付けておいた、発光スイッチを入れると6頭の魔道馬を含めた馬車全体が神々しい光に包まれた。

 その荘厳な威光を目にした民衆は、1人また1人と祈りを捧げるタマムの母親の後方で膝を付く。

『いいねいいね、女神パワー復活して来たよ』

 ミューオンが嬉しそうに飛び回る。

『そろそろベルゲンの方も決着つけたいな…ダンゲルさんダンゲルさん、いらっしゃったらトットと出て来て下さいな』

『なんだ?ワシ忙しいんだがな』

『あ、そう。魔王ダンゲル様の魔極意アーツをちょこっと伝授していただけたらと思ったんだけど、忙しいんじゃ悪かったね』

『え!マジで。イヤ忙しいのは山々なんだけど、他ならぬライオットの頼みなら聞いちゃってもいいよ』

『ツンデレ親父か!それじゃあ、死霊魔術師ベルゲンと戦ってるエルヴィーンに伝授してあげて、魔王ってバレちゃダメだよ』

『どうやればいいんだ?』

『そうだな~、剣の達人っぽい感じでいいんじゃない』

『ずいぶんアバウトなんだな…』

『それじゃあ、頼んだよ』

 ライオットは魔王ダンゲルとの念話を強引に切ると、テイヒュルやアヌビス、大地竜サラマンドラを従魔にしたことにより鍛え抜かれた従属スキルを発動させる。


 フロイデは焦っていた、師匠として騎士団長になるまで鍛えたエルヴィーンがベルゲンの術中へと嵌まってしまったからである。

 剣術や、騎士団としての集団での闘い方は充分に教えてきたつもりだったが、実際の戦闘における心の在り方等は実戦でしか学ぶことの出来ない事が多い。

 だが、他国との戦争がなくなった平和な時代に、攻撃よりも守備に比重をおいた軍隊教練に移行するのは致し方ない事であり、エルヴィーンが怠けていたとかフロイデの教え方が間違っていたとかの話ではない。

(ないのだが…実際これはマズい。マズ過ぎるぞ)

 フロイデが声に出さずに焦燥する。

 なにしろエルヴィーンが突っ込み過ぎる。

 今まで教えた事をかなぐり捨ててしまい、子供の頃のチャンバラ並みになってしまっているのだ。

 親を侮辱されると、我を忘れる感情の起伏など事前に何とかできるものではない。

 そして連携が取れていないエルヴィーンの剣術など、数多あまたの剣術を死霊魔術師として取り込んできたベルゲンにとっては赤子の手を捻るよりも易しい事だろう。

 現状でもフロイデが死角に追い込まれ、エルヴィーンの雑な動きでベルゲンの動きを把握出来なくさせられている。

 心配していた矢先、勢いに任せたエルヴィーンの剣がいなされて無防備な首筋をベルゲンに晒してしまった。

『エル様が斬られる!弟子はもう殺させん』

 咄嗟に、エルヴィーンを身体ごと弾き出したフロイデがベルゲンの凶刃の前に立つと、その湾曲した刃が肩筋に入り込んだ。

「ぐふっ!」

 さすがは歴戦の元将軍だけあり、致命傷は免れたが片腕の自由が効かなくなった。

「ふふ、海老で鯛を釣るでしたか。未熟者をあおるだけで、鬼神と呼ばれた元将軍を戦闘不能におとしいれる事が出来ましたね。これだから命のやり取りは面白い」

「貴様のは、弱者をいたぶるだけの悪行だろうが」

「いえいえ、そんなのより強者の羽根をもぎ取って命乞いさせる方が何倍も楽しいんですよ。元将軍様ならご存知でしょう?勝負が決まってからの掃討戦の楽しみを」

「人殺しを楽しむ変態め」

「個人で行えば犯罪も、国家が行えば英雄なのですよ。そして我輩は、これから国家そのものになる。この意味わかりますよね?ゾクゾクしますでしょう」

 フロイデは斬られた肩口を押さえながら、ぼうっとした眼をするエルヴィーンを睨めつける。

 エルヴィーンが冷静沈着にならなければ、親の仇を討つどころかこの場で2人とも打ち果てる事になるという想いを込めて。

 だがエルヴィーンの心は、闘いから解離してしまっていた。

 自分の稚拙な闘いで、師匠であるじい様を傷付けてしまった事に、己の心の未熟さを思い知らされたのである。

 エルヴィーンの刀を持つ手の力が抜けて行く。


『だらしがないのう!このくらいで心が折れるか。諦めずに強くなりたいとは望まんのか?』

 突然、頭の中に響いてきたダミ声にエルヴィーンは驚いて刀を握り直してしまった。

『誰ですか?あなた』

『まお…ま…まことの剣聖さんとでも呼んでもらおうか』

『剣聖さん?』

『そうじゃ、オヌシ…このベルゲンとか言うふざけた死霊魔術師に勝ちたいのではないか?』

『勝ちたい!親の仇を討ちたい』

『で、あるか。ならば一度己を捨てよ』

『己を捨てるのですか?』

『そうじゃ、命のやり取りの際には自分の欲や願望を捨てよ。無となりワシの魔極意アーツを感じよ。されば道は開かれよう』

『わかりました。やってみます』


 フロイデは満身創痍で闘っていた。

 だが、覚悟の決まった心は晴れ渡る青空の様に澄んでいる。

 この老人の命を捨てて、相討ちに持って行ければ勝ちだと思ったら、心が軽くなり弟子のために死ねるチャンスを与えられた事に感謝していた。

「いい加減、しぶとい死に損ないですね。遊びは終わりにして、そろそろデスモンスター達を迎えに広場へ行かねばなりません」

 ベルゲンの纏う雰囲気が変わったと、フロイデが感じた時に突然、異常なオーラが横からほとばしって来た。

 今まで感じた事のない重厚なオーラはエルヴィーンからである。

 持っていた刀を鞘に収め、両足を大きく開いた姿勢で構えているが、その瞳は何も見ていない。

 虚無の視線を前方に向けているだけであり、そこには怒りや恐れだけでなく殺気すらも感じられない。

「小娘、なんだ、その剣術は!」

 何も感じ取れない構えに恐れをなしたベルゲンが、サーベルを袈裟懸けに振り下ろす。

 フロイデが長年の経験で感じ取ったのは、『半歩足りぬ』だった。

 確かにエルヴィーンの纏うオーラは凄いものがあるが、まだ自分のものに出来ていない…その差が『半歩足りぬ』であり、エルヴィーンの身体が2つに切り裂かれる未来がフロイデには見える。

 刹那、ベルゲンの動きが一瞬ぶれた。

 それは、歴戦の勇者であるフロイデにしても眼の錯覚としか感じられないものであったが、半歩の差を埋めるには充分な時間であった。

 なんの前触れもなくエルヴィーンの剣が鞘から抜かれ、ベルゲンの振り下ろすサーベルごと身体を両断する。

 まるで何事もなかったの様にエルヴィーンは剣を鞘に収めるが、その落ち着いた所作はフロイデが今まで見た事のないエルヴィーンであった。

 今ここに、エルヴィーンの敵討ちは成ったのである。




 

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