第23話 加齢臭オーラ

 デザートスパイダーとサンドスネークドラゴンを倒した後は、魔物の襲撃もなくなり休憩を取りつつ馬車を進める事が出来た。

 小規模の砂嵐を抜けると、眼の前に突然巨大な四角錐の建造物が姿を現す。

 高さはゆうに100mを超えるピラミッドである。

 馬車を降りて【チャリオット】のメンバーがピラミッドの前に並ぶと、石同士が擦れる音と共に四角錐の一部分が横に開く。

 開いた石の扉の中に入ると、ピラミッドの上部の石が動いて太陽の光が内部を照らし出す。

 四角錐の建造物の内側はがらんとした空間が広がり、底辺となる正方形のど真ん中に石棺のみが安置されている。

 四方から入る太陽の光が石棺に集中すると、開いていた石の扉が閉まった。

 それと同じくして、石棺の蓋が横に動き始める。

 重い石の蓋が砂の上にドスンと落ちると、棺の縁に布で巻かれた手が現れた。

 棺の中から立ち上がったのは、全身を布で巻かれたミイラである。

 それを見たモイラが、

「え~、階層ボスがミイラなの?砂漠エリアってミミズやらサソリやら蜘蛛やら蛇やらでモフモフが全然ないじゃないの!よくて砂漠の狐ぐらい…でも弱いからペットにもならないわ」

と言うと、ミイラに向かってファイヤーバードを躊躇なく放つ。

 ミイラに巻かれていた布は乾燥していたのか、あっという間に炎に包まれると焼失した。

「えっ?ファイヤーバードが消えた!」

 モイラが驚愕の声を上げたのは、棺の中に立っていたミイラが金狼犬の首に漆黒の鍛え抜かれた人型の魔物へと変貌すると、ファイヤーバードを打ち消してしまったからである。

「あれはアヌビスです。ミイラ造りや死者の扱いが得意で、冥界の主とも言われる魔物です。魔法属性が高いので、モイラ様とは相性悪いかもです」

「でもあれワンコだよね」

 モイラが、瞳を爛々と輝かせて言う。

(ライオットが、鑑定スキルで魔物の名前と特性を教えてくれたけど、アヌビスちゃんて言うのね。ミイラかと思ってガッカリしていたけど、ワンコの首を持った筋骨隆々の魔物じゃない。きっとカッコいい黒ワンコよ、絶対手懐けてみせるわ)

 心の中で意を決すると、モイラは片手に紅杖を握りしめて相対する位置へと歩み出る。

 魔法使い同士の闘いは魔法の威力差があれば即座に勝負が着くが、威力差と属性に隔たった差異がないと長期戦へともつれ込む…相手の魔力を削る知略を用いた心理戦となるからである。

 要は、先に魔力を切らした方の負けという事だ。


 モイラとアヌビスはお互いに結界を張ると、魔法攻撃を繰り出す。

 攻撃力と防御力、どちらの方が勝っているかの小手調べとなる。

 アヌビスの持つ漆黒の片手剣には、身体に纏っている衣服と同じ様に黄金で装飾が施されていて柄には真っ赤な魔石が嵌め込まれている。

 モイラの紅杖と同じく、魔法の発動を制御・サポートする役割を担っているようだ。

 四角錐の内部の空間で、魔法と魔法がぶつかり合い打ち消す様はさながらミサイルの迎撃戦である。

 如何に魔法効率を上げて魔力消費を抑えるかが大事な消耗戦であるが、アヌビスにはそういった配慮は全く感じず、最大魔力で撃ちまくってる様にしか見えない。

 当然そんなことをすれば、あっという間に魔力切れになるはずだがそんな兆候は見られずアヌビスは平然としている。

 隅っこに退避して、ソーニエールとテイヒュルと一緒に魔法戦を見ていたライオットは、

(アヌビスも凄いが、最大魔力でぶっ放される魔法を瞬時に解析すると、相対する属性魔法で打ち消して魔力消費を抑えているモイラ様の頭脳と魔法技術はもっと凄いな)

と、思っていた。

(だが、いくらモイラ様の魔法技術が優れていても相手の魔力が底無しでは勝てないな…底無し?底無しの魔力なんてあり得ないよね)

 ライオットはある考えに行き着くと、

『ミュー、魔力の流れってスキルで見れないのかな?』

と肩に乗って、たまや~かぎや~と呑気な掛け声を上げているミューオンに尋ねる。

『ん?魔視スキルを発動すれば、魔力の流れを視れる様になるよ』

『ありがと、ところでその掛け声はなんなの?』

『知らない』

『知らんのかい!』

 ライオットは魔視スキルを発動させると、ピラミッド内部の魔素の動きを視感してみた。

 魔法のぶつかり合いで魔素は激しく乱れているが、魔力の吸収に関してはモイラの方が遥かに勝っている。

 だが体内に残されている魔力はアヌビスの方が遥かに多く、これだけの撃ち合いをしているのにほぼ満タンの状態だ。

 ここから導き出されるのは、アヌビスが別ルートから魔力を引っ張って来ていると言う結論だ。

(やっぱり…棺から出て来ないのは理由があったんだね)

 魔視スキルを地中にまで拡げると、地脈を伝わって石棺に高い濃度の魔素が流れ込んでいる様子が確認出来た。

『モイラ様ソニーさん、アヌビスの魔力が、石棺の底から供給されてるのを確認しました。石棺を破壊すれば供給は断てるのですが、高い濃度の魔素がピラミッド内に充満する可能性が大きいです』

 ライオットが、念話で【チャリオット】のメンバーに魔視スキルの結果を伝えると、

『それってどれくらいヤバいレベルなのかしら?』

と、魔法を撃ち合いつつモイラが振り向いて応えたが、かなり魔力を消費して辛そうな表情だ。

『人間族なら軽く死ねるレベルです』

『そう…ライオットは平気なの?』

『僕は耐性スキルがあるので大丈夫です』

『それもある意味ヤバいわね』

 苦しそうな表情のモイラが苦笑いしつつ応えると、

『ソニー、その状態でワタシが本気出したら擬装は維持できる?』

『お嬢さま、それは…ムリッす』

『そう…仕方ないわね。ライオット、少し驚かす事になるけど石棺の破壊をお願いしてもいいかしら?』

『…僕は何で驚くんでしょうか?』

『今はナイショ…』

『わお!それじゃ石棺、どかしますね』

 ライオットが漆黒の鞭を石棺に向けて大きく振り、魔石と同じ様に巻き付かせると手元に手繰り寄せた。

 石棺の中で立っていたアヌビスは、不意を突かれて頭からひっくり返ると、モイラの魔法攻撃を喰らって結界ごと反対側へ飛ばされる。

 石棺のあった場所には穴が開いており、そこから滅紫めっしの魔素が吹き出て来た。

 あっという間に、ピラミッドの四角錐の内部が滅紫の魔素で充満すると、飛ばされたアヌビスの金狼犬の口が死者復活の呪文を唱える。

 すると砂の地面から、ミイラの処置が施されたアンデッドが複数浮かび上がって来た。

 アヌビスに倒された冒険者達の成れの果てである。


 モイラは滅紫の魔素の中でうずくまり、小刻みに震えている。

「モイラ様、大丈夫ですか?」

 ライオットが、高い濃度の魔素に侵されて瞳を閉じるモイラを心配して声を掛けると、

「あ~!やっぱり高濃度の魔素って気持ちいいわね~」

 気持ち良さげな声を上げると、擬装が解けて本来の魔族の姿となったモイラがゆっくりと立ち上がる。

 真っ赤な髪に赤い瞳、そして側頭部に2本の角が生えており1本は途中で切断されている。

 足下まである複雑な模様が施された漆黒のローブを身に纏い、胸元には深紅の魔石が嵌め込まれたネックレスが見てとれた。

『ほ~ら、やっぱり魔族だったじゃん!』

 どや顔のミューオンが短い手と足を組んで、ふんぞり返っている。

 ライオットは、魔族の姿となったモイラを見て別な意味で衝撃を受けたため、開いた口が塞がらない。

「これだけ高濃度の魔素があれば、いくらでも最大魔力の魔法が撃てるわね。ちまちまと省エネ魔法ばかり撃ってたからストレス溜まりまくりよ!」

 モイラは、近付いてくるミイラのアンデッド達を視界に収めると、

「こんな雑魚モンスターをいくら召集しても魔力の無駄遣いよ」

 言うと同時に、闇魔法で絡めとって地中へと引きずり込んでしまった。

 アヌビスが憤怒の雄叫びを上げると、先程と同じ様に最大魔力の攻撃魔法を多数放つ。

 だが魔法使い同士の闘いは、魔法の威力差が歴然としていれば即座に決着がついてしまうのである。

 魔力量を制限する必要のないモイラにとって、階層ボスのアヌビスなど相手にもならない。 

 さっきまでは、ミサイル迎撃戦の様相で相殺し合っていた攻撃魔法はモイラの魔法の一方的な蹂躙へと変貌していた。

 結界を破壊され、ボコボコにいたぶられたアヌビスはひざまずくと両手を伸ばし上半身を地面に着け、服従のポーズを取る。

 それを見たモイラは、

「この子ってワンコの姿になれるのかしら?なれるんだったらテイヒュルの時と同じ様に従魔契約を結びたいんだけど…聞いてみてくれる?」

と、口を開けたままだったライオットに問いかけた。

 ライオットは慌てて口を閉じると、言語・翻訳・対話スキルを連動させて服従姿勢のアヌビスに確認を取る。

 すると、黒い靄に包まれたアヌビスが犬の姿へと変身した。

 漆黒の毛色をしたファラオハウンドで、瞳や大きくピンと立った耳の内側など所々に黄金色が配されていて、金狼犬の首を持つアヌビスの特徴を残している。

「やっぱりね~、筋骨隆々だったからスタイルいいなと思っていたのよ。短毛で引き締まった細身ボディのカッコいいワンちゃんね」

 モイラに首をわちゃわちゃされると、気持ち良さげに瞳を細めるアヌビスであった。

 相思相愛が見てとれたので、従属・連携・置換スキルを連動させるとライオットは、モイラとアヌビスの従魔契約を結ぶ。

 階層ボスの討伐が認められ、ピラミッドの扉が開き始めたので漆黒の鞭を振るって石棺を元の場所に戻す。

 ずれ落ちていた蓋も鞭を使って石棺の上に載せると、溢れ出していた高濃度の魔素の流出が止まった。


(あちゃ~、お嬢さまやっちまいましたね。魔族だって思いっきりバレちゃいましたよ。ライオット氏とは出来れば闘いたくないですね)

 ソーニエールが、あらゆる可能性と対応策を脳内会議しまくっているとライオットがモイラの前に立ち、欠けた角を指差すとプルプルと震え出した。

(そりゃ~怒りに震えますよね。ずっと騙してたんですから、どう取り繕えばいいのやら…)

 ソーニエールの脳内会議者一同が腕を組んで首を傾げていると、突然ライオットがモイラに土下座して、

「その節は大変失礼致しました。勇者ジョブに引き摺られていたとはいえ、魔王と勘違いして一刀両断にしてしまうところでした」

と、詫びたのである。

(なんですと?ライオット氏が勇者だったですと…ですと…ですと…ですと)

 ソーニエールは、驚愕のため脳内で山びこを発してしまった。

「えっ、魔王城に殴り込んできた勇者ってライオットだったの?」

 脳内山びこを楽しんでいるポンコツメイドに代わって、襲われた当人のモイラが尋ねる。

「はいっ!魔王ダンゲルとはオーラに違和感はあったんですが、身体が勝手に動いちゃいました」

 それは見事なザ・土下座を決めながらライオットが応えた。

「だけど、間近で勇者を見たワタシでもライオットが同一人物とはとても思えないんだけど」

「いや~自分で言うのもなんなんですけど、勇者ジョブに完全ヒャクパー適合コンパチしちゃうと纏うオーラがハンパないんですよ」

「自分じゃなくなっちゃう感じ?あ、土下座はもういいから」

「人間族やめちゃう感じですね…しかも自覚なし」

 土下座から立ち上がりつつライオットは言う。

「わ~ドン引き…」

「ですよね!後からジワジワ来ます」

「何が?」

「黒歴史が」

「黒歴史か~」

「ありますね、お嬢さまにも黒歴史」

「ソニー!いきなり人の会話に五七五で入って来るんじゃないわよ」

「これは大変失礼致しました。ところでライオット氏、お嬢さまが魔族である点についてはどうなんでしょう?」

「どうって?」

「人間族の国では、魔族は敵であるという認識ではないのですか?」

「うん、王国でも偉い人達は魔王討伐!魔族討伐って言ってるね」

「他の人達は違うのですか?」

「魔物の被害はあるけど、魔王や魔族に直接襲われたって感覚がないから一般の人達はそんなでもないかな。ちなみに魔物と魔族って別物だよね?」

「もちろん別物ですが、人間族の中でも随分考えが違うのですね」

「そうだね…勇者の時は魔王討伐しか頭になかったけど、今はなんで魔王を倒すのか意味がわからないや」

「ではライオット氏は、自分達が魔族である事を隠していたことを怒ってはいないのですね」

「もちろんだよ、大事なパーティーメンバーだしね。それでモイラ様にお願いがあるんだけど…」

「何かしら?」

「僕が、切り飛ばしたモイラ様の角を治させてもらえないだろうか?」

「それは無理よ。魔王国の最高位魔術師でも出来なかったんだから」

「ソニーさん、切り取られた角は持ってますか?」

「もちろんですとも。あれ?確かここに…もちろん大切に保管してありますとも!」

「ソニー、今探してたでしょ?慌てながら…しかもポケットから無造作に取り出したよね」

「やだな~お嬢さま、もうおボケになられたんですか?ご飯はさっき食べましたよ」

「10代の少女をボケ老人扱いか!どういう誤魔化しかただよ」

(仲良しだな~)

と微笑みつつ、ライオットは受け取った角の切り口をモイラの欠けた角の断面に合わせると、修復スキルと再生スキルそして強化スキルを同時発動させる。

 淡い光に包み込まれると、モイラの切り取られた角はその痕跡もなく元通りの姿へと戻った。

「ウソ…ワタシの角が元通りになったの?」

 手で角の感触を確かめながら、モイラの瞳に涙が溢れる。

「よかった…これでお嬢さまもマトモに嫁に行けますね。ライオット氏、ありがとうございます」

「いえいえ、元はと言えば僕が原因なんですから当たり前の事をしただけです」

「ライオットありがとう。ソニー!誰がマトモに嫁に行けるって?」

「お嬢さま、何の事ですか?」

「そこに直れ、このポンコツメイド。成敗してくれるわ!」

「お嬢さま、ご乱心召さらぬよう」

「お前のせいでしょうが!」


「寸劇の最中申し訳ないんだけど、ちょっと状況が変わったらしい。ゆっくりとダンジョン攻略してる余裕がなくなるかも知れないと、加齢臭オーラがうるさく言ってくる」

 魔王ダンゲルからの念話を受け取ったライオットが、睨み合ってるモイラとソーニエールに伝える。

「加齢臭オーラ?」

「洗濯しても落ちないんですよねアレ」

「ちょっと待ちなさいソニー、あなたはワタシの専属メイドよね。10代にしてワタシが、加齢臭を身に纏ってるとでも言いたいのかしら」

「まさか!そんなことはございませんよ」

「じゃあなんで、ソニーが加齢臭なんて知ってるのよ?ハッ!ソニーのメイド服って着た切り雀なんじゃない。ごめんなさい気が付かなくてワタシ」

「うら若き乙女を捕まえて、何言ってるんですか小便臭い小娘が…」

「あんたね~、親しき仲にも礼儀ありって言うでしょうが!」

「あっ!お嬢さま、正にそれです。親しき仲にも礼儀ありです。いくら父親でも娘の洗濯カゴに自分の洗濯物を一緒に入れるのはどうかと思いますね」

「えっ、それってお父様の洗濯物とワタシの洗濯物が一緒に洗濯されてるってことなの」

「はいっ!」

「ソニーのは?」

「自分はメイドで使用人ですから当然、別枠で綺麗に洗っておりますよ」

「あんのクソ親父!…見つけたら殺す。洗濯板で加齢臭と一緒に擦り降ろしてくれるわ」

「ところで、ライオットの言う加齢臭オーラとは誰の事なんですか?」

 怒髪天を衝くかの如く、怒りまくっているモイラの代わりにソーニエールが話を戻す。

「今はまだ説明出来ないかな…モイラ様の怒気に当てられてプルプル震えてるみたいだし」

「フンッ!加齢臭を撒き散らすオッサンなんてみんなちっさいんだよ。ちっさいオッサンで【ちっさん】なんてな」

「かなりお怒りだね」

「こうなると手が付けられないので、次の湿原エリアに行きましょうか」

「その事なんだけど、加齢臭オーラさんがね急ぐからダンジョンの魔物は出て来ない様にしたって」

「あら!意外とちっさんて大物なんですね」

「あ~?ちっさいオッサンがどうしたって」

「ほぼ、酔っぱらいに絡まれてるみたいですね」

「ほっといて急ぎましょうか」

 ピラミッドを出ると、帰還の魔方陣を使う【チャリオット】のメンバー、1人だけ赤い髪が逆立ったままであった。


 


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