第29話 ホーリーガーディアン

 ベルゲンが討たれた事により、デスモンスター達の従属が解かれ王都の広場には威圧のない空間が戻ってきた。

 突然の恐怖からまだ立ち直れない人々がいるなかで、エルヴィーンに支えられながらフロイデが姿を現すと小さなざわめきが立ち始める。

「将軍様じゃないか?」

「確かに、鬼神と言われたフロイデ様だ」

「城塞都市は全滅したと聞いていたがご無事だったのか」

「いや、ご無事には見えんだろう」

「かなりの傷を負われたようだ」

「おいたわしや」

 祈りを捧げている者もいるなか、エルヴィーンとフロイデが神聖馬車まで来ると、射手席から降りて来たタマムがお辞儀をする。

「お怪我をなされています。治療をしてもよろしいですか?」

 聖少女と言われているタマムであっても、貴族であるフロイデに平民が許可なく治療を施すことは、不敬となってしまう。

「おお、タマム殿…ご無事でなによりじゃ。老いた身で少々無茶をしてしまった。治していたたげるとありがたい」

「わかりました。では女神様の恩寵をお授け致します」

 そう言うとタマムは、フロイデの肩口の刀傷に手をかざす。

 タマムの小さな手に、神聖な淡い光が灯るとみるみるうちに傷が塞がっていった。

 その奇跡の行いを目にして、フロイデとエルヴィーンが膝を付いて祈りを捧げる。

 なんちゃって聖女ばかりを見させられて、信仰心を失っていた1万の王都民も本物の奇跡を目の当たりにして、自然に自ら膝を着き祈りを捧げ始めた。

 広場に集まった民衆や騎士、衛兵がタマムに対して全員、心からの祈りを捧げたのである。

 なぜかその中に、聖なる純白のフルアーマーを纏い背中に天使の羽根を生やした者達がいた。


『イヤ~女神パワー、ヒャクパー復活だよ!いい仕事したねライオット。ところで、あそこでひざまずいてる5体の白いモンスター達はなんなのかな?なんかやらかしたのかい』

 妖精のミューオンが喜びながら、器用に疑惑のジト眼を向ける。

『やらかしてなんかないですよ!デスモンスター達が聖なる槍で拘束されて弱体化してたんで、負のオーラをベルゲンに逆流させたんですよ』

 ライオットが応えると、

『それで死霊魔術師ベルゲンの動きが一瞬ぶれたのか、アレがなかったらワシの魔極意アーツでも届かぬところであったぞ!ライオットに感謝だな』

 剣聖さんとして、エルヴィーンに力を貸していた魔王ダンゲルが横槍を入れた。

『だいたい、なんで重量のある両刃剣で抜刀術なんですか?おかしいでしょう』

 ギリギリの判断をさせられたライオットが文句を言うが、

『あれこそ、ワシの魔極意アーツの極意【明鏡止水】だ!カッコいいだろう』

 自慢気に、その場で思い付いたアーツの名前を公表する魔王ダンゲルであった。

『駄目だ!この2頭身魔王…人の話既読スルーだわ』

 嘆きながら言うライオットの顔を短い両手で挟むと、

『あんたもだわ!負のオーラを逆流させただけで、デスモンスターが聖なる鎧を纏うはずがないでしょ』

 ミューオンが、しらばっくれるなとばかりに問い質す。

『ああ、それならベルゲンの従属から外れたデスモンスター達が聖女様に仕えさせて欲しいと言って来たので、従魔契約を結んでおきました』

『やっぱりか~、やらかしとるやん』

『イヤだって散々、聖なる槍の女神パワーに晒されちゃってたし、元勇者仲間としてはこのまま消滅するというのも可哀想だなって…』

『同情?哀れみ』

 2頭身のミューオンが、人間族の思考はよくわからんといった感じの顔で両手をライオットの頬から外す。

『ちょっと違うかも…僕そんなに優しくないしね。もったいないからかな?だって城塞都市の人達が大勢、犠牲になって彼らは進化したんだよ。それなら役に立ってもらわないと、もったいないじゃない』

『確かに、戦力としては申し分ないけどね』

『でしょ!だから従魔契約の時にタマムちゃんも《ライオット兄様が大丈夫って言うなら信じる》って言ってくれたし、《女神様からも赦しが出た》って言ってたよ』

『みんな、もったいない派ですか』

『そういうことになるかな…ごめんね外堀埋めちゃって』

『いいよ…ミューだってもったいない派だし。彼らには、ちゃんと新しい御主人に挨拶させないとだね』

 そう言うと、ミューオンは離れた。


 聖なる守護者・ホーリーガーディアンと名付けられた元勇者達が聖女タマムに騎士の礼を取り、

「ホーリーナイトとなったグレンです」

「ホーリーランサーとなりましたセルリアンです」

「ホーリーアーチャーの美少女モスだよ」

「ホーリータンクのオウドだ」

「ホーリーメイジとなったソープです。お見知りおきを…」

と各々が名乗ると、最後に5人が全員揃えて言う。

「我らの魂を献じます…我らが祈りの聖女様」

「よろしくお願いしますね」

 タマムが彼らの騎士の誓いを受け取ると、悦びを噛み締めるかの様に更に深く頭を下げた。

「ライオット殿…聖女タマム様は、凄まじい戦力を手に入れられたな。ところで、彼らはデスモンスターの時は喋れなかった様なのだが、今は随分流暢に喋れるな」

 ライオットの隣に傷の癒えたフロイデが立つと、質問を投げ掛けた。

「僕も原因はわかりませんが、聖なる力を取り込んだ際に自我が再構築されたのではないでしょうか。それと彼ら自身が、聖女タマムとの会話を強く望んだ結果とも考えられますね」

「なるほど…それも聖女様の奇跡の1つかも知れんな。この年齢としになって、驚かされる事ばかりで困惑しとるわい」

 フロイデは、自慢の顎髭を撫でつつ眼を細めた。

「困惑ついでに聞くんじゃが、エル様が剣聖さんとやらに稽古をつけて貰ったそうなんじゃが、どこぞの方か心当たりはないかの?」

「剣聖さん…ですか?心当たりはありませんが、そのうちまたひょっこりと表れるかもしれませんね」

「そうか、それなら良いのじゃ。魔極意アーツを極めると、うるさくて敵わんのじゃよ」

 フロイデの好好爺こうこうやとした顔を見つつ、

「今回、ステラ王国は多くの者を失いましたが再興は可能でしょうか?」

とライオットが問う。

「なんとかなるじゃろ…黎明期に比べれば全然マシだしの。それに国の支えとなる方が現れたのじゃ、今度こそ民が健やかに暮らせる国を作ってみせるわ」

 そう言うとフロイデは、民衆とホーリーガーディアンに囲まれて慈愛の笑みを浮かべる聖女タマムを愛おしげに見つめるのだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る